表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/14

第十二話 魔王の演説アンコール


「「アンコール!!」」

「「アンコール!!」」

「「アンコール!!」」


「お前らな、演説のアンコールなど聞いたこと無いぞ」


 魔王は額に手を当て、仕方無いと首を振り再び壇上中央へと戻る。熱狂し声を上げる魔族はアンコールに応える魔王に更に歓声を高く上げる。

 ホールに向き直る魔王は困った顔で。


「あのな、さっきの演説で俺が言うべきことは全部言った。だいたい演説のアンコールで何を話せと言うのだ?」


 魔王はやや俯き気味に苦しそうな声で。


「……これ以上、俺に何を話せ、と?」


「キダ〇ヨシか!」


「マニアックなツッコミありがとう! まさかこのネタを解る奴がいるとはな。解説するとカーテンコールで話すネタが無くなった劇団『TEAM 発砲・〇・ZIN』の座長の持ちネタなのだ」


 魔王が見下ろす魔王城ホール。そこには魔王の言葉を期待して待つ魔族が大勢いる。


「あー、アンコールなどするからこうして話しているが、本当に話すネタなど無いのだぞ。こうなると、演説では無くどうでもいい日常のことしか話すものがないが、それでもいいのかお前ら?」


「「はーい♪」」


「いいのか本当に? おもしろくなかったと後で文句言うなよ。えーと、


 前説で話をしていた龍王と獣王だが、龍王といえば、とんこつラーメン好きで自らネタにしたりするとんこつラーメン大好き男だ。龍王のとんこつラーメン好きは尋常では無いぞ。あいつ自作のラーメンマップを作っているのだ。

 このラーメンマップ、龍王が足を運んだラーメン屋のことがこと細かく書かれて、ランクもAからDまでつけられている。


 俺はもともと脂っこいのは苦手でラーメンを好きこのんで食べたりはしなかった。だが、龍王が美味いラーメン屋があるので、是非とも俺を連れて行きたい、としつこく言うのだ。そこまで言うなら、と俺は龍王とラーメン屋に行くことにした。


 そこで俺は目が覚めた。これが本物のとんこつラーメンか、と。俺が今までに食べたことのあるとんこつラーメンとは、ただスープを白くして背脂浮かせただけの偽物だったのか、と。その美味さに感動した。

 俺は龍王に感謝した。真のとんこつラーメンとは、濃厚なポタージュスープを思わせる高級フレンチにも勝るものであると、知ることができたのだ。


 このラーメン好きの龍王が作るラーメンマップにはAランクの店は少ないが、Aランクのとんこつラーメンは正に絶品と呼べるものだ。龍王がAと認めるものは至高の一品なのだ。

 そして龍王はこのラーメンマップを充実させるべく、新規開発に余念が無い。だがときに三食ラーメンの生活というのは、ちょっとは身体のことを考えた方がいいのではないか? 最近ちょっと腹が出てきてないか龍王?

 このあたりのことをサポートする優秀な副官、または家事の得意な嫁さんを龍王は募集中だ。希望者がいればよろしく頼む。


 そして龍王が新規ラーメン店の味を見に行くときに、たまに俺がついていくようになった。龍王の方から誘うのだが、龍王とラーメン屋に行くとたまに怖い思いをするので気をつけるといい。

 あいつラーメンについては手抜きは許さんからな。

 注文したラーメンが不味ければ、一口でご馳走さまといい不機嫌な顔で店を出ていく。

 一度はラーメンを一口食べたあと、


『おい、これを作った奴を呼べ』


 と言い、やって来た店長に、


『俺はラーメンを頼んだ筈だが、これはなんだ? これはラーメンじゃない』


 と店の者を青ざめさせていた。まあ、あのラーメンはスープがとんこつと言うよりは、おでんと言うべき代物であったが。

 迫力のある龍王が見たければ、龍王と美味しくないラーメン屋に行ってみるといいだろう。背筋が凍るぞ。


 で、テレビで話題になっているというラーメン屋に龍王と二人で行ってみることになった。

 1時間ほど行列に並び店に入ったのだが、混雑していて龍王とは離れてカウンター席につくことになった。

 ラーメンを注文し食べてみると、これがたいしたことが無かった。俺も龍王に連れられてラーメン屋を巡るうちに舌が肥えてしまったようだ。

 不味いと言うほどでは無いが、美味いとは言えない微妙なものだった。わざわざ1時間と並ぶほどでは無い。

 こんなものが何故、テレビのラーメンランキングで1位と紹介されるのか、と首を捻ったものだ。


 食べ終わり龍王と店を出て帰り道で批評し合う。龍王の評価ではランクC。なぜこの程度のものに行列がついているのか。メディアの紹介というのは強いものだ。しかし、一度味を見ればもうこの店に来ることも無いだろう。

 自作のラーメンマップに評価を書き込みながら龍王が言う。


『なにもかもイマイチ。テレビで話題になっただけのたいしたことの無い代物、と。しかし、味玉だけは絶品』


 なに? 味玉?


『おや? 魔王様は味玉を注文しなかったのか?』


 うむ、トッピングはネギとキクラゲのみであった。


『どんなものかと一通りトッピングを試してみて、麺もスープもイマイチだったが味玉だけは別格だったぞ』


 俺はその味玉、食って無い。だが味玉だけの為にまた1時間と並ぶのもなあ。しかもラーメンはイマイチと分かっている。

 龍王が絶品と言う味玉のことは気になるが、もはやあの店に行くことはあるまい、とその日は龍王と口直しにAランクの店で食い直した。やはり美味かった。バス〇ーメンは実に良い。


 後日、俺が魔王城で執務をしていると翼王がやって来た。


『魔王様、テレビで話題のラーメン屋、行ってみましたか?』


 四天王も龍王の影響でラーメンマニアとなっている。翼王もまた、テレビでランキング1位となったあの店が気になり行ってみたという。


『あ、もう龍王と行ったあとですか。あの店がランキング1位って詐欺ですよね』


 うむ、やはりテレビの取材とは、取材しやすく駐車場があるとかテレビ局に近いとか、味とは別の都合があるのだろう。

 龍王のラーメンマップのAランクの店では、テレビに紹介されたことで客が集まり問題となった店もある。

 駐車場が狭く路上駐車するものが増えた。並ぶ人たちの喧騒がやかましい。店の近くの道がゴミだらけになった、と近隣から苦情が出たという。人が集まったことで店の者は頭を抱えることになった。

 その店は以降、テレビや雑誌の取材を断るようになった。


『やっぱり本当にいいお店って、既に常連がいるから新規増やす為に宣伝しなくていいんですよね』


 うむ、だからこそ良い店とは見つけるのが難しいのであろう。


『あの店は美味しく無いのに宣伝を上手くやって客が増えたみたいですが』


 まったくだ。また食べに行こうとは思わん。


『あ、でも味玉だけは美味しかったですね』


 だから俺はその味玉、食ってない!

 なんだその龍王も翼王も美味いという味玉は。気になって気になってしょうがないではないか。

 ということは俺はまたあの店に行かねばならんのか? ラーメンはイマイチと分かっているのに? 味玉の為だけに? また1時間並ぶのか?

 いっそ味玉三つ、ラーメン抜きで、とでも注文してやろうか? もうあの店はラーメン屋を名乗るのはやめて味玉屋とでも名乗ればいいのだ!

 まるでメインのラーメンよりアイスが美味しいというラーメン屋のようではないか。神様〇メモ張か!」

 

「「ドッ! わはははははは!!」」


 魔王は思い付く限り話を続けた。これで終わりと言う度にアンコールの声が上がった。


 魔族たちは魔王との別れを惜しむように、魔王が袖に下がろうとする度にアンコールと叫んだ。その度に魔王は必死に話をするはめになった。

 四天王とのライブの裏話。連載マンガのネタで冥王と宰相と朝まで話したこと。獣王とスロットを打ちに行ったとき、すっかりギャンブルにハマったオークのカイさんとバッタリ再会したこと。四天王とカラオケに行ったとき龍王のボイトレがガチで厳しかったこと。

 魔族たちは笑い、ときにツッコミを入れる。魔王は魔族たちと会話するように話を続けた。魔族たちは一言も聞き漏らすまいと耳を傾け、そして笑った。


 やがて魔王の喉が枯れ、


「ゲホ、もう喋れんぞ。まったく演説はそれなりにカッコ良く決まったと思ったのに、グダグダになってしまったではないか。

 まあ、俺たちの別れに湿っぽいのは似合わん。このくらいが丁度良いのかもしれんな。

 今度こそ本当に終わりだ。もはや何を言ってもカッコつかんかもしれんが。


 この世に俺ほど幸福な王はいないだろう。ありがとう。

 ではみんな、達者でな」


 魔王は軽く言い、手を振って壇上を捌けて行った。ホールの魔族たちの拍手はいつまでも鳴り止まない。

 こうして魔王の最後の演説は終わった。

 魔王が壇上から去った後、ホールの魔族たちは手を叩きながら、それまで溢さぬように堪えた涙をポロポロと流した。

 笑顔のまま、拍手を続けながら。



【魔王様が死ぬまであと29日】


 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ