第六話 四天王が一人、翼王の誘い
黒々と聳える魔王城。その城の主は魔王。魔王の執務室の扉をココンとノックする女が一人。背中に二対四枚の大きな翼を生やす、鋭い目付きの魔族の女。
「入れ」
魔王の執務室からの声に翼持つ女は扉を開け中に入る。女を見て魔王は厳かに言葉を紡ぐ。
「我が優秀なる配下、四天王の紅一点、空飛ぶ魔族を統括する翼王ではないか。なんの用だ?」
「説明ありがとうございます魔王様。できれば容姿の方についても読者に分かりやすく、いい感じにお願いします」
「注文が多い。えぇと、四年連続魔族ミスコン優勝者にして美貌の魔族。魔族一、踏みつけて欲しい姉御にノミネートされつつもまだ独身。実は可愛いものが好きで好みは歳下。好きになった男は踏みつけるよりも、デロデロに甘やかしてダメにするタイプの翼王。こんなところか?」
「魔王様、あの、そこはできれば隠しておきたいというか、その」
「注文が細かいな。魔族の美女と言えば空を統べる翼王、これでいいか?」
「はい、そんな感じで。そうです、私が魔族のアイドルです」
「そうです、私が変なおじさんです、みたいになってるぞ」
「志村さん……、惜しい人を亡くしました。まだまだコメディを見たかったです」
「うむ、彼の者こそまさしくキングオブコメディ。日本のチャップリンと称えてしかるべき偉人だ」
「最近では志村さんを英雄として称えよう、という動きもあります」
「ほう、英雄と」
「ソシャゲのFG〇の英霊として、サーヴァントとして登場してもらおう、と活動するファンがいるそうです」
「志村さんがFG〇に? アーサー王とかクーフーリンとかと戦うのか? ヒゲダンスで? それともついに歴史上の英雄を使い果たしたのか?」
「あの辺りのゲームとは、FG〇も、艦〇れも、ウ〇娘も有名どころを使い果たすと先が続かないというのが宿命ですから」
「まあ、三国で無双とか戦国で無双とか、歴史上の偉人以外を出す訳にはいかんか」
「世界名作劇場と言いながらオリジナルを出しては不評になるものです」
「七つの海、か」
「なので名高き偉人を英霊として、サーヴァントとして、ご登場いただきましょうと」
「それで志村さんがガチで戦うところを想像できないのだが。それにサーヴァントとなるとクラスはなんなんだ?」
「類別に困る英雄はとりあえずキャスターにぶちこんでおけ、となっているのでキャスターではないですか?」
「志村さん、キャスターか。まあ、笑いの魔術師と言えなくもないのか?」
「あっちの放浪者だけでなく、こっちのドリフ〇ーズも異世界転移して活躍していただきましょう」
「まて、まだ生きてるメンバーがいるぞ?」
「大丈夫です魔王様。転生では無く転移ですから」
「あのメンバーがどうやってメッチャ強い英霊と戦うのだ? 勝てるとは思えんが」
「最後に、ダメだこりゃ! と言えば丸く収まります」
「うぅむ、ちょっと見てみたい。ところで翼王よ、ソシャゲの話をしに来たのか?」
「あ、すいません。魔王様とのお喋りが楽しくて。えっとですね、魔王様、カラオケに行きませんか?」
「カラオケか? なんでまた?」
「それはその、えぇと、その、魔王様が、その」
「あぁ、俺の終活か。勇者の奴にぶっ殺される前に皆で思い出を作りつつ、久しぶりに皆ではしゃごうとか」
「あ、はい。そうなんですけど。あの、魔王様が死んでいなくなる、というのが、私はまだ受け入れられなくて。それに魔王様が勇者に負ける予定と、目の前で直接言うのもはばかられるというか」
「俺と翼王の間に遠慮はいらんぞ、おかしな気を使うな」
「でも、『魔王様、死ぬ前にカラオケ行こー♡』とは言い出し難いですよ」
「そういうものか? すまんな、勇者に勝てない不甲斐ない魔王で」
「いえ、魔王様をお守りできない我ら四天王の力不足です。もう、あの勇者、なんであんなに強いんですか? パーフェクトソルジャーですか? 異能生存体ですか?」
「人間はペールゼン・ファイルでも手に入れたか?」
「魔王様でも勝てないのですよね?」
「どうやら無理のようだ。宰相の分析では、俺に勝てる要素は皆無らしい」
「あの魔王様、勝てないなら、いっそ私たちと逃げましょうよ」
「それはできん。俺にはこの戦争を始めた者としての責任がある。勇者が魔王を倒すことで戦争は終わり、残る魔族への追撃は緩むことだろう。翼王、魔族の避難はどうなっている?」
「は、予定通りに順調です。魔王城に勤務する者を残し、非戦闘員から人に見つからぬ隠れ里、魔界へと疎開しております。勇者が来る前に全員の避難は余裕で完了します」
「さすがは俺の四天王だ。頼りになる」
「ですが、その、四天王の龍王は最後まで魔王様の共をすると言って、だだこねてまして」
「あいつは……、そうか、それでカラオケか。俺と龍王にじっくり話をする機会をと」
「いえ、私が魔王様と遊びたいからです。龍王はいざとなれば、私が気絶させて引きずってでも運びますから」
「あー、翼王、聞き分けは悪くとも龍王に悪気は無いので、そこは手加減してやれ」
「私も残ることはできませんか?」
「四天王がいなくなれば、残った魔族を率いる者がいなくなるではないか。いいか、人に見つからぬように潜伏し、なんとしても生き延びるのだ。最後まで生き残った者が勝つのだ」
「は、この翼王、魔王様の遺志を魔族全員に伝えます」
「俺の仇討ちと無謀な突撃などさせぬように。あの勇者がいる限り、絶対に人間に手は出すなよ」
「ほんっともう、あのファッキン勇者さえいなければ楽勝コースだったのに。M〇〇Nの勇者ばりに話も通じないし。あの鎧の中に入ってるのは本当に人間ですか? あの足音が聞こえてきただけでもう鳥肌が」
「ガショーン、ガショーン」
「やめてください! うわ、寒気が」
「すまんな翼王、負け戦に付き合わせて」
「いいえ、これは我らが選んだ道ですから」
「本来なら四天王は音楽活動をしていたところだ。それが俺の理想に付き合わせてメジャーデビューを逃してしまった。今では『四天王』がバンド名だったことを知る者も少ないだろう」
「魔王様を入れたことでバンド名は『四天王with闇星ロケット』になりました」
「アニメの主題歌とか歌いそうなグループ名だな」
「いいですねタイアップ。それに魔族が大陸全土を統一してから、ワールドツアーするつもりでしたから。メジャーデビューを諦めた訳ではありません」
「不屈だな、四天王」
「獣王が作詞して冥王が作曲して、未発表の曲がかなり溜まってきてます。一段落ついたら楽器の練習しないと。あ、それと魔王様応援歌も獣王と冥王が作ったので、ラストバトルで使って下さい。荘厳にして盛り上がること必至です」
「マジ多才だな、四天王」
「それで魔王軍が大きくなり、以前のように魔王様とカラオケ行ったり、とんこつラーメン食べに行ったり、なかなかできなくなったじゃないですか」
「そうだな、昔は魔王軍と言いつつ12名しかいなかったからなあ」
「黄金の鎧作ってカッコつけてたのが懐かしいですね。あの、魔王様。死ぬ前にやり残したこととか、無いですか?」
「やり残したこと、か。俺はやりたい時にやりたいようにやってきたから、後悔はひとつしか無い」
「そのひとつとはなんでしょう?」
「人間との戦争に勝ちたかった。ままならんものだ」
「魔王様……」
「よし、久しぶりに皆でカラオケに行くか。今宵はどうだ?」
「え? 今日ですか?」
「思い立ったが吉日と言うだろう。明日は休日だし丁度いい」
「すぐに他の四天王に伝えます。皆、喜びます」
「久しぶりに皆で、時には昔の話をしようか」
「はい、通いなれたなじみのあの店で」
【魔王様が死ぬまであと74日】