第44話 テロリストへの対応 その二
私は、警視庁公安部参事官の難波宏之警視正だ。
防衛省情報本部総務部長の長嶋義信一佐とはライフルによる小学生狙撃未遂事件が起きて間もなく連絡を取り合っている。
外事を含めて公安関係に類する情報収取ならば、組織力のあるウチに勝るところがあるとすれば、CIAのような外国の防諜機関だと思っていたんだが、どうやら私の誤りであったようだ。
長嶋一佐が、渋谷のとある探偵事務所に情報収集を依頼すると聞いて、即座に無駄なことをと思ったが、別組織の判断に本音を言う必要は無いと思って口にしなかった。
その際に、何らかの情報があった場合の連絡先として私の電話番号を教えてもいいかと聞いてきたのだが、実は少々迷ったものだ。
私の電話番号などは、本来外部に知らせておくべきものではないからだ。
まぁ、そんな時のためにもう一つの電話番号もあるので、今回はそちらを教えておいた。
今回の一件が終わった段階でその電話機そのものを廃棄処分とするしかないだろうな。
これまでのところ余りそういう事例は無かったのだが、かなり前にロシアが絡んだスパイ事件に関して、その事件専用の携帯電話を使用し、一件が処理済みとなった時点で電話機そのものを廃棄処分としたことが有る。
SIMをNTT等に返却し、電話機器そのものは火葬にしてしまう方式なんだが、NTTに頼んで過去の履歴まで消去してもらっている。
従って、私がその電話番号を使っていたという痕跡はどこにもないのだ。
余計な話をしてしまったが、現在、私の寝室には携帯が四つも並んでおいてある。
一つは家族若しくは至極親しい人物との連絡用だ。
後は仕事用が二つで、主として警察内部用と外部用で分けて使っている。
そうして四つ目が、今回使う「特定事件専用の電話」だ。
しかも、この電話番号は、長嶋一佐と明石なる探偵しか知らない電話になる。
今までずっと金庫の中に入っていたものだが、狙撃事件発生の夜から使うことになった。
長嶋一佐が探偵事務所に依頼に行ったのが事件発生から三日目の朝であり、猶予時間は五日足らずとなる。
我々に残された時間は少ない。
狙撃発生直後の犯行声明のような通知に合わせて、期限を切られているのだ。
防衛省で機密となっている武器開発のデータを渡す約束をしなければ何らかのテロを行うとの予告である。
単なる狙撃程度なら何とかなるかもしれないが、前回起きた環境保護団体の脅迫事件では、実際に都内数か所に爆発物が仕掛けられていた。
その事件では、犯行予告がなされた段階では既に爆弾は設置済みであったのだ。
あの時は刑事部が主体で動いていたが、当然に我々も手を貸した。
但し、恥ずかしながら、我々では手掛かりすら掴めなかったのは事実なのだ。
仮に同じようなことをやられると、犯人の特定ができていない限り、テロの発生を防ぐのは非常に難しい。
人が集まる東京駅や有名デパートなりが狙われると、仕掛ける前ならばともかく、テロを防ぐのが非常に難しいのだ。
東京都民だけで千四百万を超えており、それが人質となっていては、正直言って動きが取れないことになる。
しかも相手は、小さな組織ではなく、外国の軍事関連組織や武器商人である可能性が高い。
国家機密を盗んで得をする小悪党など普通はいない。
手に入れた技術を使って実際に作れるようなノウハウを持っているとなれば、相当にでかい組織になるだろう。
暴力団やマフィアが入手可能なライフル程度の武器だけならば、被害は出ても左程大きな被害にはならないはずだ。
歩行者天国などで乱射事件でも起こされたなら死傷者多数が発生するかもしれないが、・・・。
当然、許されざることではないが、それぐらいの被害なら、爆発物による大量殺人と比べてまだ許容できる範囲だろう。
尤も、そんなことを治安機関の一員たる私が公言できるわけもないがな。
仮に相手が非合法活動を主体とする組織や武器商人などの場合は、彼らの扱う武器によって生じる被害は戦争並みになりかねない。
国内犯罪では使われたことの無いプラスティック爆弾、スティンガーなどの軍用ミサイル、果ては携帯型の核爆弾までもがあり得るのだ。
内閣調査室や在外公館にいる情報担当者等を含めて、我が国の治安機関が総力を挙げて取り組んでいるのだが、残念ながらしっぱすらも掴めない状況だ。
狙撃犯だけでも捕まえなければならないはずだが、その目星さえも付けられないでいるのだった。
海外の環境団体過激派組織が引き起こした爆破未遂事件については、警視庁の依頼で民間の探偵事務所が動いて情報を得ることができ、未然に爆弾の設置個所を探り当てて処理し、また、実行犯の一人の身柄を刑事部で確保できたことは知っていた。
今回の件で聞き覚えのある明石探偵事務所の名を聞き、確認のために当時の調書を調べたが、環境団体過激派の爆破テロ未遂事件で活躍した人物と同じであったのだ。
正直な所、民間の探偵風情がとは思ってはいたし、この件がウチのヤマだったなら、私立探偵への依頼など絶対にさせていないはずだ。
然しながら、生憎と防衛省自体が深くかかわった事件であるために、うちだけの事情で動くわけには行かなかった。
特に今回の場合は、防衛省の極秘情報が二つも漏れていることが重要だった。
一つは武器製造もおこなっている某重工との間で開発研究を進めている未来兵器の問題、今一つは、防衛省内部でも幹部しか知らないはずの統合幕僚長の職務用の携帯電話にメールが送られてきたことだ。
このことは防衛省の内部にスパイが潜んでいることを匂わせるのだ。
以前から、東アジアの諜報機関が我が国の中枢に潜入する危険性を問題視していたのだが、それが起きたということでもある。
今後は、IT関連のハッキング対策とともに、そうした潜入工作員による秘密漏洩の防衛手法についても見直さねばならないなと思っていた。
思いもかけず、その夜、ベッドに入って間もなく、明石探偵事務所から私の秘匿電話に連絡が入った。
国家機密やテロ防止に関わる事件であるから、いついかなる場合でも即座に動く覚悟はできていたのだが、それにしても早すぎる。
長嶋一佐が明石探偵事務所を訪ねて行ったのは今朝の話だ。
防衛省や警視庁公安部のエリートたちが三日かけても何ら手がかりを得ていないこの時期にもう情報を得たというのか?
明石大吾なる人物が、仮に今回のテロ未遂事件の仲間で有ればその可能性も十分にあるのだが・・・。
いや、同じ警視庁の同僚が信頼している人物であり、犯罪組織に加担しているはずもない。
まぁ、念のために、公安部の者を二人ほど張り付かせては居るのだが、彼が狙撃現場や最寄りの駅等を訪ね歩いていたことはわかっているが、奇妙なことに彼の者と接触する人物がほとんど居なかったらしい。
探偵であれば人と接触し、情報を集めるのが仕事だろうと思うのだが、それが無く、張り込んでいる者たちには、単に当て所なく歩き回っているようにしか見えなかったと報告を受けている。
しかも昼前頃から動き始めて夕刻間近までは活動していたが、その後は事務所に戻って書類整理をしているのがガラス越しに見えたらしい。
だから、私としては何ら手掛かりは得られなかったものと判断していた。
それゆえに、もう30分もすれば日も変わる刻限になって当該探偵から電話がかかってきたことに驚いたものだ。
しかも、重要な手掛かりを得たので、関連情報をお渡ししたいが電話ではまずいので事務所まで来てほしいという。
明石探偵の話では長嶋一佐にも来てもらうとのことだった。
私は支度をする間にもパトカーを呼んで、直ちに渋谷に向かったわけである。
事務所では明石探偵一人が待っていた。
別に競争をしていたわけでは無いのだが、長嶋一佐より少し先んじて事務所に着いたことに何故かほっとしている自分が居た。
それから五分も経たずに長嶋一佐も到着し、二人揃って秘密情報を開陳してもらった。
明石大吾という人物は某大学の法学部を卒業している人物で、司法試験に合格した後、司法修習を終了して弁護士資格も所持しているのだが、その直後に二年程海外を旅行していた様だ。
因みにその旅行の間に中南米で二回にわたりトレジャーハンティングの真似事をしており、数十億単位の収入を得ているようだ。
税金は海外で支払われており、財政的な意味あいで彼の犯罪歴は認められない。
これは、例の環境団体過激派が引き起こしたテロ事件の後で、念のため調べた情報のようだが、今回部下に要求するまで情報として私のところへあがってきてはいなかったものだ。
渋谷の松濤地区に居を構え、渋谷駅前に事務所を構えているのもその蓄財による成果と言う事はわかっている。
探偵稼業による収入はさほど多くはなく、事務所の賃貸料の方が非常に高いために、事務所の経営自体は大体赤字が多いらしい。
例外的に高額の報酬が支払われるケースもあるらしいが、本人は赤字経営については特段問題にしていないようだ。
まぁ、確かに彼の保有資産だけで数十年以上全くの無報酬でも事務所を経営できるはずだ。
その意味で余り損得を勘定に入れない人物のようであり、彼が動くのは困っている人がいるならば助けてあげるという弱者救済の理念によるものらしい。
その彼が、私と長嶋一佐を前にして最初に言ったのが、「情報源は明かせません。」ということだった。
その上で色々な情報を口頭で教えてくれ、関連情報をUSBに保管して二人に渡してくれた。
彼の実働時間はわずかに半日である。
その間にどうやったものか、ライフル狙撃犯とそのアシスト犯を見つけ、彼らの正体、彼らの勤め先と中華国の非合法工作員の隠れ蓑になっている会社が存在すること、証拠品であるライフルの在り処を明示してくれたのである。
なおかつ、防衛省内に潜入している北〇鮮工作員と、同じくその両親とされている北〇鮮工作員の存在を教えてくれた。
また、彼らのやり取りに関して中華国人民解放軍参謀本部第二部の関与を指摘したが、生憎とウチも防衛省も手を出せるところだけではないので、単なる情報提供だけになった。
どうも明石探偵自身は関連情報の通信データなどを持っているようだが、情報源秘匿の問題もあってそこまでは教えてくれなかった。
いずれにせよ、ここまでお膳立てされて失敗するわけにも行かず、取り敢えず都内に潜伏している非合法工作員二名の確保、証拠物の確保、防衛省内の潜入工作員の確保及びその両親とされている潜入工作員の身柄確保や家宅捜索などを防衛省と協議して進めることになった。
どちらかが動けば、場合により、関係者に勘づかれる恐れもあるので、発動は同時に行うことにした。
その準備作業に半日を要し、翌日?(24時少し前に事務所に行って、日は変わっていたから当日?)の夕方には、一斉摘発を始めた。
首魁は中華国や北〇鮮に在って、こちらからは手が出せないわけであるが、できる範囲でその手足を縛る方向で作戦を実施した。
この際に役立ったのは、明石探偵から手渡された出所不明の中華国及び北〇鮮工作員のリストである。
中華国大使館の職員もいれば、日本人としての国籍を持った者もいる
これらの者が犯罪でも犯していれば、すぐにも連行するのだが、生憎と証拠が無ければ身柄の確保はできない。
それでも、要注意人物としてウチの関連職員を張り付けることはできる。
そうすれば彼らも下手な動きはできなくなるはずだ。
いずれにしろ懸念されていた実行犯二人はスマホの自壊装置を発動することなく無事に身柄を確保できた。
本来であれば違法捜査になるかもしれないが止むを得ざる措置として、緊急避難的にスタンガンを使用して、身柄を確保、目覚めたところで逮捕を告げた。
意識が無い者を拾って警察署で預かっていただけの話だ。
因みに彼らは、酔っぱらいを保護する拘留施設で数時間の間保護されていたのだ。
で、殺人未遂事件の凶器が見つかり。付着していた指紋その他からたまたま保護している二人が犯人とわかり、逮捕したのだった。
ロッカーの場所については匿名情報であって、念のため調査したところ本物だったという事である。
国家の大事の前では、多少の手続き違反もやむを得まい。
いずれにしろ国内でやれることはやった。
そうしてその翌日に驚くべき情報が入ってきた。
一つは中華国国内での火事の情報で有る。
火事だからと言って特に驚く話ではないのだが、CIAから内調を通じて得た情報では、14か所にも及ぶ中華国人民解放軍参謀本部第二部傘下の特別情報部隊の関連施設であり、そこに勤務する者多数が焼死したとの一報だった。
更にその二日後には、参謀本部第二部関連の指導部でも突然死があったようだが、こちらの方は中華国政府が詳細を明かさないので不明のままだ。
それと劉国家主席が健康を害して入院中との非公式情報も流れているようだ。
そうこうしているうちに中華国政府筋のものと思われる機密情報が多数インターネットに流された。
そのほとんどが中華国語であって解読は少々遅れたものの、数日後には各国にある防衛研究所から中華国の機密情報がインターネットに流れたものでその発信元は、火災に遭った14か所のIT部隊事務所と判明したとの発表があった。
当該情報の中にはコ〇ナ関係の情報もあって、世の中はその話題で持ちきりになっている。
一方で、その後、例のテロ予告は無いまま推移しているので、明石探偵の言う通り、中華国参謀本部の第二部が背後で動いていたものと推測している。
期限の一週間が過ぎても、後続のテロ予告も無いし、国内テロも発生していない。
多分、これで終了したとみていいのだろう。
もう一つ韓国KCIA情報として内調から伝わってきたのは、北〇鮮国内でも重要な事件があったようだが詳細不明のようだ。
非公式情報では、国家主席が死んだかもしれないと言われている。
いずれにしろ、時期を同じくして一度に起こったこの海外での事件は、何となく明石探偵が関与しているのではないかと疑われるような話だ。
彼が、国内どころか東京都内から一度も動いていないのは確かだから、彼が関与したものではないとは思うが、関連する中華国情報部隊の火災と焼死、関連機密データの流出、中華国及び北〇鮮関係の主導者層のリタイア(死亡を含む)が、同時期に起きているのは偶然とは片づけにくいものがある。
だからと言って明石探偵を疑うのはおかしいと思うのだが、私の勘が何となく怪しいと呟き続けているのだ。
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6月22日、一部の字句修正を行いました。
By サクラ近衛将監