第七話 歌、それは魂の叫び
黒々と聳える魔王城。その城の主は魔王。魔界一の貴公子と呼ばれた魔王は玉座に座り、片手で喉を抑えて顔をしかめ天井を見上げる。
「あ゛~~~、喉が……」
「ハスキーボイスになってます、魔王様」
赤いローブに身を包む魔族宰相は、喉に良さそうなハチミツ入りの果実水を魔王に差し出す。受け取り一口飲む魔王は美味そうに目を細めて。
「久しぶりに朝までカラオケしてしまった」
「魔王様も四天王も歌が素晴らしいですな」
「いや、四天王は歌が上手いが、俺はシャウトで誤魔化しているだけだ」
「いえ、迫力が凄いものでした。寄生〇のオープニングのデス声には驚きました」
「あれ一曲で喉がやられるな」
「しかし、大丈夫でしょうか?」
「何がだ? 宰相?」
「いえ、小説家になろう、は歌と歌詞には厳しいとのことで、カラオケをネタにしてトークするとバンされるのではないかと」
「心配はいらんぞ宰相。歌をネタにしてもパクリで無ければ良いらしい。それに、この歌は良いと他人に勧めるのもダメ、というのは堅苦し過ぎるだろう」
「それはそうですが、昔より煩くなっているそうではないですか」
「ふん、小説家になろう、にはインセンティブも投げ銭も無い。なので読者が増えたところで営利目的にもならんだろうに。それなのに商業出版よりも厳しくしてどうする?」
「確かに。昨今では商業の方が危険なネタにチャレンジしたりしますからな。規制の基準がよく分かりません」
「たまに、この内容で成年マークがついてないのか? と驚愕するマンガもある」
「それなのに、い〇ない!ルナ先生!は成年マーク付きになったのですが。比べると昨今の無印の方が過激ですぞ」
「エロ系は時流で規制の基準がコロコロ変わるしな」
「アニメもまた、これ地上波で放送していいのか? と心配になるものもありますな」
「商業の方がネットよりもユルイというのは逆転してないか?」
「昔のゲームを思い出しますなあ。売れるゲームを作る大手の方が規制は甘く、無名のサードメーカーに規制は厳しく、と」
「権力のある方が好き勝手して、権威の無い奴は大人しくしろ、というのは逆だと思うのだが。規制は破滅を生むと古代の哲学者も言ってるだろう。先ずは手本となるべき者から規律正しく在るべきではないのか?」
「売れるためには何でもアリで、売れそうなものは既得権益を守るために自社以外には禁じよう、というものかもしれませんな」
「嘆かわしい。そういうことをしていては、業界全体が先細りしていくだろうに」
「こういうのが昨今の追放ものの流行に繋がるのかもしれませんな」
「その点でスタジオジ〇リは器の大きさが違う。トト〇の森を名乗りたければ好きにするといい、としたではないか」
「あちこちにトト〇の森が誕生しましたな。そして自然保護へと繋がりました」
「ときに〇魂のパクリが受けたり許されたりするのも、原作へのリスペクトが感じられるからだ。それが無いチ〇トスレイヤ〇は1話で即打ち切りだった」
「連載が1話で打ち切りとは新記録です。誰もこの記録を打ち破ることはできますまい」
「それにだな、この話はもともと、怒られたら消す予定なのだから、どこまで攻めることができるか試してみるのも良いだろう」
「いえ、できれば消されたく無いのですが」
「歌をネタにするのはそんなに危ないのか?」
「小説家になろう、ですと『デブオタと追慕という名の歌姫』(N8363DL)という作品があるのですが」
「美女と野獣のようなタイトルだな」
「この作品が歌関係で版権の問題に抵触している、という理由から削除処分を受けたという事例があります」
「なんと? ネット小説、厳しくないか?」
「現在の『デブオタと追慕という名の歌姫』は該当箇所を修正した改訂再掲載版で、安心して読めます。何よりこの作品、歌を誹謗中傷するものでは無く、逆に歌こそ心の支えと称賛する内容であります。わたくし感動のあまり涙が出ました」
「ほお、宰相を泣かせるとは。俺も興味が湧いてきた」
「これは感動の名作でありますぞ。魔王様も死ぬ前に是非、読んでみて下さい」
「うむ。しかし、かような作品で紹介された歌なら作詞家、作曲家にとっては誉れとなるのではないか? 目的が誹謗中傷でも営利目的でも無いのであれば、許されても良さそうなものだが。書籍化となったときに直せばいいのではないか?」
「寛容さが無ければ作品の訴えるテーマを推敲することすら無く、使う単語や文章だけで禁止とするのかもしれませんな。息苦しいことです」
「嘆かわしいな。コピーとパクリとオマージュと発想の切っ掛けの区別がつかない者が増えたのだろうか?」
「魔王様、危険なとこに踏み込みそうですぞ。とりあえずヤバイところは伏せ字にしておきましょうか」
「ものによってはピー音などで隠すことが逆にネタになったりするが」
「そうですな。わたくしの知り合いの番組スタッフでも、男の芸人が全裸になったとき、気を遣ってモザイクを大きくしてあげたことがあると言っておりました」
「なるほど。モザイクを大きくすればモノも大きく見えると。どんな気の遣い方だ?」
「女性スタッフに男のモノにモザイク貼らせる仕事をさせる、という部分には気を遣え無い職場のようです」
「そこは男女平等、という奴か? ロシアンマフィアの女ボスもアダルトビデオのチェックをしていただろう」
「あのもと軍人は怒ると怖そうなので話題を変えましょうか。昨日の四天王の歌は素晴らしいものでしたな。龍王と獣王の歌う北斗〇拳のオープニングには聞き惚れましたぞ」
「龍王が低音パートを歌い、獣王が高音パートを歌い、あの二人のハモリは実にレベルが高い」
「四天王は歌ってみた、などやってみないのですか?」
「それがな、四天王は公開するならオリジナルで、というポリシーがあるらしい」
「心構えがプロですな」
「宰相は聞いてるばかりで歌わなかったな」
「わたくしは人前で歌うのは恥ずかしいので。あと歌は下手なので。それなのに四天王と魔王様のあとに歌うなど厳し過ぎます。カラオケのレベルを超越してるではないですか」
「俺もかつては宰相のように人前で歌うのはイヤだったが、あの四天王に引っ張っていかれるようになって変わったか」
「そうなのですか?」
「俺は学生の頃は音楽の成績も悪かったからな。それが龍王に発声練習からやらされて」
「は? 発声練習?」
「うむ、カラオケで龍王からみっちりボイストレーニングを受けたのだ。そのおかげで魔王として演説するのも少しは様になったのだ」
「カラオケで演説の練習もしてたのですか。魔王様はそのようにして魔族の長たらんと修練しておられましたか」
「始めの頃は小さ〇恋〇メロディ、とか、みかん〇歌、とか大声で歌っていただけだがな」
「魔王様は喉を痛めそうな歌ばかりチョイスしますな。四天王の冥王は、まさかカラオケでシューベルトの魔王を歌うとは予想外でした」
「冥王ならば坂〇さんともいい勝負になるだろう」
「冥王が歌ったもうひとつのクラシックっぽいのはなんですか?」
「あれはアニソンだぞ。ハー〇ルンのバイ〇リン弾きのオープニングだ」
「アニソンだったのですか? やたらと重厚な歌でしたが?」
「未完成〇奏曲は歌っていたのが錦〇健だからな」
「錦〇健? マジモンのテノール歌手ではないですか?」
「うむ、違いの分かる男のゴールドなブレンドだ」
「昔のアニメ、すごいですな。では、魔王様が最後に歌ったのはなんでしょうか? 英語の歌で四天王が後半に賑やかにコーラスを入れていたのは?」
「あれは映画、ラビ〇ンス―魔王〇迷宮―の主題歌、und〇rgr〇undのエンディングバージョンだ」
「映画の歌でしたか」
「やはり魔王ならばこの歌をカッコ良く歌えなければならん。と言っても俺では映画界最高の魔王、デビッドボ〇イには遠く及ばんが」
【魔王様が死ぬまであと73日】