第54話 アラブ世界への干渉
内閣官房と外務省のお役人の依頼は断ったんだが、何となく寝覚めは悪いよな。
おそらくは、これから一月や二月の間、外務省が中心となってフーシー派と交渉をするんだろうが、タフな交渉になるだろうから、人質となった者の家族は心配することになる。
で、仕方がないのでお節介な俺は、居候の一人にお願いしてみた。
その居候は、俺が欧州を旅した時にイスタンブールの市場で見かけた壺に棲んでいた奴だ。
妖なのか魔人なのかはよく知らんが、いずれにしろ生きている人間ではないな。
で、そいつが壺の中は飽きたと言って、俺に取り憑いたわけだ。
まぁ、悪さをするわけでもなく、俺の居候達とも仲良くしているんで放置しているんだ。
で、この居候、名前をハッサンという奴だが、居候の家賃代わりにアラブ世界に関わることなら無償で引き受けると言っている奴なんだ。
日本に居れば、まずアラブ世界と言うかイスラム世界とは縁が無いものと思っていたんだが、ここに来てアラブ圏の内緒の仕事ができてしまったからな。
おれはハッサン魔導師にお願いをしてみたよ。
魔導士なる者が古のアラブ世界で何をしていたのかは知らんが、まぁ、アラジンと空飛ぶ絨毯のおとぎ話が出てくる世界だからな。
きっとファンタジーの中にいる存在なんだろうな。
俺がハッサン魔導士に聞いたのは、問題となっている日本人の救出ができないかどうかなんだ。
彼は、イランのかつての最高指導者ハー〇ネイー師に少し似ているかもしれないな。
髭を黒くして、メガネを外したらハッサン魔導士によく似ているような気がするんだ。
彼はちょっと待てという「ダキーカ」のサインをしてから少し考えこんでいた。
因みにこのダキーカのサインが出るとちょっとではなくって、かなり長いこと待たされる。
稀に返事をもらえずそのまま立ち去られることもあるらしいんだが、・・・。
概ね40分ほど待たされて、彼が言った。
『チョット調べてみたが、俺の力で何とかできそうだな。
お前の言うフーシー派の連中だが明らかに古の律法に背いておる。
従って、私が動いても問題はなさそうだ。
今から現地に飛ぶので、三日ほど留守にする。』
そう言って、彼は目の前から消えた。
彼に頼みごとをするのは初めてなんだが、四十分も待たされるとは思わなかったけれど、その間に色々調べたようだし、すごく頼もしい感じだよね。
そうして三日後、ハッサン魔導士は戻って来たよ。
「救出工作は終わった。
おそらく、明日までには現地で解放されるんじゃないかな?」
そう言ってくれたんだ。
そうして翌日、彼らは船ごと解放されたとのニュースが流れた。
いつも出てくるフーシー派の報道官ではなくって、別の者が画面には出て来たようだ。
彼のプレス発表によれば、
「我々の律法に対する重大な違反があると見做して、日本籍タンカーの〇AKURA〇GAWAを過日拿捕したものであるが、その容疑は当方の誤りであったことが判明したので、偉大なるアッラーの啓示に寄り、本日開放することにした。
アッラーの御名の前で、関係者に対して謝罪する。」
このプレス発表は極めて異例のことであった。
これまで彼らがこのような謝罪を伴うようなプレス発表をしたことが無いし、そもそも、律法違反が何であるのかが説明されていない。
いずれにしろ、拿捕されていたタンカーも関係者も全て釈放されて目的地のアラブの港に向かっていることが、会社の連絡網に入ってきていることから間違いのない事実のようだとニュースにも流れたのである。
その三日後に俺の事務所に、また、内閣官房副長官補の矢野正平氏が訪れた。
依頼は断ったモノの、別に以後の出入りを禁止にしているわけではないから、一応客として遇することにする。
彼が言ったのは思いもかけない言葉だったよ。
「前回お尋ねした際に断られた依頼については、すでに報道されていて、貴方もあるいはご存じでしょうが、人質とタンカーそのものも解放されております。
現在は、元々の目的地に無事に入港した旨関連会社からも報告を受けたところです。」
「はぁ、それはようございましたね。
で、ご用件は?」
「特に用件と言うほどのことは無いのですが、今回の一件、内閣官房では何らかの外部干渉があって早期の開放に至ったモノと見做しております。
ついては念のために確認しておきたいのですが、貴方若しくは貴方の事務所がこの一件に関与していたという事はありませんか?」
「はぁ?
私は一匹狼のような探偵ですよ。
事務員も一人若しくは二人で、彼女たちが現場に出ることはありません。
実働力は私一人なんですが、そんな私が日本に居て何ができると?」
「いえ、まぁ、現状は把握しております。
貴方が、ここ十日以上もの間、都内から離れていないことも確認しておりますが・・・。
内閣官房としては、今回の人質解放に至る経緯に種々の不信を抱いております。
ですが、アラブ世界の半分テロリストのような反政府集団が、何の恩恵もなしに引き下がるはずが無いのです。
然しながら、間違いなく彼らの中に何事か起きて、そのために彼らは人質も大型タンカーさえも何の見返りもなく開放することになった。
まるで彼らの言うアッラーの力が背後で働いているかのようなのです。
我々は、貴方が関わったアラブ以外の過去の事例も種々検討した上で、貴方が何事かアラブ世界に画策をしたのではないかと、疑っているのです。
正直におっしゃっていただけませんか?
もしあなたが今回の一件を動かした背後の力に関わっているのなら、我が国は究極の外交手段を持てるかもしれないのです。
特にアラブ世界はアッラーの神を信じており、その啓示とあれば否応なく従うことになるでしょう。
我が国はアラブ世界とは距離を置くことなく、できるだけ穏便に付き合っておりますが、それだけでは弱いのです。
もしあなたがアラブ世界に何らかの影響力を及ぼせるならば、我が国にとって非常な大きな力となり得ます。
多分正直にはお話しいただけないのはわかっておりますが、鳴海さんの実質的後継者として我々はあなたを注視しています。
彼女は、アラブ世界との交渉においても、水先案内人として多大の貢献をなしてくれました。彼女自身はアラブ世界に関する知識はほとんどないにもかかわらずです。
正直申し上げて、彼女を失ったことは日本の舵取りをする上で大きな痛手なのです。
ですから、その後継者を八方手を尽くして探しているところなのです。
もしあなたが彼女の後継者でないというならば、彼女のような未来を占えるものを探していただけませんか?」
とんでもないことを言う人だよね。
公務員ってのは、理屈で動く官庁の職員だと思ったんだが、占いを信じる役所なのか?
「前にも申し上げましたが、ウチは消息不明になった人を捜索することをメインの仕事にしています。
居るか居ないかわからない人物を探すような仕事は請け負えません。
そんな話ならばお宅の職員を動員してあちらこちらの占い師に個別に当たってみてはどうなのですか。
組織力が大きければそんなこともできるでしょうし、内閣官房で有れば他の役所にも色々と手は回せるのではないのですか?」
「我々も種々手は尽くしています。
ですが政策に関わる予言ができる者は、ある意味で国家の切り札なのです。
各国ともそれなりの人物を抱えているのが実情です。
無論予言が外れることもありますが、かなりの的中率を示すことのできる人物も居ます。
それが鳴海さんだったわけです。
その彼女が貴方の名を遺したのには何か意味があるはずです。
我々、と言うよりは、日本政府は、今後あなたの行動を監視します。
今日はそのことをお伝えに来ました。」
「あのね、監視するって、公務員のあなたがそんなことを言っても宜しいんですか?
此処の会話は録画も録音もされてますよ。
ある意味で国がストーカー行為をすると宣言したようなものですよね。
実際にそれを行なったら犯罪になりませんか?」
「犯罪を立証し、裁判にかけるのは政府機関の一部です。
超法規的措置で有ればかなりのことは可能なんです。」
「で、最終的にどうします?
犯罪でもでっち上げて刑務所に私を収監しますか?」
「残念ながら、流石にそこまではできません。
監視を継続し、貴方に鳴海さんの後継者につながる何かを見出したなら、何が何でもご協力をいただくつもりでは居りますけれどね。」
「無茶苦茶なことを言う人だ。
では、用件が済んだのならお帰り下さい。
貴方とは二度とお会いしたくないですな。」
うっとおしいことに、彼が引き上げてすぐに監視の目がついたよ。
今のところ監視しているだけで、特段支障は無いが、俺の生活やプライバシーに干渉するようなら対抗手段をとるつもりではいる。
国家権力だからと言って何をしても許されるというものじゃないだろう。




