第10話 日輪の門出
魔狩り就任式典。それは魔狩りを統制し、この世の最高神である帝によって魔狩りの証を与えられる重要な式典。
石凝姥と彦之から紹介された帝は目を閉じ、徐に執務机の上に置かれた書類が風で飛ばされぬよう抑えていた重石を手に取り
「魔狩りの証授与…の前にだ」
そう言った次の瞬間。
「石凝姥!」
「へ?ふがっ!いっ…てぇな!急に重石投げんじゃねーよ!神でも痛てぇもんは痛てぇんだぞ!」
手に取った重石を石凝姥向けて投げ、見事頭部に直撃した。
常人なら死んでいただろう。
しかし石凝姥は直撃した頭部を抑えてはいるものの何事も無かったかの様に立ち上がり、あろう事か帝向けて怒鳴り散らしたのだ。
しかし帝は気にもせず石凝姥に指を差し、話を続ける。
「今年の合格者、随分と数が少ないな。昨年より五人もだ」
「これでも多い方だろ!少ねー時なんざ五人だぞ!十人も合格してるだけでも良いじゃねーか!」
「多い方…か。少し試験内容を改めるべきだな」
「だったら試験官変えろよな?!」
神同士の口喧嘩が始まった。勿論それを見ている彦之は止めることもせず、マリら含む合格者達も呆然と見ていた。
その視線に帝が気付くと、軽く咳払いして
「…この話題はまた後程にだ」
そう言って椅子に座る。
「改めて、魔狩り適性試験の合格おめでとう。お前達は今後、魔狩りとして命を賭けて働く事となる」
命を賭けて。帝から発したその重い言葉に合格者一同は息を飲み、顔を俯かせる。
これから行う魔狩りとしての仕事は修行や適性試験の時とは違い、何時何処で命を落とすか分からない仕事。
刃を振るう相手も人間では無く、感情も無く穢れを貪る為ならどの様な手を使っても生きる妖。
勿論帝もマリら合格者達が此処に居る時点でその覚悟がある事は承知。
「しかし、死ぬ事は恥と思うな」
帝がそう言うと合格者達は俯かせた顔を上げる。
「我ら八百万の為に、力無き人々の為に、不本意に命を落とす事は決して後悔はするな!」
「はいッ!」
「如何な時でも魔狩りの誇りを決して忘れるな!」
(凄い…。これが八百万筆頭の天照大御神様…。皆の不安をまるで晴れさせるように拭い去った…)
八百万の最高神にして大いなる慈母神。皆から呼ばれるその名は名だけでは無い。
言葉で全ての不安を払い、意志の強さはまるで太陽の如く人々の心を照らす。
故に帝は慕われている。
ふと帝はマリ達の凛々しくなった表情を見て
「良い顔付きだ。こうでもして喝を入れ てやらんと自惚れる愚か者が出る故に、初めから重い話をさせて貰った」
そう言うと、椅子から立ち上がって手を叩く。
その合図と共にマリ達が入って来た襖が開くと、帝と似たような衣服を身に纏う女性が小さな箱を持ってマリ達の前に立つ。
「紹介しよう。我が妹の月読命だ」
「初めまして。私は月読命と申します。皆様にはこの魔狩りの資格を授与させて頂きます」
「今からお前達に与えるこの資格…日輪の証は全ての公共機関や施設を自由に使える。勿論入国の手続きも免除だ」
すると帝は月読命が運んで来た箱を開け、日輪を象ったバッジを掲げてマリ達に証の重要性を説明する。
『日輪の証』。
それは厳しい試験を乗り越えた者に送られる魔狩りになった証であり、帝によって正式に認められた『魔狩り』であると言う証でもある。
この世で唯一無二の高天原から贈られる贈呈品だ。
何より、この証は『魔狩り』の証。これを見せれば凡百公共機関や宿泊施設等が全て自由に使える。
言わば魔狩りとしての身分証だ。
「ではこれより、日輪の証を授与する。名を呼ばれた合格者は前へ」
帝はそう言うと立ち上がり、合格者の名を一人…また一人と呼んで日輪の証を授与する。
しかし次々と合格者が呼ばれ日輪の証を授与される中、マリは今か今かと緊張の最高潮に達し掛けていた。
この世の最高神である帝直々に授与される事。魔狩りとしての一歩を踏み出せる事。夢が叶う事。それら全てがマリの緊張をより高めていた。
その時だ。
「次、マリ・ルヴァーシァ。前へ」
月読命がマリの名を呼ぶ。遂に自分の番だ。
ふと周りの合格者の手元を見ると、全員日輪の証を手に持っていた。
どうやら自分が最後なのだろう。
そう自覚した瞬間だ。…余計緊張してきた。
しかし深く息を吸い、吐き出して身体の緊張を解すマリ。
一歩…また一歩と歩み、帝の前に立つ。
「魔狩り適正試験合格者、マリ・ルヴァーシァです」
「合格おめでとう。その刃、我ら八百万と力無き人々の為に振るうように」
「ありがとうございます!」
日輪の証を帝の手から受け取り、深く頭を下げるマリ。
そのまま頭を上げて元の位置に戻ろうとすると…帝はマリの耳元に顔を近付け、合格者には聞こえぬ様に
「式典後、彦之と共にこの部屋に来い」
と囁いた。
他の合格者には囁いた素振りは無かった。
私だけ?何故?しかし今考えても周りに迷惑をきたすだけ。疑問に思いつつも、マリは元の場所へと戻っていく。
帝は合格者全員に日輪の証を与えた事を確認し
「合格者は以上だな?ではこれにて式典を終える」
そう言って手を二回叩く。
その発言に各合格者はどよめき、魔狩りになる際の注意事項や掟など無いのかと視線で訴えかける。
そんな視線に一目散に気付いた月読命は合格者達の前に立ち、話し出す。
「長苦しい話は御座いません。合格者の皆様方は帝様の指示に従い、ただ妖を斬るだけです」
「あぁそうだ。しかしあるとすれば今後所属するギルドに入り、その掟に従うのみ。それ以外に掟は無い」
「その代わり、魔狩りとなったからには自覚を持った上で行動して下さい。命令違反、及び任務放棄は徹底した厳罰を下します」
魔狩りとなるからには掟はただ一つ。
何時どのような時でも「妖を斬る事」が魔狩りの掟。
それだけだ。それが魔狩りの絶対なる掟である。
その事を伝えた帝は椅子にもたれ掛かり
「以上を以て式典を終える!解散!」
と言って合格者達を各々解散させた…。
●
式典が終わり、マリを含めた合格者達は八百万達からの歓迎と魔狩りになった事への祝福を大いに受け、あまりの緊張と疲れからか誘われる様に深い眠りについた。
数刻後…。同じ様に深い眠りについていたマリは頬を軽く叩かれ、ふと目を覚ます。
それと同時に口元を手の様なもので軽く抑えられ、完全に目を覚ます。目を開けると、そこには彦之が蹲ってマリの口元を手で抑えていた。
「シーっ。静かに」
彦之がそう言うと、ゆっくりとマリを起き上がらせる。
「帝様がお呼び。謁見の間へ来て」
「は、はい…!」
思い出した。帝から式典後に来る様にと言われていた事を。
来る様にと言われていたのに待たせてしまったかと焦るマリは急いで乱れた髪と衣服を整え、先程まで寝ていた部屋を静かに音を立てずに部屋を後にする。
しかし彦之は
「慌てなくて大丈夫。帝様も今執務が終わったばかりだから」
と言ってマリを落ち着かせる。
だが待たせてしまっているのは事実。彦之の後を間が開く事もせず追い掛ける。
ふと外の景色が見える廊下に出ると、外は薄暗くも仄かに明るくなりかけていた。もう間も無く日が昇る頃。初日の出まであと数分と言った所だろう。
彼女がそう思いつつ彦之の後を追い掛け、階段を昇ると、帝の待つ大扉の前で立ち止まる。
しかし彦之は何の躊躇も無く大扉を開け、再び歩き出して何重にも閉ざされた襖を開き、マリは彼女の後を追い掛ける様に歩き出す。
その道中、マリはずっと考えていた。
あの帝様が自分の様な合格者の一人に個人的に会おうとするなんて、一体どう言う事なのか…と。
幾ら八百万の一柱である彦之のお墨付きとは言えど、厳しい修行を乗り越え、試験に合格した魔狩り合格者である事は変わりは無い。
必ず理由がある。でなければ呼び出したりはしない。
マリがそんな疑問を抱きつつ歩いていると、彦之は最後の襖を開き
「失礼します。マリ・ルヴァーシァを連れて参りました」
と言って深く頭を下げる。
そんな彼女らの目前に居るのは…
「ご苦労。疲れている所を呼んで悪かったな」
東の方角の障子を開け、今にも昇ろうとする日の出を見ていた帝だ。
思わずマリも彦之と同じ様に深く頭を下げ、第一声を出そうとする…のだが…
「い、ぃいえ!帝しゃまがおお呼びとあらばぁ!」
緊張しきっているのが丸分かりな程に盛大に噛むわ声を裏返して出してしまうの大盤振る舞いをしてしまう。
そんなマリの緊張する姿に帝は我慢しきれなかったのか、口元を抑えて吹き出し、遂には高らかに笑い始める。
「帝様。あまりからかい過ぎない様に」
「ふふっ…あぁすまん。今年の合格者の中では群を抜いて存在感が大きいからな」
存在感が大きい?どう言う意味で受け取ればいいのか。
相手が相手なだけに上手く言えないし、言葉を選ばなければいけない。
兎にも角にも呼ばれた理由だ。
「そ、それで帝様。私にどの様な御用でしょうか?」
マリがそう言うと、帝はゆっくりとマリの傍に歩み寄りつつ答える。
「お前が魔狩りになった理由についてはそこの彦之から聞いている。話と言うのはな…お前の母親についてだ」
「母親…お母さんの事知っているのですか?!」
「あぁ知ってるとも。アイツとは三十年来の友人だからな」
全く以て初耳だったのか、キョトンとした顔をするマリ。
あまりに初耳な事実にアタマが追い付いていないからだ。しかし問題は、何故自分がその母親の娘と分かったか。
「けど何で私がお母さんの娘と分かったのですか?」
そうマリが疑問を投げかけると、帝は彼女を指差す。
「単純な事だ。その白髪に、金色の眼。そして“ルヴァーシァ”の名が何よりの証だからな」
「えっ…。確かに髪色と目の色はお母さん譲りですけど、名前って…?」
「アイツの名前は“ルヴァーシァ・ジ・オリジン”。そしてお前の名…“ルヴァーシァ”と言う名はアイツ以外今まで他に聞いた事が無い」
つまり、マリの名は『継ぎ名』。『名跡』とも呼ばれ、子から子へと継承されて行く名。
「故に、お前は正真正銘ルヴァーシァ・ジ・オリジンの娘と言う事だ」
帝にそう説明されるも、内心は疑問と謎で包まれていた。
親子だからと言う事で“ルヴァーシァ”の名を持っていたが、この名が継がれていく名前と言う事は全く知らなかった。
そして何故母は『継ぎ名』の事や帝と友人と言う事を教えず、姿を消してしまったのか。
それは帝も同じ事を考えていた。
「しかしあのルヴァーシァが私はまだしも、娘にさえ何も言わず姿を消すとはな」
「やはり帝様も…母の居場所は知らないのですね…」
「力になれず、すまないな」
母の友人である帝でさえも居所が掴めていない。
正直此処で母の情報を得られなかった失望感はあった。しかしマリは絶望する素振りは見せず、揺らぐ事の無い眼差しで帝の目を真っ直ぐ見つめる。
「でも、だからと言って魔狩りを辞めるつもりはありません。私は母を探すだけでなく、魔狩りに憧れたからなったんです」
「…本当に、似ているな」
その時だ。まるで帝を照らすかのように日が昇り始めた。この世の新しき一年の始まりを知らせる初日の出だ。
「マリ・ルヴァーシァ!」
それと共に帝が大きく声を上げ、マリの名を呼ぶ。
突然名を呼ばれ、驚いたマリはその場で指先を揃え、大きな声で返事をしつつ気をつけをする。
「この帝、余はお前に一切の期待をしない」
「へ…」
そして二言目に言われた言葉は衝撃的な一言。
一切の期待をしない。つまり、帝はマリの事を宛にしていないと言う意味。
あまりに衝撃的過ぎた言葉にマリは顔を青ざめながら目を見開く。
しかし言葉通りに期待しないと言う意味では無い。
帝はマリの右肩に左手を置き
「言葉通りに受け取るな」
そう言って笑みを浮かべる。
「余や他の神々からの評価や活躍に縛られず、お前はお前の思う様に動けば良い」
「要するに、仕事をするなら気にせず母を探せって事」
帝の言葉と彦之の言葉に魔狩りとしての責任や緊張が緩み、マリは涙目になる。だが直ぐに涙を拭い
「ありがとうございます、帝様!彦之さん!」
今まで見せて来た笑顔の中で一番の笑みを見せ、二人に深々と頭を下げた。
お陰で今後の活動がしやすくなったとも言える。
すると先程まで笑みを見せていた帝は一枚の書類を手に取り
「さて…お前は『天使の子守唄』に入りたいとの事だな…」
と急に眉間に皺を寄せて溜息を吐く。確かに式典に来る前に記載した書類に所属したいギルドはあのカナミ率いる『天使の子守唄』にした。
なのだが、帝の表情はみるみる悪くなり、再び大きな溜息を吐く。
先程から一体どうしたのか。何か問題があるのか。それならそれで言ってくれればいっそ清々しい。
「あの、何か問題でも…?」
遂に痺れを切らしたマリは問い掛ける。
その問い掛けに帝は
「問題があると言うか、問題と言うか…」
とぶつぶつと頭を抱え、何時にも増して青ざめだす。
「……まぁ…お前が入りたいと言ったギルドだ。余がどうこう言う義理は無い」
「は、はぁ…」
やはり気になる。あのギルド、何があるのか。
すると彦之はマリの傍に歩み寄り、固く閉ざしていた口を渋々開く。
「あのギルド、問題児だから」
「へっ?」
知らなかった。いや、初めて知った。
あのギルドの面々が一見問題児に見えたが、実際問題児と言うのは本当に初耳。
「問題児と言っても、誰がじゃない。全員含めたあのギルド自体問題児」
彦之がそう言うと深く溜息を吐いて俯く。
「お陰で余も手を焼いている。その為に彦之には専属のついでに監視もしてもらっている」
「そゆこと。でも問題児だからって全てが悪い訳では無い。実力は帝様も認めてる」
「言っとくが、この事アイツ等には言うなよ?言うと調子に乗って余計暴れかねん」
何となく納得だ。カナミの素人相手とは言え、あの暴れっぷり。
他人に向ける会話とは思えない乱暴な話し方。
極めつけは彼女筆頭にしたメンバー達の荒くれ感。
それらを間近で見ていたマリからしたら帝や彦之の言葉に心当たりがあり過ぎる。
しかし、だからと言ってあのギルドに入るのを辞める訳にはいかない。
「それでも私は、あのギルドに入る決意は揺るぎません。その為に魔狩りになったのですから」
どんな問題児であれ、入ると決めたからには入る。
そう決めたマリの眼差しに帝はやれやれと言わんばかりに首を横に振る。
ここまで言われてはギルドを選んだ権利を拒否する気にもいかない。
すると帝はマリが記載した書類を再度見て
「だが常識人が一人入るだけでも違うかもな…」
と呟き、マリに視線を向ける。
些か嫌な予感がする。いや、この流れは既視感を感じる光景。
そうマリが考えた直後だ。帝は二枚目の書類を手に取り、マリに手渡す。
「これは…?」
マリはその書類を受け取りつつ、問い掛ける。
「すまない。本当はもう少し話したいのだが、そろそろ時間でな。詳しい詳細は彦之から聞いてくれ」
「は、はい!お忙しい中色々ありがとうございました!」
しかし帝は上着の懐中時計を開き、名残惜しそうに首を横に振る。
それもそうだ。帝はこの世の最高神であり、魔狩り機関のトップ。そんな方がわざわざ時間を作って話をしてくれたのだ。
それだけでも十分有難い事である。
マリは深々と頭を下げ、彦之と共に謁見の間を後にする。
その直後、帝は昇りゆく日の出を前に深呼吸し目を閉じ
「今年も騒がしくも賑やかな一年になりそうだ」
心做しか嬉しそうな表情を見せる帝がそう呟くと月読命が部屋に入り、書類を執務机に置く。
「帝お姉様。天凰国よりご一報が入っております」
「分かった。それと五分後に“放送”を始める。準備は?」
「とっくに出来ておりますよ」
「どっかの誰かと違って出来る妹で助かるな」
「須佐之男様の事を仰っているのですか?」
「叩くぞ」
すると帝は月読命の頭を軽く叩き、机に置かれた書類を持って部屋を後にする。
その傍ら、叩かれた月読命は嬉しそうにクスッと笑い、帝の後を追うように部屋を出た。
●
帝との謁見後。マリは彦之に連れられ、和室に置かれた座布団の上に座って待っていた。
待たされてから二十分程が経ち、そろそろ待つ事に飽きかけて来た頃だ。部屋の襖が開き、風呂敷で何かを包んだ物を持った彦之が入って来た。
「待たせたね。少し準備に手間取った」
「それは良いですけど…その風呂敷は何です?」
「これ?」
すると彦之は手に持った風呂敷を畳の上で開き、衣服を並べる。
波紋の紋様が刺繍されたフード付きの白いマントと黒い制服のような衣服とスカート。そして黒いブーツ。
まるで隊服の様な一式だ。
「これ、私のですか?」
マリがそう聞くと、彦之は頷き障子や襖を全て閉める。
「それが今日から貴方が着る服。はい着替えて」
「は、はい!」
すると彦之は風呂敷から取り出した衣服一式をマリに投げ付け、慌ただしく着替えさせる。
言われるがまま服を脱ぎ、彦之に渡された服に袖を通す。
しかし彦之が拵えた服は驚く程に通気性が良く、肌触りも良い。しかも伸縮性に長けていてサイズもピッタリと来た。
一通り着替え、最後にフード付きの白いマントを羽織る。
「着替え終わりました」
マリのその一言に彦之は微笑み
「うん。似合ってる」
と満足そうに頷く。だがマリは不思議で仕方ない事がある。
「と言うかこれ…色々サイズ合っているんですけど、採寸ってしましたっけ…」
服の採寸だ。マリ自身服の採寸をした記憶も無ければされた記憶も無い。
一体いつ自分の上から下まで調べたのか。
その事に指摘された彦之は
「半年間見てたからね」
何食わぬ顔で…と言うよりも無表情で分からないが淡々と答えた。
見ていた?見るだけで分かるものか?
少し怖くなってくるマリだが、彦之は無表情で首を横に振る。
「私は刀鍛冶。見るだけである程度は物の長さは測れる。それに何度も一緒にお風呂に入ったでしょ」
「………あれって採寸も兼ねてたんですか?!」
「少し苦労した。貴方育ち盛りなのか胸が大きいから…」
「イヤァーーーッ!それよりも普通に測って下さいよ!」
そう、彦之が一緒にお風呂に入ったのはスキンシップが目的では無く採寸の為。
衣服が無い裸の時でないと胸囲や腰周りが測れない。
しかも入浴後すぐ出たのは目視で採寸した数字を忘れない為。
数々の心当たりのある彦之の行動にマリの顔はみるみる赤くなる。何食わぬ顔で身体中を見られた挙句何から何まで知らぬ間に測られていてとても恥ずかしい。
マリは座布団を彦之向けて思いっきりぶん投げ、顔を覆ってその場に崩れた。
半年間一緒に居たが、無表情過ぎて本当に彦之が何を考えているのか結局分からないままである。
●
「それにしてもこの服…やたら動きやすいですね。魔狩りの隊服とか何かですか?」
彦之が拵えた服を身に着け、様々な動きを取るマリが問い掛ける。
まるで戦いで動き回る魔狩りの為に用意されたような動きやすさと通気性の良さ。
何より袖は良く伸びて邪魔にならないと来たものだ。
そのマリの質問に彦之は風呂敷を畳みながら答える。
「ううん、特にそんな訳じゃ無い。私が貴方の為に拵えた特注品」
「おぉ…なんか嬉しい」
無性に嬉しい気分がする。何せ自分の為だけに用意された専用の戦闘服だ。嬉しくならない筈が無い。
なんて喜んでいると彦之はマリの羽織る白いマントの裾を掴み、ある物をマントに近付ける。
「マントはある程度の火を払えるし、冷気も通さない」
「へぇ~…って、ギャーッ!ちょっと何してるんですか!」
「マントに火が着かない証明」
「良く分かりましたから辞めてくれませんか?!」
なんと蝋燭の火をマントに近付け、炙り始めた。
勿論彦之の言う通りマントは燃える事は無く、尚且つ焦げるような臭いもしなかったので良いが…マリからすれば突然マントに火を近付ける行為が何よりも恐ろしかった。
本当に何を考えているのか分からない。
否、理解しようとしても無駄なのだろう。そう理解したマリは肩の力を抜き、色々と諦めた。
恐らく彦之の事を理解出来る存在はこの世に居ない。居たとしても同じ思考の持ち主であろう。
すると彦之はマリと向かい合うように座り、帝から渡された書類を畳の上に置く。
「さて、おしゃべりはここまでにして…。私達はこれから地上の北東に位置する宮微乃大陸に向かう」
「宮微乃大陸…ですか?どうしてそこに…」
「忘れたの?貴方が入りたいギルド」
「…じゃあ!」
マリが目を輝かせ、彦之は頷く。
魔狩り適正試験を突破し、晴れて魔狩りになれた。なら次に何をするか?そんなのたった一つのだ。
「宮微乃大陸の大帝都・京に魔狩りギルド『天使の子守唄』が任務で停泊している。今から行けば会える」
(やっと…やっとあのギルドに…!)
「さ、時間が押してる。任務を終えてすぐどっかに飛んで行く前に行くよ」
「はい!」
魔狩りになったマリの最後の目標にしてスタート地点。
カナミ率いる『天使の子守唄』に合流し、改めて入団する為だ。
そうと決まればすぐに行動に移すのみ。
彦之を先頭に、マリは宮微乃大陸へと向かうのであった…。
ここまでの道程が短いようで長かった。
故に再会の時が待ち遠しいと共に、緊張が張り詰める。
もう少しで夢にまで見た魔狩りとしてギルドに入れる。
そして魔狩りとなった今、己の身を削って妖との過酷な戦いが始まる。
母を探す為。
弱き者を守る為。
強きものを斬る為。
その闘志を胸に、少女は歩みだす。