第63話 おめでたと変わった依頼?
俺と孝子の結婚式から8カ月になろうとするころ、孝子が出産予定日の10日前を迎え、日本赤十字社医療センターの産科に入院した。
ん?早いって?
そんなことは無いだろう。
去年の三月半ばに、孝子と上総にドライブに行き、とあるホテルで休憩してからだと、もう十一か月目に入るからな。
結婚前に何度もベッドインしていたから、することしていたらできるのは当然じゃないか?。
近頃の若い連中は、皆そうだと思っていたが・・・。
いや正確なところは知らん。
ただ、ちゃんと夫婦で有って生まれる子は俺と孝子の子に間違いないんだから問題は無いだろう。
いずれにせよ、初孫とあって、俺の実家から母が上京してきたし、孝子の母も一日遅れで松濤の家に来たよ。
まぁな、俺の家に余裕があるから二人とも来られるんで、普通のアパート暮らしじゃ二人も来たりすれば一杯になってしまうだろうな。
入院先の病院まで松濤の家からだと3キロ未満なんで、歩いてでも行ける距離なんだが、田舎から出て来た二人の母を放置もできないよな。
仕事の合間を縫って、最初は俺が病院まで連れて行き、彼女らがある程度自由に動けるようにタクシーチケットを二人に渡している。
タクシーチケットなんて贅沢?
うーん、お金で苦労している方には申し訳ないんだが、これも小金持ちの特権のようなものかもな。
そうして入院して7日目、孝子が無事に女の子を出産した。
既に名前は孝子と相談して決めていた。
最近は生まれる前に性別が分かるからな。
俺と孝子の娘は、瑠衣と名付けたよ。
世の中国際化が進んでいるからな、最近の子供は女の子でも「〇〇子」という名前の付け方はしなくなった。
外国に行った際にもなじみのあるような名前が多く、時折、とんでもない当て字の名前やキロキラネームも見かけるようになったな。
別にそんな風潮に流されたわけでは無いけれど、『明石』の姓に似合う名前を探して明石瑠衣になったわけだ。
この漢字はちょっと難しいかもしれないから、小学校の低学年の内は、ひらがなで良いだろう。
生まれたばかりなので、今のところは美人になるかどうかは不明だな。
だが、俺と孝子の子だからきっと可愛くなるし、美人に育つと信じているぜ。
因みにお婆ちゃんになった二人の経験者曰く、瑠衣は美人さんになる顔立ちだそうだ。
正直なところ、俺にはその見分けがつかない。
生まれた当座は、しわくちゃの顔で本当に小さいからな。
これが大きくなるなんて想像もつかないぐらいなんだが、まぁ、俺もこうして生まれて来たんだろうな。
産後一週間ほどで退院できる運びとなり、母子ともに元気に我が家に戻って来た。
お婆ちゃんたちは、それから十日ほど我が家に逗留していたが、その後それぞれの家に戻って行ったよ。
メイド二人が居るから、余り家事の面で心配は無いんだが、やはり日本独特の習わしとか気遣いがフィリピンから来た若い子には難しいから、その意味では母二人が色々と動いてくれて随分と助かったな。
概ね三か月後には二人の母がお宮参りに来るそうだ。
ところで、家に戻った孝子の生活時間の半分以上が、瑠衣の育児にあてられているのは仕方がないだろうな。
別に俺がないがしろにされているわけじゃないから不満は無い。
その代わり、家に帰ると、起きている時間の半分くらいは瑠衣と孝子を見ているようになったかな。
子供ができると、何となく子供が中心になって動くことを初めて実感したよ。
◇◇◇◇
そんな慶事が有っても、俺の仕事は変わらない。
依頼客の対応に明け暮れて、支障のない範囲で依頼を受けているんだが、少し外人さんの依頼が増えてきたかもしれないな。
例のインド人のアクタル・ラスナヤーク氏なんだが、結構、都内の外国人との交流が広いらしい。
瑠衣が生まれてから10日間で四人もの外国人が俺の事務所を訪ねて来たのは初めてだったし、その全部がアクタル氏の知人だったよ。
その内二件は、ある意味で企業の調査に関わる案件だったが、これについては一件はお断りした。
そもそも企業の信用調査は俺の仕事にしていないからな。
但し、もう一つの案件は、法人企業という表看板を掲げたヤクザ集団に絡む話であり、どうもそこからの悪辣な手法で家族を人質に取られて、金をむしり取られている中小企業を何とか助けられないかという話だった。
何でそんなところに外人さんが首を突っ込んでいるかと云うと、依頼人がその中小企業の娘さんにべた惚れしていて何とか助けてやりたいのだが、日本の法制度も良く知らないので、自分一人では動きにくいことから、依頼になるかどうかは別として取り敢えず相談に来たらしい。
まぁ、どちらかと云うと探偵としての俺の仕事では無くって、警察の仕事になるんだろうが、警察もそれなりの証拠とか証言が取れないと動けないからな。
例によって、俺は渋谷署の大山さんに連絡を入れて、取り敢えずの事情を説明し、周辺で探ってみるので何か証拠等が有れば事後をお願いする旨伝言してから動いたよ。
ボられている中小企業は、目黒区にある江〇板金工場で従業員が三名ほど、大手の下請け専門で部品を造っている会社だ。
此処を狙って脅しをかけているのが所謂暴力団の稲◆組系列の△總業だ。
チョット△總業居つきの霊を調べたところでは、狙いとしては板金工場の土地と思われる節がある。
都心部は地価が上がっているので地上げ屋が結構闇で横行しているようだ。
嫌がらせ、脅しと何でもやる手合いなんだが、最近は暴力団対策法の影響でこれがかなり表に出ないように裏工作をされている。
その一つが家族の安全を脅しにかける方法だ。
家族を殺したりすれば色々と問題が生じて足がつく恐れもあるが、そこに至らないちょっとした嫌がらせを、その都度実行者を変えてやられると、被害者は音を上げてしまう。
例えば歩道を歩いていると急に車道に押し出されるようなことをされる。
幸いにして車が来ていない時を狙ってされているので、大事には至っていないんだが、それを脅しに使われると安易に外出もできなくなるわけだ。
一日調べておおよそのやり口が分かった。
脅迫で金をとり、大枠で金策がつかないようにして、借金地獄に落とし、最終的には土地を巻き上げるのが目的のようだ。
やり口はわかったんだが、どうすべぇか。
脅迫はしているようなのだが、手を変え、品を変えているし、証拠も足もつかないよう色々と策を弄しているインテリヤクザなんだ。
警察が手を付けられているんなら疾うにやっているはずなんだが、警察の手が及んでいないという事は、認知していないか若しくは証拠が無いからだろう。
因みに江〇板金工場の方の居つきの霊達は、詳細を把握していないんだ。
仕方が無いから警察の手入れが入るようにして、そこへ証拠を置いておくのが何気に良さそうだな。
インテリヤクザの連中は所謂紙の帳簿は残していないんだが、パソコンの中に暗号付きの文書で保管しているデータがあるんだ。
但し、こいつはスマホからの命令一つで簡単に消去できるようにしている。
エレック君にお願いして、念のため証拠の電子帳簿のコピーを造っておいたし、もう一つ、キーボードやスマホからの削除指令が実行できないようにしてもらった。
これで、事務所のガサが入れば証拠は挙がるはずだ。
ガサのネタは全く別件の取り込み詐欺だった。
その情報を大山さんに流し、ピンポイントで△總業の隠し事務所を教えてガサ入れをしてもらったわけだ。
この事務所には、△總業の金の動き全てが集約されているから、此処が抑えられると、秘密口座も含めて金の流れが全て露見することになる。
ガサ入れから三日後には、押収したデータから、大規模なガサ入れが都内各所の事務所になされることになった。
因みにこの案件で△總業は廃業にまで追い込まれたのである。
幹部一同が逮捕され、なおかつ有害な暴力団として指定を受けてしまっては、事実上の活動ができなくなってしまうのである。
依頼の案件は、これで片付いたんだが、収入としては手付金と一日分の費用のみな。
一応、表面には出せないけれどちゃんと動いているから、相応の費用はもらうことにしている。
更にもう二件は捜索の依頼だった。
そのうち一件は、南米ベネズエラで消息不明になった人物を探してもらえないかという話だったが、国民が周辺国に避難するような危機的状況にある国であり、何時クーデターが起きてもおかしくないことから、流石に身の危険を感じるので断ったよ。
もう一件は日本国内の話の様だった。
依頼人は、現在都内在住の人物で、オーストラリア・ニュージーランド銀行の支店長でバートランド・ゴッドウィンさんである。
北海道に別荘を持っているオーストラリア人の友人である、メルヴィン・トバイアスと連絡が取れないので探してもらえないかという依頼だった。
メルヴィン氏は豪州に自宅を持っているんだが、冬場の北海道のニセコを大いに気にいり、北海道虻田郡倶知安町の郊外に別荘を建てて、冬場のスキーシーズンに利用しているらしい。
ところが、この一月に来日した際に、都内でバートランド氏と遭って、ニセコの別荘へ招待をされたものの、電話をかけてもつながらないのだそうだ。
冬場の北海道は寒いからな。
非常に寒いことを『シバレル』という表現を使うが、防寒具を着ていても外では凍死する危険性がある。
だからもう二週間ほども連絡の取れない状態であれば、野外で凍死している可能性も無くは無い。
深酒して酔っぱらった時に、道脇の雪の中に倒れこむ、ひんやりとして感触がとても気持ち良く、そのまま寝込んで、凍死する者もいるそうだ。
一応依頼を受けてはみたんだが、今回の場合は、少々自信が無いな。




