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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

夜桜に散る

作者: 縁側

ひっさびさの何も考えない投下!

「起立、礼」


「「「「「ありがとうございました」」」」」


「着席」


 何てことない日常。


 朝起きたら学校にいく支度、そして朝食を食べそのまま通学路を歩きバスへと乗り込む。




 若干の肌寒さを感じつつも、空から降り注ぐ心地のよい日差しは今が春だと思わせる。一定の人たちには最高の日向ぼっこ日和ともいえ、またある人々は最悪の1日とも言える。それが薄ピンク色が視界いっぱいに広がる春の季節。


 新しい年度が始まり、その心は何を感じているのであろうか。


 期待と不安。ワクワクと好奇心。気だるさと憂鬱感。一人一人がまた別の事を考えているであろう。



(また1日始まる)


 そんな人々と自分を何処か他人事のような第三者視点で視界に納めながらポツリと内心で呟いた。



 バスの窓から外をぼんやり眺める。シワ一つないスーツを身に纏い、しきりに自分の格好を気にしている彼は今年からの新入社員だと思わせる初々しさが伺える。


 彼に純粋無垢な表情で声を掛けるのは小さな子供達だ、おはようございます!とにっこり笑顔であたかもいまの季節を表しているような微笑ましさに周囲の人々は思わず頬を緩ませていた。


 だが、当の本人は自分の事を気に掛けるので精一杯なのか、あああ、お、おおはよう。と外部からの急な声掛けに驚いて、少々裏返りながら返事を返していた。


(あれは地獄だな)


 自分事ではなく他人事なのだが、思わず見ているこっちも恥ずかしさが込み上げてくる、そんな状況に遠い目を向けながらさりげなく視界をバスの中へと移した。


「っ!?」


 すると、バス前方の席に座っている女子生徒と目があった。


 服装的に自分と同じ学校の生徒のようだがまるで面識のない女の子であった。位置的に身体を此方に曲げないと目が合わない位置であるが、彼女は目が合うと急いで身体を前に向けて何も見てませんよと鞄から取り出した本に目を向け始めた。


(………? なんだったんだ)


 後ろ姿に落ち着きがない様子であったが所詮は他人、一瞬不振に思ったがたまたまだと決め付け、目的地まで目を瞑り少しばかりのお休みタイムだと意識を沈めた。



 新学期は何てことはなかった。新入生代表の言葉を聞き流し、校長のとてもくだらないお説教が混じった大変にありがたみのない言葉で締め括られた『お話』を完全に死んだ目で見つつ、やっとの思いで終わった入学式に悪態を吐きつつ、新たな教室に歩みを進める。


(今年が高校最後の三年目)


 三年目に入るとやることは一杯だった。自分の将来設計はどうするか、免許を持っていない奴は夏休みの内に取るためにカレンダーを確認したり、大学に進む奴は周りに合わせる奴と合わせず内面見下してそうな笑みを出しながら予定があるからと、遊ぶ約束を断っていた。


 彼自信もその渦に入っている一人だ。


 高校最後と言った、本当の意味で何をすれば良いのか改めて考え直される一年。


 自分の成績で見ればこのクラスで丁度ど真ん中の位置、先生からの評価で言えばまだまだ頑張れば上を目指せる。その言葉は何度も聞かされた。


 目指そうと思えば何処でも行けるだろう。


 けど………逆に言えば道がありすぎて目指す頂きが見えないでいた。 ああしなさいこうしなさいとつらつら説教をする親はいない。自分が守らないと、と責任感を出す弟も妹もいない。祖母も祖父も誰もいない。


 天涯孤独。


 それが彼のこの世界での立ち位置であった。



 誰からも必要とされていない、誰も助けてくれる人がいない、それはとても悲しいこと。


(もうどうでもいいか)


 そんなこと中学の時に切り捨てた感情だった。


 喜怒哀楽、彼はそれら四つを自分の内にあるゴミ箱に投げ捨てた。周りの状況に合わせて感じることはある、だが本当の意味で外に出すことは殆どない。


 ゴミに捨てたとしても自分は人間だった。完全に捨てきることは出来ない、それがどれだけ辛いことか、悔しいことか。


 ────そう感じている時点でやはり自分は人間だった。


 〉〉〉


(雨か)


 晴れ模様から一変し、帰宅頃には空から大量の雨が降り注ぐ。


 周囲からは親からの言葉で事なき終えた、助かった奴や。知り合いの傘に入って共に下校している奴もいた。


 バス停はすぐそこだが、バスを降りた後がそこそこの道のりなので濡れることは確定していた。

 乗る予定のバスが来ると彼は急いで車内へと駆け足で逃げ込んだ。


 走る途中で踏み込んだ水溜まりのせいで靴の中が嫌な感じであった。当然少なからず身体は濡れ、タオル何て都合のいいものは用意しているわけもない。仕方がなく空いている席はあるが片側には人が座っているので彼は席に座らず立つことにした。


 ザーザーと鉄砲雨並みの激しい雨を窓越しで見つつ行きと同じように外の様子を眺めていた。



 折り畳み傘を両手持って必死に雨風を耐えているスーツ姿の、今朝にも見た新入社員っぽい人がいた。整えた身嗜みは無惨な状態でさも不合格を受けた絶望な的な表情で道を歩く就職活動の成人男性にも見えた。初仕事で失敗したのであろう、表情は何処か浮かない顔をしていた。


(ああ、そういうことか)


 なぜ、彼を視線で追っていたのか合点がいった。彼の姿はまさに自分自身がいま向かおうとしている未来に近しい存在だからであろう。このままいつも通り目立たず一定の成績で進めば彼みたいな平凡な一新入社員になるだろう、そういうルートを辿っているから当然と言えば当然だ。


 信号で停車していたバスが再び動き出す。スーツ姿の彼が視界から外れる瞬間に見えたのは。スピードを出していた車から跳ねた泥水が、彼を多い尽くす勢いで顔面から受ける場面であった。


(………)


 何とも言えない場面にそっと視線を外した。


「………ぁ」


 するとまた朝と同じ女子生徒と目があった。まるで変わらない反応をして、慌てて鞄から取り出した本に目を移す後ろ姿が見えた。


(変な奴)


 桜の形の髪飾りを付けていた彼女にそう思いながら、来るであろう未来に憂鬱な気持ちで目的地まで待っていた。



「あ、あの」


 目的地に着くとそのまま鉄砲雨の中に飛び出した。朝と同じでこのバス停に降りる客は居ないようで、ポツリと一人だけびしょ濡れになりながらバスが過ぎていくのを見ていった。


 ザーザーと耳に入る雨の音で、降りる瞬間に何か聞こえた気がしたが、気のせいだと無視をした。


 冷たい雨が身体を打ち付ける。入学式のため持ってきているものは少ない、濡れても構わないこともないが気にする性格でもないため、飄々と通学路を歩き始める。


 嫌な雨だ、まさに家族が消えた日に似た雨だ。いっそのこと自分もこの雨の勢いによって流されてしまえと思ってしまう


 滴る雫が頬から身体へ頭から目に、地面に落ち続ける。


 ふと、足元に何かがあることに気が付いた。


(黒い桜?)


 花びらだった、それも異色『黒い』桜の花びら。


 地面は雨のせいで酷い状況にも関わらず水に流されないままそこにポツリと落ちていた。


 見たこともない花びらに思わず手に持った瞬間───。


(っ!?)


 激しい嫌悪感、吐き気。全てが憎いそんな地獄のような感情が怒涛に押し寄せた。


 ───捨て去れ。捨て去れ。全てを捨て去れ。


 頭が痛い、割れそうだ。


 ふらふらになり思わず手を地面に付き、もう片手で頭を押さえつけた。


(あ)


 手が地面に埋まる、いや、地面じゃない泥だ。アスファルトが全て泥に変わっている。

 まるで底無しの沼のように慌ててもがいてもさらに沈んでいく。ゆっくりと身体に巻きつついて、飲み込んでいく。意識が沈む前に視界に写ったのは、月に照らされたどす黒い桜の木だった。


 〉〉〉


(っ!?)


 目が覚めると慌てて身体を起こした。


 見覚えがある床だ、前を見ると見覚えがある室内だ、後ろへ振り返ると………見覚えがある玄関だ。


 どうやら自分は家に帰って来たようだ。


 身体の寒さに身震いをすると、自分がびしょ濡れになっていることに気が付いた。


(そうだ、確かにあの雨のなか───)


 わからなかった。自分が雨のなか帰ったのは理解した。けど、いつの間に家に帰っていたのか分からなかった。何で家に帰宅していたのを覚えてないのか。なんで。


「お帰りなさい」


 死んだ筈の母親が目の前にいるのかが分からなかった。


 〉〉〉


「明日か、【】の高校三年目」


「早いよね? ついこの間まで中学校に入る前だった気がするのに……驚きすぎて夕飯がすき焼きになったわ」


「わお、………私の小遣いは?」


「これ」


「これ?」


「すき焼きになったわ」


「………」


 おかしい、何でだ。誰だお前らは。


「ほら【】もしっかりと噛み締めないと、パパの御小遣いが悲しむわよ。パパも物理的に悲しんでるけど」


「うるさいわい! ………私の小遣い、美味しいな」


 見覚えがある光景だった、今は色褪せた筈の光景だ。とうの昔に失くしていたものだ。


 大人しく椅子に座って、見知った懐かしみのあるすき焼きに箸を進める。


(美味しい)


 本当に美味し。あの頃が帰って来たような気がしたが。小さい頃からふざけあっていた両親とそれを楽しく笑いながら自分が見て、さらにその自分を見て笑い合う両親。


 懐かしい、あの頃が蘇ってくるようなそんなものが内から沸き上がる。


(なんでだ)


 だが、彼は心のそこから『嬉しさ』が沸き上がることがなかった。


 〉〉〉


「行ってらっしゃい」


「………行ってきます」


 日常であった朝の光景とは違っていた。


 朝起きたら母ちゃんが服を朝御飯を用意してくれている。使用者がいない部屋を過ぎて一階に降りると、父ちゃんが新聞を読みながら朝御飯を食べている。


 挨拶というなの衰退したものを何年ぶりに両親として着替え、ニコニコと笑顔で三年目頑張りなさいと声を掛けられながら、外へと飛び出した。


 なれない「行ってきます」という挨拶。実の両親にされたものにも関わらず他人行儀反応で返してしまったという後悔を残しつつ逃げるように家からバス停へと向かっていく。


 母親が言っていた三年目という言葉。昨日確かに自分は入学式を終えて帰宅した筈なのにだ。


(訳が分からない………)


 両親の存在も、今日が入学式だというカレンダーに表示されたメモも、頭のなかに浮かぶ四分の一程の桜が散っているどす黒い桜の木も。きっと、自分は昨日おかしくなったんだ、そう思わずにはいられない。



 バス停に着くと見たことがある女子生徒が一人だけ待っていた。


(花びらの髪飾り………)


 見たことがある、昨日何度も目があった女の子だ。眼鏡をかけて一見地味っぽく思えるが、じっくり見るとかなりの顔立ちが伺える。手元の本に集中しているのか、後ろに待つことにした彼に気が付くことはなかった。


 このまま後ろで無言で待つの些か不審な奴に見られそうだ、何しろ同じ制服を着ている男だ、何となく居心地が悪そうだと考えて挨拶をした。


「おはよう」


「うぼっわ!? ぁ。………あの、おはよぅ……ぅぅぅ」


 見ていないことにした。決して女の子らしからぬ声で驚こうが、返事の後に耳を真っ赤に染めて悶えていようが見ないことにした。


 その位置では見えないだろうと思えるほど顔に本を密着させて読もうとしている様子に思わずには口から息が漏れた。


「………そっちがいけないんじゃないですか」


 小さな声は彼には聞こえなかった。


 〉〉〉


 朝の様子は昨日とはあまり代わりがなかった。空の天気もバスの中の人の配置も、外で近所のおばさんに純粋無垢な笑顔で挨拶する子供達も、その後に此方と目が合う彼女の様子も何ら変わりがない。


「えーそれでですね、わたくしはこの学校に…」


 入学式が始まると少しばかりの違和感を感じた。気が付いたのは昨日の入学式と人数が違うことだ。さらに言えば見たことがない生徒の姿がちらほら伺える、昨日のいて今日居ない生徒はどうなったのか、なぜ人数の違いが出たのか。まるで自分だけが別の所にいるような疎外感を感じられずにはいられなかった。


 少し変わった校長の『挨拶』は昨日と同じで実にくだらないものであった、そこだけは安心してしまった。



 クラスでの担任の挨拶を終えると、クラスメイト達はこれからの事を話し始めた。

 窓の外を覗くと、昨日と違い雨どころか雲一つない晴天でその様子をみたクラスメイト達はテレビに騙されたー、せっかく持ってきたのにー、と呟くのが聞こえた。


(天気予報は変わってないんだな)


 今日はびしょ濡れにならずにすみそうだと、それだけが昨日よりましだなと思いながら周りの様子を伺い、そっと席を立って彼はクラスを後にした。



 バスに乗り込むとやはり人の配置は昨日と変わらない。外もどうせ昨日と変わらないのだろうなと、彼は覗いた。


 窓の外にはスーツ姿の彼がいた。昨日とは違いなにやら雰囲気が全くの別物だ。ゴテゴテ貴金属を身に纏い、初々しさがあった表情は消え去り鋭利な刃物のような鋭い目付きに変貌していた。


(何があったんだ一体………!?)


 すると駆け付けてきた警察と口論になると、警察の方がしきりにポケットの中を見させなさいと指示を出すが反抗したスーツの彼が突如として警察に殴り掛かった。かなりの力であろう、殴られた警察は当たり所が頭だったため倒れたままピクリとも動かなくなった。


 その彼の行動に驚いた警察が反応する前にすかさず胸元から取り出した拳銃でもう一人を撃ち抜いた。


(は?)


 現実味のない乾いた発砲音が周囲に響くと辺りは騒然とし、一人が逃げ出すとそれにつられて周囲の人々が叫び声を出して逃げ始めた。


「ひ、ひ、人が!」


「逃げないと! 運転手さん早く!」


 当然、バス車内も騒然となり必死な顔で運転手に走り出せとわめき散らかした。


 スーツのおとこは動かなくなった警官をまさぐり拳銃を奪い取ると近くにあった車両────このバスを目指して走ってきた。


「おい開けろ! 撃ち殺すぞ!」


 拳銃を構えたスーツの彼に怯えた客達が逃げるように後方に詰めてきた。どけろ、もっと詰めろ、出せ、ここからと阿鼻叫喚とした車内の前方にいた桜の髪飾りの彼女はあまりの恐怖に腰が抜けて席から立てない様子だっだ。


「早く開けねぇか! 愚図がぁぁぁぁぁ!」


「ぁ」


 あたふたと一向にバスのドアを開けない運転手に我慢の限界になったスーツの男が出鱈目に拳銃を車内目掛けて発砲した。


 目の前で倒れていく人達、視界の先で床に倒れ付した桜の髪飾りの彼女。


(なんだよこれ)


 意味が分からない。


 叫びながら動かなくなった運転手に発砲を繰り返すスーツの男も、胸から沸き上がる猛烈な熱さも、顔に飛び散った人との血も。


 ─────「【】くん、私ね、………やっぱり何でもない」


 これが走馬灯なのか、まだ両親も妹も弟もいる世界で笑い掛ける幼なじみの顔。好きだった彼女には結局なにもしてあげられなかった。一方的につんけんして子供特有の恥ずかしさからでる言葉が裏目に出て何にも、目の前からいなくなっていった彼女に何もまだしてない。


(まだ、………こんな)


 そうか、これが。真希も、奏太も感じた恐怖なのか。辛かっただろう、悲しかっただろう。両親がいない状況で二人だけでこんなにも苦しいが起きたのだから。泣いても助けてくれない絶望的な状況できっと、自分、のこと、、、、。おか、と。………────さく。も

 もも


 。。。



「【】くん。きっと私を憎んでる。けど、それでもいい。私は【】が────────────────────────────────────────────────────────────────




 〉〉〉


「やや! おに発見!」


「あたちも発見!」


「「たいほーー!」」


(ぐっ!?)


 深い泥沼から引き上げられた意識が覚醒する前に腹の上にのし掛かった二つの物体に思わず口から苦痛の息が飛び出た。


「ん? どちたのおに?」


「ぁ」


 ああ、またこの世界おかしくなったのか。消えた筈の真希(まき)奏太(そうた)がいる、クリクリした可愛らしい好奇心旺盛な二人が、自分の弟と妹が心配そうに此方を見ている。


 いいじゃないか、二人がいるなら。あんな思いしていない二人がいるなら。


「お前達、【】も明日が大変なんだから手加減しろよ」


「そうよ? 私は手加減して夕飯をお寿司にしたんだから」


「ん?」


「え?」


「「お寿司たべる!」」


 両親もいて妹も弟もいるならもう自分がおかしくなったっていいじゃないか。もう自分は歯車が取れたのだろう。こんなにも嬉しい筈なのに嬉しくない、こんなにも泣ける筈なのに。


 ─────涙一滴すら落ちる気配がない。


 〉〉〉


「行ってきます」


 父と母に声をかけ、妹と弟に声をかけ。彼は人間性が失われた感情のない顔で外に足を進めた。


 朝起きると母が飯を作っていた。世間の情報を見てどう動けば正しいかを判断すべく父が新聞を読んでいた。意味もなく騒がしくする妹と弟に声をかけ、朝から無駄なエネルギーを消費するなと論じた。


 外は昨日、一昨日と変わらず晴天。昨日の事を考えるに彼は雨が降る可能性が少なからずあるため、持っていかなくても大丈夫と無駄な感情論で声をかけてきた母を論破し、折り畳み傘を鞄にいれた。



 バス停に着くと誰も居ない様子だった。当然、昨日の桜の髪飾りを付けた彼女は居なかった。


 バスが着くと車内乗り込み、周りの様子を観察した。驚いたことに前方に座っていた桜の髪飾りの彼女の姿はなく、何故か使用禁止と張り紙が付けられており誰も座る気配がなかった。


 発進したバスを横目に外の景色を伺う。変わらず純粋無垢な笑顔で挨拶する子供達、それに挨拶を返す子供を連れたスーツ姿の彼。どうやら、今回の彼は子供連れて散歩をしているようだった。顔は幸せに満ちていて、微笑ましい光景だ。


(今日は彼女はいないのか)


 どうでもいい光景を見たあと同じように前方に視線を向ける。



「!?」


 すると、驚いた表情桜の髪飾りの彼女が前方に座っていた。


 さっきまで居なかった筈の、使用禁止の席に座っている彼女に思わず目元を擦り再び視線を向けると、そこには無機質な紙が貼られているだけであった。


(きのせいか)


 何をそんなに気にしているのかが分からない、彼女に何かを期待しているのかと、自分の内に問いかけるが分からない。


 彼女に会えたら嬉しいのか? 泣いてしまうのか?


 ──────嬉しいって悲しいってなんだ。


 この何とも言えない感覚が不思議で堪らなかった。




「であるからに」


 つまらない。


「それで」


 彼は何故かこのような時間の無駄なことをするのか分からなかった。校長の言葉にはただ自分の立ち位置を生徒に知らしめるという欲求しか存在しないのだろうと感じさせらる。


 彼は校長に軽蔑した目を向け、頭の中に今日も何かが起きるかもしれないと思い、対策を考え始める。………すでに高校生活と言うものは彼の頭に存在しない『無駄』なものだと位置付けられた。



 担任の挨拶が終わると、クラスメイトが騒ぎ始めた。またいつもの光景に深く溜め息をした。


「なんだよ、こっちが楽しくこれからを考えてるのに! すぐ隣でそんな目で溜め息をしてんじゃねえよ!」


 見下した眼をした彼に苛ついたのかクラスメイトが叫び始めた。


(っち、そんなことも分からんからコイツらは嫌いなんだよ)


「ぐぅ!?」


 内心で悪態を吐いていると、目の前のクラスメイトが突然吹き飛んだ。


(何で吹き飛んだ?)


 疑問に思っていると、ふと自分の拳に血が付いていることに気が付いた。その瞬間理解した、ああ、自分があいつを殴ったんだと。


 殴るのは当然ではないか、クラスメイトは無駄なことをしている、自分はそれを教えてやろうと目で訴えていたのにそれに対して怒るとは、意味が分からない。こっちはこんな理解不能な状況で精一杯足掻いているのになぜ、なぜ、わからない。


 沸々と怒りがわいて訳もわからず先ほど殴ったクラスメイトに馬乗りになって殴り始めた。


「おい! やめろ!」


 静止の声が彼の耳に届くが止める理由がなかった。口元が緩んで思わず笑い声を出しながら、クラスメイトを更正しなければと謎の意思を持って殴り続ける。


「先生をよべー!」


「ヤバいよ、コイツ……」


 女子生徒の叫び声を聞くとふと冷静になった。


(何をしているんだ俺は? 人を殴った)


 血塗れの男子生徒はピクリとも動かなくなった、ポツリと腕から垂れる生暖かい血が、叫び声が、昨日の光景を呼び起こした。


 〉〉〉


(どうなってんだ)


 気が付けば走って逃げていた、三階だろうが関係なしに窓から飛び降りて、学校から逃げ出した。


 何故自分はクラスメイトを殴った、もしくは殺したのか。


 意味が分からない。自分が自分じゃない。


 両親が妹や弟か見たらどう思うのか、怒るのか? もしくは───


(笑うのか?)


 こんな事をした自分を笑うだろう、何をやっているんだと怒りながら、


(悲しまないのか?)


 いや普通の人間の行動だと悲しむ筈だ。だけど何でだ、その答えが自分の中では理解できない。何でだ、頭の中の四分の二散ったこのどす黒い桜の木が原因なのか。


 この世界がおかしいからなのか。


(消してくれよ)


 惨めだ、ひたすらに自分が惨めだった。昨日の行動も一昨日の行動も今となっては何でそんなことをしたのか理解できない。


 ふと立ち止まった。


(もういいや)


 こんな世界は消えてしまえ。


 視界から走ってきた物体が身体にぶつかってきた。


 身体全身に走る激痛に、何処か安心していた。この理解できない自分を楽にしてくれるそんな予感に。


「───まっ」


 沈んでいく意識のなか、今日初めて見た桜の髪飾りを付けた彼女は悲痛な表情で此方に手を伸ばしていた。


 〉〉〉


 暗い、真っ黒だ。あの時の泥沼に沈んでいるように。


(いいじゃないかこれで)


 もう考えなくてすむ、感じなくてすむならこれが最善の手だ。


 頭の中のどす黒い桜の木もすでに四分の三まで散っている。



 既に身体の感覚はない、もしかしたら死後の世界かもしれない。ここはそういう場所なのか、太陽の暖かな日差しも、冷たい雨も感じない世界なんて、なんだかとても冷たいものだ


「ぁ…………」


 これでいいんだ。


「た…………」


 傷つけることもなく、平凡な日常を歩むこともなく。


「たす」


 母も父も。


「た…、け」


 妹も弟も。


「すけて」


 桜も………。


「助けて」


 誰か助けて。


「誰か」


 まだ、告白してない。好きって言ってない。あいつを、桜の髪飾りを付けた彼女にあの時言えなかった言葉を言ってない。


「【】」


 光が見える、けど、頭の中のどす黒い桜の木がどんどん散っていく。散っていくごとに身体が、意識がどうでもよくなってくる。


「】」


 そこに行かないと、誰かが待ってる気がする。


「み」


 忘れていた名前が聞こえる。


「みや」


 聞いたことある声だ。


「さく……ら」


 そこにいるのか、お前は、お前は!


宮司(みやじ)くん!」


 〉〉〉


「あーー! また先にお花見してる!」


「ごめんねー桜ちゃん。この人がドケチだから、冷めないうちに食べないと! って食べ始めちゃったの」


「ママが先に食べてたでしょ! 私はまだ手を付けてない!」


「桜ちゃん、この人嘘つきだから信じない方がいいよ」


 大きな池のそばにある立派な桜の木の下、そこで彼ら家族は豪勢な弁当を持参して花見をしていた。


「宮司くんは?」


「あの子なら、ほら。池のそばで遊んでるわよ」


「ありがとう!」


「うふふ、どういたしまして」


 池があった、身に覚えがあった池だ。ああ、そうだこの日から始まったんだ。


「宮司くーーーーーん!」


「危ないから走らないで!」


「はーい」


 確か彼女はそのまま転んでから泣き始めたな。


 ステテテテと駆け足で此方に向かって来た桜の髪飾りを付けた幼なじみに注意を促す。宮司の声に反応して手を上げて如何にも分かりましたと身体で表しながら凸凹した地面に気を付けながらすぐ隣でしゃがんだ。


「で、何してんの?」


「何も」


 本当になにもしていない、今のこの状況だけでも彼は満足していた。入学式ではなくこの小学生の頃まで戻った理由が分からないが、こうして彼女が隣で笑いながらいることが幸せだった。


 後ろで母ちゃんが父ちゃんが小さな暴れん坊の妹と弟の世話をしている声が聞こえると自然と口元が緩む。


 きっとこの世界も消えるのだろう、自分というなの異物を取り除いて、昨日と一昨日のように。


「消えないよ」


「え?」


 思い込みで幻聴が聞こえたのか、あまりの唐突な言葉に呆気に取られた。

 どういうことだと視線を向けると、先程までの天真爛漫な様子の彼女から空気が一変していた。その雰囲気に思わずお前は誰だと口に出した。


「君が、宮司くんが願ったんでしょ?」


「どういう?」


「僕はこの桜の木」


 ピョンと立ち上がって近くにある桜に手を向けた。


「もう何年、何百年人の生活をここから見てきた。気が付けばもう、誰もここに来ることはない、僕は一人ぼっちだった。何本もあった仲間は昔起きた争いで燃え、傷付き、朽ちていった。そんな一人ぼっちの僕の前に現れたのが君だよ、宮司くん」


「え?」


「たまたま訪れた君と、君の幼なじみの桜ちゃんが僕を見つけてくれて、そして僕の近くで楽しく騒いでるのを見てとても幸せだった、とても嬉しかった。そして君の願いを叶えたかった」

 

 桜の木の下でわいわい騒いでいる家族に母性溢れた目で見つめ、再び宮司に向いた。


「僕だけの力では君の幼なじみも両親も妹と弟さんも蘇すことが出来なかった。それでも君の願いのため、君の人間性を犠牲にして願いを叶えた」


「人間性? じゃあ、昨日の俺の行動がおかしかったのは……」


 目の前の桜? の言葉で自分の意識と行動が噛み合わない昨日の出来事を思い出した。今冷静になって考えても自分の行動はどう考えても理解できない行動だ。

 

「ごめん、だから僕を恨んでも構わない」


 その言葉はずるい、昨日のことを考えても会えるはずのない妹と弟、さらに両親に会うことができた。その言葉を聞いてしまうと自分としては何も言えなくなってしまう。恨んでしまえればどれほど楽だったか、けどそんな言葉ではい。


「……いいや、ありがとう。俺を家族に合わせてくれてありがとう」


「っ!」


 今にも泣きそうな、叱られたくない子供の表情だった。服の裾を握りしめビクビク震える様子はまさにそれであった。


「けど、もうこの夢は終わりなんだろうな。こんな風に考えて感じて思えるってことは、人間性が戻ってるってことは、もう……俺は」


 生きていたから感じるものがあった生きていたから思えるものがあった。だからここに存在するすべてのものが幻であることがすぐに分かった。


 この口から再び声が出るなんて思ってもいなかった。好いている人を、家族を両親を亡くして以来出ることがなくなった声を取り戻してくれたことには感謝しかなかった。


 今だ泣きながら違う違うと何かを否定し続ける桜? に近づいてそっと抱きしめた。


「泣かなくていい、お前に泣いてほしくない」


 これは自分の好きな人の姿をしているから言っているのか。


「お前には笑っていてほしい」


 家族がいつもこの桜の木をお陰で笑っていたから言っているのか。


「俺に声を、家族を────誰をずっと前から好きでいたことをお思い出させてくれてありがとう」


「ううぅぅぅぅ……」


 ピシりと風景が割れ、体が段々と何もない空間に落ちていく。


「もう時間か」


 この空間が消えるということは自分自身もやがて飲み込まれるであろう、広がり続ける闇は宮司を覆いつくす前に動きを止めた。


「なんだ?」


「だめ」


 胸もとにしがみついているのは桜? だった。目一杯握りしめるとやがて彼女の体が光だし足元から消えていく。


「お前!?」


「僕はもう十分幸せになった、だから地獄のような運命にを進む君をせめて助ける」


 何かをする気だった、やめさせようと声を上げようとするが決意に満ちた目を見ると思わず声が出なかった。


「これは僕の気持ちだ、恩返しだ。誰からも必要とされなかった僕からの最後のプレゼント」


 彼女からあふれる光が世界を白く染めていく。


「だから、きっと彼女も君の家族も幸せに過ごして」


「おい!」


 目を開けていられないほど空間一帯が白く、暖かい光が包んだ。


「それが君の願いだから」


 〉〉〉


「おはよう! おに!」


「おう、おはよう」


「あーー起きるの負けた! むーー、おはよう!」


「また早起きでバトルしてんのか、元気だな」


 朝起きて一階に降りようとすると、両側にある部屋のうち片側から奏太が飛び出してきた。その音に反応してか、もう片側のドアが開き真希が飛び出してきた。どうやら二人でどっちが早く起きるか勝負をしていたようだ。


 朝っぱらからの元気満々の姿に少々あきれながらも宮司は返事を返した。


 二人を連れて下に降りると椅子に座って新聞を読みながら朝ご飯を一足先に食べている父の姿が目に入った。


「おはよう、父さん」


「ああ、おはよう」


「おはよう、三人とも」


「「「おはよう、母さん」」」


 宮司達三人に気が付いた父親は三人にあいさつをし、声に気が付いた母親が台所から顔を出して同じく三人に挨拶をした。


「ご飯できてるから、身支度して食べなさい」


「「はーい」」


 母親の言葉を聞きドタバタと二階に戻っていく二人を見送ると、母親はテーブルの上に三人分の朝ご飯の準備を始めた。


 一足先に支度をしていた宮司は先に朝ご飯を食べ始めた。


「今日で高校三年目か、時間が過ぎるのも早いね」


「奏太と真希も今年度から中学生だからな……少しは落ち着きが欲しい」


「あらあら、誰に似たのかしら」


「誰に似たんだかなー」


「父さんも母さんも、朝っぱらから変な意地の張り合いしないでくれ」


 ニコニコしながら、お互いが自分に似たに違いないと牽制し合う、朝から元気なのはどちらも同じでしょと思ったが口に出すことはしない、火に油を注ぐことはする気はないのだ。


「んじゃ、バスが来るから行ってくる」


「「いってらっしゃい」」


 朝ご飯を食べ終えると、再度身支度をする。元気魔人の妹と弟に声をかけ靴を履きバス停に向かうために外へ出た。



 今日はどうやら快晴のようだ。心地よい風が周囲に咲く桜から花びらを運び、まさに新年度と思える春らしさを醸し出していた。


「桜……」


 目の前で散っていく桜の花びらを思わず目で追ってしまう。自分が何かを忘れている、花びらが散っていくように自らの何かが散っていくような、何とも言えない喪失感を感じていた。


 何かしなければいけなかったことがあったはずだ、誰かに、誰かに助けられ。その恩に報いるために、出来ていなかった何かをしなければ。


「はぁ……はぁ……」


 気が付いたら自然に前に走り出した。できるだけ早くこの気持ちを伝えなければいけない、もし、もしもまた何かが起きてそれが言えなかったらどれだけ苦しいことか自分なら分かっているはずだ。


 前に前に。昨日も会話をした筈の彼女に今日は今すぐにでも会わなければ。


 バス停が見えてくる、そのすぐ隣に本を片手にバスを待つ桜の髪飾りをした少女の桜が目に入った。


「────さ、桜!」


「うおぇ!? なに、どうしたの!?」


 息を乱しながらも必死に声を上げた幼なじみに変な声を上げて振り向いた。彼女の少し手前で立ち止まり、両膝に手をつきながらどうにか息を整えようと深く吐き出す。


 顔を上げると、こちらを心配そうに見つめる顔を見た瞬間、彼はとてつもなく胸が張り裂けそうになる。あの時自分が腕を引っ張っていれば少しばかりの勇気があれば彼女に怖い思いを、彼女に自分の胸の内を吐き出すことができた。何をどうすればいいのかぐちゃぐちゃになった思考でも、いうことは感謝でも懺悔でもないただひたすら彼女のことが────桜のことが。


「大好きだ」


 それを言える、そんなちっぽけなことが彼が出来るあの子に対しての最大のお礼であった。


 突然の告白にポカーンと呆然とした間抜けな表情をしたのち、ふっと表情を柔らかくして彼女は彼の手を取った。


「大丈夫、大丈夫だよ。ずっとずっと、それも物凄く長い時を待ってた。貴方のことを」


 そっと宮司を抱きしめた。


「私も────大好きよ」

お読みいただきありがとうございました!

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