ありのままの自分を見てほしいとか巫山戯た甘えばっか言ってんなよ
「う、嘘だろ......」
これは夢......だよな? そうだよな!?
そうだよ、そうじゃなきゃこんな光景、現実に起こるわけがないじゃないか。
仲睦まじそうに腕組んで、楽しそうな笑顔でいちゃいちゃしながらホテルに入っていく男女。
男の方を僕は知らない。けど女の方はよく知ってる。
風梨亜芽。僕の幼稚園以来の幼馴染で彼女............のはずだ。
いつも優しい笑顔を向けてくれる僕の彼女。
その笑顔が別の男に向けられていたことにショックを隠せない。
見た感じ男の方は、僕らと同じくらいの年齢っぽく見える。
けど、見た目からして僕が嫌いなタイプだ。
頭の側面を刈り込んで、中くらいの長さの髪を軽くウェーブさせてチャラついてるし、革のネックレスとかイキった大学生っぽくて見てられない。
ああいうタイプは、甘い顔して女に近寄って結局雑に扱うクズ野郎だったり、逆に大学からデビューをかましたダサい野郎に決まってる。
僕はああいう自分の外面を偽ったダサい男には絶対なるつもりはない。自分を騙してまでみんなと同じような感じになるなんてまっぴらだからな。
............まさか亜芽が大学に入ってから髪をあんなオレンジだか茶色だかわからない明るい色に染めたり、ピアス空けたりしだしたのはアイツが原因だったりするのか!?
そう言えば、僕が前に「それあんまり亜芽に似合ってないし黒に戻したら?」ってアドバイスしてあげたのに、笑って誤魔化すだけで元に戻してないし。
だとしたら、亜芽はもう1年以上も浮気をしてるってことになるんじゃないか!?
許せない......。
いや待て待て、まだ亜芽が浮気したって確定したわけじゃないだろ。
2人でホテルに入って社会見学してるだけかもしれないしな。あいつらがホテルから出てくるまで待って、声をかけてやろう。
*****
「......やっと出てきやがったか」
あれから大体3時間。
ホテルの入口近くの電柱の影に隠れて待ってたら、とうとうアイツらが出てきやがった。
亜芽は男の腕にガッチリ抱きついて距離が近いし、なによりあのホクホク顔。僕でさえ見たことない。
しかも男の方は抱きつかれた腕の肘を動かして亜芽の胸をつついてやがる。
なんで拒否しないんだよ、亜芽。
そんなどこの馬の骨とも知れない相手に......。
大学デビューかなんか知らないけど、そんなチャラけたやつに。
僕らは幼稚園からの幼馴染じゃないか。大学に入ってからは付き合いだしたし。
同じ大学に進むことが決まって亜芽のところに行ったら、亜芽の方から僕に告白してきたんじゃないか。
僕は中学のころには亜芽のことが好きだって自覚してたし、亜芽もいつも「そのままの名木くんがいい」って言ってくれてたじゃないか。
けど、亜芽は照れ屋だから、僕らはそれからも清い付き合いを続けてきて。
なのに......なのに亜芽はまだ僕ともシてないいろんなことを、そいつとシちまったってのか。
僕の大事な亜芽の純潔を、そんなくだらない男にやったってのか?
こんな裏切り、許すわけにはいかない。
僕を裏切ったこと、後悔させてやるからな。
とりあえず今声かけたら、亜芽のやつ、驚くだろうな。
泣いて謝ってくるか? まぁどんなに謝られても許さないけどね。
必死に謝ってきたら、僕の性処理くらいはさせてあげるかもしれないけど。
「やぁ、亜芽。こんなところで何してるのかな?」
「な、名木くん!?」
はんっ。やっぱり驚いた顔してやがる。
今更、後悔しても遅いけどね!
それにしても、『名木くん』、か。
小学校4年くらいから亜芽は僕、名木新紫のことを『名木くん』なんて他人行儀な名字呼びをし始めた。
幼稚園の後半ごろから小学校4年までは『新紫くん』って親しく呼んでくれてたのに。
みんなの目が気になるからとか言って照れてた亜芽も可愛かったけど、内心寂しさはあった。
名字で呼ばれるたびにあの頃のチクっとした気持ちを思い出すから辞めてくれないかって、何回も言ったと思うんだけどな。
「なぎ、くん......?」
亜芽の隣にいるチャラついた男が不思議そうな顔をしながら僕の名前を呼ぶ。
男に呼ばれても嬉しくないから。
「なぎ......なぎ......。どっかで聞いたような............。あ、名木さん! もしかして、あなたがあの名木さんなんですか!」
めちゃくちゃ馴れ馴れしく話しかけてきやがる。
つーか、僕から亜芽を寝取ったんだ。絶対知ってて惚けてるんだろ。
「はい? 『あの』っていうのが何を指してるのかわからないけど、そうなんじゃない? そういうお前は? 亜芽とはどういう関係なんだ?」
「俺は亜芽さんの彼氏の浮雲靭人です」
「はぁ? 彼氏?」
「そうですけど何か?」
何だこの優男。「そうですけど何か?」じゃないから。
なに堂々と言ってやがる。
亜芽も亜芽だ。なんで僕じゃなくてこいつの背中に隠れてんだ。
僕のことをそんな怯えた目で見てきやがって。ぶち犯してやる。
「亜芽、こっちにきて。今なら浮気したこともそこまで怒らないから」
まぁ怒らないなんて嘘だけどね。
こっちに戻ってきたら即腕を掴んで目の前のホテルに連れ込んでやる。
「名木さん。あんた、ほんとそういうの止めた方がいいっすよ?」
「はい?」
何言ってやがんだ。
お前も僕を哀れなものを見るような目で見てんじゃねぇよ。
見た目を繕った自分じゃないと生きていけないようなダサいヤツの方が、よっぽど哀れだって気づけよな。
ありのままの自分で勝負できないようなら、大人しくしとけってんだ。
「人の女を寝取るようなやつにだけは言われたくないな。もちろん彼氏を裏切って浮気するような尻軽にもね」
「............こりゃだめだな。亜芽さんは俺から離れないでね?」
何がダメだって?
ダサ野郎の分際でなに呆れてんだ。
「それで? 僕から亜芽を寝取ったこと、説明してもらおうか?」
正直吐きそうだし聞きたくもないけど、さっき電話してる間に録音も始めたし、証言を残して大学にでもばら撒いて地獄に落としてやる。
人の女を寝取るようなクズにはお似合いの末路だよな。
「寝取った?」
「そうだろうがよ。わかってんだろ? 僕と亜芽は幼馴染で恋人で、それをお前が寝取った。違うか? あ? 何か言ってみろよ」
惚けた顔しやがって。人から寝取る勇気はあるくせに、言い返す気概はないのか?
くそっ、僕はこんな男に亜芽を寝取られたのか。
「そうなの? 亜芽さん?」
は? なんでここで亜芽に話をふるんだよ。
「そんなわけないでしょ! もうっ、靭人はわかってるんだから、そういうイジワル言うの止めてよね!」
「はははっ、だよね。ごめんごめん」
............あぁ、亜芽。そこまでそいつに堕とされちまったのか......。
「名木くん......。そろそろほんといい加減にしてくれないかな?」
ふんっ。裏切り女のテンプレみたいなバカにした台詞でも吐こうとしてるのか?
どうぞどうぞ。お前みたいな裏切り女こっちから願い下げだね。
せいぜい汚い言葉で罵ってこいよ。こっちは録音してんだ。明日には大学で嫌われ者だな。
「昔からしつこくて嫌だったの! 大学に入ってからはいきなり彼氏面始めるし......。今日に至ってはホテルの前で待ち伏せなんて............。もう、止めてよ!」
涙声で僕に意味不明な冤罪を擦り付けてくる亜芽。
最低だね。自分の浮気を隠すために大事な幼馴染の彼氏を売るなんて。地獄に落ちろ。
こんな最悪の女、いっそ別れられてよかったよ。
けど、流石に20年来の幼馴染にここまで罵倒されると悲しくなってくるな。
ちょっとくらいはここで仕返ししてやらねぇと気がすまねぇ。
「亜芽が僕に告白してきたくせに」
はっ。チャラついたいけすかねぇ野郎も困った顔してやがる。
もしかして、その男には「アイツの方から告白してきたんだよ」とか適当なことを言ってたんじゃねぇのか?
だとしたらざまぁねぇな。
浮気女はざまぁされる運命なんだよ。
「そうなの?」
「だからそんなわけないのわかっててそういうこと言わないでよ!」
もっと喧嘩しやがれ。
浮気野郎どもはすぐに別れるって相場が決まってんだ。
「ふぅ......。それで、あんたは亜芽さんからどんな告白を受けたんすか?」
なんだ、そんなこと聞きたいのか?
「亜芽はな、大学の入学式の日に顔合わせたとき言ってきたんだよ。『これからも仲良くしようね』って、笑顔でな」
「「....................................................................................?」」
亜芽は優男くんにバラされたせいで、優男くんは亜芽の尻軽っぷりを知って、言葉もでねぇか?
「亜芽はな、昔から僕にべた惚れだったみたいだぜ。いっつも僕に『そのままがいい』って言ってきてたしな。僕はお前みたいに自分をよく見せようとしたりしないからな。そういうところが亜芽と気があったんだろうな。けど亜芽がこんな尻軽だなんて知らなかったよ。明日、大学が楽しみだな?」
せいぜい怯えやがれ。
「そ、そんなことで勘違いされてたんだ......。私、『そのままがいい』なんて言ったことない! 名木くんがしつこく『俺、見た目とか変えたほうが良いかな?』とか聞いてくるから、心底どうでもいいから『そのままでいいんじゃない?』って答えてただけ! だいたい、そのままで良いわけないのは鏡見たらわかるでしょ!? ぼさぼさの髪の毛とかヨレヨレの服とかもそうだけど、運動もその他も特に何ができるってわけでもなく、なのに『ありのままの自分(笑)』とかを大事にして1つも努力しない。カッコいいと思ってるのか知らないけど、友達も作ろうとしないくせに、私にだけはたまに話しかけてきて! 生き方がダサいのよ!」
..............................は?
「うわぁ、まじかぁ。ってか、亜芽さんやっぱり誰にでも優しくしすぎるからそういうことになるんですよ。これからは俺だけに優しくしてください」
「えぇ〜、でも私、普通にしてるだけなんだよ? 特別扱いしたことあるのなんて靭人だけだよ?」
「え〜? 中学時代にいたって言ってた元彼氏さんは特別じゃなかったんですか?」
「んもぅ、昔の話掘り返さないでよ。............先輩は全然エスコートしてくれなかったし、1ヶ月なんにもなく別れたって言ったじゃない。ハジメテだって、靭人にあげたでしょ?」
「あはは、そうですね」
は? は? は? は? は? は?
中学時代の元カレ? 先輩?
「だ、誰だよ! 僕はそんなやつ知らないぞ!」
「なんで私が名木くんなんかに教えなきゃいけないのよ! っていうか今は靭人といちゃいちゃする時間なんだけど。邪魔しないでよ」
ぐっ......。
「それにしても名木さん、マジでキモいっすね。どうやったらそこまでキモくなれるんすか?」
「あ゛?」
「いや、『これからも仲良くしようね』って言われて告白だって勘違いしたり、謎の両思いの勘違いを重ねて努力は一切しない。そのくせ自分のありのままを見てほしいとか言い出して、最後にはストーカーって......。生きてて恥ずかしくないんすか?」
「なんだと!?」
「うぅ......靭人が私の思ってたこと全部代弁してくれるぅ。嬉しいよぉ」
いや......いや嘘だろ。嘘だよな!?
これまでの僕たちの思い出が......え、なに、どういうこと!?
........................いや、きっと亜芽はコイツに唆されてるだけなんだ。
こいつを始末すれば、きっと僕の元に......。
おらっ!
「うわっ、いってぇ!」
は......ははは。殴ってやった。
やっべぇ。人生で初めて人を、殴ってやった!
こんな男らしいとこみたら、亜芽のやつもヨリを戻したがるかもな!
僕以外の男に処女を売っちまったビッチには便器以上の扱いする気はねぇけどよ!
「ゆ、靭人!? だ、大丈夫!?」
ちっ。これでもそんな中身のねぇ男の心配か。
ほんとクソ女だな。
けど、見れば見るほど良い身体してるな、僕の幼馴染は。
今までは我慢してやったけど、ここまできてコイツを喰わない手はないだろ。
「おい、亜芽。今すぐ謝って、僕とホテルでヤることヤれば、そいつのことは許してやるかもしれないぞ?」
「名木くん......」
ほら、土下座して謝れよ。
「あんた、ほんと最悪だね。だいたい靭人がわざと殴られたことくらい見てわからないの? まぁ、今まで何の努力もせず、人のことも見てこなかったあんたにはそういうのわかんないか。今まで隅っこで1人、うじうじするだけしかしてこなかったくせに、こういうときだけ威勢がいいっていうのもありえないから」
「なんだと! 言わせておけば......。いいから来い!」
口答えしやがって。こうなったら無理矢理にでも犯してやる!
ギュッ!
痛ぇ! 腕を掴まれた!? お、折れる折れる!
「お前。俺の亜芽さんに触んじゃねぇよ。ころすぞ」
ひえっ。
こいつ......じゃない。この人、本気で僕を殺す気の目をしてる......。
さっきまでの優男オーラはなんだったんだよ!?
確かに身長は僕より10cmは高いし、ガタイも僕とは比べ物にならないくらい良いけど、さっきまでのフワフワなやつならなんとかなると思ったのに!
この人は敵に回しちゃだめな人だったんだ......。
「ご、ごめんなさい!」
「謝るなら最初からやるなよカスが」
「そ、そこまで言わなくても......」
言葉の途中で睨みがキツくなったせいで詰まる。
目の前のチンピ......彼は乱暴に僕の手を離して「はぁっ」とため息をつくと、さっきまでの優男の雰囲気をやや取り戻して口を開く。
「名木さん。なんか知りませんけど、男なら最低限、身なりくらいは整えて、ちゃんと努力しないと誰も見てくれませんよ? あんたの言う『ありのままのあんた』にどれほどの価値があるんです? お互いに価値を認められない相手と仲良くなろうだなんて誰も思いませんよ? 誰しも大なり小なり努力してんすよ。あんたもちょっとくらいはやんないと」
「う、うるさいな。亜芽がちゃんと僕のことを見てなかっただけだ。僕はこれからちゃんとありのままの僕を見てくれる人を探すだけだ。お、お前みたいなチャラけた外見だけで中身空っぽのやつに、な、何言われても、ひ、響かないよ......」
僕にしては頑張った。
こんな危ないやつにもちゃんと言い返してやった。
自分を偽ることでしか社会に溶け込めない弱者のくせに、僕にお説教みたいなことをしやがって、チクショウが。
「......あんたごときが..................あんたごときが靭人を悪く言わないで! 靭人は優しいし賢いしカッコいいしおしゃれだし努力家で何事も諦めないし、みんなに人気者で。私にも誠実に積極的にアピールしてきてくれたの! なんもない名木くんはちょっとくらい響かせなさいよ!」
........................。
「亜芽さん。俺のことそんなに持ち上げてくれて......。嬉しいです! 好きです亜芽さん!」
「わ、私も!」
チュッ。
「えへへ♡」
あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙!!!!!!!
「早くどっかいっちまえよ!」
これ以上見せつけられたら心が耐えらんねぇ!
「言われなくともあんたみたいな人、いつまでも亜芽さんの視界にいれさせたくないですからね。ま、どうでもいいですけど。ただ、二度と亜芽さんに関わらないでくださいよ」
はんっ。こっちから願い下げだっつってんだろ。
「あ、それと」
「まだあんのか」
「ありのままの自分を見てほしいとか巫山戯た甘えばっか言ってんなよ。ゴミ」
ひょえっ......。
*****
「亜芽さん。無事で良かった」
「ありがと♡」
「けど、いろいろ迷惑かけてくれましたし、お代としてってわけじゃないですけど、もう1回、一緒に入ってもらえます?」
「やだもう、靭人ったら♪」
言葉では拒否にも取れる発言をしながらも、完全に受け入れる気しかない表情で男の腕を取る亜芽の姿に、言い知れない絶望感を覚える。
腕を組んで城みたいな建物に入り直す2人の背中をただ見送るしかない僕。
手元に残ったのは、大事な幼馴染で彼女だと思ってた女からの、この20年の人生を否定されたような感覚と、彼女の残酷な言葉を残した録音だけ。
小中高大学と、今まで亜芽以外の友達もできたことない僕は、大学でこの録音を流すこともできない。
なんなら、こんなものを流したら僕の沽券に関わる。
......あぁ、僕はなんて惨めなんだろう。
あんな最低な女に人生の大事な20年を費やしてしまったなんて......。
次こそは、ありのままの僕を正しく見定めてくれる、素敵な女性に巡り会えますように。