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白髪少女の子守唄  作者: 桜-空狐
魔狩り編
8/11

第7話 魔狩り適正試験 前編

―…修業を初めて六ヶ月目。

 この日、マリは朝から光子との組手をする事となった。お互い向かい合い、刀を構える。

 だがマリだけは刀を鞘に納め、動く事もせず構えて立つだけ。


 先に動いたのは光子。本気でマリを斬らんと刀で下から斬り上げる。


 しかしマリはあれ程避けるのに精一杯であった光子の攻撃を悠々と躱し、刀を抜かずに柄で隙を見せた光子の胴を打ち抜く。


「ぐっ…!やりますわね…!」


 胴へ攻撃を受けても尚、光子は即座に刀を構え、刀を真横に振るった次の瞬間だ。

 光子の攻撃を華麗に掻い潜り、鞘に収めたままの刀をまるで抜刀の様に光子の胴目掛けて強く打ち込む…!


「取った!」

「速い…!」


 あれだけどんなに攻撃しても避けられ続け、掠りも当たりもしなかったマリの攻撃は光子へと届いたのだ。



 その同日。マリは巻藁を前に刀を構え、竹入巻藁を素早く斬る。

 それと同時に茂みから隠されていた竹が勢い良く現れ、マリを叩かんと現す…!が、竹がマリに直撃する瞬間…マリは飛んでくる竹を見事躱すと共に、刀を抜いて竹を斬る。


 しかも一息付く間もなく立て続けに巻藁を斬っては竹を避け、竹を斬ったのだ。勿論巻藁の隠されている場所は毎日違うので、何処にあるかも不明。

 同じくして紐で引っ張られ、弾けるように現れる竹も場所は全く違う。

 その為、マリには何処から竹が飛んでくるかは分からない。しかしこの日、マリは全ての竹を避け、斬ったのだ。


「今日の巻藁斬り終わり…っと」

「動きに無駄が無い。それに遅くも無ければ正確に竹を斬っている」

「彦之さん…」

「怪我も無ければ服に汚れも無い。そして、一時間で終わらせるくらい速い」


 本当にマリは強くなった。あれだけ苦労していた光子への攻撃は容易く避け、攻撃を与え…。

 あれだけ苦労していた竹も一撃足りとも喰らうことすらせず、服すら汚さずに終えた。


 だが彦之はそれ以上何を言うことも無く、語る言葉も無しにその場を立ち去った。


 その瞬間、彦之と共に長く居た為に彼女の表情からマリは察した。

 次に行われる彦之との組手が、六ヶ月に及ぶこの修業の終わりを告げる最終試験と…。



―…三週間後。

 魔狩り適性試験まであと二週間。


 風が吹き抜ける森の中…マリは腰に着けたベルトに刀を下げ、静かに眼を瞑り、ただ只管彼女が来るのを待っていた。


 五分程待った頃。今まで組手をしてきた中で、彦之はどの時よりも気配を消す事も無く、正面から現れた。


「今日まで良く頑張ったね。さぁ、遠慮無く来なさい」


 彦之はそう言いながら身体を解すように準備体操をすると、マリも腰に下げる刀の柄に手を当てて構える。


「はい。胸をお借りします」

「それじゃ…始め!」


 体術の構えを取る彦之の口から組手開始の掛け声放たれる。が、両者共に動かず、まるで互いに様子を見るように止まっていた。


 先に動き出したのは彦之。ほんの一瞬の瞬きをした直後、彦之はマリの懐に潜り、右手を強く引き…掌を思いっきり打ち込む…!


金山流体術(かなやまりゅうたいじゅつ)七星剣(しちせいけん)!」

(視える…!)


 だがマリは真っ直ぐ向かってくる彼女の攻撃を左に避けて躱し、向かってくる彦之の勢いを利用して右腕と右肩を掴んで受け流すと、右掌に力を入れて彦之に強く打ち込むべく近付く。


 勿論彦之もただ攻撃を受け流され、マリの攻撃を受ける気は無い。すぐ様体勢を立て直し、今度はマリの右手を掴んで投げ飛ばしたのだ。


(そう来ると思ってた…!)


 初めから投げられる事を前提に構えていたマリ。空中で己の身体を捻り、彦之と向かい合う様に着地すると、彦之の腕を右手で強く握り締め、思いっきり引っ張り…


 空いている左掌で彦之の胴を穿つ!


「甘い…!金山流体術(かなやまりゅうたいじゅつ)三日月宗近(むねちか)!」


 しかしマリの左掌が当たる直前、彦之は腕を掴まれたままその場で逆立ちをする様に飛び上がり、避けたのだ。

 更にその勢いを利用して脚に力を込め、踵落としを叩き込む!

 マリは掴んでいた彦之の腕を離し、踵落としを避け、素早く距離を取る。


「逃がさない…!」


 彦之は追うように追い掛け、次々と体術を繰り出して行く。

 だがマリは彦之が繰り出す全ての攻撃を躱し、避け、防ぎ、反撃の好機を伺う。


 すると彦之は攻撃を繰り出す最中、一瞬にしてマリの足元に潜り、左掌を力強く引いて構えていた。



―……その時だ。

 マリが技の構えを取る彦之を見ていると…

 ゆっくりと動き、マリに攻撃を仕掛けんとする彦之とはまた別に、彦之の影のようなものが左掌を突き上げる様に先に早く動いた。


 その早く動く影を躱す様に動くと、ゆっくりと動いていた彦之の動きが影と同じ様に動き、同じ様に左掌を突き上げて攻撃して来たのだ。


金山流体術(かなやまりゅうたいじゅつ)菊一文字(きくいち)!」

(ここだ…!)


 そして、その僅かながらに見えた隙を狙い、マリは刀の柄に手を当て…

 刀身を鞘に納めた刀を彦之胴向け、すり抜けざまに斬る様に打ち抜いた。


 遂にあの彦之に一撃を打ち込んだ。しかしマリは喜ぶ事も無く、刀を腰に戻し、振り向くと…


「…うん、強くなった…。貴方は本当に…魔狩りになれるくらいに…」

「彦之さん…」


 何時如何なる時でも無表情で感情を見せる事の無かった彦之が、笑みを浮かべていた。


「合格」


 彦之の口から出されたその言葉を前に、マリはその場で深く頭を下げる。


「ご指導、ありがとうござい……」

「ううん、その言葉を言うのはまだ先。二週間後の魔狩り適性試験に合格してから」

「…はい!」


 感謝の言葉を口にするのはまだ早い。この修行も魔狩り適性試験に合格する為のもの。

 その成果を出し、合格する事こそ彦之への最大の感謝の意である。



 しかし、何故マリはあれ程苦労した彦之の攻撃を躱し、攻撃を与える事が出来たのか。

 それは彦之が鍛え上げた動体視力と、それを躱す為に鍛え上げた身体能力がマリをそうさせたのだ。


 通常、人間が相手の攻撃を躱すのは攻撃されてから躱すのが主。


 だが今のマリは違う。相手の筋肉一つの動きで動作を読み取り、相手がゆっくり見えると共に相手の未来のビジョンを見た事で、必ずこう来ると分かったから攻撃を躱せる事が出来た。


 これは達人の人間だけが見れる三つの領域の世界。

 人はそれを「先」と呼ぶ。


 「先」には三つの種類がある。

 相手が攻撃を出し切り、居着いた瞬間に攻撃をする「後の先」。

 相手の攻撃を躱し、懐に潜り込んで反撃をする「対の先」。

 相手の攻撃する思考を読み取り、攻撃させる前に攻撃する「先の先」。


 つまりマリは「先」の領域に入り、彦之の攻撃の未来を実際に視た事で躱し、「後の先」として攻撃を当てられたのだ。


 その「先」が見えた事により、六ヶ月にも及ぶ短い様で長かった修業は…沈み行く日輪と共に終わりを迎えた…。







―……二週間後。

 魔狩り適性試験前夜。


 マリは囲炉裏の前で目を閉じ、試験の日を今か今かと待ち侘びていた。

 そんな彼女の前に彦之は湯呑みを出すと

「今日まで良く頑張った。明日は全力を出せばいい」

 鞘に納めた刀をマリの前に置く。


「これは…」

「明日、貴方が使う刀。最高の状態で仕上げたから遠慮無く使って」

「ありがとうございます!」

「それじゃあ明日、十八時に天籠山の麓に来るように」


 すると彦之は慌ただしく出掛ける支度を初め、一本の刀を手に取る。

 恐らく適性試験の準備で忙しいのだろう。

 そう察したマリは湯呑みに注がれた温めのお茶を飲み干し、翌日の試験に備えて床に入ろうと寝室に向かう。


「マリ」


 ふと彦之は彼女を呼び止め、その声に答えるように振り返る。


「規則故に、私からは適性試験の内容は言えない。でもこれだけは言っておく。日を跨いだ時から試験は始まってると心得ておいて」

「…はい。肝に銘じて挑みます」


 愚問だ。どの様な時でも、どの様な場面でも気を抜かず、引き締め、試験に挑むつもりだから。


 そして彦之は去り、マリは適性試験向けて眠りに付いた…。

 この六ヶ月、やれる事は全てやった。あとはその全てを試験で出し切るまで。


 そして時計の針は遂に零時を指し、マリの全てを決める運命の日を迎えた…。





―…十二月十六日。魔狩り適性試験当日。

 時は十七時五十五分。


 マリは彦之が(こしら)えた、彦之と同じ様な服を身に纏い、試験会場である天籠山(てんろうざん)の麓に立つ。


 いよいよだ。いよいよ魔狩りになる為の試験に受けられる。それだけでも気持ちは昂る。


 此処までの道程は長かった。が、今自分が立っているのはまだスタートライン。

 マリは深く深呼吸し、麓に立てられる鳥居を脇に寄って潜る。


「来たね。貴方が最後」

(凄い…試験の受剣士…四十人くらい居る…)


 鳥居を潜るや否や、山の入口には彦之がただ一人立っており、その周りには同じ様に試験を受けるであろう剣士が四十人も居た。


 勿論男性ばかりでは無く、マリ以外にも女性も入り交じっている。

 しかもそれぞれの気の入り方が違うのが良く分かる。そのせいか、その場は異様な迄にピリピリとしていた。


 すると彦之は懐中時計を見て、十八時を回ったのを確認すると、両手を叩いて全員の視線を集める。


「これより魔狩り適性試験を始める!試験は至って簡単!この山の何処かに居る石凝姥を探し出し、合格を得る事!」

「石凝姥様が試験官…?!」

「やはり魔狩りになるのも一苦労では無いのね…」


 彦之が試験内容と合格方法を述べる一方、様々な受剣士達は石凝姥の名を聞いた途端に面構えが変わりザワつく。

 …のだが、マリだけは石凝姥がどんな人で、どんな顔でどの様な姿かも知らない。


「夜明け迄に合格を得なければ失格とする!尚、天籠山に妖は居ないので思う存分探し回ると良い!」


 その時、マリの中で何かが引っ掛かった。

 可笑しい。これは受剣士達の魔狩りの素質を測る為の試験。なのに妖は居らず、ただ人を探して合格を得るだけ。

 それが試験と言えるだろうか?

 しかし他の受剣士達はその事にすら疑問に思ってもおらず、それ疎か試験開始を今か今かと待ち侘びていた。

 そして彦之は右手を掲げ…


「それでは、魔狩り適性試験開始!」


 魔狩り適性試験の開始を宣言すると共に、四十人余りの受剣士達は一斉に山へと入山し始める。

 制限時間は十二時間。それまでに石凝姥と言う人物を見付け、合格を得なければ魔狩りにはなれない。


 マリは深く深呼吸し、彦之に深くお辞儀して全員とは少し遅れて山へと入る。


 そんな彼女の姿を目に、彦之は

「…気を付けてね。もう始まってるから」

 と呟き、試験の行く末を見守る様に山を見上げた…。





 山へ入山して十分程が経過し、マリは宛も無く山を走り回っていた。

 石凝姥と言う人物がどの様な格好で、どの様な顔なのか。それすら情報が無い。なので虱潰(しらみつぶ)しに探すしか今は方法が無い。

 だが月明かりが深い闇を照らし、広い場所に出た時だ。マリは目を疑う光景を目の当たりにした。


「何…これ…」


 男女問わず、十名ほどの受剣士達が戦いあっていたのだ。

 時には斬り合い、時には重症の者も居る。


 こんな時に何故戦いあっているのか。

 まさか妖に操られている?

 その考えが一瞬でも過ぎったが、それは有り得ない。彦之は確かに「この山の中に妖は居ない」と言った。

 故に妖の仕業と言う線は無い。


 なら何故この様な惨状が起きているのか。すると受剣士達の口から驚きの言葉が発せられた。


「魔狩りになるのは俺だ!」

「私が魔狩りになるのよ!私こそが相応しい!」

「お前の様な人間が魔狩りになれるものか!僕こそが魔狩りに相応しいんだ!」

「何するのよ!これだから男は!」


 全く以て理解が追い付かない。魔狩りとは人々の安全と犠牲を出さぬ為の組織。


 しかし今の彼らはどうか?己が先だと言わんばかりに言い合い、納める鞘を無くしたかの様に自己顕示欲と言う刃が剥き出しになっている。

 これでは穢れを出してしまい、魔狩りになる所では無い。


(穢れ…?そうかこの試験…!)


 その瞬間マリは分かった。

 この試験で試されるのは魔狩りになる為の技量でも技術でも無い。


 そして、彼らは意図せず狂気に身を染めたのだ。

 一年に一度の試験で魔狩りにならなければならない。しかし制限時間があり、何処に居るかも分からない石凝姥を見付けなければならない。

 そこで一人の受剣士は他人を蹴落としてでも合格してやると言う狂気に走る事で、伝染するかのように受剣士達の斬り合いが始まった。


 つまりこの試験では、敵は妖では無く人間。

 如何に自我を冷静に保ち、如何に穢れを生まずに石凝姥を見つけられるかを試されている。


 マリがそう分析し、その場を離れようとした時。


「アンタもここで潰してやるわ!」

「この人も…!」


 茂みから女性が現れ、マリに斬りかかって来たのだ。

 しかしマリは慌てる事もせず刀の柄を握り、女性の攻撃を躱し、脚に向けて刃を振るう!


「ごめんなさい…!」

「キャッ…!」


 完全に脚を斬らなかったものの、深手は負わせた。

 暫くは追って来る事は出来ない。

 だがまだ安心は出来ない。すぐにでもこの場から去らなければ、また襲われかねない。

 マリは刀を鞘に納め、即座にその場を離れる。


 此処がこの様な状態なら、恐らく他も同じ様に斬り合いになっている可能性も高い筈。

 しかし道中でも待ち構えている事だろう。


 天籠山の中を駆け抜けつつも、マリは深く息を吸っては吐き、気を引き締めて石凝姥を探し出す。


 しかし走れど探せど、石凝姥と言う人物は見付からない。会うのは他人を蹴落とそうと武器を手に持つ同じ受剣士のみ。

 そして幾度も会う受剣士もまた、刃を振るい、マリに襲い掛かる。


「ガキが邪魔すんじゃねぇ!魔狩りになるのはこの俺様だ!」


 一度剥き出しになった執着と欲望は納める鞘を失い、刃となって問答無用でマリに襲う男性の受剣士。

 だがマリは真っ直ぐ突き刺すように向かってくる刀を躱すと、その向かって来る勢いを利用し、男性の顔に強烈な拳を叩き込む。


「がっ…!」

「皆の邪魔してるのはアンタ達よ…!少しは頭を冷やしなさい…!」


 まるでキリが無い。一息着いて休もうとするも、目の前の茂みが音聞く物音を立てつつ揺れた。

 そして茂みから人影が現れ、マリに再び刃を向けて襲い掛かる…!


「貰った!」

(また…!)


 次に襲い掛かってきたのは女性の受剣士。

 しかも一太刀で大木を切り倒した。かなり腕前があり、気配も違う。

 しかし彦之程速くも無い。


「お子様はお家に帰って寝てなさい!」


 すると女性の受剣士は刀を構え、マリに向けて刃を振り下ろす!

 だがマリは焦らず、ゆっくりと様子を伺い、攻撃を見て…


「伍の型…!朧孤月(おぼろこげつ)!」

「カハッ…!」


 振り下ろされる攻撃を躱し、女性の胴目掛けて刀を鞘事打ち込んだ。


 自身に向かって来る攻撃を躱しつつ抜刀を打ち込む反撃技。

それが「伍の型・朧孤月(おぼろこげつ)」。

 本来は抜刀をして斬る技。が、今回相手は人間。抜刀はせず、鞘で打ち込んで気を失わせた。


 その場を立ち去ろうとしたマリはふと女性を気に掛け、襲われぬ様に木の影に寄り掛からせると、一目散に立ち去る。

 出来る事なら、次はこの様な形で出会わない事を祈って…。

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