繰り返される召喚
無意識にため息をついていた。
「御門野?」橋本が心配そうに覗き込んだ。
「何でもない」と首を振り、話しを続けた。
滅せられた私は、しばらく暗闇を彷徨っていた。それほど長い時間ではなかった。目の前に光が見えたので、光に向かって歩いて行くと、徐々に身体が小さくなり、光の中に出たときは赤子になっていた。
私は誰かの子として生まれた。
「姫様です!」と言う声が聞こえた。
わかったのは生まれ変わったということだった。
生まれ変わっても常人には見えないはずの物は見えていた。そして、何故か「ほう」であった時の記憶も残っていた。
生まれた時代は、日本史でいうと鎌倉時代と呼ばれる時代だった。
父は御家人だった。
私は二の姫として生まれた。
見えない物が見えると知れたら気味悪がられることはわかっていたので、他の兄妹と同じように振る舞うことで、能力を隠して生活することにした。
私が八歳の時、大陸から多くの軍勢が九州に侵攻してきた。
幸い短期間で終息したらしいが、翌年、西方の守護の一員のとして、父は九州に単身赴任した。
それから六年後、一度目よりも多くの軍勢が、大陸から攻め入り九州の地は戦場と化した。
戦いは熾烈を極めたらしい。
神風がその戦いを終わらせたと聞いた。
その年の冬、父は死に神を連れて帰ってきた。
死に神が見えない者にも、父の寿命が長くないことがわかった。
国を守り戦った功労者として、財力の乏しい御家人の父が重傷を負いながらも帰って来たことは喜ばしいことだった。
父は領地を兄に譲った後亡くなった。
もうすぐ十六歳の誕生日を迎えるという頃、兄に呼ばれて嫁ぐように言われた。
一の「好きな人と結婚したい」という言葉を思い出したが、前世でもそうだったが、好きな人と結婚するという感情がどんなものなのか、まだよくわからなかった。
この頃は、領地を持った者が嫁を取ることが増えていた。兄の手前、婿取りはないと思っていたし、十六歳は嫁ぐには遅いくらいだったので、私はこの話を受け入れた。
この時の私は、見えない物が見えるのも、前世の記憶があるのも、偶然だと思うようになっていた。だから油断していた。
嫁入りの日は十六歳の誕生日だった。
前日の夜は、嫁入りに備えて早くに寝た。
夜中に妙な予感がして起き上がった瞬間、私の身体は平安のあの藤原直親の屋敷に飛ばされていた。
そして、背中に「滅!」という言葉が聞こえた。私はまた暗闇に投げ出された。
闇の中を彷徨いながら考えた。
兄や母は急に消えた私のことをどう思っただろう。夜中に忍び込んだ誰かに連れ去られたと思ったかも知れない。
こんな事になるくらいなら、結婚を承諾するのではなかったと悔やんだ。
暗闇の先に光を見つけて、光の方に向かって歩いて行くと、だんだん身体が小さくなり、また赤子になっていた。
繰り返されたことに気が付いたが、それでもまだ偶然だと思っていた。
なぜなら、今度は国が違っていたからだ。
私はフランスの小さな農村に生まれた。
相変わらず見えるはずのない者が見えて、なおかつ、前世とその前の記憶が残っていた。
私が生まれ変わった時代では、フランスとイングランドが長い戦争をしていた。
生まれて間もなく、村が焼かれ父が亡くなった。
母と二人命からがらに逃げた。戦火を逃れて国内を移動した。
でも私たちは二人ではなかった。側にはいつも戦死した父の霊がいた。
「お父さんが一緒にいるよ」と母に言うと、私の言動がおかしいと思いながらも、父が教えてくれたと聞くと、母はその通りに動いてくれた。
父の助言は的確だった。初め信じていなかった母も、しだいに私が本当に父が見えているのだと思うようになった。
小さな私を連れて移動するのは酷だったのだろう。母は病気になった。その為小さな村にしばらく留まることにした。
私たち親子は、村の外れにある小屋を借りて住むことにした。
村人は病気の母に優しかった。
私はその村でジャンヌという少し年上の少女と出会った。
ジャンヌの家は村では裕福な農家で両親と兄弟で住んでいた。
その頃の私の遊び相手は花や木の妖精だった。いつも一人で妖精達と遊んでいた。
そんな私にジャンヌが声を掛けてきた。
誰もいないところで話しているのが不思議だったみたいだ。
普通の子だったら気味悪がって近づいてこないのに「誰とお話ししているの?」と不思議そうに近づいてきた。
一瞬迷ったが、ジャンヌも子供だし年下の私が空想的な事を言っても何とも思わないだろうと考えて「お花や木の妖精とお話ししている」と返事をした。
ジャンヌは「花の妖精や木の妖精とお話が出来るの?」と驚いたので、私は「できるよ」と頷いた。
そしたら「神様も見えるの?」と聞かれたので「見えるよ」と答えたら、ジャンヌは友達になって欲しいと言った。
ジャンヌは戦争が早く終わるようにと神様にいつもお祈りしていると言っていた。
祈りを聞いてくださったら、神様がいつか自分のところに来てくれると信じていた。
ジャンヌと知り合って数年経ったある日、何時もの様にャンヌと遊んでいると、三人の美しい神様がジャンヌのところに現れた。私がそのことをジャンヌに伝えると、自分の祈りが届いて会いに来てくださったのだと喜んだ。
ジャンヌは直接神様とお話し出来ないかと私に頼んだ。うまく出来るかわからなかったけれど、私はジャンヌの手を取り、神様が見える様に念じた。そうしたら、ジャンヌは神様の姿が見えたようだった。
神様はジャンヌに「戦争を終わらせたかったら、あなたがフランスの為に戦いなさい」と言っているようだった。
信心深いジャンヌは神様からお言葉を頂いたと、とても感激していた。
神様が去った後、「一緒に戦いましょう」と誘われたけれど、私はジャンヌより三つも年下でまだ子供だったので、「戦いには行けないけれど、どうすれば戦えるか、この戦争で亡くなった兵士の霊と話すことは出来る」と答えた。
その日から、どうすれば戦争を終わらせることが出来るか、兵士の亡霊達の話しを聞きながら勉強した。
四年ほど経った頃、ジャンヌがフランス軍に入隊すると言って村を出て行った。
私は母の病気がおもわしくなかったので村に残った。
その後しばらくして母が亡くなった。
私は一人になった。
十六歳の誕生日を迎える前夜、ふと前世の事を思い出した。
誕生日になったら、また消えてしまうかも知れないと思った。
母はもういないので、消えても誰も悲しまないと思うと安心した。
眠れぬまま日付が変わった。
気が付くと、私は再び平安の世に召喚されていた。そして背後で「滅」の言葉が聞こえ、また暗闇の中に落とされた。
暗闇を彷徨いながら、さすがにこれは偶然ではないと考えた。
そして、立ったまま召喚されるから、直親の前に飛び出す形になって滅されるのかもしれないと思った。次に生まれ変わったら、召喚されるときに横になっていたら大丈夫かもしれないなどと考えながら歩いていると、再び光を見つけたので、光に向かって歩いた。
今度は日本史で言うところの織田信長の時代だった。
半農半兵の貧乏な家に生まれた。
農民ではあったが、身分は一応武士だった。
父は足軽で戦の度に戦場に出掛けた。
私が十歳になる頃、父は大怪我をして帰って来た。今までも何度も負傷して帰って来ていたが、今回は片足が無くなっていた。もう戦場には行けないと言われた。
私の上に兄がいたが、身体がそれほど丈夫ではなく、畑仕事はなんとかこなしていたが、父に代わって戦場に行くには無理のように思われた。
畑仕事を手伝っていた私は体力があったので、兄に代わって戦に行こうと考えた。
私は力を付けたいと思っていた。平安の世に戻った後、滅せられない力が欲しかった。
ジャンヌが戦場に行って戦ったのを記憶している私は、私も戦えるのではないかと考えるようになっていた。
兄の名を使い、男だと偽って父の代わりに戦に出掛けた。
戦場では、見えない物を味方に付けて、彼らから情報を得て戦った。また味方ばかりでなく敵の兵士の亡霊も多くいたので、彼らを消すために「浄化」する能力を覚えた。
私は自分の能力を使い、危機を避けて戦った。
戦いに勝つ度に私の評価は高まった。
私はいつしか戦場において、部隊長の補佐をする様になっていた。
隊長の主君は織田信長殿の配下だったらしく、私の噂は信長殿に伝わったらしい、
褒美を取らすので主君とともに尾張までこいと呼ばれたが、あいにく十六歳の誕生日が間近にせまっていた。
尾張に着く頃にはとうに誕生日を過ぎており、前世と同じ事が繰り返されるならば、確実にこの世から消えてしまっていると考えられた。
行けないと断ると信長殿の命に背くことになり、主君がどんなお咎めを受けるかわからない為、道中事故に見せかけて、荒れた川に落ちて死ぬことにした。
その夜は新月だった。私は十六歳になる時間に合わせて、宿舎の見回りに出掛け、荒れた川に足を滑らせて落ちたと見せかけて飛び込んだ。
川に飲まれた瞬間に召喚されたので、直親の前に立って出ることはないだろうと思っていた。ところが平安の世に現れた私は、直親の前に立っていた。
まずいと思った瞬間に背中に「滅」の声が聞こえて、気が付いたら暗闇の中にいた。
またまた暗闇を彷徨いながら考えた。横になってもダメなら、滅せられない身体にならなければならないと思った。
どうすれば滅せられない身体になれるのか見当も付かなかった。
平安時代の「ほう」は半分妖怪の血が流れていたので、滅せられることも考えられたが、その次からは人の子だったのに滅せられた。どうしてだろうと考えた。
考えながら歩いていると光が見えたので、光に向かって進んだ。
次に生まれたのは江戸時代だった。
将軍吉宗の時代で、わりと平穏な時代だった。
私は武家の末娘として生まれた。
父は奉行所に勤める傍ら、自身の鍛錬も兼ねて剣道場を開いていた。
平安な世の中になったとはいえ、武士の子息のために稽古を付けていた。
力が欲しい私は父に入門したいとお願いした。母は反対したが、父は末娘に甘かったので、子供のうちなら良いだろうと入門を許してくれた。
男子に混ざって練習していたが、過去の記憶が残る私は、戦場に出ていた実経験があるので、誰よりも強かった。
父は驚いて、私に剣道場を継がせると言ったが、母が許さなかった。
それではと、父は私に養子を取らせると言った。それを聞いた母は、兄という跡継ぎがいるのにと猛反対した。父はしぶしぶ道場の跡継ぎの件をあきらめたようだった。
どっちにしても、十六歳になったら消える身としては、将来について考える気にもならなかった。それより、両親になんと言って別れを告げるべきかを考えなければならなかった。
いろいろ考えたが、存在しない誰かと駆け落ちすることにした。
縁談の話しもちらほらと舞い込んで来ていたので、それを利用することにした。
「お父様、お母様、申しわけございません。
お父様、お母様に隠れて、あるお方とお付き合いしておりました。
お父様やお母様に紹介したら、絶対反対される身分の方です。
でも、私はその方を心からお慕いしているのです。その方以外に結婚は考えられません。
今夜その方が私を迎えに来ると言っていました。私は一緒に行きます。
今まで育てて頂きありがとうございました。我が儘をお許しください。」
と書き置きをして家を出たのが、誕生日を迎える真夜中だった。
父や母が心配して探すのはわかっていたが、本当の事を話すわけもいかなかった。申し訳ないと思ったが運命には逆らえなかった。
その夜、私は召喚されて、滅せられた。
どう考えても理不尽だった。
私の人生はどうなってしまったのだろう。このまま繰り返しを続けるのだろうか。この負の循環を止める手立ては無いのだろうか。
私は闇の中を彷徨いながら考えていた。
これが最後になれば良いと思って光の先に進んだ。
そこは西部開拓時代のアメリカだった。
私は先住民族の娘として生まれた。
相変わらず見えない物が見えて、前世の記憶も残っていた。
ここでは見えない物が見えることが役に立っていた。
先住民族である私たちは、開拓という名でやってきた者に土地を追われ長い旅をしていた。
旅は過酷で、大勢の仲間達が死んでいった。
私は精霊の声が聞こえた。
精霊は水のある場所や、開拓者に見つからない方向を教えてくれた。
私は精霊の声を頼りに、部族の者が安全に進む手助けをしていた。
何処とも知れない目的地に向かって進むうちに、いつの間にか十五歳を過ぎていた。
あと一年でたどり着くのだろうか?
私は生まれてからずっと定住地もなく旅を続けていた。
明日が十六歳の誕生日という日、私は部族から少し離れた場所にいた。
精霊の声を聞く私がいなくなったらと思うと心苦しかったが、部族からはぐれて死んだと思わせることにした。
私は心残りのまま召喚された。そして滅せられた。
諦めに似たため息をついた。
「世の中は強い者が弱い者を支配しようとする。それはどの時代も同じ・・・」
そう呟く目は潤んでいた。
少し沈黙が流れた後、「そして、私は現代に生まれた」
私は、繰り返される運命から逃れられないと思い、諦めた気持ちで生まれた。
ところが、生まれたばかりの私を見て、私の逆らえない運命に気付いた人がいた。それは、御門野の祖父でした。
御門野家は過去に遡ると、平安時代のとある高名な公家の流れをくむ家柄だった。
祖父は私を見るなり「この子は不思議な能力を持っている。過去とも繋がっているようだ。いずれかの時に過去に呼ばれて居なくなる運命だ」と言った。
父も母も驚きました。私も驚きました。
祖父は変わった言動の人で、時々お告げが聞こえると言っていました。ただの幻想と笑って済ませられないのは、それがよく当るからでした。
父も母もオロオロする中、祖父は、私に剣を習わせろと言ったのです。それも真剣を使う流派を選んで習わせろと言いました。
祖父は先祖代々伝わる古い書物の中から、今は使われない陰陽の術書を出して「これを読んで覚えるのだ」とまだ小学校にも行かない私に昔の書物を渡して読めと言いました。
それが私の役に立つはずだとも言いました。
そういう訳で、私はこの時代では自分の能力を隠さずに生きてきました。過去の記憶は話していませんが、たぶん祖父にはわかっているのだと思います。
昨年私は半年ほど、祖父の知り合いが住職を務める京都のお寺に修行という名目で預けられました。
京都は平安の都、修行の傍ら霊山のあった山に登ってみました。結界は現在も私に反応して、頂上まで行くことが出来ました。もう集落はありませんでしたがとても懐かしい気がしました。
月替わりの日に、月神様に会いたいと思いテントを張って待っていると、現在でも神様が近くを通っていたので声を掛けました。神様は自分たちが見える者に会うのは久しぶりだと言っていろいろ話しをしてくれました。今は暦通り十二の月神様が月替わりをしているそうです。
霊山は平安の世と現在が繋がっているような気がします。だから、私が戻れるとしたら霊山ではないかと思っています。
私の話しが終わると、朔殿が口を開いた。
「御門野さん、あなたの助けになる物を持ってきました」
朔は、細い紐を取り出すと私に差し出した。
「これは・・・」私は紐を見つめて呟いた。
「あなたが、まひるのために渡したお守りの紐です。この紐にはあなたの念が籠もっています。この紐に「時渡りの長」の念を入れて貰いました。私の加護も入ってます。この紐があなたを守ってくれます。これを身につけていたらすぐに滅せられることはないでしょう。そしてこれは戻ってくる助けもしてくれます」
朔殿は私にこの紐で髪を結ぶ様に言った。
朔殿から紐を受け取り、肩までのそれほど長くない髪を結んだ。
髪を結んで向き直った私を見て、朔殿は何故かフワリと笑った。
「御門野さんは携帯電話を持っていますか?」と朔殿が聞いた。
「はい、役には立たないと思いますが、太陽光を使った充電器と一緒に持って行こうと思っています。写メくらいは取れますからね」と答えながら、私は傍らに置いていたリュックを背中に担いだ。
橋本が「大きなリュックだな」と驚いた。
「非常用の食料とか日持ちのする物を持っていこうと詰め込んでいたら、祖父や両親もいろいろ持って来たので、それも入れたら大きくなってしまった」
「ご両親は、御門野が今夜召喚されることを知っているの?」
「知っている。中学生になったときに、十六歳の誕生日に平安時代に召喚されると教えた。祖父の言葉もあったので、両親はそれを信じてくれた。そして今夜は家を出る私を見送ってくれた」
橋本と話していると「それでは戻って来たら、蒼海に連絡して貰えますか?」と朔殿が言ったので「橋本に?」と尋ねた。
「私は携帯を持っていませんから、帰って来たら彼に連絡してください。そうすれば私もあなたが帰ってきたことが分ります。蒼海もそういうことでよろしくお願いします」朔殿は橋本に頭を下げた。
「わかりました」橋本が快く引き受けたので、私も「わかった」と言った。
「戻るためには、霊山に行き、戻れるよう念じてください。そうすれば「時渡りの長」の念が作動するはずです」
急に朔殿の口調が早くなった。
「わかった」と答えた刹那、召喚の時が来たらしい、私の前から朔殿と橋本の姿が消えた。