規格外のうんこ
1つ目のうんこと出会ったのは私がまだ小学生の頃だった。私の記憶が正しければ3年生だ。
3年生といえばうんこという言葉で小一時間笑っていられるような年齢だが、実は私達はうんこに対してあまり良いイメージを持っていなかった。その原因は私の母校の校風にあった。
今はどうか分からないが、その頃私の母校では授業中だろうが休み時間中だろうが、学校でうんこをする児童は犯罪者として扱われていた。生まれつき肛門括約筋が弱かったり、お腹が緩かったりする子がいたにもかかわらずだ。
私はそんな校風に不満を持ち、当時親友だったKくんとよくうんこをしていた。これは学校社会に対する私たちの些細な抵抗だった。
当時私達の教室があった2階の男子トイレには洋式と和式の個室が1つずつ設置されており、私が洋式、Kくんが和式というように手分けしてうんこをしていた。
ある日いつものようにKくんとトイレに入ろうとすると、Kくんが叫び声を上げた。
「う、うんこだぁーっ!」
私はその時一瞬「トイレなんだからうんこがあるのは当たり前だろ」と思ったのだが、よく考えたらうんこがあるのはおかしいと気付き、Kくんのいる隣の個室に入った。
するとそこには、見たことのない大きさの立派な1本グソが横たわっていた。当時の私の手首ほどの太さの、40cmほどの長さの極太激長うんこが堂々と横たわっていたのだ。そのうんこはあまりの大きさゆえか、便器から10cmほどハミ出していた。
私達は恐怖した。うんこの自由のために戦い続けてきた私達であったが、ここまでの大きさのものがこんなふうに置いてある。私達への警告だと思い、焦ったのだ。
このように私はこのうんこを、うんこを取り締まる側の勢力による私達への宣戦布告だと受け取った。私達がうんこを出来ないようにしようとしているのだ。
しかしここで1つ疑問が浮かぶ。うんこ警察に我々のことをよく思っていない人間がいたとして、いったい誰がこんなデタラメな大きさのうんこを捻り出したというのだ。明らかに子どもの体から出たものではなかった。ということは、大人、つまり教員の中に我々の敵がいるということになる。
私とKくんはしばらくうんこを見つめていた。最初に見た時は確かに怖かったが、こうして眺めていると感動すら覚えるほどの見事な1本グソだ。スマホを持っている今なら思わずシャッターを切ってしまうことだろう。このツヤ、色、表面に1粒のとうもろこしも見えない消化力、全てが完璧な健康的なうんこだ。それがこの大きさで置いてあるのだ。
もっと眺めていたいが、あと7分ほどで休み時間が終わってしまう。早く別のトイレに行ってうんこを済ませなければ。そう思った私はKくんにその旨を伝え、自分は洋式のトイレに入った。
しかし何かが引っかかる。何か大事なことを見落としている気がするのだ。Kくんを1階に向かわせた私は1人で考えた。
そういえば先生達は確か教員用のトイレを使っていたはずだ。掃除をしに行った時に見た事があるが、小便器も大便器もここよりやや大きい。つまり彼らにはここのトイレは小さいはずなのだ。
ただ、うんこを我慢しながら50分の授業を終えて、職員室の隣にある教員用トイレまで行くことが出来ないほど切羽詰まっていたということも有り得る。
いや、あのうんこの主はうんこを放置して我々に宣戦布告をしたのだ。切羽詰まっていて駆け込んだ先でのうんことは考えにくい。ということは、ただ単に教員がここに宣戦布告用のうんこをしに来たと考えるのが妥当か。
全てのうんこを出し終えた私は尻を拭き、個室を出た。教室に戻る前にもう1度あのうんこに目をやる。
真っ白な便器に横たわる適度に照りのある巨大なうんこ。先ほどと変わりない光景がそこにあった。
私は教室に戻り、担任の先生に報告した。
「細めの缶ジュースくらいの太さで、長さもこの床のタイルの1.3マス分くらいあったんです!」
出張うんこから戻ったKくんもあのうんこの状態を細かく先生に説明した。
「すっごく頑張って出したんだろうね! 2人の観察力もすごいね!」
先生はそれだけ言って机に向かって座った。流していないことには触れないのだろうか。なんだよ観察って。こっちだって見たくて見てたわけじゃないんだぞ。そんなことを思いながら私達も席へ向かった。
まったく、観察って。我々のことをうんこ大好き人間みたいに言いやがって。見たことは見たけど、そんなにジロジロ⋯⋯見たな。だってあんなに綺麗な1本グソなんだもん。一糸まとわぬ美しき照り照りうんこ⋯⋯見ちゃうよな⋯⋯
はっ!
私はその時あることに気が付き、絶句した。
背中に嫌な汗が滲み、鳥肌が立つ。
そうだ、初めて見た時から違和感があったのだ。大事なことを見落としているような。今になってようやく気が付いた。
あの空間には、トイレットペーパーが使われた形跡がなかったのだ。
あそこにはただ便器とうんこがあっただけだった。トイレットペーパーは壁についたロール状のものしかなかった。
私は自分の記憶を確かめるためトイレへ走った。
「先生ちょっとトイレ行ってきます!」
「え、今行ってきたんじゃないの!?」
先生の声がかすかに聞こえた頃、トイレに着いた。恐る恐る和式トイレの戸を開く。
ない。
さっきまでそこにあったはずのうんこが跡形もなく消えていた。この2、3分の間に何があったのだ。もし誰かが流したのであれば、床についていた部分だけ茶色い汚れが残るはずだ。だが今はそれらしきものも見当たらない。どういうことだ。どういうことだ。
私はKくんを呼びに行った。
「あ、早かったね。もう大丈夫?」
担任の先生が優しく迎えてくれたが、今はそれどころではないのだ。
「え、授業始まってるよ?」
私はそう言うKくんの腕を掴み、無理やりトイレに連れていった。先生はぽかんとしていた。
「⋯⋯誰かが流したんじゃないの」
Kくんは冷たくそう言った。呆れたように、バカを見るような目で私にそう言った。
「思い出してみろよ! うんこ単体だっただろ! トイレットペーパーが使われてなかったんだよ!」
「え? ⋯⋯まぁ確かに、そう言われてみるとそうかも。それが?」
「尻を拭かないやつなんてこの世にいるか? こんなぶっというんこを出せるやつがこの世にいるか?」
「まぁこの世のどこかにはいると思うけど、学校でうんこして尻拭かないやつはいないだろうね。確かに太さもやばかったね」
ようやく私の話に耳を傾け始めるKくん。
「そう、この世には学校でうんこをして尻を拭かないやつなんていないんだ。この太さも普通の人間には無理だ。つまりこれってさ⋯⋯」
「この世のものではないって言いたいの?」
そう、恐らくあのうんこはこの世のものではない。もしくは、この世のものではない者が遺していったうんこだったのだろう。
「俺たちが見たのってもしかしたら幽霊だったのかも」
うんこの幽霊だ。
「確かに、過去に何かあって死んじゃった人が無念を晴らしにうんこをしに来たのかも⋯⋯」
Kくんはしんみりと言った。私達は和式便所に向かって手を合わせ、その場を後にした。それ以降私は卒業するまであのうんこを見ることはなかった。
[以下考察]
先生の反応が薄かったのは、実は何か知っていたからなのではないだろうか。過去にも同じようなものを見た者がいた、もしくは、過去にあのトイレで何らかの事件が起きていた、とか。
もしあのうんこが霊によるものであった場合、どのような背景があったのだろうか。いろいろと想像が膨らんでしまう。
あのうんこは便秘の人の未練なのではないか。私が小学生になるより前に、なかなか思うようにうんこが出なかった子がいて、溜まりに溜まったうんこを出せないまま無念の死を遂げたのだとしたら。
幽霊になってあそこに特大の健康的なうんこをする。これがその子の願望だったのではないか。私の時代はほとんどの子が洋式を好んでいたが、何年も前に亡くなった子のうんこだとしたら和式トイレだったというのも辻褄が合う。
別のパターンを考えてみると、これまた悲しき最期を遂げた人物が浮かび上がった。和式を好む教師が我慢ならず入ったのがあの2階のトイレの個室で、そこで踏ん張っている間に死んでしまったのではなかろうか。
和式は洋式に比べてより踏ん張る必要があるため、年齢によっては頭の血管が切れてしまうこともあると思うのだ。実際に私の知り合いにそれで命を落とした人がいる。踏ん張りが原因なのかは分からないが、うんこをしている最中にくも膜下出血で倒れ、そのまま誰にも見つからず亡くなってしまったのだ。
死ぬほど踏ん張って出そうとしていたうんこを霊になって出しに来る。怪談としてはそこそこ王道な展開なのではないだろうか。
いずれにせよ、あれが強い未練によって出現したうんこであることは間違いないと思うので、主がちゃんと成仏出来ていることを祈るばかりである。
霊的な話以外の可能性でいうと、ぶっというんこを出せる健康な超人がうんこをぶっぱなして、尻を拭かずに立ち去ったという、私が見たものをそのままの解釈で受け入れた場合に出てくる説が有力だろう。確かに幽霊が出る確率よりは高そうだが、出来ればそんなやつは校区内にいてほしくないのでボツにしたい。
あとありそうなのは、普段からうんこを容器か何かに溜めているヤバいやつがいて、それを太さ5cm、長さ40cmの1本グソの形に成型してあのトイレに置きに来たというものだろう。絶対にそんなやつは校区内にいてほしくないので絶対にボツにしたい。
真相は明らかにならなかったが、お楽しみいただけただろうか。私は書いていて楽しかった。小学生の頃を思い出して、小学生に戻ったみたいだった。今なら雑巾がけレースも出来るし、ジャングルジムに登れる気がする。帽子とエプロンをつけて給食を運べるし、女湯にだって入れる気がする。よし、もう1個のうんこ体験談を書く前に銭湯にでも行くか!
っとその前に次回予告をしよう!
明らかな悪意を持ったその遺うんこは、個室に入った私の全身を硬直させた。あなたは次回、今までに見たことのない惨状を目の当たりにする。
「次回、邪教の遺うんこ」
ぜってー見てくれよな!