第53話 内閣官房と外務省のお役人
外務省と内閣官房の職員二人を前に、事情を丁寧に聴いた上で、俺は依頼を断ったぜ。
公的な交渉事等に民間人の通訳を交えることが無いわけではない。
特殊な言葉であればあるほど、公務員で通訳をしている人がいない場合もあるんだ。
裁判所なんかもそうした通訳の募集をしている場合がある。
だから別のお役所が通訳を求めても特段不思議はないんだが、少なくともアラブ語は国際会議の場で公用語として通じる言語なんだ。
国連総会等の会議でもアラブ語はきちんと同時通訳されているだろう?
一方で日本語はどうかと言うと、国際的な言語ではないから、例えば首相が日本語で演説するような場合には、日本政府が同時通訳を別途雇って議場に流すことになるんだ。
国際会議では、英語、フランス語、ロシア語、スペイン語、中国語、アラブ語は、通常で同時通訳がある。
だから以前、とある国際会議で国連と事務職員との契約問題で超過勤務手当が出ないので深夜12時以降の同時通訳は止めますと言って通訳されなかった会議が有ったそうだ。
会議を途中でやめるわけにも行かず、結局通訳なしでその後の一時間ほど会議は続けられたらしい。
この際には、英語がメインとなり、中国代表があまり上手ではない英語で一生懸命話していたのにもかかわらず、フランス代表はフランス語でまくし立てていたので、出席していたほとんどの人が内容がよくわからなかったという逸話を俺の友人から聞いたことがある。
まぁ、通訳ってのは大事だよな。
だが、そんなところに外交の「が」の字も知らん奴を引きずり出そうとするなよ。
絶対これには裏がある。
で、俺の居候を使って確認してみた。
こいつを使うと後で高く付くんだが仕方がない。
その居候は、特殊な能力を持っていて、人の考えをある程度読み説くことができるんだ。
で、やらせてみたら、案の定、内閣官房の職員は、例の亡くなった宿曜占星術師の鳴海恭子さんの後釜として俺を使いたいという意向があるようだ。
彼の上司である人間からかなり言い含められてきているようだな。
一つは鳴海のおばさんが、周囲の者に俺の名を何となく出したこと。
決して、彼女は後継者として俺の名を出したわけじゃないんだが、どうしても困ったら俺のところへ行けと言ったらしい。
そんな漠然としたことを言うから、みんなが俺のところに来るんじゃないか?
本当に困ったもんだ。
それに加えて、長らく世間の謎であった結城氏の財宝を俺が見つけたことで、その思いに拍車をかけたらしい。
俺には何某かの超常的な能力が有ると奴さんたちは考えているようだ。
まぁ、実際のところ、間違いではないな。
俺は霊と話ができ、場合によっては使役もできる。
だが、鳴海のおばさんみたいに、占いで国の方針や経済の見通しなんぞはできないんだよ。
まぁ、鳴海のおばさんがどれほど的中させていたかはよく知らん。
俺の居候になっている陰陽師の霊が彼女の守護霊でいたから、その辺のことは彼に聞けばわかるが、俺に興味は無い。
いずれにせよ、日本政府としての対応に種々困っているもんだから、もしかするとその超常的な能力で何とかしてくれるんじゃないかと押し掛けてきたわけだ。
これから見ると、どうも、外務省の職員は単なる当て馬のようだな。
裏事情を知ってしまったからには、ますます受けられんよ。
俺の仕事は、人探しの探偵で有って、占いや政府に変わってテロ組織から邦人を救い出すことじゃない。
俺が、理路整然と向こうの依頼を断ったんだが、向こうは諦めないんだよね。
依頼料を徐々に挙げてきて、とうとう、一千万円まで上げてきやがった。
で俺は言ったよ。
「失礼ながらお金の問題ではございません。
依頼料が百億円で有っても、今回の依頼は受けられません。
そもそもテロ組織と交渉にに行かれる方は国を代表して行かれるわけですから、一民間人を公務員に仕立てて行かせるような真似はなさらない方がよいでしょう。
私が人探しの探偵をやっているのには理由があります。
行方不明になってその消息を求めていらっしゃる家族等の関係者のために、その行方を探すためにこの仕事を始めました。
金が問題ではないんです。
正直なところ、特別な収入でも入らない限り、私の探偵稼業はずっと赤字続きです。
私の資産ならば、当然そちらでもご承知でしょうけれど、あなた方国家公務員の生涯給与の数十倍の額を持っていますから、今更あくせく稼ぐ必要はないんです。
ですから、いくらお金を積まれてもこの依頼は受けません。
因みに、私の場合、例えば旦那とか奥さんの素行調査の類の依頼は最初から断っています。
家庭の関係を壊すような調査はしないと決めているのです。
もう一つ、国家や政府が絡む場合も、原則として依頼をお断りしています。
何となれば、国家や政府組織は予算もあり、人も居て、それだけで大きな調査能力を有しているはずですので、個人の探偵に頼む必要などそもそも無いはずだからです。
依頼を受ける場合は、その行方不明者の関係者の依頼によって動くことになりますが、そもそもその仕事の中に拉致被害者の救出や犯人の逮捕などは入っていません。
それはそもそも警察などの政府機関の仕事でしょう。
私どもも民間人としてできることはありますが、例えば被疑者の逮捕などは基本的にできないものなのです。
外国では私立探偵に銃を持たせ、賞金を懸けた被疑者を捕らえさせるような制度もあるようですけれど、日本では認められていません。
探偵の仕事の中でも私の場合は、かなり選り好みしていますので、その範疇から漏れるような仕事が舞い込んでもお断りするしかありません。
恐れ入りますが、今回の依頼については、私の考えている探偵業務に相応しくないと思いますので、どうぞこれでお引き取り願います。」
二人の国家公務員は恨めしそうな顔をして去っていった。
うん、以前、政治家の秘書で捨て台詞を吐いて出て行った奴よりもましだけれど、裏で手をまわしてきそうな雰囲気だね。
仕方がないんで、用心のためにカラスの霊を二人に付けてやった。
彼らが引き上げると、新たに雇った荒井弓香嬢が言った。
「あのぉ、今のお二人、政府の結構なお偉方のようでしたけれど、依頼を断っても宜しかったのですか?」
「うん、どこの偉いさんであれ、客には変わりがないからね。
受けられる依頼ならば受けるし、受けられない依頼は受けない。
例え相手が総理大臣であってもそこは変わらないよ。
探偵業務は、客との契約行為なんだ。
だから、向こうの依頼を受けるも受けないも、こちらが決めることができる。
双方が合意して初めて成立する契約だからね。
片務契約なんかは存在し得ないし、そもそもウチで拙けりゃ他所を頼っても良いんだ。
客には探偵や事務所を選ぶ権利があるけれど、探偵も仕事を選ぶ権利はあるよね。
例えば、今まさに戦争が起きて銃弾が飛び交っている地域に行って、人を探してくださいと言われても、受ける方は困ってしまう。
だからそんな依頼は当然に受けないことになる。
今回の場合はそれに近いのかな。
イエメンのシーア派は、ヒズボラと言うテロ組織に加担している反政府組織なんだ。
今回の日本籍タンカーの拿捕もおそらくは身代金目当ての犯行だろうね。
金を手に入れれば彼らの軍資金となって、武器商人から武器を購入して、あちらこちらで紛争の種を引き起こすことになる。
本当は彼らに金など渡さない方が良いのだけれど、人の命がかかっているからそうも行かない。
その交渉若しくは救出作戦で探偵を使うなんてありえない話だよ。
米国ならシールズかグリーン・ベレーを出して、救出作戦を遂行するのかもね。
日本には特殊部隊はあっても、海外での活動はできないから無理だね。
だから人質交渉では外交官が動くわけだけど、そんなところに顔も知らない奴がのこのこと出て行けば絶対に怪しまれることになる。
向こうだって馬鹿じゃないから代表団で交渉に来る人物ぐらいは事前調査するよ。
交渉人が殺されたり、拉致されたというのはあまり聞かないけれど、全然ないわけじゃない。
それなりに危険が伴う仕事なんだよ。」
「でも、先ほどの所長さんのお話では、危険だから行かないと言うよりは、探偵としての仕事にそぐわないから依頼を受けないという風に聞こえましたけれど・・・。」
「うん、その通りだよ。
君には話していなかったけれど、僕が探偵を始めようと思ったきっかけは、子供のころに姉が誘拐された事件が有った所為だ。
当初は単なる失踪事件として始まり、探偵事務所にも依頼したけれど、姉の行方は杳としてわからなかった。
でも姉は二年後に死体で発見された。
少なくともその直前まで姉は生きていたとわかっている。
その一月後、犯人は捕まったけれど、警察が上手く動いてくれていれば助けられた事案かもしれないし、頼んだ探偵事務所がしっかりと探してくれていればあるいは生きている姉を見つけられたかも知れなかった事案だよ。
姉の死体に会った時、両親も僕もとっても悲しかったよ。
だから、どんな理由であれ、行方不明になって悲しんでいる人がいれば、その人を探してあげるために探偵になった。
できれば待っている人の下へ生きたままで返してあげたいと思っている。
それが僕の探偵を始めた原点だよ。
だから人探し以外の調査は、余り受けたことが無い。
例外はあるけれどね。
で、今回は居場所も特定されているわけだし、少なくとも探しに行けるような場所じゃないから、その例外には当たらないと言う訳だ。」
「そうですか・・・。
所長さんにそんなお考えがあるとは知りませんでした。
探偵と言うのは、もっと色々と尾行とか信用調査なんかもするものだと思っていましたから。」
「そうだね。
普通の探偵事務所はそれで金を稼いでいる。
浮気調査とかね。
地味だけれどそれなりに金が入る。
ただ、中には悪い奴もいて、職務上知った秘密で恐喝をするような手合いもいるから注意してね。
世の中、善人ばかりじゃないんだから。
それと、採用の時にも行ったはずだけれど、君も探偵事務所の所員ではあるから、職務上知り得た秘密は例え家族でもいっちゃいけないよ。」
「はい、その点は安心して下さい。
私、口は堅いですから。」
そう言って、弓香嬢はにっこりと笑った。
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8月24日、一部の字句修正を行いました。
By サクラ近衛将監




