第47話 占い師の死
俺のところに一度だけ失せ物の依頼に来た宿曜占星術師の鳴海恭子さん、57歳が入院先の病院で亡くなったようだ。
結果的には、失せ物であった安土桃山時代の金剛界曼荼羅絵図と胎蔵界曼荼羅図の二幅を探し当てることができたんだが、あの時は、半分神様のような存在に遭遇して横っ腹を棍棒でぶちかまされたっけ。
正直なところ死ぬかと思ったぜ。
この鳴海という女性は政財界の知る人ぞ知る占い師で、色々と難局の際に道筋をつけてあげる異能者だったらしい。
もう一つ特徴的なのは、江戸時代初期の陰陽師であった安倍朝臣嫡流土御門晴信なる守護霊がこの鳴海さんに憑いていたことだ。
この女性、不治の病とされる自己免疫性後天性凝固因子欠乏症を患っているうえに、酒好きで肝硬変も患っていたにもかかわらず、どうも入院中にも隠れて酒をかっ食らっていたらしい。
それで、ある時、一気に様態が悪化したらしく、そのままご臨終だったようだ。
彼女とは左程面識のない俺だったんだが、その訃報を知らせてくれたのは、彼女の親族じゃないぜ。
守護霊だった土御門晴信だ。
俺の夢枕に立って晴れ晴れとした顔で言ったもんだ。
「鳴海の婆さんが亡くなったから、約束通りお宅の居候にしてくれる?」
まぁ、別に居候が増えても困りはしないから許可を出してやった。
というか、これまで居候になった奴で態々事前の許可を貰いに来ていたのは多分こいつが初めてだろうな。
これまでは勝手に寄り付いてきて居候を始めた奴がほとんどで、残りは、直前に許しというより一応言いに来たという状況だな。
何だか俺は霊の吹き寄せ場か、溜まり場のような感じなのかねぇ。
俺自身に自覚は無いんだが、居候達にすれば居心地がすこぶる良いのだそうだ。
葬儀予定を調べてみたら、通夜が今晩、明日が告別式らしい。
告別式には政財界の大物が列席するかも知れないんで、俺は通夜の方にひっそりとお邪魔して、焼香してきた。
香典は、さほど親しかったわけじゃないから一万円だけにしておいた。
通夜にはどうもかなりの議員秘書連中が参列してたようだな。
面識はないんだが、周囲を探ったコンちゃんが色々と教えてくれた。
この鳴海さんと言う希代の占い師が亡くなったことで政局が動くかもしれないという噂話まであるそうだ。
政治の舵取りという奴は予言めいた占いにでも頼らないとできないのかねぇ。
その五日後、何をとち狂ったのか、政権与党である民自党三役の一人、山口県出身の御旗剛三幹事長本人が俺の事務所を訪れた。
秘書一人とSP二人を引き連れてのご登場だ。
どうせ碌な話じゃないだろうから、俺としては余り会いたくもない人だったが、事務所に来た以上は例え破落戸でも一応は応対せねばならんよな。
このおっさん、SP二人を待合室で待機させたまま、ウチの事務所員の案内を待たずに、勝手に奥までやってきたぜ。
それも事務所の応接室でも、アクリル板で囲って防音構造にしている方の部屋に自ら入り込んだ。
この部屋は、海外の非合法工作員が絡む事件があったので、盗聴防止のために最近改修したものだ。
もう一つの区画も同じ防音構造にするつもりではいるんだが、このおっさん、構造からみて盗聴防止用の部屋と判断したようだ。
此処に入るという事は内緒話をご所望か?
俺は別に持ち込まれた案件を第三者に漏らすよう真似はしていないぜ。
尤も俺の事務所は広いけれどちょっと開放的なので、待合室と応接室は一応遮蔽版で分離されてはいるけれど、盗聴が気になるのかも知れんな。
まぁ、ウチの場合、待合室が混むほど依頼があるわけじゃないんだが・・・。
この応接室に入り、アクリル板のドアを閉めて、盗聴防止装置のスイッチを入れれば内部の話が外部に漏れる心配はない。
で、お話を聞いたところ、この御旗幹事長さん、どうも勘違いをしていらっしゃるようだ。
俺を鳴海さんの後継者と思っているようだ。
俺はしがない探偵だし、鳴海さんのような予言めいた占いなんぞできないとお話しして何とか納得してもらったよ。
その代わりと言っては何だが、妙な人探しの依頼があった。
鳴海さんの後継者になるような予言者を探してほしいという依頼だった。
しかしながら、俺の仕事は失踪者や行方不明者の捜索で有って、居るか居ないかわからない異能者を探し当てることじゃないと言ってお断りした。
でも、政治家ってのは頭が固いんだろうねぇ。
人探しという括りでは、その範疇にあるだろうと言ってごり押しをしてくるんだ。
「できないことは、どうやってもできません。
政治家だからと言って何でもできるわけでは無いでしょう。
例えば、何もないところから石油を採掘できますか?
手当たり次第にやれば、試掘に膨大な金をかけて徒労に終わるだけになります。
普通は、地質学者や鉱山会社等に岩盤地層の調査を依頼し、その上で有望そうな場所に狙いを定めて試掘をするんでしょう。
単純に申し上げて、私には、預言者や有能な占い師を見つけるような能力はありません。
ですから御断り申し上げます。」
「いや、君は鳴海さんの後継者のはずだろう?
鳴海さんの近親者からはそのように聞いているが?」
またまた後継者を蒸し返してきたぜ
「失礼ながら、鳴海さんとのお付き合いは、とある方の失せ物探しのお手伝いで一度だけ依頼人の家をご一緒に訪問させていただいたことが有るだけです。
その後、鳴海さんとはお会いしたことはありません。」
「うん?
だが、鳴海さんの紹介で、某議員がお前さんのところに依頼をしたはずとも聞いているが、そんな事実は無かったのかね?」
「依頼の有無で言えばございましたね。
先般、暴力団がらみの犯罪で逮捕され、議員を辞職された高木さんの秘書さんが、事件の発覚前に持ち込んだ案件で人探しの御依頼でしたが、生憎とその方の行方が分かりませんでしたので、所在不明という報告をさせて終了させて頂いた案件が御座いました。
但し、何故鳴海さんがその秘書の方に私を紹介したのかは知りません。
あるいは鳴海さんがご承知の探偵が私だけだったのかも知れませんね。
少なくとも鳴海さんとは失せ物探しの一件以来一度も会ってはいませんし、鳴海さんから後継者の話も伺ってはおりません。
いずれにしろ、鳴海さんの後継にしろ、その後継者の捜索にしろ、私にはどう頑張ってもできません。
後継者について特定に足るだけの情報が有れば可能かもしれませんが、何かございますか?」
「いや、無い。
じゃが、類は類を呼ぶとも言うではないか。
お前さんの探偵能力で鳴海さんのような予言者を探せるのではないか?」
なんだかんだと、このおっさん一時間半ほども粘りやがったよ。
依頼については、行方不明者若しくは失踪者の捜索ではないという理由で断ったよ。
御旗幹事長は、大分お冠だったが、俺が政治家に靡く必要はないだろう。
いい加減な人探しをして、いませんでしたと言う報告をすること自体が俺としては嫌なんだ。
何らかの可能性がある案件ならともかく、日本人一億二千万人の中から居るか居ないかわからない異能者を見つけてくれと言われてもなぁ・・・。
そもそも、どうやって預言者であることを確認するんだよ。
無駄なことはしないのが俺の流儀だ。
◇◇◇◇
令和11年3月10日、妹の加奈が上京してきた。
三回生の秋に、就活で二つの会社に内定をもらっていたので、地元のミッション系大学を予定通り卒業した後には本社が東京駅の近くにある東京のAB商事にに就職することにしたようだ。
商事会社なので、当然に国外での勤務もあるわけだが、当座一年間は本社で各部局を回って適性をみることになるらしい。
三回生の秋で早々と就活も完了したわけだが、それ以後も休みの度に上京して来て、我が家を根拠地に色々と都内を散策している困った妹だ。
まぁ、アルバイトしながら貯めた金で上京する経費を得ているようだから、必ずしも親の脛齧りと言う訳でもない。
そんなこんなで、我が家に小室孝子嬢が下宿人でいることも知っている。
ある意味で適齢期の女性が同居していることにも驚いた様子はない。
むしろ、夏休みに来た時には、未だキスもしていない俺たちに多少憤慨していたようなところがあるな。
盛んに孝子嬢をけしかけて煽っていたようだが、俺は周囲には影響されない。
とはいいながら、目下のところ気になる女性ではあるので、ゆっくりと攻略中?なのかな。
3月15日(木曜日)、一週間に一度の定休日なんで、俺も孝子嬢も休みなんだ。
で、加奈も誘って、午前中からドライブに出かけようとしたら加奈が断ってきた。
何でも午後から同期入社予定の友人との約束があるから、孝子嬢と二人で行ってくれと言われたんだが・・・。
出かけてから気づいたんだが、どうも、加奈の奴、俺達に気を使ったようだ。
念のために加奈に付けていた黒猫の霊の一匹は、我が家から出かけようとはしない加奈の姿をとらえている。
まぁ、妹に彼女の心配をさせてるようでは、男として問題なんだろうな。
その日は、京葉道路で九十九里浜に出て千葉を外房から内房にかけて回り、館山近辺で春の花を孝子嬢と見て回ったよ。
途中、上総一宮の海の見えるレストランで昼食を食べ、九十九里浜も二人で少し歩いてみた。
夕方には東京湾横断道路の海ほたるに立ち寄って、夕日が沈むのを見ながら食事をしたな。
この海ほたるの最上階は展望台になっているので、上に上がると夜景が周囲に広がる。
俺達の周りにもカップルが居るんだが、みんな熱々だな。
ほとんどが抱き添っているぜ。
で、清水の舞台から飛び降りるつもりで、おれも孝子嬢を抱き寄せた。
そうして見つめ合い、彼女がふっと目を瞑ったので、キスをした。
俺が外国を旅行中には、女性とハグもしたことがあるし、その中で頬にちょっと口づけするような挨拶はこれまでにもしたことがある。
だが、唇同士を合わせるような口づけはこれまでにしたことが無い。
ほんの少し、そのまま時が止まったな。
俺の居候どもが盛んにはやし立てている。
無論、居候どもは誰の目にも見えないし、その声は聞こえないはずだ。
そうして離れたんだが、孝子嬢は俺の右手を掴んだままだ。
右手の二の腕に彼女の胸のふくらみを感じていたな。
そのまま駐車場に降りて、車に乗ったんだが、助手席から俺の肩にコテンと頭をつけて来た。
どうやら一気に境界線を突破してしまったようだ。
さてどうするか。
優柔不断な俺を誘うように孝子嬢が言った。
「大吾さん、好きです。
抱いてほしい・・・。」
29歳の大人の男と25歳の大人の女だよ。
ただ抱けば良いってもんじゃないだろう。
その日、結局は、川崎で降りてホテルに入っちゃった。
まだ夜更けには早かったんだが、ホテルで休憩(???)して、汗をかいたので、シャワーを浴び、夜11時には我が家に戻ったな。
その間の出来事は、二人だけの秘密だ。
家に帰ると妹の加奈がいみじくも言った
「今日は、お楽しみでしたね。」
途端に孝子嬢は、真っ赤になっていたな。
うーん、ウチの居候どもが言いそうな言葉だった。
その日から孝子嬢との付き合いが変わった。
二人で式の日取りを考えねばならないようだ。




