第8話 魔狩り適性試験 後編
適性試験開始から六時間が経過。
だが未だに石凝姥は見付けられず、山全体を回ったにも関わらず見付かる気配が無い。
見付かるのは倒れる受剣士と、襲い来る受剣士くらいだ。
上手く隠れているのか?はたまたこちらの気配を感じ取って、相手も動いているのか?
分からない。このままでは朝日が昇り、適性試験に合格出来なくなってしまう。
だからと言って焦っても何も始まらない。深く深呼吸し、冷静になって考え、悩んでいた時だ。
一箇所だけ…それもまだ一切手を付けてない場所を思い付く。
彦之は言った。この山、天籠山の何処かに石凝姥は居ると。
(私の考えが間違って無ければ、きっとあそこに…!)
マリは走り出し、恐らく石凝姥が居るであろう場所に向かって駆け抜ける。
残り時間はあと五時間。
誰もが目を付けず、誰からも視線を向けられる事の無い場所。
同じ山の中でありながらも、山と認識されない場所。
そこは…
「へぇ…時間掛かったけど、良く見付けたじゃないの。アンタが一人目だよ」
「やっぱり…此処だった…!」
「他の受剣士とは違って、ちったぁ頭が回るみたいだな」
天籠山の入口。マリ達受剣士が集まり、試験の概要を説明すべく彦之が立っていた広場だ。
その鳥居の前には赫灼の髪に白い襷で髪を纏め、藍色の着物を羽織る女性が立っていた。
彼女こそ今回見付け、この試験の試験官である石凝姥だ。
「しかし良く見付けたねぇ。殆どの受剣士達は欲をかいて斬り合いになったのに」
そう石凝姥が大槌を右肩に乗せつつ、何故此処に居る事が分かったのか問い掛ける。
「試験会場の入口に、目的の探し人が居るなんて誰も思いもしないでしょう?」
「灯台下暗しってな。そこまで出来てりゃ上出来だ。けど何で私が石凝姥か分かった?」
「その鳥居に立て掛けている刀ですよ」
「お?これか?」
「だってそれ、彦之さんが持っていた刀ですよね?」
「……ほー…お前が…」
「え…?」
すると石凝姥は大槌で右肩を軽く叩き、何か納得したかのように目付きが変わる。
まるで獲物を見付けたかのような目だ。
だがマリは彼女の言葉が気に掛かり、首を捻ると
「あーいや、気にすんな。話し続けてくれ」
と石凝姥は手を振り、マリに話を続けさせる。
些か気になる。が、マリは彼女に言われるがまま話を続ける。
「その刀、彦之さんが持って行った刀なんですよ。でも試験が始まる前は刀を持って居なかった。つまり、誰かに渡す他無い」
「でも私が受け取った証拠にはならないだろ?」
「…石凝姥さん、貴方さっき言いましたよね?「他の受剣士」達は斬り合いになったって。なんで他の受剣士達の状態を知っているのですか?」
その時、石凝姥は一筋の汗を流す。
確かにそうだ。何故誰も石凝姥の事を見付けてすら居ないのに、彼女が受剣士達の今の状態を知っているのか。
それは今立て掛けている刀こそ最大の理由。
「恐らく貴方は髪型や服装を変え、受剣士の一人として此処に居た。そして入山すると共に姿を隠し、他の受剣士達の状態を観察していた」
「お見事。そう、私は彦之から刀を受け取って受剣士達に紛れ、アンタ達全員の技量を視ていた。良く分かったじゃないの」
「彦之さんが残してくれた僅かばかりのヒントのお陰です」
(チッ…規則違反だぞアイツ…)
「それに、日を跨いだその時からこの試験は始まっている。違いますか?」
「まーーーったく、あのアホンダラは…何処までヒントばら蒔いてんだ…」
そう、これも全て彦之がヒントをチラつかせてくれたお陰。
恐らくそれが無ければ此処まで辿り着く事は決して出来なかっただろう。
全ての謎を解き、石凝姥は拍手をするも、深く溜息を吐いて大槌を地面に強く突き付ける。
「だがここからが本番だ。私の合格が無ければ魔狩りにはなれない。全身全霊を込めて掛かって来なッ!」
(やっぱりね…。見付けるだけで合格だなんて甘いと思ってた…!)
すると石凝姥は大槌を構え、これからが本番だと答える。
当然マリもこれで合格とは到底思っていない。刀の柄に手を添え、何時でも戦える様に臨戦態勢に入る。
「そういや自己紹介がまだだったね。私は八百万の一柱にしてこの街の統括者、石凝姥!」
「マリ・ルヴァーシァ。魔狩り希望者です!」
「タダで魔狩りになれると思うなよ!小娘ぇッ!」
そして、石凝姥は踏み込み、大槌を大きく振りかぶってマリへ攻撃を放つ!
するとマリは刀を抜き、石凝姥の放つ大槌を止める…!
しかし石凝姥の大槌は重く、徐々に押され始めたのだ。
「成程な…!彦之が育ててただけはある様だ…!」
(攻撃が重すぎる…!もしあの鉄の塊が刀身に当たったら間違い無く折れる…!)
「そらそらそら!避けてばかりじゃ妖の頸なんざ斬れないぞ!」
攻撃を仕掛けようにも、中々に仕掛けられない。もし攻撃を仕掛けようものなら大槌が繰り出され、身体に当たれば骨折では済まされない。
更に刀身に当たれば確実に折れるだろう。それだけは何としても避けなければならない。
しかし石凝姥が大槌を力強く振り下ろした瞬間、マリはその隙を見逃さず、懐に潜り込み、刀を構える…!
「漆の型…!弥生の宙!」
(ちっ…!突き上げ攻撃か…!)
体勢を極限にまで低くし、下から上へと突き上げる様に斬り上げる技。
それが「漆の型・弥生の宙」。
すると石凝姥はマリが放った突き上げる様な斬攻撃を右に避けて躱し、地面に強く叩き付けた大槌を振り上げて距離を取る。
だが一度距離を置いたと思いきや大槌を低く構え、迫って来たのだ。
しかも先程よりも速く、重たい大槌を持っているにも関わらずマリに向けて大槌を振り上げる。
咄嗟に避けた…が、その時だ。
振り上げられた大槌はその勢いを利用し振り下ろされた…!
(しまっ…!)
「もらった!オラァッ!」
「こっ…の!」
(躱した…?!)
振り下ろされる大槌を間一髪ながら躱すと、マリは刀を構え、大槌の持手を斬らんと刀を振り下ろす…!
のだが、刀身が大槌の持手に当たったにも関わらず大槌の持手は斬られておらず、まるでビクともしなかったのだ。
まさかとマリが目を見開き、気付くと、石凝姥はニヤリと笑みを浮かべた。
「悪いねぇ…。この大槌は特別製で、持手も折れない様にコーティングされてん…さね!」
「がっ…!」
そして一瞬足りとも隙を見逃さなかった石凝姥は右手で握り拳を作り、マリの腹部を力強く殴り飛ばされたのだ…!
八百万の一柱と聞き、覚悟して分かってはいたが強い。いや、桁違いに強過ぎる。
彼女が打ち込んだ重い一撃はまるで、六ヶ月半にも及ぶ修行は全て無駄だったと思わせるかの様に押し潰すほど重かった。
しかしマリは立ち上がり、切れた唇から流れる血を拭い刀を構えて石凝姥向けて駆け抜ける!
「やってやろうじゃないの!」
「ははっ!流石は彦之が育てた小娘だ!」
(傍から見ればただ闇雲に大槌を振り回しているだけ…。けど良く見れば重さを利用している…!)
「おらおらァっ!こんなもんじゃ無いぞ!」
どれだけ刀で斬り掛かろうと、全て大槌の重たい一撃によって弾かれる。
しかもただ単に振り回しているかのように見せ掛け、実際は槌の重さを利用して攻撃し、更に槌を振り切った後の隙を体術を組み込む事で無くして戦っているのだ。
縦横無尽に。時には態と隙を見せて引き寄せ、狩るように大槌で打ち抜く。
隙がまるで無い。だが、必ず何処かに隙はある。
その隙を見付けるべくマリが仕掛けようとした時…
石凝姥は大きく大槌を振り回し、その勢いを利用して振り上げると、マリの防御を崩す…!
胴ががら空きになった。両手も弾かれた刀を握っていた為に持っていかれ、刀で防御の為に戻すのにも石凝姥の方が一瞬速い。
「もらったァっ!」
石凝姥の大槌がマリの胴を穿ち、マリを大きく吹き飛ばす…!
「ま、良くやった方だな。骨折ったくらいだ。死には…」
「まだ…よ…!」
「…ッ?!」
その時だ。マリは右手に持つ刀を地面に突き刺し、支えながらも立ち上がったのだ。
有り得ない。完全に胴を力強く打って肋を折った筈だ。なのに何故立っているのか?
石凝姥が注意深く見ていると、マリの左手には折れた刀の鞘を握っていた。
その瞬間、石凝姥は何故マリが軽傷でいられたのかを理解する。
(そうかコイツ…!直撃する寸前に鞘で私の一撃を緩和し、骨折を免れたか…!)
(鞘が使い物にならなくなった…!これじゃもう抜刀が出来ない…!)
大槌が直撃する寸前、マリは即座に左腕を下ろして鞘を手に取った。
そして石凝姥すら気付かぬ速さで胴へ持って行き、向かってくる重い一撃を上手く緩和し、軽傷で済ませたのだ。
だが致命傷を避けた代償として鞘は完全に折れ、抜刀を行う事が出来なくなった。
次に胴を狙われよう物なら防ぐ術も無ければ、抜き身の刀で防ごう物なら確実に折られる。
己の得意戦術である抜刀も行えない。
深く深呼吸し、自身の集中力を高める。
すると考え、戦略を巡らせていたマリに石凝姥が一気に詰め寄ると、大槌を横に振り払う。
「上手く躱したつもりだろうが、もうさっきの手は通用しねぇぞ!」
(やばい…!)
避けた…と思わせ、石凝姥は大槌を振り回すと、まるで細い棒を持っているかの様に巧みに操り、マリに向けて突くように大槌を突き出す…!
今度こそ決まった。そう石凝姥が確信するも…
なんとマリは…絶対破損させてはならない彦之の刀で攻撃を防いでいたののだ。
「馬鹿な…!」
流石の石凝姥も自身の武器で防ぎ、罅が入る刀に目を疑った。
しかしマリ自身も驚いていた。何故なら、持っていた刀が勝手に動き、マリを守ったから。
「彦之…!なんでそこまでして…!」
「まさか…彦之さんの…」
そう…この刀は彦之が打った刀。
刀に込められた想い…「マリを合格させたい」と言う想いが、マリを石凝姥の攻撃から守ったのだ。
そして…マリを守った彦之の想いが込められた刀は徐々に罅が入り、遂には朽ちるようにその場で砕け散った…。
あぁ、彦之さんが自身の為に打ってくれた刀は自分を守った為に折れてしまった。
その思いにマリの鼓動が早くなると、唸る様に俯き、下唇を噛み、拳を握り締め、身体を震えさせる。
そして…!
「…くも…!良くも…!良くも彦之さんが打ってくれた刀を!わあぁぁぁぁぁぁッ!」
(なんだ…?!急に雰囲気が変わり……)
「遅い…!」
「はや…!まさか異能力者か?!」
マリの白髪が白銀に輝き、まるで閃光の如く瞬く速さで石凝姥の背後を取ったのだ。
そう、マリが持つ異能力だ。
マリは約半年ぶりに己の異能力を解放し、石凝姥ですら目で追えぬ速さで詰め寄ると完全に背後を取り、マリは石凝姥目掛けて殴り掛かる!
「させっか!」
石凝姥は大槌を振り回し、マリの攻撃が直撃する寸前に大槌で殴り、吹き飛ばす…!
しかしマリは直前で後ろに飛び、大槌の衝撃を和らげ、受身を取ると光速で石凝姥の顔目掛け、拳を放つ!
「私は絶対に!魔狩りになるんだ!」
「がっ…!かはっ…!」
「それが…!私の!夢なんだ!!」
「ははっ!面白いガキだ!この私に一撃打ち込むとはな!」
どれだけ絶望に打ちのめされようと、どれだけ力の差を見せつけられようと、マリは諦める事をせず立ち上がってきた。
その覚悟の眼差しに石凝姥は大槌を大振りに構え…マリ目掛けて駆け抜ける。
恐らくこれが最後の攻撃となるだろう。
マリは全ての力を…全身全霊、持てる全ての力、想いを込め、石凝姥に向かって走り、右手の握り拳を彼女の顔目掛けて放つ!
(幾ら速かろうが私の方が一瞬速い…!行ける……!)
「なーんて…そう来るのは分かってましたよ…!」
「は…?」
…が、なんとマリは瞬く間に石凝姥の視界から姿を消し、彼女の大槌を躱して大槌が地面に強く叩き付けられた瞬間、マリは大槌の持手を強く踏み付けたのだ。
そう、マリはこれが狙いだった。石凝姥にとってこの大槌は最大の武器。
ならそれを抑えればいい。そして今こうして持手を足で踏み付け、抑えられた大槌を抜くにも時間が掛かる。
するとマリは右手で石凝姥の右手を掴んで封じ、左手には砕けた刀の刃先を逆手で持ち、石凝姥の頸を狙う…!
「ははっ!なんてガキだ…!」
「これで…終わりだ!」
刃を持つ左手を止める為の石凝姥の右手は封じた。
大槌も持手を踏んで押してるので振り上げられない。
行ける。勝てる。マリは躊躇うことも無く、石凝姥の頸を斬る様に攻撃を放つ…!
だが折れた刃が石凝姥の頸に当たろうとした時。
何者かの右手がマリの折れた刀身を持つ左腕を掴み、一方左手では石凝姥の頸を守るように遮られていた。
「そこまで。石凝姥、何時もの悪い癖が出てる。やりすぎ」
「おまっ…彦之…!」
「貴方も、無茶し過ぎ」
「彦之…さん…?」
彼女達の戦いを止めたのは…彦之だ。
彦之の顔を見たマリは異能力の発動を解除し、荒らげた呼吸を整える。
何故此処に…彦之さんが…?
そう思いつつも、マリは左手をゆっくりと降ろし、持っていた折れた刀身を地面に落とす。
そしてギリギリまで何とか保ってた意識を失い、彦之にもたれ掛かる様に倒れた。
その一方、石凝姥は大槌を地面から抜き出し、彦之の手を振り払うと
「ずっと見てたのか?」
と言いつつ、やや苛立ちを見せつつも頭を掻き毟る。
しかし彦之は石凝姥の顔を指刺して口を開く。
「邪魔をする為に見ていた訳じゃない。さっきも言ったけど、やり過ぎ。これ試験。受剣士に一撃入れられた時点で試験は終わってるでしょ」
非常にご最で、言い返せない。
何故なら、この適性試験の合格範囲は石凝姥を見付けて一撃を入れる事。
マリは既にその試験のノルマを達成しているので、本来なら既に合格していた。が、その当の石凝姥の心に火が付いてしまったが為に合格しているにも関わらず続行してしまったのだ。
「うぐっ…悪かったって…」
申し訳なさそうに石凝姥だが、それでも彦之の視線は痛いまま。
遂には耐えきれなくなったのか、石凝姥は深く俯いて
「…ごめんなさい」
謝った。寧ろそれが正しい。
これには彦之も満足し、マリを背中に背負う。
「…で?この子は?」
「そりゃこの状態じゃ歩けやしないし、お前が運んで…」
「そうじゃなくて、試験の結果」
「あぁ、それはな…」
すると石凝姥は先程迄の空気が嘘のように変わり、ニンマリと表情を見せる。
気持ち悪い…。それが彦之の頭に過ぎった最初の一言。
何故なら、この時の石凝姥は今までに無いくらい嬉しそうな笑みを見せていたから。
だが石凝姥は彦之の前で大槌を地面に刺し、持手に腕を乗せ、試験の結果を口にする。
「そら当然、合格だよ」
「へぇ…」
「まったくエラいもん育てやがって…。こいつは、魔狩りになるに相応しい奴だ」
「そう。なら良かった」
すると彦之は鋭い目付きをし、意識を失ってもたれ掛かるマリを背負う。
あの石凝姥がここまで評価をするのなら、この子の腕前は相当なものとなったのだろう。
育てた身としては些か気分は悪くない。
「さて、そろそろ他の受剣士も来る頃だし…」
「私はお暇するよ。この子の手当しなくちゃいけないから」
「あぁ、また明日な」
「それと…くれぐれも、やり過ぎないように」
「は、はい…」
今のうちに釘を刺しておかねば、次の受剣士と戦う時も同じ様に本気を出しかねない。
その事を指摘された石凝姥は苦笑いしつつも返事をし、大槌を肩に乗せると鳥居の前で次に来る受剣士達が来るのを待ち構える。
そしてマリを背中に背負う彦之は鳥居を背に、試験の行われる天籠山を下山した…。