表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
白髪少女の子守唄  作者: 桜-空狐
魔狩り編
2/11

第1話 出会いの軌跡

 この世界は大きく二つの世界で分けられている。


 東西南北に四つの大陸と、中央に八百万の神が住まう高天原が浮遊する天の世界…『天翔界(てんしょうかい)』。


 穢れが蔓延り、人々に危害を加える妖が存在する不浄なる地の世界…『地弦界(ちげんかい)』。

 通称…『葦原中国(あしはらのなかつくに)』。


 二つに分けられているこの世界は高天原によって統制され、天翔界の各国に妖の動向や出現の監視をさせる。

 天翔界は妖の動向や出現を察知し、各大陸に散らばる妖討伐専門部隊である『魔狩(まが)り』へと指示を出す。

 そして、魔狩りは各国に出現した妖を葬るべく武器を手に取り、命を賭けて戦う。

全ては妖によって脅かされる人々の安全の為。


 また、魔狩りはすぐになれる程簡単な仕事では無い。


 『魔狩り』とは高天原が総合的に統括・指揮をする妖を討伐する特殊部隊。

 高天原が統括している。とは言ったものの、実際に妖を斬る『魔狩り』になるのは人間。

 それも並の人間より優れた動体視力や反射神経を持ち、厳しい試験に合格して高天原に認められた者しかなれない。


 その為、魔狩りになるべく厳しい修行を受ける者も居る。

 才能がある者は瞬く間に開花し、一年も経たぬ速さでなれる。しかし才能が無いものはなれず、ただ諦めるしかない。



 そんな常に危険と隣り合わせな『魔狩り』になりたい者が居た。

 この物語は純粋で純白な白髪の少女がある目的の為に魔狩りになるまでの物語であり、この物語の主人公である紅髪の青年と出会う物語。


 時は今から一年前に遡る……。






 桜が散り、程なく暑さが舞い込む季節。

 一隻の定期船が海上を航行し、長い船旅を終えようと大陸に航路を進む。


 海を航行する船上でその大陸を目にした白髪の少女は目を輝かせ深く深呼吸し

「あれが須旺(すおう)大陸…!やっと到着した…!」

 期待に高鳴る胸を踊らせ、急いで客室へと戻る。


 その数十分後、定期船は港に到着し、乗船していた客を次々降ろして行く。

 だが降りたのは白髪の少女と、武装した集団組。見るからに観光に来た気配は無い。


「やっぱりこの大陸に来る人は居ない…っと。情報通りだとこの大陸に停泊するはず…」


 少女は黄緑の上着のポケットから一枚の紙を取り出し、情報が正しいかを確かめる。

 もしガセネタなら問題だ。折角ここまで来たのに骨折り損も良いところ。

 そう少女が紙に書かれた情報を再確認していると、何処からかエンジン音のような音が聞こえた。音は着々と近付き、少女は音が聞こえる方を向くと、そこには…


「飛空艇……まさか…!」


 空翔ける船、飛空艇がこの港に向かって飛んで来ていた…。

 飛空艇……それは空翔ける船。飛行船型や帆船で製造され、プロペラが備わっている木造型。

 その改良型として製造されているのが高度なエンジンとジェットを搭載された鋼鉄の飛空艇。船の形はしていないが、速さは折り紙付き。

 そして今停泊せんと着陸する飛空艇は下半分が木造型の船体であり、上半分が鋼鉄で作られた飛行エンジンを搭載された特殊な飛空艇だ。


 すると飛空艇が着陸すると共に、周囲の整備士と思わしき人々は配置に着いて動き出す。

 整備士が敬礼をすると飛空艇の搭乗口が開き、乗組員が次々と降り始めた。


 最初に降りたのはタンクトップとデニムを着こなし、腰に刀を下げる黒髪ポニーテールの女性。

 二番手に降りたのは黒服の服に上着を羽織る紅髪の青年。その隣を灰色の服を着る紫髪に黒いメッシュの入った女性。

 三番手に降りてきたのは左眼に傷を持ち、蒼いコートを纏う青髪の青年。


 他にもぞろぞろと降りてくる。

 しかし白髪の少女は我慢の限界に達したのか胸を高鳴らせ、黒いポニーテールの女性の前に立つ。


「あ、あの!」

「あ?」


 少女が一声出しただけだ。ポニーテールの女性は女性とは思えないドスの効いた声で反応する。

 まるで虎が猫を威嚇をする目付きで少女を睨み、只管威圧感を与える。

 恐らくこれで少女は怯み、下がると考えているのだろう。だがそれが逆に少女の勇気に火を付けた。

 少女は威圧感に負けじと閉じていた口を開く。


「魔狩りギルド、『天使(エンジェル)子守唄(ララバイ)』のギルドマスター・博皇カナミさんですよね?」

「だったら何よ」

「わ、私はマリ・ルヴァーシァと言います!私を…魔狩りギルドに入れてください!」

「断る」


 即答だ。悩む間なく、考える暇も無く、欠伸をしつつ一言。

 頭を下げた瞬間にお断りの一言に、白髪の少女…マリは思考が硬直した。

 勿論一回目は必ず断られるのは分かっていた。が、まさかこんな早くに、且つ間髪入れずに言われるとは思っていなかったから。


「そう言うの、うちは間に合っててねぇ」

「お願いします!私、妖に対して特殊な能力があるんです!」

「…へぇ」


 先程まで睨んでいたカナミの目の色が変わった。

 特殊な能力がある。その言葉にカナミは頭をポリポリ掻き、

「魔狩りになりたい理由は?」

 何故魔狩りギルドに入りたいかを問い掛ける。


「それは…」

「居るんだよねぇ。有名所に入って名声を得たいからとか、そう言う迷惑なの」

「私はそんなんじゃ…!」

「じゃあ改めて聞いてやる。入りたい理由は?」

「……憧れなんです。十年前、魔狩りの人に助けて貰って…それで私も目指したいんです!」


 威圧感を与えるカナミの視線をも耐え、マリは魔狩りになり、ギルドに入りたい理由を口にする。

 しかしカナミは同情する事も哀れな顔をもせず、気だるそうに溜息を吐き、

「生憎ウチは新人養成ギルドじゃないんで」

 と言い捨てて歩き出す。

 腹ただしい。夢を追って何がいけないのか。マリは両拳に力を入れ、段々唇を噛み締める。


 それを見ていた紫髪の女性は

「良いのですか?カナミさん」

 とカナミに少し言い方がキツイのではと声を掛ける。


「良いんだよ。こーいうのは…」

 カナミが答えようとした、その時だ。髪色が白銀に輝くマリが忽然(こつぜん)とカナミの前に現れ、スカート姿である事など構いもせず踵落としを叩き込む!


「口より先に手が出る方が強いからな!」

(腕で防いだ…?!)


 一瞬の出来事でありながら、カナミは両腕を交差させてマリの踵落としを防ぎ、押し込んでマリとの距離を取る。

 だがカナミが驚いたのはマリの踵落としでは無く、白銀に輝く髪の毛だ。

 つい先程までは白髪が靡く少女であった。が、しかし。


「私は…!何がなんでも魔狩りにならなくちゃいけないのよ!」

「速い…!」


 今の彼女…マリ・ルヴァーシァの髪色は白銀に輝き、(おぞ)ましい速さでカナミに噛み付くように攻撃を繰り出していた。

 するとカナミの背後を歩いていた紅髪の青年は刀の柄に手を伸ばす。

「やめなさい」

 紅髪の青年が刀を抜こうとするも、隣に立っていた紫髪の女性は手を掴む。


「無闇に刀を抜くのはやめなさい。相手は素人よ」

「んな無闇に抜きやしねーよ、瑠奈。見りゃ分かる」


 紫髪の女性…瑠奈が紅髪の青年を先立って止めた理由。それは、カナミが相手をする少女が戦いの素人だから。

 一見マリがカナミを押してるように見える。だが攻撃の仕方は素人故か、カナミはマリが放つ蹴りや拳を全て防いでいた。


(うそでしょ…!こっちは本気なのに…!)

(確かに速いがこの程度…。刀を抜く迄でも無い!)


 マリが繰り出す全ての攻撃を躱し、避け、防いで、受け流す。まるで大人が子供のパンチやキックを軽く流す様に。

 しかし当のマリは本気で攻撃している。それなのに一撃も当たらない。


 何時しかマリはただ単に弄ばれている事に気付き、瞬く間に距離を取る。

 距離を取る。それは一見相手に恐怖を抱いて逃げているように見える。しかしマリの取った行動は正しい。

 何故なら、マリが次に拳を突き出していれば確実にカナミに捕えられ、地面に叩き付けられていたから。


「へぇ、逃げ時を分かってるじゃないの。まさか…異能の使い手とはね」


 カナミがそう言うと、刀の柄に手を伸ばす。抜刀の構えだ。遂に本命を出して来る。

 マリは集中し、躱す体勢を取る。


「だが、物分りの悪いガキは…!」

(抜刀の構え…来る……ッ!)

執拗(しつこ)いのと大差ねぇ…!」

(え………ぐぅっ……!)


 一瞬の出来事だ。カナミが姿を消したと共に、マリは腹部への痛覚を感じた。それも斬られた痛みではなく、打撃による痛み。

 痛みに耐えつつ、ゆっくりと腹部を見る。

 そう、カナミは抜刀すると思わせ、刀を鞘に納めたままマリへの胴体へと強烈な一撃を当てたのだ。


 薄れ行く意識の中、腹部を押さえつつ膝から崩れ落ちるマリは必死に意識を保ちつつ

「なん…で…」

 と、疑問を投げかける。


「情けや慈悲で峰打ちした訳じゃねぇ。お前みたいなガキを相手する程暇じゃ無いんだよ」

「そんな……わた…し……は……」


 そして、マリは遂に意識を失って倒れる。

 すると先程まで輝いていた彼女の白銀の髪色は忽ち元の白髪に戻って行く。


 カナミは彼女が意識を完全に失ったのを確認すると、刀を再び腰に下げて歩き出す。

 マリをそのまま放置して行くカナミに、紅髪の青年は

「おい師匠、放っていくのかよ」

 と問い掛ける。


「異能使いは妖からの格好の餌だ。どっか宿屋なり放り込んどけ。他は補給済ませろ」

「素直じゃねぇなぁ…」


 まるで興味が失せたかの様に欠伸をし、マリの処理を紅髪の青年に任せて何処へと姿を消す。

 その場に放置された紅髪の青年と紫髪の女性の瑠奈。そして気を失うマリ。

 幾ら何でもこの場に寝かせて置くのも目覚めが悪い。紅髪の青年は髪をポリポリと掻き、

「仕方ねぇ、宿屋に連れてくか…」

 そう言ってマリを左肩に担ぐ。


 が、瑠奈は彼がマリを担いだのを確認するや否や

「んじゃ頑張って」

 と言って回れ右をする。


「一人でドロンさせるかよ瑠奈」

「あら、親切な私は先に宿を取ってきてあげようと思っていたのだけれど?」

「残念ながらそっちは酒場だ。宿はあっち」


 しれっと逃げようとしたものの、即座に捕まり、挙句に誤魔化しても道を指摘され、瑠奈は失敗したかと言わんばかりに舌を出す。

 だが観念したのか、瑠奈は宿のある方へ再び回れ右をし、

「それじゃ宿を取ってくるわ」

 そう言うと、瑠奈はその場から音も立てず、瞬く間に姿を消す。


 結局一人になった紅髪の青年。左肩に担ぐマリを担ぎ直し、

「さーて、さっさと宿に運んで俺も仕事に入るか」

 と宿に向かって歩き出す。





―……その日の夜。

 昼間から意識を失っていたマリは目を覚まし、ベッドから勢い良く起き上がる。


 此処は何処?何時まで気を失っていた?なんでこの様な所で寝ていたのか?

 見慣れない部屋で寝ていた故、頭が混乱する。ふと掛け布団を捲り、何かされてないか確認する。が、異常は無し。安心したマリはホッと息を吐く。


 その時だ。部屋の扉が開き、マリは掛け布団を肩まで上げて警戒する。


「警戒心は強い方で安心した」

「貴方…あの時カナミさんの後ろに居た人…」


 部屋に入って来たのは、昼間にカナミの後ろを歩いていた紅髪の青年。

 一応見知った顔である事に安心したマリは警戒心を解き、肩まで上げていた掛け布団を下ろす。

 が、それと共に紅髪の青年は腰に下げている刀の柄に手を伸ばし、抜刀してマリの喉に当たらぬギリギリで止める。


 あと数センチ近ければ当たっていた。

「な、何するのよ!」

 当然マリは激怒し、紅髪の青年を強く睨む。


「その程度で魔狩りになりたいなんて、笑わせんな」

「…貴方まで私を馬鹿にするの…!?」

「誰もそこまで言ってねぇだろ。頭冷やせ馬鹿」


 紅髪の青年は刀を鞘に納め、ベッドの横に置かれた椅子に座りながら頭を冷やす様に言う。

 馬鹿は余計だ。と言わんばかりにマリはそっぽを向き、ベッドに横たわって掛け布団を深く被る。


 少し意地悪し過ぎたと感じた紅髪の青年は

「そういや自己紹介がまだだったな」

 と言って自己紹介を始める。


「俺は魔狩りギルド『天使の子守唄』所属の博皇(はくおう)レンだ」

「博皇…カナミさんと同じ名字…まさか…!」

「残念ながら弟でも息子でもねぇ。弟子として名字を貰ってるだけだ」


 紅髪の青年の名は博皇レン。

 一瞬マリは彼がカナミの身内かと期待しながら起き上がるが、レン本人からバッサリと違うと言われる。


 その事実にマリは落ち込み、

「その御弟子さんが何の用ですかー」

 と頬を膨らませ、不貞腐れながら問い掛ける。


「お前が何でそこまで魔狩りに拘るのか、聞きに来たんだ」

「それは昼間聞いたでしょ?」

「小さい頃に魔狩りに助けられたから、自分もなりたい。でもそれ以外にもあるんだろ?」

「それは……その…」


 見透かされている。レンは彼女が魔狩りになりたい理由がもう一つある事が既に分かっていた。

 いや、彼だけではない。あの場に居たカナミや瑠奈…ギルドのメンバー全員がそれに気付いている。


 しかしマリは本当の理由を話さず、ただ沈黙を続ける。

 それを見兼ねたレンは

「魔狩りになる人間はな、色んな事情があるんだよ」

 と呟き、椅子の上で器用に胡座を掻く。


「魔狩りを目指す奴はな、妖に友人を殺されたり、身内を殺されたりな奴が多い。けどそれだけじゃねぇ」

「え…?」

「ウチに入った奴らは全員そう言うのは無い。俺は強くなる為に入った。瑠奈…俺の隣に居た紫髪の奴は留まる所が無いから入った」


 そう、彼らのギルド『天使の子守唄』のメンバーは全員が全員、理由があって入っている。だがその理由はバラバラで、妖に関連した理由では無い。

 レンは…マリが隠している本当の理由を話しやすくするべく、全員が魔狩りに入った理由を話す。

 何時しかそれを聞いたマリはそれを隠し、ただ闇雲に魔狩りになって入りたいと言っていた事に罪悪感を感じる。


「改めて聞く。お前は何で魔狩りになりたい。何故、このギルドでないとダメなんだ?」

「私は……」


 言葉が詰まるマリ。

 言っていいのか?言って大丈夫なのか?

 不安に包まれ、開き掛けた口が閉じて行く。しかし拳に力を込め…マリは魔狩りになりたい理由を話す。


「私は…魔狩りになって、このギルドに入って、居なくなったお母さんを探したいの!」

「…それがお前の、魔狩りを目指す理由か」

「うん…。こんな理由で入れるとは思ってないから…」


 マリが魔狩りになりたい本当の理由。それは居なくなった母を探す為。

 それを隠していた理由は勿論、そんな理由で魔狩りになれないと思っていたから。


 何故本当の理由を言い出せなかったのか?

 魔狩りになる人の大半以上が妖に友人を殺されたり、身内を殺されたりな妖を憎む者が居る。

 そんな中、魔狩りになりたい理由は母を探す為だ、なんて言えば顰蹙(ひんしゅく)を買う。

 だからマリは本当の理由を言えなかった。


 それを聞いたレンは

「成程ね。そりゃ公には言えないわ」

 と溜息を吐きつつ、言えなかった理由を把握する。

 勿論誰がどんな理由でなろうかは自由だ。…が、中には快く思わない者も居る。


「…って言う理由だとさ、師匠」

「えっ…」


 その時だ。レンがドアの方を向き、ニヤリと笑いながらマリの言い出せなかった理由と、魔狩りになりたい本当の理由を言う。

 どういう事か?マリが疑問に思っていると部屋のドアはゆっくりと開き、眠そうな顔をしたカナミが入ってきた。


「か、カナミさん…!」

「話は粗方聞いていた。ったく、クソしょーもねぇ理由じゃねぇか」

「ごめんなさい…」


 何も言い返せない。どんな理由かと思えば、ただ母親恋しくて探したいから。そんな理由で来られた方はたまったものでは無い。

 しかしカナミは気だるそうに首を押さえ、

「ま、そんな理由で魔狩りになりたいなんて言われたら何処も断るだろ」

 そう言って閉めたドアに寄り掛かり、腕を組む。


「だが、生憎うちはそんな理由で断るじゃないんでね」

「えっ…じゃあ…!」

「勘違いするな。そもそも魔狩りになりたい癖に、魔狩りになる為の手続きすら知らねぇなお前」

「…へ?」


 その瞬間、部屋に絶妙な空気が流れる。


 魔狩りになる手続き…?あるの…?


 この様子だと本当に知らないと思われる。マリの表情からもそれが伺える。

 それを見ていたレンとカナミは双方共に見つめ、重く溜息を吐く。

「まぁ、素質はあるようだけどよ」

 レンがそう言うと、カナミは再び溜息を吐く。

 そんなに知らなかった事が意外なのか。彼女らから感じる空気に些か傷付くマリ。


「魔狩りになるには、まず魔狩りになる為の手続きが必要。そしてギルドマスター…つまり私の許可が必要」

「その手続きは何処で出来るんですか?」

「…その前に、アンタには幾つか問題がある」

「問…題…?」

「アンタ、異能はあっても武器で戦ったこと無いだろ」

「な、無いです…」


 やはりなとカナミは呟き、右手で口元を覆い、考え込む。

 そして暫く考え込んだカナミはマリの前に立つと、腰に下げている刀を鞘事外し

「お前、そもそも戦い自体した事無いだろ」

 と刀をマリの喉元へ突き付けるように向けながら告げる。


 図星を突かれ、黙り込むマリ。

 そんな彼女の反応を見てカナミは刀を腰に下げ直し、更に気だるそうに右手で左肩を押さえる。


「ま、だろうな。昼間の戦い方だってガキがやる喧嘩みたいな喧嘩殺法だ」

「そ、それじゃあカナミさん!私を…」

「嫌だ、断る、面倒臭い」

「まだ何も言ってないじゃないですか…」


 即答にも程がある。

 ちなみにマリが言おうとした事は

「私を弟子にして下さい」

 である…。が、当然カナミはそれを分かっていて断った。

 勿論カナミがそれを断る理由は面倒臭いだけでは無く、幾つかある。その一つは明確で当然の理由。


「弟子は既に取ってる。これ以上面倒見れるか」


 レンを指差し、弟子が居る事を示す。

 カナミにはレンと言う一番弟子が居る。二人も面倒見切れる程暇では無い。


「それに私はギルドマスターだ。弟子は一人でも精一杯だっつーの」


 カナミが断った二つ目の理由も明らか。

 彼女は一つのギルドを束ねるギルドマスター。マスターであるが故に仕事は山の様にあるし、魔狩りの仕事も山程ある。

 そんな合間を縫ってレンの修行を観ていただけでも奇跡的だ。


「そう言う訳だ。魔狩りになりたいんなら、まず誰かに武器の扱い方教わって扱えるようになれ」

「そんな人…知らない…」

「でしょうね。魔狩りのなり方も知らなかったものね」


 一々棘が刺さる言い方だ。しかし事実。この魔狩りはやろうと思ってやれる程簡単な仕事では無いのは分かっていたが、なり方すら知らなかった。

 だがカナミは腰に下げる刀に手を添え、暫し考えると何か思いついのか指を鳴らす。


「レン、確かお前の専属刀鍛冶は今暇こいてるよな?」

「俺のってか俺らのだけど……まさか…」

「私が忙しい時、良く見てもらってたよな?」

「良く見てたっつーかほぼ向こうで修業してたけど…まぁそうなるよな」


 会話の流れが一向に読めない。二人の会話にマリは着いていけず、困惑した様子で両者の顔を代わりばんこうに見る。

 するとレンは溜息を吐き、

「コイツ、あの刀オタクに任せるのか?」

 と言ってやや引き気味でマリを親指で指差す。


 些か嫌な予感がして仕方が無いマリ。


「あの…私、どうなるんですか…」

「あ?決まってんだろ。私は忙しいから知り合いに育てて貰うんだよ」

「ほ、本当ですか?!」


 その瞬間、マリが嬉しそうな顔をする最中、レンは自分は知らないぞと言いたげに視線を逸らす。

 彼の表情から少し引っ掛かる所はあるが、魔狩りになる為の修行が出来るのなら本望。


 マリはカナミの目を見つめ、

「お願いしても、よろしいでしょうか?」

 ゆっくりと頭を下げ、件の知り合いと呼ばれる人に育てて貰えるようお願いする。


 彼女の決意を見せる表情にカナミはニヤリと笑みを浮かべて

「レン、彦之に繋ぎを出しな」

 レンにそう指示すると一目散に部屋から退出して行く。


「へーい。そんじゃ、俺は一仕事あるんで」

「あ、うん。ありがとうございます」

「それと敬語は止めてくれ。苦手だ」

「…うん!分かった!」

「分かったなら今日はゆっくり寝ろ。明日朝一で向かってもらう」

「向かう…って何処に?」


 果たして自分は朝一で何処に行くのか?彼に質問するマリ。しかしレンは

「それは明日教える。良いから寝ろ」

 そう言ってマリの額を軽く啄いて横にさせると、レンは部屋を退出して行く。


 彼なりの優しさだ。今は何も聞かず、ゆっくり身体を休めるのが先だろう。

 そう感じ取ったマリは目を瞑り、再び眠りへと付いた……。







―…レンが部屋を出て廊下を歩いていると、瑠奈が窓を背に寄り掛かっていた。

 差し詰め先程の部屋での会話を聴いていたのだろう。しかし表情は笑顔…とは行かず、呆れた様子であった。


「深夜の見廻り御苦労様です魔狩り様」

「すっとぼけてんじゃ無いわよ。あのド素人、本当に魔狩りになれると思ってるのかしら?」

「その眉間にシワを寄せてる理由はそれか?」

「他に理由があるのなら是非とも教えて欲しいわ」


 だが瑠奈が呆れるのも無理は無い。何せ魔狩りになりたいと訴える少女は戦闘未経験。

 戦い方すら喧嘩に近いスタイルで、手加減をしていたとは言えカナミの一撃すら目で追えない動体視力の遅さ。挙句魔狩りになる方法すらも無知であった。

 そんな人間が万一魔狩りになれたとしても、足手まといになるだけ。


「確かに異能持ちは魔狩りになれば戦力として期待出来るわ。その気になれば実力はカナミさんを上回る」

「なら問題は無いだろ。うちの専属刀鍛冶に“打ち直して”貰うんだからな」

「…本気?あの人の修業、普通の人間は泣いて逃げ出すレベルなんでしょ?」

「あぁ、普通の人間は…な」



 するとレンはマリが眠る部屋に視線を向け、それに連なる様に瑠奈も視線を向ける。


 何故そこまであの娘に拘るのか?瑠奈は堪らずレンに問い掛けると、

「お前は見てねぇから知らねぇだろ。あの時のアイツの目…本気だよ」

 カナミに頭を下げてお願いするマリの目は、口だけでは無いと物語っていたから。

 だからレンは、彼女が本当に魔狩りになれるか試してみたくなった。


「それに、挫折したならそれまでだ。そん時はお好きな様に啄けばいいさ」

「…そうね」

「んじゃ俺は彦之に繋ぎを出さなくちゃならんから、失礼するぞ」

「………魔狩りになりたい…ね」


 お互いそれぞれ別々の方を向いて廊下を去って行く最中、瑠奈は窓の外から流れ込む月夜の光を見上げる。

 雲の切れ間から差し込む月の光は何時しか完全に雲に隠れ、再び闇が地上を覆う。

 今宵もまた、魔狩りの仕事が始まる。


「さて、今日は何人が死ぬのかしらね」


 不敵な笑みを見せ、彼女は灯りの無い廊下の暗闇に紛れる様に消えて行った。

 そして雲に隠れた月が再び現れ、地上に光を灯すと同時に、宿屋の屋根に複数の人影が姿を現す。


 先頭に立つのは黒髪のポニーテールの女性…カナミだ。懐中時計を開き、時間を確認すると

「時間だな。今日はそこそこ多いらしい」

 と言って右手に持つ刀を右肩に乗せ、懐中時計をポケットに仕舞う。


「レン、彦之に繋ぎは?」

「もう出しました」

「なら良い。そんじゃ今宵も狩りの時間だ。散っ!」


 カナミが左腕を振り払うと、レンと瑠奈、そして二人の人影は屋根から飛び降り、瞬く間に姿を消す。

 残ったカナミは全員がそれぞれの仕事に向かったのを確認し、屋根から飛び降りると、地面から黒い影の様な生き物が姿を現す。


「さぁ、一匹残らず狩ってやる!掛かってこい妖共ッ!!」


 カナミは鞘に収まった刀身を抜き、構え…「妖」と呼ばれる生き物向かって駆け抜ける…!





 時同じくして、彼らが停泊する須旺大陸のとある山中。その更に山奥…。


 崖上から荒々しく滝が流れ込む滝壺にて、山奥で人の視線を気にしなくても良いと言うのをいい事に、水色の髪の少女は肌の露出を隠す事もせず裸で水浴びをしていた。

 左右の小さな手で透き通った綺麗な水を汲み、か細い腕を伝って全身に水を行き渡らせる。


 すると、東の方角から手紙を咥えた大鷲が大きな翼を羽ばたかせ、滝壺近くの木の枝に力強く留まった。

 滝の流れる音以外に何も聴こえない静かな空間故に、音に気付いた少女は大鷲を見る。


 更に咥える手紙に気付くと滝壺から上がり、

「珍しい。彼から手紙が来るなんて」

 そう言って乾いた布で濡れた手の水分を拭き取り、手紙を大鷲から受け取る。


「…そう、魔狩り志望者なんだ。しかも異能持ち…」


 少女は手紙を読むや否や、濡れた身体を布で拭き取り、岩の上に置かれた着衣を身に纏って髪を靡かせる。

 その顔は無表情。だが身体は忙しく、まるで楽しみにしてるのを隠しきれない子供の様にしていた。


 そして滝壺を後にしようとした際、無表情であった少女は不敵な笑みを浮かべ

「次の子は適性試験まで漕ぎ着けば良いけど」

 そう小さく呟き山の木々が覆う闇へと姿を消した…。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ