1.婚約破棄
「エミリア、君との婚約は破棄する」
ロールマルタ王国の第1王子ルーカス・ロールマルタの言葉にエミリアは咄嗟に言葉が出なかった。
「ど、どうして…」
「愛する人がいるんだ。彼女以外、結婚は考えられない」
「わっわたくしの何が足りなかったのですか?」
「エミリアのせいではない。でも、愛してないんだ。私は愛する彼女と結ばれたい」
何を言っても何をしてもルーカスの考えを変えることはできないと悟ったエミリアは溢れそうになる涙を何とか堪えながら
「承知しました」
一言言い終えると、急いで部屋を出た。
走り出したい気持ちを何とか抑え、城の廊下を足早に歩き、何とか庭園の中に入った。
色とりどりの花が咲いていて、とても綺麗に整えられているが、今のエミリアにはそれを愛でる余裕はない。
次から次へと涙が溢れて嗚咽が漏れる。
エミリアはルーカスのことを婚約者としてとても大切に思ってきた。
8歳の時に婚約して、ずっとルーカスを支えていくつもりだった。
厳しい王子妃教育に耐えたのもルーカスと結婚する為だったはずなのに…
2人が18歳になるまであと1年、1年後には結婚というところまできていた。
目の前が真っ暗になるとは正にこのことだった。
少し前からおかしいという気はしていた。
会う時間が減り、手紙も減っていて、噂も耳にしていた。
第1王子とよく一緒にいる令嬢がいると。
男爵家の娘でニーナ・ブリスギン。
ピンクブロンドの髪で青い瞳の彼女は大変可愛らしい令嬢だった。
銀髪で菫色の瞳のエミリアはかわいいというより、凛としたタイプだ。
愛されてなくても、まさか、こんな風に一方的に婚約破棄されるとは思ってなかった。
陛下がご存知なのか分からないが、これからどうするべきか考えないと…
エミリア・ランガスターはランガスター公爵の娘だ。
それでも、ルーカスから婚約破棄されたとなれば、醜聞で、まともな結婚相手は望めないかもしれない。
お父様はこの話をご存知なのかしら?
帰るのが億劫だわ。
ようやくエミリアの涙が止まり、重いため息をついた時、背後から足音が聞こえてきた。
振り向くとそこには背の高い黒髪の騎士が歩いてくるところだった。
目が合ってしまった。
「エミリア嬢か?」
「はい。お久しぶりです。レオンハルト殿下」
レオンハルトは歳の離れた王弟で、24歳ながら先日までの隣国との戦いで指揮官としてロールマルタを勝利に導いた英雄だ。
王家特有の金の瞳が少し眇められた。
「確かルーカスの婚約者だったな」
「それはもう…」
破棄されたと言いかけて、言ってしまっていいのか、迷う。
それでも、レオンハルトは察したようにため息をついた。
「あいつは愚かだな」
これから起こるゴタゴタを思い、レオンハルトが眉間に皺を寄せた。
「いえ、わたくしにも至らぬ点があったのだと思います」
「それは違う。重圧からあいつは逃げただけだ。エミリア嬢が気にやむ必要はない」
レオンハルトの真摯な言葉にエミリアは胸のつかえが取れたような気がした。