婿
母殿と二人で朔殿の面倒を見ることになった。
朔殿は私が動くとついてくる。何処に行くのも後追いをする。もしかしてこれが“すり込み”ってものなのだろうか?
朔殿がついてくるので、一時も目が離せない。子育てがこんなに大変だとは思わなかった。
都に出掛けたいのだが、こうつきまとわれると困ってしまう。朔殿はまだ身体を消す事ができない、このまま連れて行ったら、見た目が都の人と違うので目立ってしまう。無用な疑いをかけられたくない。置いて出掛けようとすると大泣きする。
母殿一人に任せたら、疲れてはてて寝込むのではないかと心配になる。
それで仕方なく、都で仕事をしている間、童子神様に子守を頼んでみようと、卵の時と同じように朔殿をリュックに入れて、一緒に連れて行くことにした。
直親の屋敷に行くと、朔殿をリュックから出した。
「こんにちは、直親」
直親は相変わらず屋敷にいた。
「今日は早いですね。おや、その子どもはどうされたのですか」
「この子は朔殿です。先日卵から生まれました」
「あの卵が孵ったのですか?」
直親が驚いた。
私の姿を見つけたのだろう、童子神達が「宝」「宝」「宝」と口々に叫んで近づいてきた。
朔殿は童子神が見えているようだ。童子神達を見て喜んでいる。
童子神達も朔殿に気が付いた。
直親は相変わらず見えないので、顕現をお願いした。
今日は朔殿が珍しかったのか、とくに見返りを求めることなく顕現してくれた。
「おーこの子があの卵から生まれた子なのか?」「卵から生まれた子」「生まれた子」
「はい、この子があの卵から生まれた子です。『朔殿』と申します」
私は朔殿を童子神達に紹介する。
「朔殿?」
「はい、この子は私の元いた世界でお世話になった方なのです。未来で元の世界に戻るための力になってくれている方です」
「未来で宝の力になる者と申すのか?」
赤の童子神が驚いた。
「はい、それゆえ大切に育てなければなりません」
「確か、月神の子と申していたな」
赤の童子神が聞いた。
「はい、月神様と竜神様の血を引いています」
「そうか、では月神にこの子を預けた方が良いな」
「十三月様にですか?」
私は驚いた。
「そうじゃ、その方が未来の宝の為になる」
「私の為になるのですか?」
「そうじゃ、月神のところで育ったから、未来の宝に会えたのだと思うぞ」
「そうですか、でも十三月様と次に会えるのは、一年と四ヶ月ほど後になります」
「それまでは宝が面倒見ることだな」
「もちろん面倒は見ますが、一の意見も聞かないといけません」
「鬼が竜神を追っているとしたら、一・二年で片が付くとは思えない。そうすると、月神と会うより、一と会う方がもっと難しいと考えた方が良い。我は月神に預けた方がその子の為でもあるし、宝の為でもあると思うぞ」
「そうですか」
そこへ直親の父殿が入ってきた。
赤の童子神との会話が聞こえたらしい。
「宝殿、一人で子どもを育てるのは大変であろう」と童子神の中で遊んでいる、朔殿を抱き上げた。
朔殿は人見知りしないようだ。父殿に抱かれて喜んでいる。
「大変ですが、母殿もいますし大丈夫です」
「そうか・・・」
父殿は朔を童子神達の中に下ろし、直親を見た。
「直親、そなた宝殿の手助けをしなさい」
「手助けですか?いまでもやっていますが・・・」
「そういうことではない、宝殿と一緒にこの子を育てなさい」
「この子どもを私が育てるのですか?」
「そうだ、今日から宝殿の家で一緒にこの子の面倒をみるのです」
何を言われるかと思ったら、直親と一緒に朔殿の面倒をみる!?
「父殿どういうことですか?」「父上それはどういうことですか?」
二人同時に尋ねた。
「直親、そなた宝殿の婿になりなさい」
一瞬思考が止った。
「「む、むこぉ~!?」」
思わず声が裏返った。
今、父殿は婿と言ったか!
嘘だろう!私は結婚する気など全く無い!
直親も同じらしく、思わず二人で顔を見合わせてしまった。
「宝殿、母殿と二人で子どもを育てるのは大変だ。男手があった方が安心できる」
「しかし、私は・・・」
直親が反論しかけたのを遮って父殿が言った。
「陰陽寮の事は私から、冬晴殿に言っておこう」
父殿は勝手に話しを進めてしまう。
「婿はいらないので、お断りします」と何度も断ったが、父殿は私と直親の話しを全く聞こうとしなかった。
この時代、父殿の言うことは絶対の様だ。直親はあわあわしているだけで、逆らう勇気の欠片も見えなかった。
こうして直親は拒否権を発動することも無く、私の婿にさせられてしまった。
直親も迷惑だろうが、私も良い迷惑である。
童子神達は面白そうな顔で見ている。
「宝は直親と婚姻を結ぶのか?」
「めでたいな」「めでたいな」と勝手に騒いでいる。
何がめでたいのか、思わず童子神達を睨んでしまった。
童子神達は、私の顔を見て首を竦めると、朔殿を連れて部屋を出て行こうとした。朔殿が私の所に戻って来て、着物の袖に手をやり、私の顔を伺っている。
「一緒に行きたいの?」と聞くと、うんと頷いた。
私は、後追いが直ればと思い、「一緒に遊んでおいで」と言ったら、ぱあっと嬉しそうな顔をして童子神達の方に走っていった。
「童子神様、すみませんが、朔殿に姿を消すこととか、神様に必要なことを教えていただけませんか?」
童子神達は「わかった」と朔殿を連れて部屋を出て行った。
朔殿は私の姿が見えなくなるのが不安だったのか、部屋を出るときに何度も振り返った。私がその度に手を振って笑いかけると、安心したように童子神達に付いていった。
遊びの中から、必要なことを学んでくれると良いのだが・・・。少しの間に母心が芽生えたのか、そんな事を考えている自分に驚いた。
童子神達が部屋を出て行くと、父殿も出て行った。
「あの、さ、先ほどの父上の話だけど」
父殿が出て行くと、直親が私に近寄り囁いた。
私は思わず直親から離れた。
「なに?私は認めていないけど」
「私だって、認めていない」
直親は私の反応を見てムッとした顔をした。
「でも、父上の命令にはそむけない。だから、形だけと言うことにしないか」
「それは良い考えだな。私もこの世界に長居するわけではないから、直親は私が元の世界に帰った後に、新たに嫁を見つけると言うことだな」
「宝がそれでいいのなら、そうして欲しい」
「わかった。本来なら未成年の私は、親の許可が必要なのだが、母殿は母であっても本当の両親ではないから、私がこの世界に居る間だけ、直親のことを婿とする」
「助かるよ」
「婿とするが、私は直親とそういう関係になるつもりはないからな」
「わかっているよ。私も宝に対して、そういう気持ちは持ってないから安心してほしい」
こうして直親と期限付きの婿取り契約が成立した。
私は16歳だが、生まれ育った環境が環境だけに、恋愛には興味が無かった。それに、この世界で誰かを好きになることは避けなければならない。万が一そうなったら、私は元の世界に帰る気になれるだろうか。と考えると不安になる。不安材料は一つでも持たない方が良いと思っていた。
朔殿が童子神様と遊んでいる間に、都の仕事を片付けた。
仕事を終えて戻ってくると、童子神達とすっかり仲良くなった朔殿が待っていた。
「宝、この子は物覚えが良いぞ。まあ、我の教え方が良いというのもあるけどな」
赤の童子神様が言った。
「朔殿は何を覚えたのですか?」
嬉しそうに私に抱きついてきた朔殿に聞いた。
朔殿は何も言わずに、スッと姿を消して見せた。もちろん私には見えている。
「まあ、すごい!もう覚えたのですね」
私は朔殿を褒めた。
「童子神様ありがとうございます」
童子神達が「何の、何の」と言っている。
そこへ直親が、少しばかりの荷物を担いで現れた。
「宝、お帰り」
「直親、その荷物は?」
「何を言っているんだ、今日から宝の家に行くから、身の回りの物を持って行かないと、いけないだろう」
そうか、そうだった。仕事をしている間にすっかり忘れてしまっていた。
「しかし、直親が屋敷にいなくなったら、父殿の世話は誰がするのだ?」
「父上は母上と、近々東の屋敷に渡るらしい」
「あの屋敷に?」
東の屋敷は蜘蛛の妖怪を退治した後、屋敷中を浄化して、妖怪よけの結界を張ったまま空き家になっていた。
「そうか、もともと移る予定だったから、東の屋敷で家族で住まわれるのだな」
「いや、兄上達は今の屋敷に残られて、東の屋敷には、父上と母上と妹が住むと聞いている」
「この屋敷はどうするのだ?」
「陰陽寮の賀茂冬晴先生が住まわれるらしい。もともと先生の伯父上の屋敷だったから、思い入れがあるらしい」
「そうなのか。童子神様はどうされるのですか?」
私は気になって、側にいる童子神達に聞いた。
「我は、ここに残るつもりだが、青と黄は東の屋敷に行くことになった」
「童子神様も別れ別れになるのですか?」
「なに、そんなに離れているわけではないから、それぞれの屋敷に遊びに行けばすむことだ」
「それだと寂しくないですね」
「宝も今までと同じように都には出てくるのだろう?」と赤の童子神。
「はい」
「その日は皆で待っているから、この屋敷に寄ってくれ」
「はい、そうさせて頂きます」
私は父殿に挨拶をして、朔殿の手を引き、直親と屋敷を後にした。
都から離れ、山が近づくとふと思った。直親は山の結界を通れるのだろうか?
山の入り口に立ち、直親に言った。
「この山には結界がある。この結界は山の神様が張ったものだから、直親が通れるかどうか分らない。もし通れなかったら、屋敷に戻って欲しい」
「えーっ、今更それはないでしょう!」
直親は思わず叫んでいた。
「そんな大声出すな。山の神様にお伺いを立ててから通ってみよう」
「お伺い?」
「直親は私の婿になったから、『婿を通して欲しい』とお願いしてみる」
私は、山の入り口に立ち、直親の事を頼んでみた。返事はないが、何となく許されたような気がした。
「直親、私の後ろを付いて来るのだ」
私はゆっくりと山の入り口を通った。その後を直親が続く。
直親が通るとき空気が少し揺らいだ感じがした。山の神が直親をテストしたのだろう。直親は無事に山に入ることが出来た。
「良かったな、直親」
「助かった。拒否されたら、私は帰る家が無くなるところだった」
「それは大げさだろう」
「大げさなものか、父上はこうと決めたら絶対曲げないから、屋敷に戻っても私の居場所はもう無いも同然だよ」
あの父殿のこと、あり得ないことではないと思った。
とりあえず山の神様が直親を受け入れてくれて助かった。
山道を登り、母殿の待つ家に帰った。
母殿は直親を見てたいそう驚いたが、私が直親の父殿の話しを伝えると、宝に婿が出来たと喜んだ。
直親は一目で母殿に気に入られたらしい。
よほど嬉しかったのだろう、その日の夜は、お祝いだと言って、秘蔵の酒をどこからかもってきた。
母殿がとても喜んだので、私がこの世界にいる間の契約婿だと言えなかった。
私と直親は母殿の前で、固めの杯を交わすことになった。私は未成年だから、酒は飲めないのだが、直親は飲めるらしい。固めの杯の後は、母殿と二人で楽しそうに飲んでいた。
夜が更けて、休む時間になると、母殿は朔殿を連れて別の部屋に行こうとしたので、私は慌てた。
「母殿、直親殿は一人で別の部屋でお休みになられるそうです」
母殿はどうしてと首を傾げた。
「婿になっても、一年は同衾してはいけないという、陰陽師のしきたりだそうです」と嘘を誠のように言った。
「そうなのですか。しきたりであればそれは守らなければならないですね」
母殿は、私の嘘を信じて、直親に部屋を一つ用意した。
私は内心ホッとした。
こうして私の婿取りの1日が終わった。
疲れた・・・。