第二話 新たなる開拓
「ま、魔王様。し、し資料をお持ちしました。ふうぅ」
「大丈夫か宰相? 運ぶ資料の山に潰されそうだぞ?」
「なな、なんのこれしき」
「宰相、前が見えなくなるほどの量を一度に運ばなくとも良いのではないか?」
「ですが、この資料は魔王様に必要になるかと、と、あ? あああああ!」
「あぁもう、転んで床にぶちまけてどうする。仕方無い、俺も拾ってやろう」
「あぁ、ありがとうございます魔王様」
黒々と聳える魔王城。その城の主は魔王。魔王の私室の床は宰相が落としてしまった紙と本があちこちに散らばる。赤いローブに身を包む宰相は、床に膝をつき落ちた紙を拾う。魔王もまた床に膝をつき落ちた資料を集める。
魔王と宰相が揃って落ちた資料を拾っていると、偶然、同じタイミングで同じ本に両者同時に手を伸ばす。
「あ……」
魔王と宰相の手が重なる。ドクン、と高鳴る鼓動。二人はそのまま一瞬見つめあった直後、二人揃って恥ずかしそうにそっと視線を逸らす。
「魔王様……」
「宰相……」
二人の姿はシルエットになり背景には満開の赤いバラが咲き乱れ。
「などというラブコメごっこはさておいて、宰相、この資料の山はなんだ?」
「魔王様、これは古今東西の人気のある悪役や、記憶に残るラスボスなどについての物語の資料でございます」
「ほう、これを見て研究せよ、と。ずいぶんとある」
「物語は次々と生まれていきますから。アニメにマンガ、映画にゲーム、小説、演劇などなど、様々な分野のものを揃えました」
「数多の物語か。それが今の時代の問題なのだ、宰相よ」
「と、言いますと?」
「既に数限りなく物語は存在する。勇者と魔王、英雄と怪物、正義の味方と悪の首領、あまりにも多くの物語がこの世にはある。それが時間があればネットでいろいろと知ることもできる」
「そうでございますね。便利な時代になりました」
「その結果にありきたりなこと、普通のことを言ったとしても、何かのパクリとか呼ばれたりするのが今の時代だ」
「そうでしょうか?」
「論より証拠だ。宰相、今から俺にサンダーの魔法を射ってみろ」
「はて、魔王様に初級の雷撃魔法など効かないのでは?」
「説明するより見せた方が速い。遠慮は要らんぞ宰相」
「解りました魔王様。では失礼いたします。……嵐雲から出し雷獣よ、その鉤爪で土地を引き裂かんッ! サンダーフレアッ!」
ピシャーーーン!!
「ぐああっ!! 目がッ! 目がーーーーッ!!」
「ム〇カですか」
「と、このように眩しさに目が眩んで叫んだだけでも、ム〇カのパクリとかオマージュとか言われてしまうのだ」
「なるほど。目の肥えた方ならば何かにつけアレに似ている、あの作品の真似だ、と言うかもしれませんな。物語もパターンに分類するとそれほど種類が多いわけでもありませんし」
「大きく変えられるのは演出か。だがありきたりに為らぬようにと奇を衒うのも、やり過ぎれば共感を得られずに引かれてしまうのだ」
「飛び抜けた個性というものも、ひとつ間違うとサイコパスやソシオパスになってしまいますか」
「それでは広く人気を得ることはできまい」
「人気を得てアニメ化したものでも、主人公の性格がアスペ気味だ、などと揶揄されることもありましたな」
「突出した個性というのは、共感も得られるが反感も買うものになるのかもしれんな」
「それに王道を外した奇抜なものは、狭いジャンルでマニア受けはするかもしれませんが大ヒットにはなりますまい」
「そこで俺の人気を上げるということだが、俺の魅力というか、人気の出る要素とは、改めて考えるとなんなんだ?」
「魔族であれば誰もが魔王様の魅力とカリスマは知っております。『みんなが笑って暮らせる明るい魔族』を理想に掲げ、魔族を統一した偉大なる魔王様のことを、皆がお慕いしております」
「そうか、俺の治世は間違ってなかったか。ちょっとホッとしたぞ」
「力が全てという魔族の風潮の中で、配下の一兵卒とも気軽に話をされる魔王様のことを、頼れる兄貴分のように慕うものもいます。ただ、四天王は魔王様にもっと威厳のある態度を、と小言を言いますが。あと魔王様が魔王城の一般食堂で食事をするのもどうか、とか」
「そういう場で現場の意見を直接に聞くようにしているだけだ」
「食堂で同じテーブルにたまたま相席になったミノタウロスが、魔王様はいつもニシンそば食べてて、この前は汁が漆黒の鎧に跳ねてた、と言っておりました」
「うむ、魔王城食堂のニシンそばは美味いぞ」
「そんな感じで魔王城に務める者は魔王様のことを怖れもせずによく話しております。ゴブリンの兵士長も魔王様に相談に乗ってもらったことで迷いが晴れた、と部下に熱く語っておりました」
「ゴブリンの兵士長? あー、あいつか」
「魔王様が肩を叩いてこう言われた。『お前を信じる俺を信じろ』と。これで迷いが晴れたと、今ではこのゴブリンの兵士長の率いるゴブリン遊撃部隊の士気が上がっております」
「俺についてきてくれる仲間を信じられずに、何が王か」
「魔王様が魔王城のトイレ掃除をするのも、以前は王のする仕事では無いと言うものもいましたが」
「この城は俺の城だ。俺の城で働く者が気分よく務めることができるようにと、設備の修繕、掃除、メンテナンスをするのも王の仕事ではないか」
「その魔王様の意向が伝わったのでしょう。上に立つものが率先して誰もがやりたがらない仕事をする。そうすることで全体が上手く回っていくと。現在の魔王城は整理・整頓・清掃・清潔・躾の5Sが高い水準にあります」
「そうでなければ効率も悪くなるし、何より働く者のやる気が削がれる。働くとは、傍を楽にするために行われるべきものだろう」
「ですが魔王様の偉大さをわかるのは魔族のみ。人間には魔王様の徳の高さはわかりませぬ」
「うむ、人間と顔を会わせる公式の場では、俺は魔王らしく邪悪なオーラを身に纏うからな。これでもTPOはわきまえているつもりだ」
「演出部隊も魔族活性唱歌で雰囲気を盛り上げますからな。人間どもには恐るべき邪悪な魔王様と見えているかと」
「広く人気を得るには難しいのではないか?」
「ですが、魔王様。機会は少のうございます」
「む? 機会?」
「魔王様の活躍される機会は、残るは勇者と魔王様のラストバトルです。この最終決戦でのやり取りしか、人間たちに魔王様のお姿を見る機会がございません」
「公的にはコレが俺の最後の仕事となるのか……」
「その最後の戦いで魔王様を印象づけるべく、今回お持ちした資料は悪役の最後、ラスボスの最後のセリフなどを中心として集めました」
「これで学べということか。そして俺の最後の戦いで盛り上げろ、と」
「その練習もしたいところでありますが、そろそろ魔王様の執務のお時間ですか」
「俺が死んだあとの準備もしておかなければな。合間を見て資料を見ておこう」
「では、次回は最終決戦でのセリフを考えてみましょうか」
「うむわかった。それで城の三階の女性トイレの件だが」
「ひとつ流れが悪くて詰まりやすいと苦情がありましたな」
「調べてみるとパッキンが変形して排水口が狭くなっていた。注文した新しいパッキンが届いたので交換しておこう」
「おお、これで改善されますか?」
「万事、俺に任せておけ」
「なんと頼もしい魔王様」
【魔王様が死ぬまであと99日】
魔族宰相
「次回、第3話より1日1話更新、お昼の正午に予約投稿しております。どうかよろしくお願いいたします」