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東の屋敷

 次の日の午後、父殿と友人の賀茂冬晴(かものふゆはれ)殿、直親(なおちか)、私の四人は屋敷の中央にある寝殿に集まっていた。

 賀茂冬晴殿は、伯父の冬明(ふゆあき)殿が妖怪と戦って負けたのではないかと言う私の推理を聞いて驚いた。

「では伯父上は妖怪と戦って敗れたと申されるのですか」信じられないと頭を振る。

「伯父上は一流の陰陽師でした」

「それは術式を見ればわかります」と私。

「そなたは伯父上の術式がわかるのですか?」

 冬晴は信じられないという顔をした。

「わかります。だから封印の障壁を解くことが出来たのです」

「封印の障壁?」

 冬晴が首を傾げる。

「この屋敷全体に張られていました。私も童子神(わらしかみ)様が教えてくださったから分ったのです」

「童子神様?」

「はい、冬明殿は良き友人だったそうです」

「確かに伯父上は神様が見えると言われていましたが、そなたも見えるのか?」

 冬晴の問に、父殿が代わって答えてくれた。

「冬晴、神様は本当にいらっしゃる。昨日私も初めてお会いした」

 父殿の話しに冬晴はますます驚いた。

「感じませぬか?さっきから私の横に座って話を聞いていらっしゃいます」

 冬晴は私が示した所をしばらく目をこらして見ていた。

「微かに淡い光と気配を感じる様な気がしますが、私には見えないようだ」落胆した様に目を伏せた。

「そうですか」

 どうやらこの陰陽寮の先生の能力は伯父上ほどは高くないらしい。

「神様、今日も顕現して頂けますか」

「昨日の菓子は美味しかった。あれをまたくれたら顕現しても良いぞ」

「いいですよ」とお菓子を渡す。

 お菓子を貰った童子神達が姿を現した。

 恐れ多いと思いながらも、何となく餌付けしているような気がしてきた・・・。

「おお、これはこれは」冬晴は驚きつつも、恭しく頭を下げた。

 冬晴の様子を見た童子神達は、気を良くしたらしい。

「そなたは、我らの事を敬ってくれるのだな。良い心がけだ」とチラリと私の方を見た。まるで私が敬っていないみたいだ。

「昔、伯父上に伺った事があります。赤い神様と青い神様と黄色い神様がいつも一緒だと申しておりました」

「そうか、そなたは冬明の身内の者か」

「はい、冬晴と申します」

「そうか、そう言われてみれば、どことなく雰囲気が似ている気もする」

「ありがとうございます」

「そなたもう少し精進したら、我らが見える様になるやもしれぬ」

「本当ですか!」

「まあ、その為には我らを大事にすることだ」

「はい、ありがとうございます」

 結局は自分たちを敬えと言っているのだと思ったが、黙っていた。

 冬晴の態度に喜んでいる神様に、ふつつかな私が声を掛けた。

「ところで、神様、何か情報がありましたか?」

「うん、昨日建てて貰った祠の横に木が立っておるであろう。あの木は我らがこの屋敷に居た頃からおった。何か知っておるかも知れないと思い聞いてみた」と言いながら、小さな手を私の前に差し出した。お菓子を催促しているらしい。情報やるから金よこせ的な感じなのだろうか。神様としてそれはどうなんだろうと思ったけれど、今は目を瞑ることにした。

 お菓子をそれぞれの手のひらに乗せると、嬉しそうに口に放り込む。

「で、木は何と申していたのですか?」

「我らが出掛けた翌年、大きな蜘蛛の妖怪が現れたそうだ。家主(あるじ)は屋敷に結界を張っていたが、その蜘蛛はいとも簡単に結界を破り中に入ってきたらしい。家主は驚いて蜘蛛を退治しようとしたが、蜘蛛は卵を産み屋敷中に子蜘蛛が散らばった。家主は封印の結界を張って蜘蛛の子を外に出さぬようにして蜘蛛と戦った。蜘蛛は滅しても滅しても沸いてきた。子蜘蛛を滅するだけで相当の力を使ったらしい。家主は最後の気力を振り絞って、結界全体に浄化の火を放った。しかし、子蜘蛛は消滅したが、親蜘蛛は全部を滅しきれなかった。頭と身体の一部が残ったのだ。家主は残してしまった頭を滅しようとしたが力尽きてしまった。家主が動けないとわかると、頭は散らばった身体を集めて小さな蜘蛛の姿になった。そして家主を食べてしまった。高い能力の者を食べると妖怪の力が増すらしい。蜘蛛の元々の狙いは家主を食べることだったらしい。家主を食べた蜘蛛は、土の中に潜ると居なくなった。これが木から聞いた話だ」

「やはりそうでしたか」

 私の推測は当っていた。

「そなたも気を付けた方が良いぞ。そなたの能力も相当のものだ。だから蜘蛛は誘いに来ておるのだと我らは思うぞ」

 神様は心配してくれているようだ。

「しかし蜘蛛の妖怪とはやっかいですね」

「そうだな。伯父上が亡くなってずいぶん経つ、どのくらい人を食らうたのか分らぬが、用心して掛らないと、伯父上の二の舞になりかねない」

「宝殿、何か策はありますか?」

 父殿が真剣な顔で聞いた。

「やはり冬明殿がされたように封印の結界を張り、中に閉じ込めてから浄化するしか無いと思います」

「封印の結界ですか?」

「結界を徐々に狭めて逃げ場を無くして滅する」

「伯父上の時は下から逃げたと言ってました」

「地中にも結界を張りましょう」

「どうやって?」冬晴は難しい顔で私を見た。

「御門野家に代々伝わる古文書に蜘蛛を滅する方法が記された文があったと記憶しています。その方法を用いましょう」

「古文書ですか?」

「たぶん平安の時代に陰陽師によって書かれたものと思われます」

「古文書で平安の陰陽師ですか?」冬晴は理解不能な顔をした。

「冬晴、信じられないと思うだろうが、宝殿は九百年先の時代から来たらしいのだ」父殿が冬晴に告げる。

「九百年先の時代から?」突拍子のない話しに冬晴は訝しげな顔で私を見た。

 冬晴の疑問にどう説明したものか迷った父殿は「直親の変な術が発動して、間違って召喚されたらしい」と話した。

「直親が未来の者を召喚した?」冬晴はますます解せないという顔をした。

「私の話はそこまでにして頂けませんか」話すと長くなりそうなので口を挟んだ。

「まず、東の屋敷ですが、天地の結界を私が張ります。冬晴殿は知り合いの陰陽師にお願いして、結界のガードをお願いできませんか?」

「ガードとは?」

「西門・東門・北門は特に念入りにお願いしたい。結界のほころびが出来ぬよう念を送って欲しいのです」

「三つの主要門に陰陽師を置くのですか?」

「そうです。呪文は私が教えます」

「その呪文は確かなのですか」冬晴の私を見る目が不審者を見る目になっている。

「私も古文書を読んだだけなので、それが実際にどれほど効力を発するのかやってみないと分りません。でも、蜘蛛をこのまま放ってはおけません」

 冬晴は私の存在を怪しんでいるようだが、伯父上を殺したかも知れない蜘蛛の妖怪を野放しに出来ないと思ったようだ。

「分りました。近しい陰陽師に声を掛けてみます」

 冬晴は妖怪退治に陰陽師の参加を約束した。

「お願い致します」

 作戦が決まったところで、直親が「先生、私も参加させてください」と申し出た。

 私は直親を見て「直親レベルだと二人一組だな。それでも危ないかも」とやんわりと断る方向で答えた。

 それに対して、冬晴は「宝殿、今回の事は陰陽寮の生徒にとっても貴重な経験になります。上の者と話し合って、陰陽寮全員で対応したいと思いますが如何でしょう?」と提案した。

 私は少し考えてから「そうですね。五十年の間に東の屋敷だけに住みついたとは思えません。蜘蛛の子が他の屋敷にいるかも知れません。退治法を知っておいた方が良いと思いますので、よろしくお願い致します」と答えた。


 翌日から、蜘蛛の妖怪退治に参加する陰陽師と陰陽寮の学生(総勢二十名)が集まり、退治の段取りを三日掛けて話し合った。

 そして決行の日が来た。


 その日は朝から黒く重い雲がかかり、何が起きてもおかしくない天気だった。

「大丈夫か、宝」直親が心配そうに聞いてくる。

「私より自分の心配をしたほうが良いのではないか?」

「私は四重の結界の一人だから大丈夫だ」

 直親のいう四重の結界とは、各門には熟練の陰陽師が一人ずつ立ち、他の者は屋敷の周りに五芒の陣を張って結界を援護する。援護者と門を守る者で、四重の守りをしている。

 東の屋敷に着くとまず結界を張った。そして陰陽師が計画通りに配置された。

 私は刀を持ち西門に立った。

 屋敷から妖艶で怪しげな女が出てきた。

 門に立つ陰陽師が一瞬ひるんだが、結界の念を緩めることは無かった。

「やっと来たのね。待ちくたびれたわ」と笑う。

 私は結界の外から女を見た。

「結界を張っても無駄よ、中に入ってらっしゃい」

 女は手招きしている。

 私は身体に守りの結界をめぐらし、屋敷の中に一歩足を踏み入れた。

 踏み入れた足の辺りに小さな蜘蛛が寄ってくる。が、結界に守られた身体に触ることは出来ない。

「ふーん」女が赤い唇をニィッと横に広げて笑う。細められた目が怪しげに光る。

 突然目の前に蜘蛛の糸が飛んできた。

 刀でそれを切る。

 粘りのある糸が刀に絡まる。

 再び糸が飛んでくる。

 刀に念を入れて攻撃する。

「浄化!」糸と回りの小蜘蛛が消えた。

 糸に触れると絡み取られる。気を付けなければ。

 間合いを取りながら集中する。

「やるねぇ」

 女は妙に落ち着いている。

 この落ち着きは何だろうと訝しんでいると、頭の隅で結界が一部綻んでいるのが感じられた。これは中からの綻びでは無い、外からの力だ。

「おまえ、仲間が居るのか!」思わず叫ぶ。

「私も長く生きていると、そこそこ操れる者も居るのさ」女は怪しげに笑った。

 そこまで考えていなかった。

 何人いる?

 軽い焦りを覚えながら外回りに気を巡らせた。

「ほらほら、よそ見をしている場合じゃ無いよ」

 女はまた糸を放った。横に逃げる。

 結界が外から綻びかけている。

 私は糸を避けながら新たな結界を張った。

 女は笑いながら糸で攻撃してくる。

 糸を避けているうちに、結界の中がまるで繭の様に蜘蛛の糸が張り巡らされた。

 屋敷の中は完全に蜘蛛の糸で覆われてしまった。

 蜘蛛の巣に閉じ込められた様だ。

「もう逃げられないよ」

 女が勝ち誇ったように笑う。

「そうかしら?」

 攻撃に備えて、間合いを取る。

 女は今のところ糸の攻撃しか仕掛けてこない。結界の中を糸で覆ったことで、結界の綻びを気にすることはなくなった。次の攻撃に対す防御に専念出来る。

「遊びは終わりだよ」

 女は本来の蜘蛛妖怪の姿に変化した。

 大きい、人の三倍くらいはありそうだ。小さくてもグロテスクな顔が、大きくなるとますますグロテスクだ。

 蜘蛛は口からシャーッと液体を吐いた。

 慌てて飛び退く。近くの草がジューッと黒く縮んで溶けた。どうやら毒の様だ。

 再び毒の液が噴射された。

 糸のせいで後ろに下がることが出来ず足に当った。

 ジュッと音を立てて守りの結界が裂ける。直接浴びると危ないと感じた。

 逃げていてはいつかは捕まる。

 守りの結界を強めると、刀を下方に向け念を込めた。

ゆっくり円を描くように刀を動かす。そして蜘蛛に照準を定めると念を放出する。

「浄火!」

 刀から浄化の炎が蜘蛛めがけて吹き出す。

 繭の中全体が炎に包まれた。

 炎の中で蜘蛛は笑う。

「私にその炎は効かないよ」

 刀を持つ手に汗が滲む。

 浄化の炎が効かない?

 操られた陰陽師から情報を聞いたのだろう。私たちが計画を立てている間に、蜘蛛妖怪も防御の方法を考えていたらしい。

 では、どうすれば滅せられるだろう。

 陰陽師に教えた術式は使えないと思った方がいい。違う方法を考えないと。

 浄化の炎でないものを考える。

 スッと刀の先を蜘蛛に向ける。そして唱えた。

「滅火!」

 炎の色が一段と赤くなった。

「ギヤーッ!」

 目の前の蜘蛛が急に苦しみだした。そして燃え上がった。

 滅の業火が舞い上がる。

 結界の中の蜘蛛の糸も蜘蛛妖怪も全て飲み込んで燃えた。

 ゆっくり刀を下ろすと、火はおさまり全てを消していた。

 私は結界を解いて外に出た。

 門の外では、直親が心配顔で待っていた。

 私の姿を見ると走ってきた。

「宝、大丈夫?」

「何とか退治出来たみたいだ」

「良かった、結界の中が真っ赤な炎に包まれたときは生きた心地しなかったよ」

「心配してくれてありがとう。それより、陰陽師の中に蜘蛛に操られている者が居たと思うが・・・」

 回りに目をやると、数名の者が気を失ったらしく、地面に横たえられていた。

「宝殿、すまぬ。彼らは私たちの邪魔をしようとしていた。結界の中で炎が走ったと同時に倒れてしまった」

 冬晴が面目ないと膝をついて謝った。

「彼らはあの蜘蛛に操られていたようです。浄化すれば元に戻るでしょう」

 私は気を失っている者に刀を向けて「浄化」と呟いた。そうすると中から黒い靄が出てきてきたので、それを刀でなぎ払った。

 その後、東の屋敷を一通り確認して回ったが、怪しげな者は見当たらなかった。

 妖怪の消えた屋敷に浄めの儀式をして、新たに守りの結界を張った。

 これで家移りも無事に行うことが出来るだろう。

 妖怪退治が全て終わったので、お世話になった冬晴や陰陽寮の人達に礼を言って別れた。


 直親の屋敷に戻り、父殿に東の屋敷の蜘蛛退治の報告したことで、直親との『東の屋敷に物の怪を見に行く』ミッションは無事終了した。

 直親と父殿から報酬を貰って山に帰ることになった。

 童子神様がたまにはお菓子を持って遊びに来て欲しいと申されるので、用事で街に出た時は寄りましょうと約束をして山に帰った。


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