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「声の替え玉」を探せ……? その①

 A氏ひいきの開業医・バンユー先生の処置の甲斐なく、しばらく声を出すのは厳禁、となった上田の代わりをどうするか――。

 翌日の放課後、A氏と富士野は友浦と沼川に誘われ、完成間近でお預けをくらっている県大会参加作「赤い憂鬱」を今後どうやって作っていくべきかの秘密会議へ加わることになり、文化部の部活棟に陣取る映画部部室の、元は地下の物置小屋だった場所を改装した録音室、通称・ダビングルームと向かいました。十五坪ほどの、コンクリートがむき出しだったところを分厚いじゅうたんで囲い、劇伴の録音やセリフの追加録音などに使えるようにした、防音効果は抜群のこの空間は、外へ音の漏れる心配もない、秘密会議にはうってつけの場所でした。

「――結論から言えば、今度の件に関してはうちの顧問はなーんもしらん。本業の進路指導にテンテコまいで、ロクロクこっちをかまってる暇がないんだとさ」

 冗談で「録音中禁煙・禁食」という貼り紙のつけられたミキサー室の窓ガラスを見ながら、友浦は道すがらで買ってきた缶コーヒーをめいめいへ手渡し、タブを起こします。

「裏返せば、バレない限りは僕らの手で、どんな手法でも使える、ということになるが……それがまるっきし思いつかないんだよなぁ」

「それで僕らを呼んだわけかぁ。エーさん、どうしようか?」

 パイプ椅子へ腰を掛け、うつむき加減にコーヒーをなめていたA氏は、富士野の問いかけにそうだねぇ、と前おいてから、

「ざっと聞いた限り、映画そのものは話の進行順に撮影していく順撮りだから、シーン自体の取りこぼしはない。ただ、肝心かなめのラストシーンのセリフがものの見事に無茶苦茶で、それの録り直しは声を出してる本人が発声厳禁! という扱いだから難しい……」

 と、眉をハの字に曲げて考え込んでいましたが、やがて、ラストの映像、あったら見してくれる? と、友浦へと声を掛けました。

「ひとまず、現物を見てから考えようや。うまいこと誤魔化す手があるかもしれないし……ないかもしれないし……」

「誤魔化す、ってのが気になるけど、それなら簡単だよ。上に編集前の素材があるから、スクリーンに映してみよう」

 ミキサー室に置かれた、試写の時などに使うプロジェクターのセッティングを沼川に頼むと、友浦は素材を入れたDVDを取りに、部室のほうへと戻りました。

「じゃ、さっそくかけるよ――これがワンテイク目」

 ミキサー室のほうから友浦がインカム越しに叫ぶと、天井からぶら下がったビリヤードランプが消え、映画館のような様子になったダビングルームの汚いスクリーンに、問題のシーンが映し出されました。

 予定では数分近くある長いワンカットなのですが、残念ながらワンテイク目は遠雷の音と光にキャストが驚いて中止。そのあと二、三回は、最後のほうで上田や、ほかのキャストが不安定な河川敷の足元で転んだりして中止。そして雨が降り出してからは、大きな雨粒が目に入ってセリフが続かなくなったり、衣装の濡れがひどくなったりしたのをどうにか交換したりするという苦肉の策が続き、最終テイクは、重なる疲労や数々の失敗に対する大波のような感情にくるまれ、どこか躁状態になっている上田たちが、動きはいいものの、ほとんどろれつが回らない状態でセリフを放っているという、実にすさまじい仕上がりのものでした。

「――おおいっ、もういい、サッサと明かりをつけてくれえっ」

 最終テイクが画面から消えるなり、A氏はミキサー室のガラス戸をたたいて抗議し、友浦と沼川を驚かせました。

「おいおい、そんなに驚くことはないだろうよ――」

「悪いけどねえ友浦くん、君と違って、オレはこんなひどいNGシーン集はみたことがないんだっ。ほれ見ろ、富士野くんなんか満身創痍を通り越して死にかけてるぞっ」

 椅子の背もたれを前向きにして、かろうじてスクリーンをにらんでいた富士野などは、もうほとんど意識がありません。言葉は悪いですが、それこそ麻薬でも飲まされたような状態になっているのです。

「――エーさん、ぼく、セリフの流用はもう無理だと思うなぁ」

 どうにか力を振り絞って、富士野が振り向きながらA氏や友浦、沼川へと感想を伝えます。

「うん、間違いない。オレもそう思ってたとこ。――さあてお二人さん、いったいどうするね? 大人しく撮影し直すには時間がない。上田は発声厳禁。流用するにはセリフがひどすぎる……。こりゃ、並の方法じゃ無理だろうね」

「そ、そんなぁ」

 A氏のストレートな言葉に、友浦と沼川の顔色がどんどん青ざめていきます。毎年、当たり前のように何かしらの賞を取っている傘岡一高映画部の沽券にかかわる一大事なのですから、無理もない話でしょう。

「まァ、そう嘆くなよ。思い切ってこうしたらどうだ? ラストのワンカットだけ、誰か別のやつの回想ナレーションを挟み込んで、活弁みたいな調子でやっていくとかさ――。単館系のあんまりおもしろくない映画でよくやる方法じゃないの」

「僕の映画をそんなしょうもないのと一緒にするなよっ」

「じゃあどうするんだ、作るか作らないか、セリフがあるかないかで言ったら、後のほうがナンボかましじゃないか。そこだけ浮いて気になるっていうならいっそのこと――!」

 突然、そこまで威勢よく友浦と口論していたA氏が黙り込み、そうかぁ、と、盛大に手を打ちました。

「なんでこの方法に気付かなかったんだ。おいみんな、これならうまく乗り切れるぜ。ただ……」

「ただ、いったいなんなんだよA氏。もったいぶらずに教えてくれよ」

 詰め寄る友浦を後ろへ押しやると、A氏はオホン、と咳払いをしてからこう告げました。

「上田によく似た声質のやつを連れてきて、別のシーンにも出てた連中と一緒に、頭からセリフをアフレコしちまうんだよ。ただ、劇伴や効果のダビングまでにそんな都合のいいひとが見つかるのかが問題なんだがな……」

 と、A氏は尻すぼみになりながら自分のアイディアを披露しましたが、友浦と沼川はそれを否定するでもなく、その手があったのか、と狂喜乱舞していました。

「そうか、アフレコか! その方法があったな! ――安心しろよ、昔の名作映画と言われるやつも大抵、屋外で録音の効かないとこはアフレコだよ。それでもきちんと感情は伝わってくるんだから、うまくやれるはずさ。なあ?」

 友浦の問いに、沼川も力んで、技術面なら任せときな、と得意げに息まきます。

「そいじゃあ、こうしよう。友浦くんはほかのキャストに事情を伝えて、セリフの録音の日取りを打ち合わせる。オレはほかの部活やよそのクラスをたどるけど、いざとなれば、演劇や放送の連中にも打診をしてみよう。この際、声が似てれば部活がどこ、ってのは関係ない。日ごろの不仲は忘れて、協力してもらおうじゃないのさ」

「おうおうA氏、噂に名高いあんたの交渉術がとどろく時が来たねぇ。しっかり頼んだぜっ」

 と、友浦と沼川に背中をはたかれ、A氏はちょっと面喰いながら、よしきたっ、と、自信たっぷりに答えるのでした。


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