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大潜入を挙行せよ! その①

 「声の替え玉」のひかるという逸材が見つかり、あとはアフレコをするばかり――そう思い込んでいたA氏にさらなる難題が立ちはだかったのは、その直後のことでした。

『バカッ、よその学校じゃ無理に決まってるだろっ。だいいち、県の高校映画コンクールの規定に、同じ学校の生徒でのみの撮影とハッキリ書いてあるんだよ――』

「なんだってェ……」

 カウンター脇の公衆電話の受話器を握ったまま、電話越しに叫ぶ友浦の声に、A氏は愕然とし、崩れ落ちました。万事休す、と思いきや、友浦の反応は意外なものでした。

『でも、この際こっちもなりふり構ってられやしない。バレるのが怖くて、茶ァ濁すような作品を作るよりは、処分覚悟でやりたいことをやるのがオレの主義なんだ。沼川を連れていまからそっちに行くから、本人といろいろ相談させてくれ。もちろんA氏、お前さんにもたっぷり、話したいことがあるんだ……』

「おうさ、いいとも。ただ、長丁場になるのもなんだか悪い。場所はオレん家でも構わないかな?」

 十円玉を何個も入れながら、呑気にサンデーの残りをつつく茜とひかるを一べつしてから、A氏は腕時計をにらみつつ、友浦に持ち掛けます。

『そのほうがいいかもな。なにせ、内容が内容だから……。そんじゃ、集合は何時にしよう。今から急いでも、五時ぐらいにはなると思うけど』

「ああ、それで構わねえよ。こっちはすぐに家に戻るから、ついたらすぐ話ができるようにだけしておこう。くれぐれも、誰かにつけられないように……ほいじゃ」

 受話器を戻し、山のように戻ってきた十円玉をポケットへ押し込むと、A氏は胸ポケットへ押し込んであった伝票をマスターへ渡し、ようやっとサンデーを食べ終えた茜たちを伴って、通りがかったタクシーへと二人を押し込み、頓珍館へと急ぐのでした。

 時間きっかりに友浦と沼川が頓珍館の三階フラットへ着くと、A氏はひかるを二人へ紹介してから、彼女に声帯模写を実演してもらいました。案の定、あまりの完成度の高さに度肝を抜かれた友浦は、

「A氏、まさか若尾さんがこれほどの逸材とは思わなかったよ。規定を破ってでも『赤い憂鬱』を完成させるだけの魅力があるな。――若尾さん、ひとつ我々のために協力してくださいますか」

 と、こたつの天板を挟んだ向かいにいるひかるへ、真剣な目で懇願してみせます。

「もちろんですよぉ、ほかならぬ茜ちゃんの彼氏さんからのお頼みとあらば……」

「――A氏、お前も大概、隅に置けないねえ」

 沼川につつかれ、A氏はバツの悪そうな、それでいてどこか得意げにも見える顔で、下手な口笛を吹いてみせるのでした。

「で、ひとまず若尾さんが代役をつとめるのは決まったけど、どうやって学校の中へ入るんだい?」

「そこが実に厄介なんだよなぁ……」

 富士野のつぶやきを拾い上げ、A氏はこたつへ頬杖をついたまま、天井を見上げます。なにせ、堂々と入門許可を得て入ろうとすれば、アフレコへの参加という理由を打ち明けた時点でハネられてしまうのですから、そうなれば自然と、秘密裏に構内へ忍び込まねばならない、という具合になってきます。

「マックイーンやアッテンボローもびっくりの、『大脱走』ならぬ『大潜入』ってわけになりそうだねぇ。エーさん、なにか策はありそうかい?」

「まぁ、ないではないが……思うに富士野くん、これには相当、人数を巻き込まないといけねぇなぁ。――友浦くん、ちいとばかし人手を割く必要があるんだけど、お宅の役者連や技術陣で暇ァ持て余してる連中はいるのけ?」

 A氏の問いに、建前上はクランクアップしてるんだぜ、と沼川が割って入ったので、A氏はああ、そういやぁ……と、ダビング以外はすべて終わっていたことを思い出します。

「そんなら話は早いな。富士野くんが例えに出したような塩梅で、あの収容所の中でのトンネル堀りみたいに、大勢見張りを立ててくれりゃあいいんだ。で、あとはこんな風にな……」

 別段、誰かに聞かれるような心配があるわけでもないのに、A氏は恰好をつけてヒソヒソと、富士野や茜、友浦たちがそっと顔を近づけるようポジションで目論見の図面を広げだしました。そして、それが聞き終わると、友浦と沼川はしばらく考え込んでから、

「なるほど、そういう手があったか。ちょっと奇抜な気もするけど、その他に手はなさそうだし、やってみることにしよう」

「――A氏、やっぱり君に相談して正解だったよ。秘密録音の遂行、是非とも頼むよ」

 二人へ握手を求められ、どちらを先にしたものかとA氏は迷いましたが、左手をくるりとさかさまにして、いちどきに握手を済ませてしまうと、さっそく彼はこれから待ち構えている大難問を解くべく、知恵を巡らせだすのでした。



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