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「声の替え玉」を探せ……? その②

 ところが、やはり交渉の段になってみると、日ごろの不仲が実に大きな壁となってA氏や友浦たちの前に立ちはだかりました。十何年か前に、お互いの部活で部員の数が少なくなった時に顧問やPTAを巻き込んでの大規模な引き抜き合戦・中学校からの青田買いなどをやった歴史があるせいで、ただでさえ仲の悪い、それこそ、未だに隙あらば引き抜きなどを目論んでいる、と噂される不和のトライアングルには、さすがのA氏もなかなか立ち入ることができませんでした。

「厄介なことにクビ突っ込んじまったなァ――」

 二日ばかり交渉のために放送・演劇の両部へ顔を出して満身創痍の体になったA氏を気遣い、富士野は彼の友人であるアンツルや、A氏の許嫁である少女、中島茜を呼んで、頓珍館の三階でささやかな慰労会を催しましたが、とうのA氏は仕舞い時を逸したこたつへ足を突っ込んだまま、おぼろげな目のままで壁に背を預けて座り込んでいるきりでした。

「厄介なことにクビ突っ込んじまったなァ――」

 ようやく口を開いたA氏に、緑色のブレザーを肩に羽織ったアンツルが目をぎょろつかせながら、

「瑛の字のお節介も、ちぃとばかし節制しないといけねえらしいなぁ。今度ばかしはどうも、メンドウごとが多すぎる。――富士やん、厄介かもしれないけど、あいつの近くにいるんだから、ちょっとはショウバイをセーブさしてやってくれやしないかい」

「そ、そう言われても……」

 姐御肌で通っているアンツルにじろりとにらまれては、富士野も返す言葉が見当たりません。返答につまる彼をよそに、A氏の左隣に座っていた茜は、

「エーさまぁ、今日は一段と顔色が悪いですよ。膝枕してあげましょうか」

 と、ジャンパースカートのプリーツへ手をのせながら、実に優しい表情で、弱り切ったA氏へ微笑みかけます。

「ありがとよぉ、茜ちゃん……。気持ちだけで十分だから、ちょーっとそっとしておいてくれぇ」

 こたつの天板の上に置いたみかんを半分だけ剥き、もそもそとつまむA氏には、いつもの元気がありません。

 富士野や茜も、普段ならばどこかのラーメン屋かそば屋にでも電話をして出前を取るか、それこそ現地へ引っ張ってゆくところなのですが、ここまで狼狽している友人や許嫁を前にしてはその勇気も沸きません。しばらく、しおれたA氏をぼんやりと眺めながらクッキーをかじっていると、突然アンツルが立ち上がり、

「ええい、しゃらくせぇ。やい瑛の字、お前、自分で引き受けておいて自家中毒みてえな目に遭ってんじゃねえっ」

 と、フラットいっぱいに響く大声でA氏をどやしつけました。

「じ、自家中毒だァ……?」

 今時古い言い方ではありましたが、アンツルの声にはへたり込んでいた瑛の字こと、A氏を起き上がらせるには十分すぎるほどの勢いがあり、A氏は仔馬のようによたつきながら、どうにかその場に立ち上がりました。

「あんたのお人よしにはずいぶん慣れてるつもりだったが、なんだこのざまは。校内でダメだったからって、塩ぶち込みすぎた菜っ葉みてぇなツラぁさらしてるんじゃねえや、ほうれん草に謝れこのバカたれっ」

「このやろっ、言わせておけばっ……」

 A氏が袖をまくり、アンツルも天板の上の果物ナイフを手に取ったので、慌てて富士野と茜が間へ入り、

「ス、ストップ!」

 と、息ぴったりにとめにかかりました。すると、A氏とアンツルは肩を大きく揺らしながらケラケラと笑って、

「ちょいとクスリが効きすぎたかと思ったが、瑛の字にゃあ適量だったらしいな。――おいどうだ、ちょっとはスッキリしたか」

「スッキリもなにも、元から考えはまとまってらぁ。ただどうにも、疲れ切って動く気力がなかったんだよォ――」

 ナイフをアンツルから受け取ると、A氏は果物かごから赤々とした季節遅れの紅玉を手に取り、そこへ刃を立てて真っ二つにしてほおばると、頬についたしぶきを手の甲で拭ってから、A氏はいつもの調子で、

「どっかでメシにしようやぁ。ここでクサってたら、思いつくもんも思いつかねぇ。アンツル、今日はまぁ、歩ける範囲でゆったり行こうや。またこの前みたいにブンブン飛ばされたらかなわねぇ」

「こいつめぇ、減らず口はひっこめとけっ! ははは……」

 すっかり本調子になったA氏の頬をひっぱると、アンツルは腹を抱えて笑い、富士野や茜たちとともに、A氏のあとについて、夕暮れの傘岡の電車通りへと繰り出したのでした。


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