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移徙(いし)

 洗い物を干しながら、前に広がる畑を見る。

 朔殿と直親が見える。

 直親(なおちか)が山に来て一週間が過ぎた。

 直親は良く働いてくれる。畑仕事がはかどって、私もずいぶん楽になった。その分朔殿の世話に時間を掛けられるようになった。

 また、直親は朔殿の面倒もよく見てくれる。今も西瓜畑で遊んでくれている。

 (いち)がいた場所に、朔殿と直親がいる。(いち)がいた風景が、それが当たり前であるかの様に朔殿と直親にすり変わっている。

 母殿もまた「直親殿、直親殿」とすっかり直親を頼りにするようになった。

 母殿ももう年である。自分がいなくなったらと、私のことを心配していたのだろう。直親が来てからは、気持ちにゆとりが出来たのか、明るくなった気がする。

 婿と言うことは契約とはいえ私は結婚したことになるのだが、まだ受け入れ切れずにいる。だいたい生まれてから召喚の事があったので、恋とか愛とかとは縁遠い生活をしてきた。前世においてもそうだったから、どうもピントと来ない。

 まして、朔殿を十三月様にお願いしたら、一を探しに行く予定だ。

 問題は鬼だ。

 一がここに戻ってくるためには、鬼を退治しないといけない。

 今のところ、賀茂冬晴(かものふゆはれ)殿は何も言ってこない。何も言ってこないと言うことは、龍神の池に変化が無いと思っているのだが・・・。今度お会いしたときに確認しなければ・・・。

 そんな事を考えながら、西瓜畑に目をやる。

 朔殿と楽しそうに遊ぶ直親がいた。

 全てが終わったときに直親は私に取ってどういう存在になっているのだろう。

 ふと、そんな考えが浮かんだ。

 今のところ、弟のような者、否、私は姉弟(きょうだい)がいないから、たぶん、部活の後輩みたいな感じだ。

 心の中で、そんな事は考えない方がいいと誰かが言っている気がした。

 そうだ、私はいずれ元の世界に戻る予定だ。自分がしなければならない事だけを考えよう。

 軽く深呼吸をすると、朔殿と楽しそうに遊んでいる直親に声を掛けた。

「直親、今日は都に野菜を売りに行くが、どうする?」

「どうするとは?」

 直親は汗を拭きながら私を見た。

「一緒に行くかと聞いているのだ」

 なぜかつっけんどんに言ってしまう。

「一緒に行くに決まっているだろう」

 少し怒ったように直親は私を見た。

「朔殿はどうしますか?母殿とお留守番しますか?」

 怒る直親を無視して、朔殿に尋ねていると、直親が自分に対する扱いとずいぶん違うと文句を言った。

 朔殿は「宝、一緒行く」と着物の裾を引っ張って私の顔を覗き込んでいる。

「はい、では一緒に行きましょうね」

 私は朔殿を抱き上げて、「直親、そこのカゴに野菜を頼む」と今朝収穫して畑の隅に置いていた野菜を指さした。

 直親がまたブーッと膨れた顔をした。

「そんなに膨れて、子どもみたいだな」とからかうと、

「私は子どもではない、形だけとは言えそなたの婿だ。もう立派な大人だ」

 ますます顔を赤くして怒った。

 そこへ母殿が家から出てきて、「宝、直親殿はあなたの婿殿ですよ。そんなふうにからかうものでは有りません」と直親を手伝い、野菜をカゴに入れはじめた。

 一週間で母殿はすっかり直親の見方になっていた。

「はーい、分りました」

 私としては、母殿を取られたみたいで面白くなかった。


 そんなこんなで、結局三人で都に行くことになった。

 朔殿には、白い髪が見えないように、手作りの日よけの付いた帽子を被せた。姿を消して貰っても良かったのだが、そうすると直親には見えないので、直親のいるところでは、消えないように教えていた。

 直親は神様が見える様になるのだろうか。今週末には次の月神様が寄られる。まあ、直親が見えなくても、月神様のお相手は、今までの様に母殿と私でできる。その間、朔殿のお守りをしてもらえるから役にはたっている。

 母殿曰く、山に住んでいればいずれ見える様になると言われたが、今のところ直親に神様が見える気配は全く無かった。


 直親の屋敷に着いた。

 何となくいつもと雰囲気が違う感じがした。

「直親、いつもと雰囲気が違う気がしないか?」

「先週、近々移徙(いし)する話しが出ていたから、もう東の屋敷に移徙(いし)されたのかも知れない」

 直親が訳知り顔で呟いた。

移徙(いし)?」

 聞いたことの無い単語に首を傾げた。

「東の屋敷に渡ったと言うことだよ」と直親が説明してくれる。

「引っ越したと言うことか?」

「引っ越し?」

「家移りしたのかと」

「ああ、それ、そういうことだよ」

 引っ越しを理解するのに時代の差を感じる。

 人のいない屋敷はなんとも言えない雰囲気を醸している。

「赤の童子神(わらしがみ)様はどうしたのだろう」

 赤の童子神(わらしがみ)が気になって呟いたら、屋敷の中から赤の童子神がひょっこり出てきた。

「あ、宝、来ていたのか」

 私たちの姿を見つけると、嬉しそうに駆け寄ってきた。

 童子神が近づくと、私は高さを合わせるように、膝をついて童子神に尋ねた。

「童子神様、父殿の引っ越しは終わられたのですか?」

「引っ越し?」童子神が首を傾げた。

「移徙は終わられたのですか」

「おお、昨夜無事に移徙されたぞ」

 移徙は昨夜行われたらしい。

「夜に引っ越し、、、移徙されたのですか?」

「移徙は夜にするものだが・・・?」

 赤の童子神は変なことを言うとばかりに私を見た。どうやら引っ越しは夜行われるらしい。

「そうなのですか。では、賀茂冬晴殿はいつ頃この屋敷に移ってこられるのですか」

「うむ、何でも卜占で、今の在所からこの屋敷に渡るのには方位が悪いと出たそうな。それで知人の屋敷にしばらく滞在してから来るらしい」

「そうなんですか」

 引っ越すだけでも大変そうだ。

「それで、この屋敷に入るのに二月ほどかかるらしい」

「二月ですか!その間童子神様はどうされるのですか?」

「うむ、青と黄の所に遊びに行っても良いのだが、二人には新しい環境に慣れるまでは、しばらく訪ねないことにすると言っておる」

「そうですか。その間おひとりでは寂しいですね」

「寂しくなんてないぞ。一人でのんびりするのも良いことだ」

 赤の童子神は平気だと強がっているが、顔は寂しそうに見えた。

「では、賀茂冬晴殿がこの屋敷に移ってこられるまで、私の所にいらっしゃいますか?」

「宝のところ?」

 童子神は私を見た。

 頷きながら「私の家です」と再度伝えると、

「山か?」と聞いた。

「はい、山です」

 私の答えを聞いて、童子神は少し考えていた。

「それもよいな。でも迷惑では無いか」

 童子神は伺うような目で見上げた。

「そんな事はありませんよ。童子神様がいらっしゃれば朔殿も喜ぶでしょう」

「そうか、では、行ってみようかな」

 童子神は嬉しそうである。やはり一人は寂しかったのだろう。

「どうぞ、どうぞ、遠慮されなくても良いですよ」

 私と童子神の話しが半分しか聞けていない直親が尋ねた。

「童子神様を山に誘っているのか?」

 私は立ち上がり、直親に童子神との話しをかいつまんで説明した。

「賀茂冬晴様がこの屋敷に移ってこられるのに二月ほど掛りそうなので、その間山に来ませんかと、お誘いしていたのです」

「家神様が、不在にしていても良いのですか?」

 直親が驚いたので、

「何を今更、この屋敷の結界が解けるまで、だいたい家神様はこの屋敷には不在だったはずだが」と少し冷めた目で見た。

「確かにそうでしたね」

 直親は納得したが、賀茂冬晴殿にもお知らせしないといけないと言った。

「では、市場に行った後で陰陽寮に行ってはどうだ」

「そうだな、そうしよう」

 直親は陰陽寮に寄ると決めたらしいが、

「それより、父殿の所に挨拶に行かなくて良いのか?」

 直親が東の屋敷に行く気配がないので訪ねた。

「昨夜移徙が行われたのなら、今日、明日、明後日は儀礼の最中だから、行かない方が良いと思う」

「儀礼?」

「屋敷に入って三日間は、いろいろ決まった儀礼があるのだ」

「そうなのか」

「たぶん賀茂冬晴先生が昨夜その儀礼を取り仕切られたのだと思う」

 何でもその儀礼は、陰陽師が中心になってやるらしい。

 詳しいことは見習いの直親は教わっていないので、分らないとの事だった。

「では、陰陽寮に行っても先生はいらっしゃらないかも知れないな」と言うと、

「ああ、そうだ、寝てらっしゃるかも知れない。しかたない、今日は先生に会うのは止めにしよう」

 直親はあっさり陰陽寮に行くのを諦めた。諦めの早い奴だと思いながら、

「そうだな。童子神様のことのついでに、竜神の池のその後の事も聞いて貰いたかったのだが、来週一緒に賀茂冬晴殿を訪ねることにしよう」

 龍神の池と聞いて、直親がピクリと肩をゆらし、難しそうな顔をした。

「竜神の池か・・・。それもあったな」

 直親の様子を疑問に思い、

「どうしたのだ」と尋ねると、直親は目をそらした。

「どうしたのだ」

 再度尋ねると、渋々話し始めた。

「右大臣様が父上を呼び出して、宝の事を聞いたらしい」

 右大臣殿が私のことを聞いたとはどういうことだろう。

「右大臣殿が何故?」

「竜神の池の側の屋敷を覚えているだろう」

「たしか父殿の縁戚の家と言っていたあの家のことか?」

「そうだ」

「あのお札を貼った家なら覚えている」

 私がそう答えると、直親は大きなため息をついた。

「あの屋敷の者が、宝の様子を見ていて、右大臣様に報告したらしい。そうしたら右大臣様が宝の事に興味を持たれたらしく、父上を呼び出されて、右大臣家で宝を召し抱えたいと言われ、右大臣家に来るように宝にお願いしてくれないかと頼まれた。と父上が言っておられた」

「なぬ?」

 私を召し抱えたいって、何故にそんな話になるのだ。

「右大臣殿は、どうして私を召し抱えたいとか思ったのだ」

「私がそんな事を知るわけがないだろう」

 直親は少し怒ったように言ったが、何か知っているように思えた。

「それにしても、少しぐらいは知っているのではないか」

 話したがらない直親を問い詰めた。

 何度か問い詰めた後、直親は渋々、重い口を開いて話してくれた。

「私が思うところ、たぶん宝が冬晴先生と手際よくお札を貼っているのを見たからだろう。あの時の冬晴先生は、札の種類や貼る場所について宝にいろいろ聞いていただろう」

「確かに、魔除けの札の事を聞かれたが、それが右大臣殿の召し抱えとどんな関係があるのだ」

「たぶん、たぶんだけど、陰陽師である冬晴先生より宝の方が有能に見えたのだと思う。陰陽師はそれぞれの屋敷でお抱えの者がいるから、冬晴先生には声を掛けられない。で、陰陽師で無い宝であれば、召し抱えても問題にならないと考えたのだと思う。あの時父上が一緒だったから、父上に話したら何とかなると思ったのだろう」

 直親の説明はわかったが、

「私は召し抱えられるわけにはいかない」と拳を振り上げた。

 そうだ、まだやらなければならないことがある。召し抱えられたら身動きが取れなくなる。そんな事はごめんだ。

「父上は宝の事情を知っているから、召し抱えられたら宝が困ると考えたのだと思う。それで、父上は、宝は直親の嫁だからダメだと断ったらしい」

 父殿が断ってくれた。直親の嫁だからと?

 直親が婿になれと言われた後、直親は私と一緒にいたはずだが・・・。いつその話を聞いたのだろう。

「それはいつの話しだ」

 直親が視線を反らせた。

「宝が朔を連れてきた前の日だったと思う」

「前の日に父殿は、私が直親の嫁と言って断ったのか」

 つまり父殿にしたら、朔殿が生まれたことは、直親を私の婿にする絶好の条件になったのだ。あの日父殿は、右大臣殿の申し出を断ったてまえ、無理矢理でも直親を私の婿にするつもりだったのだろうから、朔殿のことは渡りに船だったのだろう。

 あれほど断っても押しつけてきたのは、そういう事情があったからなのかと思うと、腑に落ちた。

「その時の右大臣様の様子から、諦め切れていない感じがすると言われていた。だから、再度話しを持ってくるだろうとも言っておられた」

「げっ!」

 父殿、どうか、どうか、ずっと断って下さい。

 思わず東の屋敷の方角に手を合わせて祈ってしまった。

 しかし、右大臣殿直々の申し出を断れる父殿っていったい何者なのだろう。

「直親、右大臣殿と父殿はどういう関係だ」

 直親は「うっ」と言葉を飲み込んだ。そして小さな声でボソッと言った。

「右大臣様は父上の伯父上だ」

「そうなのか」

 ん、待てよ。伯父上と言ったら父殿より目上に当る人だが、この時代は偉い伯父上の願いを断れたっけ?それも右大臣殿の願いだぞ・・・。

 そんな私の様子を見た直親は、『それ以上は聞くな!』オーラを出して、私を牽制した目をしていた。

 いろいろややこしい事情があるのだろう。

 直親にそれ以上聞くのは止めにした。


「話しは終わったか?」と赤の童子神が言った。

「はい、終わりましたよ」

「では、参ろうか」

 赤の童子神が出掛けようとするので、

「ちょっと待って下さい。市場に行かないといけないので、直親と朔殿と一緒にここで待っていて貰えますか?」

「一緒に行っても良いぞ」

「いえ、いえ、神様のお手を煩わせたく有りませんので、ここで()()()()()()()()

 直親に朔殿に赤の童子神様を連れて市場に行ったら、足手まといになるのは目に見えている。一人の方が気楽で、早く終わると思ったので、待っててくださいを強調した。たぶん私の顔が付いてくるなと言っていたのだろう。皆の表情が一瞬引きつったように見えた。

 私は皆を屋敷に残して市場に行き、さっさと用事を済ませた。

 小一時間で戻ると、赤の童子神が「早かったな」と言った。

「そうですか、長いこと待たせるのもと思いまして、超特急で済ませてきました。では、帰りましょう」

 こうして皆で山に戻った。

 童子神は神様なので、山の神様もすんなり迎えてくれた。

 母殿は、赤の童子神様を見て、

「まあ、まあ、良くおいで下さいました」と歓迎した。

 赤の童子神も「うむ、しばらく世話になると」とまんざらでもない顔をして家に入った。

 地平線の彼方に夕日が落ちるのを見ながら、私も朔殿を抱いて家に入った。

 直親はカゴを納屋に戻してから入ってきた。

 夕日に染まるその顔は、もうすっかり家族の一人になっていた。


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