実は「私」は・・・・・・
この星の人類には「ヤンデレ」という特殊な人種がいる。
一般的な人類は恋愛感情を抱いている対象人物から好かれるような行動を取るものだが、「ヤンデレ」と呼ばれる者たちは一味も二味も違う。
どういう訳かヤツらは、自分が恋した相手に嫌われるような行動ばかりを取るようになるのである。
尾行、盗撮、盗聴、脅迫といったストーカー行為に始まり、果てには誘拐、暴行、拉致、監禁etc.といった大抵の法治国家における犯罪行為でもって求愛行動とするのだ。
恋愛対象から自ら嫌われるような行為を好んで取るなど全くもって理解不能なことであるが、驚くべきことにそういった「ヤンデレ」を文化として嗜好する者たちも存在しているというのだから最早言葉もない。
もっともそういった「ヤンデレ」文化を嗜む者たちも基本的に創作物内の「ヤンデレ」を前提しているのであって、今の俺のように現実で「ヤンデレ」と相まみえる機会が訪れれば嗜む余裕もなくなるだろう。
俺だって本当なら警察や学校に相談したい所だ。
だがどうしても周囲から要らぬ注目を集めてしまう訳にはいかないのだ。
何故ならば、「私」は宇宙人なのだから––––––
◆ ◆ ◆
13年前、私の種族は荒廃しきった母星を捨てて広大な宇宙に新天地を求めて旅立った。
資源枯渇と政府腐敗、そしてその果てに起きた終わりのない内戦により、我々の種族は数万年の時を掛けて築き上げてきた全てを失った。
それから我々は十数年の宇宙漂流を経て、ほんの少し前にこの「地球」と呼ばれる豊かな惑星に辿り着いたのである。
我々はこの「地球」という惑星の存在を認知して直ぐに惑星上の環境調査に乗り出した。
宇宙船からの望遠観察の後、無人機による偵察活動を経て、我々はついに最終段階として「精神ダビング技術」による直接調査へ乗り出すことになった。
その最終調査メンバーの一員として、私は現在この「矢野泰志」の肉体を借り受けているのである。
宇宙船から「精神ダビング技術」の憑依先を探索している時、私は偶然交通事故に遭遇して瀕死の重傷となっている「矢野泰志」を発見した。
父親の運転する車での自損事故により一家三人全滅の憂き目に遭ったらしい。
私が彼を発見した頃には、瀕死であるもののまだ息をしていた。
一方で、前席に座っていた彼の両親はほぼ即死で完全に手遅れであった。
当人には気の毒な事あるが、「矢野泰志」の境遇は我々にとって非常に好都合なものでもあった。
学生として間近で「地球」に住む人類の生活と文化を観察する機会は貴重だ。
しかも両親やその他の家族の目を気にする必要もないだから猶更だった。
私は地球の治療技術では到底回復不可能な彼の負傷を修復する代わりに、一週間ほど彼の身体を借り受けることにした。
両親を同時に失ってしまったとは言え、自分一人の命だけでも助かったのだからそれで納得して頂きたいものである。
そうして「矢野泰志」として初めて帰宅した日。
借り物の我が家で待ち受けていたのが「小谷恭子」だ。
まだ「矢野泰志」の記憶を完全に把握できていなかったことが油断に繋がった。
痺れ薬入りのハンバーグを疑うことなく完食してしまった俺はこの身体の貞操を守るため、かのヤンデレと必死の逃走劇を繰り広げた末、寸での所で「矢野泰志」の自室へと逃げ込むことに成功した。
流石の彼女も扉を破壊して侵入しようとはせず、どうにか一晩持ち堪えることが出来た訳だが全くもって酷い目にあった。
正直、四六四中ああも付き纏われては調査活動の邪魔にしかならず迷惑この上ない。
本当に厄介な存在ではあるのだが、かと言って警察に通報するのも躊躇われる。
不用意に政府組織と接触して、「我々」の存在を知られてしまっては非常にまずい。
この肉体を生体解剖されてしまっては宿主に気の毒過ぎるし、なにより大気圏外で待機している母船を万が一にも撃墜されるような事態が起きては一巻の終わりだ。
それすなわち我が種の滅亡である。
で、今日の今に至るまで放置してきた訳だが・・・・・・これはもう、いよいよどうしようもないのではないかと思い始めてきた。
異邦人である私がとやかく言う事ではないかも知れないが、なんなんだ彼女は?
宇宙レベルで見てもちょっと考えられないレベルの狂いっぷりをしているぞ。
確かにアレはもう、「病気」と表現するしかないだろう。
母星を滅亡させた我々が言えた義理は全くないのだが、この星の人類の行く末が心配でならない。
とは言え、私一人で合法的な解決手段を思いつくのは甚だ難しく。
そうなると誰か相談相手が欲しくなってくるのだが・・・・・・いや、あてはあるのだ。
ちょうど「矢野泰志」には、こういった悩みを相談できる距離感の友人が存在している。
しかもクラスメイトの女子生徒だ。
恋愛(?)相談の相手としては最適のはずだ。
・・・・・・しかし、その、あれだ。
あてにはなるのだが、頼りにならないような気がする
なにせ、変人度で言えば「小谷恭子」以上の奴だから––––––
「・・・・・・はぁ。」
「小谷恭子」の手料理を処分しながら、私は思わず大きな溜息を吐いた。
「矢野泰志」の記憶によれば「母親以外の女の子に手料理を作ってもらう」というのは将来の夢の一つであったようだが、果たしてこの状況は夢が叶ったと言えるのだろうか?
食材的にも、彼女との関係的にも、勿体ない話だ。
このまま夕食抜きだと成長盛りのこの身体が持たない。
当分の間は、未開封のペットボトル飲料と缶詰食品で凌いでいくしかないだろう。
・・・・・・ついでに一応、気絶している「小谷恭子」の分を用意してやってから、私は自分の部屋へと引きこもりに向かった。
◆◆ ◆
キィ、キィ、キィ、キィ。
午前二時の真夜中。
私は廊下の方から聞こえて来る床の軋む音で目を覚ました。
心当たりは嫌と言うほどあった。
というより、「原因」自体に隠すつもりがなかった。
ゴッと鈍い音を立てながら、彼女は私の部屋の扉に頭を押し当てて。
そしてそのまま扉越しにゆっくりと語り始めた。
「・・・・・・ごめんなさい。泰志くん。
今日の晩御飯、ちょっと失敗しちゃったみたい。
本当はおいしいコロッケをお腹一杯、食べてもらいたかったのに・・・・・・。
うふふ。でも泰志くんに食べさせてもらったおかげか、痺れるような味がして堪らなかったわ・・・・・・♡
やっぱり愛情は最高の調味料ね♡
わたし、感動しちゃった・・・・・・♡
次はもっと上手に作るから楽しみにしててね♡
そうしたら今度は私が泰志くんにア~ンしてあげるね♡
大好きだよ・・・・・・♡
この世の誰よりも。」
中途半端な時間帯に気を失ってしまったせいで目が覚めたのだろう。
心なしか、いつもより声に色艶がある気がする。
元気が有り余っているのか、よく舌の回ること回ること。
「––––––––––––♡」
私は個体名「小谷恭子」の囀りを全て無視して再び眠りに就いた。
たった四日でこの異常事態に適応しつつある自分自身に少し恐怖しながら・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・。
・・・・・・。
・・・。