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第59話 尾行をする者 その二

 またまた奇妙な動きを明石探偵はしていたな。

 片桐邸から出て一旦農道を北に向かい、500m程も移動してから左折した。


 200mほど歩くと日光街道にぶつかり、それから今度は南下を始めた。

 何だ?片桐邸に戻るのかと思っていたら、そのままずっと南下して、45分もかけてJR古河駅に向かったのである。


 例によって、行き交う人が居ても明石探偵は話しかける素振りすらない。

 こいつは一体何をしているのかと疑問に思えるよな。


 古河駅のコンコースでしばらく立ち止まり時刻表を見ていたようだが、やがて動き出し、今度はタクシー乗り場に向かったのだった。

 タクシーに乗り込むのを見て、私と小田は青ざめたよ。


 車で追尾してきた唐戸は、駐停車できる場所が無かったので駐車所で待機すべく最寄りの駐車場に向かっていたんだ。

 古河駅西口の駐車場は民間駐車場が有るけれど一杯だったので、少し離れた北側の駅ビル駐車場に入ったところだった。


 だが、明石探偵はタクシーに乗り込むとさっさと出発していった。

 生憎と後続のタクシーが居ない。


 唐戸が一旦入った駐車場を出て、駅前の我々を迎えに来るまでに、貴重な7分ほどが失われたよ。

 すぐに北方向に向けて発進したのだが。


 信号無視すれすれ・・・・。

 いや、唐戸は信号が赤になる直前で交差点に突っ込んでいたから、あれは警官が見ていれば違反ととられるだろうな。


 そんな危ないことをして追いかけたにかかわらず、片桐邸近くに待機していた荒木から明石探偵が片桐邸に戻った旨の電話連絡を受けてほっとした。

 つまりは、奴は遠回りをしてJRの古河駅まで散歩し、タクシーで戻ったという事なんだが、本当にあ奴が何をやっているのか私には全く理解できない。


 それから1時間ほどすると、間もなくまた奴が片桐邸から動き出したんだが、今度はどうもまっすぐに東京方面に向かっているようだ。

 行きは野木町まで1時間半ほどだったが、帰りはラッシュではないものの、そこそこ一般道も高速も混んでいたこともあって2時間ほどかかったな。


 結局、私たちは奴の車を追尾して渋谷まで戻ったわけなんだが、此処からは二手に分かれることになる。

 取り敢えず車を駐車場に入れる者が二人、最寄りのテナントビルの一室から監視する者が二人だ。


 私と小田は監視役だが、二人がその配置について間もなく、奴が動き出した。

 もう間もなく午後八時になる時刻だし、徒歩なので或いはこれから帰宅かとも思ったよ。


 渋谷にある事務所から奴の家までは、徒歩で十分圏内・・・。

 都内で自宅から徒歩圏内に職場が有るってのは、絶対に超が付く富裕層だと思うんだが、何でそんな奴が探偵なんぞをやってるんだ?


 これまでにわかっているプロフィールでは、奴は都内某大学の法学部を卒業し、卒業と同時に司法試験に合格、一年間の司法修習生を終えて、弁護士資格まで取っているんだ。

 だから探偵じゃなくって、弁護士を開業できるはずなんだが、何故か奴は探偵を選んだ。


 そこのところが、俺には全く理解できん。

 弁護士資格を取得してからの二年間は、どうも海外に居たらしいが、その間の足取りについての詳細は不明だ。


 少なくともメキシコなどの中米に居たことはわかっているし、その後北米、欧州それに中東やインドにまで旅行しているようだぜ。

 中米滞在中にトレジャーハンターの真似事をして大金をせしめたらしいが、その金で豪遊していたというわけでもなさそうだ。


 その辺は、奴の取引銀行の残高の推移からわかる。

 そうかといって若者にありがちな、金をかけないヒッチハイクをしていたわけでもなさそうなんだが・・・。


 日本に帰国してから始めたのが探偵業だ。

 渋谷にある探偵事務所だって、ワンフロア―を借りていて一カ月の家賃だけで300万円もかかるらしい。


 年間にすると3600万円以上だぜ。

 とても薄給の公務員には真似ができんぞ。



 家賃三年分もあれば、都内の一等地で結構立派なタワーマンションでも買えるんじゃないか?

 マンション等も、最近はとみに高くなって来ているんで、俺らではとても手が出んのだが・・・。


 いずれにせよ、今は奴の尾行を再度開始するのが優先だ。

 家に戻るのなら、尾行も今日は打ち止めで良かったのだが、生憎と奴は逆方向に向かっている。


 渋谷駅の雑踏に入るようなので、気づかれる恐れもあるが、より接近するしかない。

 ここで見失えば追えなくなる。


 山手線に乗り込んだのを確認、ドアが閉まる前に何とか二人で飛び込んだ。

 奴は、結局のところ、山手線内回りで上野駅まで行った。


 上野駅で降りると、駅の周辺で例によってしばらくうろうろし、某ビジネスホテルの入り口付近で少し考え込んでいたが、それから、更にJRで秋葉原に移動した。

 奴は何を探している?


 いずれにしろ、その間に駐車場に車を預けた二人も私達に合流し、四人でばらけながらつかず離れず尾行なんだが、昼からずっと尾行を続けていると流石に疲れるぜ。

 私らはどっちかというと頭脳派で脳筋派じゃないから、余計に体力を使う仕事には弱いんだ。


 奴にいい様に歩き回られると、かなりキツイことになる。

 どこに行くのかもわからずに乗降客でごった返す渋谷や上野で尾行が途絶えなかったのが不思議なくらいだぜ。


 上野でひとしきり駅周辺を歩いた後は、またまたJRで上野駅から秋葉原駅に移動し、更に周辺を歩き回った上に、今度は神田方面へ徒歩で動き出した。

 対象が徒歩で動き回る以上、私達も徒歩でついて行くしかない。


 私も大学時代から都内に住んでいて結構な年数になるんだが、これほど歩き回ったことは無いな。

 都内で移動する際は、地下鉄など公共交通機関を利用すれば、大概の目的地付近には到達できる。


 だから駅一つ分を歩こうなんてことは普通思わないんだが、奴は金持ちなくせに、それをやっているから始末に負えない。

 しかも、もうそろそろ日が変わろうかと言う時間なんだぜ。


 今日の昼過ぎ、多分13時半頃に渋谷を出て、車で栃木県の野木町へ行き、隣町である茨木県の古河駅まで歩き回った挙句、再度車で渋谷に戻ってから上野界隈に出張って動き回っているんだから、深夜になってもおかしくは無いんだが、ちょっと異常じゃないか?

 この時点で、片桐何某の依頼でその娘の捜索をしているのではないかと言う当たりは付けていたんだが、受けた依頼が片桐の娘の捜索依頼なのであれば、既にかなりの日数が経っている失踪なのだから、今更夜中に動かねばならないほど急ぐ理由が見当たらないのだ。


 それに、何故、上野や秋葉原に目を付けたのかが全くわからない。

 奴は片桐さんのお宅にお邪魔して色々話はしただろうが、私たちが監視している間、それ以外の誰とも話をしていないんだ。


 スマホで連絡を入れていたのを見かけたが、事務所若しくは家ではないかと思われるんだ。

 実際に、後で照会をかけて調べたら、奴がこの日スマホで電話をかけた先は、松濤にある自宅と事務所だけだった。


 つまりは奴は、片桐一家からの乏しい情報だけを頼りに、誰からも情報を得ないままで片桐葵と言う娘を探していることになるんだが、それが奴の堪だけを拠り所にしているのだとすれば、それはそれで凄い話になるだろうな。

 午前一時を回って、所謂神田の飲み屋街をうろうろし始め、それから速足で移動を始めたぜ。


 後を追いかけるが、奴が急ぎ足の為に疲れの溜まった私達では追いつけず、幾つかの曲がり角を経由して、ついに奴を見失った。

 四人で手分けして探すこと30分か40分ほど、ついに私が女連れで歩いている奴を見つけた。


 ちょうどタクシーに乗るところだったが、女の様子がどうもおかしい。

 奴が来ていたジャケットを羽織ってはいるんだが、女の着ている衣服が結構破れているんだ。


 なんだ?

 犯罪にでも巻き込まれたのか?


 だが、私が止める間もなく、目の前から二人の乗ったタクシーは走り去って行く。

 俺と近くにいた小田の二人が別のタクシーを捕まえて、追跡を再開する。


 私たちの尾行を撒いて、奴が消えていた時間は精々30分かそこらじゃないかと思うんだが、その間に何が有ったのかがわからない。

 いずれにしろ、最終的にタクシーは、松濤の奴の自宅に乗り付けたのが分かった。


 奴は女連れで自宅に入って行ったが、奴の家には身重の女房とメイド二人が居るはずなので、わざわざ女を連れ込む理由がわからない。

 もしかして、あの女が片桐葵なのか?


 私たちが得ていた情報ではセーラー服姿の彼女の写真しか見ていないから、夜中の光源が少ないところで、しかも少し大人びた服装をしていればわからないのも当然だ。

 奴が自宅に連れ込んだ女が片桐葵17歳と判明したのは、その日の夕刻になって警察からの情報が入って来たからだ。


 因みに、奴は昼過ぎには片桐葵を連れて、再度野木町へ赴き、家族の元へ無事に娘を返したようだ。

 その間の経緯については、いずれ地元警察から片桐一家から聞いた情報が入ることになっている。


 だが、どんな風に考えても、奴の行動は間違いなく異常だ。

 どこからの情報も得ずに、ほとんど間違うことなく失踪者に肉薄していたんだ。


 家出娘が都会に憧れるのはわからないでもないが、東京だって潜伏するならたくさんあるし、何で上野や秋葉原に目を付けたかだな。

 しかも、そこから神田のマンションや勤務先を見つけるのが異常なほど早いのは、絶対におかしいだろう。


 奴独自の情報源が有るのなら別だが、少なくとも奴のスマホからはどこにもアクセスした気配がないんだ。

 事務所のパソコン等は流石に調べていないが、普通に考えて、そんな情報がネットで取れるはずもない。


 結局、私たちが提出するのは、「?」マークが沢山ついた報告書になってしまったよ。

 私達4人は、この5日間の担当で、この日の午後以降は、別の者に追尾監視を引き継いだんだが、片桐葵が野木町の自宅に戻って二日後には、何とか苦労しつつも報告書を書き上げて提出した。


 当然のことながら、矢野さんから呼び出しを喰らった。

 そこでねちねちと報告書の内容について尋ねられたが、わからないものはわからないと答えるしかない。


 私が見た事実をできるだけわかるように説明したんだが、矢野さんには納得してもらえなかった。

 矢野さんも、行方不明者捜索の依頼を受けた日の翌日未明に無事にその仕事が終わったことを重要視しているらしいが、私たちの四人の報告書では何で明石探偵が片桐葵のところまでたどり着けたのかわからないことで当惑しているらしい。


 仮に巫女の様にご託宣でもあるのであれば、あれほどあちらこちらを動き回ったりもせずに、一発で探し当てただろうし、そもそも居所を知っていたならば、わざわざ奴が動かずとも、上京してきた父親に居場所を教えるだけで済んだはずなんだ。

 なのに、手間暇をかけて探し回ったとすれば、何らかの痕跡を追っかけて辿り着いたという事なのだろう。


 但し、普通の探偵が深夜までかけて探し求めるか?

 これがいわゆる浮気調査的なモノならば夜間の張り込みも当たり前なのだろうが、奴はそう言った依頼は全く受けないらしい。


 いずれにせよ、渋い顔の矢野さんの視線を感じつつも俺は副長官補室を退室したよ。



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