第55話 家出少女 その一
本日午後一番のお客様は、栃木県下都賀郡野木町友沼で農業を営んでいる片桐淳史さん、44歳だ。
野木町というのは、埼玉県、茨木県、栃木県の県境付近にある町で、人口が2万5千人ほど、明治に町制を敷いてから一度も合併をしたことの無い町として有名らしい。
農耕地は総面積の三分の一を占めるが、農家は総世帯数9800の内、500戸余りと、世帯数の5%程度にしか過ぎず、更にそのうち2割は自給的農家と言って作物を余り出荷していない農家である。
茨木県の古河市に隣接していることや、上越新幹線古河駅から車で十分以内と言う立地条件から、中小の工場がかなり進出してきている。
地方都市の悲哀で、此処も人口減少の過疎の町と言えなくも無いんだが、実は世帯数は伸びている町である。
少子化、核家族化が進んでいるという事だろう。
片桐さんの家は、先祖代々の土地家屋に二世帯でご両親と一緒に住んでいる。
片桐さんは、結構な田畑を所有しており、ご両親とともに専業農家で頑張っているようだ。
依頼は長女の葵さん(17歳)が土曜日午後に失踪、夕食時にも帰宅しないので、翌日警察にも捜索願を出したが一向に手がかりが得られず、結城市役所に勤務する従弟から俺の噂を聞いて俺の事務所に捜索依頼の話を持ってきたわけだ。
失踪して二週間弱になるようだが、一応、片桐さんの心当たりには、全部連絡を取ってみて、それぞれに探してもらってはいるんだが、依然として手がかりは掴めていないらしい。
何か家出をするようなことに心当たりはあるかと聞いたら、若干言いにくそうにして金曜日の夜にちょっとしたことで口論となり、ついついびんたを張ってしまったと言っていた。
それ以後、失踪まで葵さんは家族の誰とも口を聞いていないらしいが、朝食と昼食は食べたようだ。
午後に家を出たようだが、家族でその姿を見た者は居ないようだ。
その日、片桐さん夫婦はご両親とともに畑の方で一日仕事をしており、昼に一時帰宅した時には部屋に居たようで、その時に用意しておいた昼飯は食べた痕跡が有った。
長男坊の隆司君14歳は、部活のサッカーで午後から不在であったようだ。
片桐さんの田畑は自宅に接しているが、道路側は家屋や塀の陰になって見えないので玄関の出入りまでは農作業中には確認できていないのだ。
片桐さんの家は、農道のような道路に面しているが、周辺には防犯カメラなどは設置されていないので、葵さんの足取りは警察でも掴めていないようだ。
家族で葵さんの部屋を確認したところ、外出着二着に下着など衣類数点、それにショルダーバッグ一つなどが無くなっているそうなので、それらを持ち出して家出をしたのではないかとみているそうだ。
生憎と置手紙等は残されていなかったようだ。
持っているはずのスマホは電源が切られているらしく連絡がつかないという。
失踪から二週間、身元保証のない十代の女の子には世間は厳しい。
アルバイトだって簡単には就けないだろうと思う。
誰にも頼らずに一人で生きようとするならば風俗にでも落ちるしかないのだが、・・・。
取り敢えず一通りの事情を聴き、葵さんの写真数枚を借りて、契約書を交わし、捜索活動を始めることにした。
いずれにしろ捜索の起点は片桐さんの自宅になる。
で、俺の愛車である軽4WDで出動するんだが、事務所を出たところから張り込んでいた者が尾行を開始したよ。
ご丁寧に車が二台。
乗っているのが男ばかり四人。
こいつらは公安ではなさそうだな。
尾行が下手糞だ。
十中八九は内閣官房の手先なんだろうね。
まぁ、こちらの仕事の邪魔にならない限りは放置することにしている。
首都高速中央環状線を経由、富ヶ谷で東北自動車道へ、加須ICで高速を降りて国道125号と日光街道(国道4号)を利用して、片桐さんの自宅へ向かった。
所要時間は1時間半強かな。
何せ尾行車がついているから、模範運転でずっと通したぜ。
別に急ぐ必要も無かったしな。
同乗者は片桐さん。
片桐さん、依頼が終わった後は、上野駅から新幹線で戻るつもりだったようだけれども、俺が車を出すというと恐縮しながらも一緒に出発したよ。
片桐さんと色々話をしながら、午後3時過ぎには、片桐さんの自宅に着いた。
一応、葵さんの部屋を調べ、居つきの霊たちに情報を貰った。
葵さんが家出をするつもりでバッグにモノを詰めて外出着に着替えて出て行ったのは間違いないようだ。
その際に、スマホの電源を落としているので計画的な家出だな。
但し、家を出るまで誰かと連絡を取っている節は無い。
行き当たりばったりの家出はすぐに困ることになるんだけれど・・・。
俺がその後を順次辿ると、片桐さんの自宅から農道を経て、一旦北へ向かって迂回しながら国道四号線に出て、今度は南下、目的地は新幹線の古河駅だった。
多分、わざわざ北上したのは農作業中の家族に見られないようにするためだったのだろう。
自宅から回り道をしても徒歩45分ほどで古河駅にはついた。
古河駅では上野までの自由席切符を買って乗車したみたいだな。
この日、野木町での捜索は、ここまでの動静確認で終了。
因みに男たちは目立たないようについてきてはいるが、絶対に怪しさ満点だろう。
俺はジーパンに革ジャン姿だが、奴らは背広姿なので、田舎町では目立つことこの上ないんだ。
因みに、片桐さん宅の周辺にはオフィス街なんぞは無いぞ。
古河市内に入れば、国道沿いにそこそこオフィスはありそうだが、それでもびしっと背広で決めているのは少ないな。
私は公務員ですと自ら言っているようなもんだぜ。
どうやら、近くに止めた二台の車から一人ずつ出して、俺の行動を監視するつもりのようだ。
俺の方は例によって、周辺の精霊や霊に導かれるままに野木町から古河駅までお散歩だ。
傍目から見て何をしているかは絶対にわからないはずだ。
いずれにせよ、奴らを引き連れたまま上越新幹線の古河駅に到着。
切符売り場付近で数分立ち止まっていたが、すぐにそこから駅前のタクシー乗り場に向かい、タクシーに乗ってまた片桐さん宅に戻ったのだ。
尾行者は、かなり焦りながらついてきていたな。
実は、俺がタクシーに乗った後、彼らの乗るタクシーが居なかったので、やむなく片桐さん宅を監視中の一台の車で迎えに来てもらっていたら、俺が片桐さん宅に戻ったので残りの監視役は一人のみ。
何だか焦りまくって、駅から二人を拾った車は信号無視までやらかしていた様だぞ。。
捕まったら超法規的処置とやらで逃げるつもりなのかねぇ。
いずれにしろ、そんな奴らは放置して、俺は片桐さん宅に入り、片桐さん夫婦に挨拶をしてから車で渋谷に戻った。
俺が片桐さんと挨拶をしていたお陰で何とか追いついた格好の尾行の連中は性懲りもなく二台でついて来ていたな。
一体何と上に報告するのかな。
後でエレック君に確認しようと思ったぜ。
いずれにしろ、俺は事務所に戻って、少し早いけれど店仕舞い。
その足で今度は上野駅に向かったよ。
取り敢えず彼女の足取りを追わなければならない。
場合によっては、徹夜になるかもしれないので、松濤の自宅と、事務員の荒井弓香嬢にはその旨を伝えておいた。
予め葵さんが乗った新幹線車両が分かっているので、到着時間で彼女の姿を追い求め、霊たちの協力を得ながら、二週間前の足取りを追いかけた。
彼女は家出をした当日、上野駅周辺のビジネスホテルに泊まっていたな。
消費税込みだと一泊五千円を超えるが駅に近いだけの安ホテルだ。
彼女は堀内奈美という偽名を使い、住所も小山市内の某住所になっていた。
後で分かったことだが、彼女は叔母の住所を使ったようで、戸番だけを変えていた。
宿泊代は前金だが、現金で支払っていたのでアシはつかないようだ。
彼女は、少し大柄な体格なので19歳と詐称していたようだが、ホテルもそれ以上は追及していない。
そこには二泊していたようだ。
近頃の高校生は結構なお小遣いを持っているようだね。
まぁ、お年玉を貯めていたのかも知れないが?
俺とは10歳も離れた女子の心理はわかり様がない。
世代が違うと感性も考え方も違うからな。
俺の生き方、考え方を押し付けても、きっと反発するだけに終わるだろうな。
いずれ彼女の消息は掴めるだろうけれど、その時にどうするかは、特に考えていない。
現状を把握して、それから一番良い方法を模索するしかないだろうな。
夕暮れ時以降の上野の町を久しぶりに歩いたぜ。
ホテルまでは何とか手繰れても、そこから先が結構面倒なんだ。
一応エレック君に、スマホの使用履歴を洗ってもらったが、一度だけSNSで連絡を取った人物がいるようだ。
連絡を取ってすぐに電源を落としているんだが、その際の履歴は9日前で、場所は秋葉原の駅近くだった。
風俗ならば上野の吉原地区が有名なんだが、もしかすると秋葉原のメイド喫茶辺りを狙っているのかな?
だが、メイド喫茶だって身元保証が無いとアルバイトは難しいぞ。
いずれにしろ最後のスマホを使った場所に移動、周辺の情報を聞きまわったぜ。
俺の場合、精霊や霊が相手の情報収取だから時間には関係が無い。
遅くなった場合の俺の寝るところ?
必要があればカプセルホテルにでも潜り込むつもりだ。
但し、大都会に紛れ込んだ特定の人物を探すのは非常に苦労する。
三日以内なら意外と霊も覚えていてくれるんだが、それ以上になるとよほど何か目立つ人物や目立つ行動をとった場合にしか覚えていないのだ。
その点、日本人とは異なる外国人の場合はどちらかと言うと霊たちにとっては覚えめでたき人物になるからな。
これまでは、そんなことで随分と助かっていた。
まぁ、そうだよな。
俺も毎日渋谷の事務所に通っているわけだが、その間に通り過ぎた人物の顔なんざ一々覚えていないよ。
それが駅ともなると何万人もの人々でごった返しているんだ。
その中で特定の人物が四日前に居たかと聞かれても、俺なら絶対に答えられないぜ。
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8月29日より、『仇討の娘』を投稿しています。
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よろしければご一読ください。
By サクラ近衛将監




