第61話 インド人(?)の依頼 その二
ところで依頼人のアクタルさんは、生まれは西パキスタン、現在のバングラディッシュなわけなんだが、既に彼はインドに帰化している。
従って、飽くまで彼はインド人なわけだが、妹さんがどこにいるかは全くの不明だ。
国境を超える近辺までは行動を共にしていて一緒だったらしいが、そこから先の記憶が曖昧らしい。
西パキスタン政府軍に追われるように脱出したようだし、大勢の難民が夜間の暗闇の中で同時に国境を越えたようなので無理もないだろうな。
アクタルさん曰く、西パキスタンからもインドからも銃弾が飛び交っている中での脱出劇だったそうだ。
従って、このはぐれた際に彼の父と妹が同時に亡くなっている可能性もあるようだ。
だが、何故か彼は妹が生きているとの信念を持っているようだ。
例の占い師のようなヒンドゥー教のシャーマンが、妹さんは生きていると言ったことが根拠のようだ。
そのシャーマンがどのような人物かは知らんが、俺のことまで20年前から見通していたんなら、妹さんの消息を教えてやれよと言いたくもなるよな。
単に生きているとだけ伝えたんじゃじゃどうにもならんぞ。
今やインドの人口は、15億人を超えているし、バングラディッシュだって約2億人だ。
その二つだけで17億人もいるからな。
それを一人一人当たっていたんじゃ、一生かかっても見つけるのは無理だろうな。
まぁ、コルカタからアクタルさんの郷里が在ったというバングラディッシュのジカルガッチャ北部のシュガルプア集落までの周辺地域を重点的に調査するしかないだろうな。
ところで今回の居候の助っ人は、インド亜大陸に5日間程滞在した際に俺の居候になったプラサド・パテルという霊だが、彼は所謂ブッダが生まれる前のインドの主要な宗教であるバラモン教の賢者だった男だ。
彼の話では、今から2500年ほど前に生きていた人物らしい。
バラモン教の秘事に通じている人物なんだが、当時のバラモン教の教えは現在のヒンドゥー教にも一部伝承されているようだが、細部にわたってはかなり異なった宗派のようだ。
このプラサド・パテル、気難しい人物、いや、霊なんだが、俺がムンバイ(旧ボンベイ)を旅行した際に俺のオーラに惹かれてついてきた霊だ。
なんだかんだと言って俺(若しくは『俺の蔵』)を気に入ったらしく、それからずっと俺に取り付いている。
日本人が馴染の無いバラモン教だから、俺から見てもかなり突飛な思考回路を持っているんだが、その昔彼が賢者と呼ばれた所以は、その高度な洞察力と異能にあったようだ。
異能と言うのはある意味で予知にも近いんだが、どうも彼の場合、次元を超えて過去を覗き見ることができるようだ。
過去を覗き見ることにより、洞察力で将来もある程度見通せるらしいんだが、その辺の理屈は流石に俺には理解できん。
然しながら、離れたところからそうした能力が発揮できるかと言うと彼の場合は現地に行かないと過去が見えないらしい。
従って、インド・バングラディッシュの国境若しくは、西パキスタンから避難する際に万が一の場合の落合場所としてのコルカタのBirla Mandir(ヒンドゥー教の古刹寺院)が出発点になるかもしれないと思っている。
現状ではプラサド・パテルの能力も当てにならないので、先ずはコルカタに移動するんだが、現地での案内人が必要だよな。
現地で霊に道案内ぐらいはしてもらえるんだが、インドもバングラディシュも大都市部はともかく地方都市では生活面に非常に困る場合があるからな。
単純な話、トイレを探すにも苦労する場所なんだ
従って、現地を良く知っている適切なガイドが必要なんだ。
コルカタについては、ネットで探した弁護士事務所の調査員をターゲットにしてメイルで交渉したよ。
条件は、車を確保できて運転できること、なおかつ、国境周辺までのJessore Road(ジョソール街道)周辺をガイドできる人物であることだ。
結果としてインド側は何とかインド人の調査員が確保できた。
もう一人、同様の条件でバングラディシュのジョソール市内のイギリス人探偵を取り敢えず候補には上げてい居るが未交渉だな。
こちらの方は、バングラディシュに入らざるを得なくなった場合に依頼することにしているが、同じく国境の町ペナポールからジカルカッチャ北部の集落であるシャゴルプアまでのガイドで、自家用車が有って運転のできる人物が必要なんだ。
単純に言って俺が現地で動きやすいようにサポートしてくれる人物であればよく、彼らに人を探してもらうつもりはない。
何せ60年も昔に生き別れた妹探しなんて、普通はよほどの手掛かりが無いと誰も請け負わないからな。
現地のガイドを一応確保した後は、現地へのチケットの入手だな。
インドは近いようで遠い。
便数の多いルートでも10時間程度は間違いなくかかるし、コルカタへのルートは直行便が無いからどうしても乗り換えになる。
ましてバングラディシュは大都市以外はインフラが未整備だから移動にも時間がかかるんだ。
だから、車で移動可能な現地ガイドを雇ったんだが、コルカタからバングラディシュまではさほど遠くはないので、必要があれば国境を陸路で越えるつもりでいる。
従ってインドとバングラディシュ双方のビザは取り付けたよ。
バングラディシュに行く前に、インド側で妹さんを発見できればベストなんだがな。
一応、シンガポール経由でコルカタまでの航空チケットは入手できたよ。
航空機事故が何となく怖いのと、できるだけサービスの良い航空会社を選んだらシンガポール経由になった。
JALやANAは、ムンバイとデリーにのみ直行便が有るけれど、コルカタへはどうしても他社への乗継便になってしまうんだ。
そんなわけでシンガポール航空を使って乗り継ぎ時間を含めて14時間余りのフライトになったよ。
コルカタでは取り敢えずのホテルを予約している。
観光目的であれ、仕事であれ、入管で滞在先を確認されるんでその場合にホテルの名を告げるとQICが比較的簡単に通過できることになるようだ。
どこの国でも良くわからない者を入国させるのはかなり警戒しているからね。
少なくとも滞在先が分かるだけでもかなり信用されるんだ。
因みにインドはホテル代が結構安いんだぜ。
三ツ星ホテルでも東京のビジネスホテルの料金だな。
1万円を超えるホテルは意外と少ないんだぜ。
でも小金持ちの俺は、安全と快適さを求めて五つ星のホテルを選んだよ。
タージ・ベンガル・コルカタと言いインドでも有名どころのホテルだな。
二つ星や三ツ星だと期待外れもたまにあるけれど、五つ星ならまず大丈夫だろうと思っている。
まぁ、一泊4万円を超えるからそれなりにお値段は高いぜ。
流石にこのツケをアクタルさんにそのまま請求するわけには行かないだろうな。
このホテルに滞在して、コルカタのヒンドゥー教寺院を訪問して、霊や精霊に一応確認するつもりなんだが、60年前となるとかなり識別が難しいだろうな。
霊や精霊の場合、時系列が無茶苦茶なままで覚えている場合もあるんだけれど、いずれにしろ60年前の白黒写真とジェファリという名前だけが手がかりだな。
「ラスナヤーク」と言う姓は残っているかもしれないし、変わっているかもしれない。
インドでも一般的なのは夫の姓を名乗るという場合なんだが、その辺は宗教とか地域ごとの慣行で若干違う場合があるようだ。
妹さんの年齢は63歳のはずなんだが、念のため62歳から64歳に広げておく必要もあるだろう。
そんなことで、エレック君にインドの戸籍照会をしてもらったんだが、困ったことにジェファリと言う名前は結構インドでは多いらしくかなりの数がヒットしたようだ。
おまけにインドも人が多すぎて、戸籍がしっかりしていない場合もあるらしく、かなりあてにならない部分もあるようだ。
これがバングラディッシュに行くと余計だろうな。
インドはまだ電子化が進んでいるんだが、バングラディシュはデータの電子化が進んでいないからバングラディシュではエレック君は余りあてにできないようだ。
インド東部地区コルカタ周辺の戸籍はあらかた調べてもらったが、電子データでこれはと思われるものは無かった。
名前でヒットはするんだが、深く掘り下げる調べると両親の名が違ったり別の兄弟が居たりなど条件が異なるようだ。
それでも万が一が有るので、コルカタにある古刹寺院Birla Mandir、及び、コルカタからペナポールに至るジョソール街道の周辺地域について、予約していた調査員の運転する車で逐次移動して行ったよ。
Birla Mandirでは、5歳の頃のアクタルさんをプラサド・パテルが見出して、当時のコルカタへのルートを順次教えてくれた。
Habla、 Patabuka、Dharmpur、Charuigachhi、Gopalpur、Narikela、Baikara、Bokchara、Chandpara、Mondalpara、Dogachhia、Kalupurなどの集落で時折降車して、俺が周辺の霊なんかに情報収集をするとともに、プラサド・パテルが過去を漁って調査してくれる。
だが、何も収穫の無いまま国境についてしまったよ。
国境よりも向こうの状況は、プラサド・パテルも実際に行かないと探れないんだ。
仕方がないので一旦コルカタのホテルに戻り、バングラディッシュの探偵と連絡を取ったよ。
翌日にはコルカタのホテルから陸路、国境の町『ペンポール』へ向かう。
国境間近まで車で送ってもらい、俺だけ徒歩でバングラディッシュに入る予定だ。
弁護士事務所調査員のアーメッドさんには、丸々三日ほど朝早くから夜遅くまで世話になったから、契約した金額の二割増しで支払って置いた。
そうして、バングラディシュに入るにもホテルの予約が必要なので、ジョソールの五つ星ホテルを予約しておいた。
五つ星でも一泊2万円チョイの値段なんだけれど、俺って、贅沢なのかなぁ?
◇◇◇◇
バングラディシュの国境ペンポールは込み合っていたな。
唯一の陸路交易路なので込み合うのはわかるんだが、車列が進まないのは困るよな。
結局、近くまで送ってもらい、QICまでかなりの部分は歩くことにしたよ。
その方が早いようだったからな。
ジョソールの探偵マイクは、40がらみの背の高い男だった。
俺がQICを抜けて来るまで、辛抱強く待っていてくれたようだ。
スマホで出口から連絡を入れるとすぐに車で近づいてきた。
此処ではモンゴロイド系の顔をした奴は少ないようですぐにわかったそうだ。
挨拶を交わすとすぐにペナポール北部の集落に向かってもらったよ。
ペナポールの国境は60年前にもあったのだけれど、避難民であるラスナヤーク一家は正規のビザもパスポートも持っていなかったから、インドに入るには密入国しか無かったのだ。
そのためにペナポールの北部に広がる国境線で川が国境線になっていない場所をルートとして選んだのだ。
だが、此処には当然に西パキスタンの政府軍が張っており、国境を越えようとした難民は銃撃されたわけで有り、それに呼応するかのようにインド側からも反撃されたから、野戦じみた場所をラスナヤーク一家は抜け出ようとし、分散してしまったのだ。
アクタルさんが入国したインド側の地点には出向いて確認したが、生憎とプラサド・パテルの能力をもってしても、妹さんのジェファリやアクタル氏の父君であるマヘンドラの姿は見いだせなかった。
つまりは、マヘンドラとジェファリはインド側に入国していないか若しくはその当時射殺されたのかも知れない。




