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第62話 インド人?の依頼 その三

 ペナポールの北部は農村地帯で、水田が広がっていた。

 60年も前の話だから、当時とは風景も道も違っている可能性はあるが、或いはこの水田のあぜ道を伝ってインド側に抜けたのかも知れない。


 道路は、幹線道路なのか一応舗装はされているが、車二台がすれ違うのがやっとの細い道で路肩は普通の土だ。

 インド側の道と比べると格段の差がありそうだね。


 西側のインド国境に向かうあぜ道が有れば、その都度止まってもらって一応プラサド・パテルに確認してもらっている。

 運転をしているマイクにすれば、こ奴は一体何をしているんだという事になるだろうな。


 あぜ道が有るたびに停まるんだが、俺は降りようともせずに周囲の景色を眺めているだけで、1分もするとやがて動いてくれと言うだけなのだ。

 まぁ、不審に思われても作業を続けるしかないんだ。


 苦労のしがいがあって、ペナポールから概ね3キロ前後のところで、ついにラスナヤーク一家が辿(たど)ったであろう道を見つけ、ジェファリとマヘンドラがこの道を戻ってきた場面をパテルが見出したようだ。

 つまりは、アクタルとその母フージャは,インド側に辿り着いたが、混乱の中で別れたジェファリとマヘンドラは西パキスタンに戻ったことになる。


 その後の動きを追ってもらうと、どうもここから北東にあるBoaliamanki方面に移動したことが分かった。

 舗装もされていない道を進んで行くとBoaliamankから東方に道を変え、彼らが住んでいたShagorpur方面に向かっているとパテルは断定した。

 この時点で、午後四時頃に差し掛かっていたから、一旦調査を終了して、ジョソールへ向かい、俺はホテルにチェックインした。


 マイクには翌日の午前9時にホテルに迎えに来てくれと言って、その日の日当として500米ドルを支払った。

 500米ドルは現地の通貨で言えばおよそ6万タカ(BDT:円レート1タカ=1.25円)で、バングラディッシュの平均年収は12万BDTほどだから、この報酬はバングラディッシュに住んでいる者にしては破格の報酬だろう。


 なにせ、平均年収の半分を一日で稼げるんだからな。

 マイクは、ウィンクしながら20ドル札の束を受け取り、上機嫌で帰って行った。


 あぁ、そう言えば俺は五つ星のつもりだったけれど、実際に頼んだのは四つ星だった。

 五つ星ホテルは、ジョソールじゃなくってジョホール。


 そもそも国が違っていたよ。

 それにしてもジョソール五つ星ホテルで何故ジョホールが出て来るんだ。


 それもジョソールの四つ星ホテルと一緒にだ。

 まぁ、幸いにしてジョホールのホテルに頼まず、五つ星のつもりで頼んだのがジョソールのホテルだったわけで、四つ星でも立派な造りの高層ホテルだったぜ。


 正直なところ、俺の場合、泊るところはどこでも構わない。

 それなりのサービスが受けられればいいんだ。


 何せインドを旅した時は、ヒッピーまがいのヒッチハイクだったからな。

 スラムに近い場所にも寝泊まりしたから、どこに行ってもさほど驚かない。


 但し、見た感じでインドとバングラディッシュでの格差は大きいね。

 似たような雰囲気ではあるんだが、バングラディッシュの方が貧しいのは確かだ。


 バングラディッシュからは、日本にかなりの人数が出稼ぎに来ているとも聞いている。

 バングラディッシュの平均年収が15万円程度だから、日本に来たら一月(ひとつき)分の稼ぎで十分にそのぐらいにはなるだろう。


 上手くやれば、年収で300万円ぐらいは行けそうだけれどな。

 まぁ、未だに外国人の就職には制約の多い日本だから、中々入り込めないだろうな。


 そういう意味では、ウチのメイド二人(フィリピン人)については、俺にやとわれてラッキーだったのかも知れないな。


 ◇◇◇◇


 翌朝、時間通りにマイクが迎えに来たよ。

 車体にも錆が浮いているような中古車なんだが、エンジン自体や足回りは整備が良いのか特段エンストを起こすこともなく動いている。


 因みにこの車はインドの某社製で年式は約20年前のものだそうだ。

 中古で購入したようだが、バングラディッシュでは自動車の関税が高く、200%~400%ぐらいの関税がかけられる。


 但し、中古で入ってくる分には、関税も購入額に応じて安くなるようだ。

 マイクが購入したのは、およそ10年前で、インドでは5万円ほどの価格だったそうだ。


 それでもバングラディッシュに持ち込むと20万円近くの関税がかけられたらしい。

 俺との契約で少なくとも昨日と今日の二日で千ドルが確約されているので、マイクとしては嬉しい限りのようだ。


 俺も調査が長引けば、20万や30万円程度の支払いは覚悟しているんだ。

 今日はホテルから一気に、16キロほど離れたShagorpurシャゴルプアとJhikargachaジカルガッチャに行って、周辺を調査するつもりでいる。


 ジェファリとマヘンドラの足取りの時系列についてはパテルにお任せだが、彼の場合、時間経過が明確に分かるようなので、その点は信頼している。

 俺の方はと言えば、時系列については無茶苦茶なんだが、最寄りに居る霊や精霊にお願いすることしかできないでいるし、余り手がかりも掴めちない状況だ。



 ところで、マヘンドラとジェファリが戻った理由なんだが、パテルによれば、マヘンドラが左足首をねん挫したようで、あぜ道を戻ってきた際にはかなり右足を引きずっていたようだ。

 従って、銃弾が飛び交う中をこれ以上は進めないと判断して戻ってきたようだ。


 だが、それ以降この道を辿ってインドに向かおうとした形跡がない。

 或いは別のルートで試した可能性もあるが、・・・。


 パテルによれば、大量の難民がインド側に逃げたことで、そのあと間もなくこの近辺での西パキスタン政府の取り締まりが厳重になったようだ。

 そのために逃げられなくなった可能性もありそうだな。


 結局、丸々一日かけてShagorpurシャゴルプアとJhikargachaジカルガッチャを調査した結果、彼らの元住んでいた家は、内戦で焼失していた。

 このため、周辺で焼け残っていた家に暫くとどまっていたようだが、この逃避行でかなり無理を認めに右足首が変形して、マヘンドラは歩きにくくなってしまったようだ。


 最終的にジカルガッチャ近辺の避難所に収容されて二年を過ごしたが、避難所で発生した感染症で大勢の人が亡くなり、マヘンドラもその一人になった。

 娘ジェファリは、一人になったが、近所の子供のいない世話好きの夫婦がジェファリを引き取って育ててくれたのである。


 このため、バングラディッシュでは正規な戸籍の無い、ジェファリ・アヌシュカとして育てられたようだ。

 時間はかかったが、それから更に一日掛けてパテルがジェファリの足取りを追いかけてくれたよ。


 ジェファリは、14歳でジョソールの比較的裕福な御曹司の元に嫁ぎ、今現在はジョソール市内に住んでいた。

 バングラディッシュの国境はイスラム教だから一夫多妻が許されている。


 因みにジェファリは第三夫人で、ジェファリ・アヌシュカ・サイードになっている。

 イスラム世界では、女性の地位は低く、女性は一人で行動しない、家族以外の男性とは話をしない、といった慣習があるために、女性たちは一般的に閉鎖的な環境におかれている。


 都市部では割合に女性も就職できるようになったようだが、結婚して離婚するとすぐに貧困に陥ることになったようだ。

 ジェファリは、貞淑な妻として過ごさねばならなかったようだ。


 但し、亭主は10年前に亡くなっており、今は息子夫婦の家に厄介になっている状況だ。

 一応、ジェファリの生存と現状については確認できたが、問題なのは、彼女に直接面会ができないことだった。


 特に、サイード家は敬虔なイスラム信徒で有り、昔からイスラムの教えには厳しいので、ジェファリに面会を求めること自体が難しいのだ。

 既に旦那も死亡しているし、浮気など考えられない年齢であるはずなのに、女性は家の奥に引っ込んでいなければならないらしい。


 イスラムの男にとって女は自分の宝で有って人目に晒さないというのが原理原則らしい。

 現代日本人の俺にとっては、理解できない考え方ではあるのだが、いくら俺が頑張ってもこの慣習を無くすことはできない。


 居候を使って一時的に意思を左右させることはできるんだが、場合によって後遺症が残ることもありあまり使いたくない。

 止むを得ないから、俺は東京にいる依頼主のアクタル氏に国際電話で連絡を取った。


 凡その現状を説明した上で、俺からは、次のように言った。


「おそらくは九分九厘妹さんであるジェファリと思われる女性なんだが、生憎とイスラムの戒律もあって直接の面会はできない。

 現状の住所及び氏名はわかっているので、以後どのようにすべきかについて指示を貰いたい。」


「ムゥ、イスラムに嫁いだのか・・・・。

 宗教の壁は大きいな。

 住所と名前が分かっているならば、後は私が現地に行って確認作業を行ってみよう。

 君の方はご苦労だった。

 期待していた以上の成果を上げてくれたから、それ以上の調査は要らないから帰国してくれ。

 かかった経費については帰国後に清算するし、ボーナスも出そう。」


 そんなわけで、俺の調査は終わり、マイクは都合二千五百ドルの臨時収入を得た。

 車をあちらこちらに走らせるだけで二千五百ドルは大きいよな。


 帰国の日、サービスだと言ってホテルからダッカの空港まで送ってくれたよ。

 ダッカから東京へのバングラディッシュ航空便に乗って俺は帰国した。


 乗り換えを含めて10時間以上もかかる便と、6時間少々で到着する便とどちらを使う。

 そうしてどうしても一度はバングラディッシュ航空の便に乗らざるを得ないんだぜ。


 愛妻の孝子にも早く会いたかったしな。

 リスクを承知でピーマン・バングラディッシュ航空に搭乗したが、別に問題も起きずに無事に成田へ到着したな。


 但し、ダッカ発が午前二時半なんだ。

 成田着は日本時間の正午なので到着後の都合は良いんだけれど、深夜に発つ便というのはねぇ。


 まぁ、余程のことが無ければ乗ることは無いだろうと思っている。

 因みに、既定の経費だけ請求して、概ね50万円ほどの持ち出しになったな。


 その後一月したら、アクタルさんから連絡が入ったよ。

 ジョソールに行って、ジェファリの息子さんと話し合い、面会の許可を取ってジェファリさんと会い、彼女が妹さんだと確認できたようだ。


 ジェファリさんの三歳の記憶はかなり薄れてはいたが、母と兄が居たことを記憶しており、自分の父がマヘンドラ・ラスナヤークとお覚えていたことが決め手となったようだ。

 生憎とジェファリさんはインドへの移住を望まなかったために、ジェファリさんはそのままバングラディッシュに残ったが、文通と一年に一度程度はアクタルさんがジェファリさんを訪ねることを息子さんが許してくれたらしい。


 今回の依頼はこれにてハッピーエンドで完了した。

 それと、アクタルさん、俺が使った探偵のマイクを聞き出していて、ジョソールでは奴を使ったらしく、マイクから俺が一日500ドルで雇った逸話を聞き出していたらしく、バングラディッシュから戻ってから追加の報酬が有ったよ。


 都合百万だった。

 ホテル代も極平均的なところの額を請求したんだが、バングラディッシュでは四つ星、コルカタでは五つ星に泊まったことまで掌握していたな。

 インドIT企業の顧問、おそるべしと言ったところだな。


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