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曰く、「雨に唄えば……?」 ~A氏、映画撮影にまきこまれるの巻~  作者: ウチダ勝晃
大団円

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20/20

曰く、「雨に唄えば風邪ひくに決まってるだろ」

 迎えた当日、NHKのローカル放送で無事オンエアとなった「赤い憂鬱」は、一日のうちに、N県下に大変な反響を呼んだのでした。もちろんA氏や富士野、アンツルや茜も、そのオンエアの模様を頓珍館の三階で見届け、事態が無事に収集したことを改めて祝い、祝杯をあげたのでした。

「――ひええ、やっとこさ終わったぜ。これで連続五人目……みんな暇なんだなぁ」

「まあ、バンユー先生や真樹さんは、事のいきさつを見守っていた二人、だからねぇ。上田さんや友浦くんからすれば、エーさんは恩人なわけだし……」

 放送が済むなり、ひっきりなしにかかってくる真樹啓介やバンユー先生、友浦たちからの電話を相次いで受けたA氏は、脂汗でにじんだ手のひらと受話器を拭いてから、冷房の効いた居間の、テレビの前に陣取る三人の元へと戻り、瓶に入ったバャリースの残りをなめだすのでした。

「ほんとに、四月の頭からといい、このお盆前のゴタゴタといい、ご苦労様でした。ほい、もう一本」

 A氏の労をねぎらって、真新しいバャリースの王冠を抜くと、富士野はそれを親友に手渡すのでした。

「いやぁ、富士野くんにもずいぶん手間ァとらせたね。それにアンツル、茜ちゃん。君らが草のものとして動き回ってくれたおかげで、二度の悲劇は防がれたわけだ。作品の未完成と、工作の露見……。とくに若尾さんがいてくれたからこそ、『赤い憂鬱』の完成だったわけだよ、ねぇ?」

「あれぇ、どうかしたんですかぁ」

 お手洗いから戻ったひかるが、薄桃色のハンカチで手を拭きながら戻ってきたのを見ると、A氏は満足そうに、なに、君が優秀な物まねクィーンだということを話してたのさ、と、座布団を直して、座るようすすめるのでした。

「オンエア直前に来たときはびっくりしたが、まあこうして、一緒に放映を見るのが筋なのかもしれないね。まさか天地のやつとみるわけにもいかんし……」

 二本目のジュースを抜いて手渡すと、ひかるはそれを受け取って二、三口なめてから、思い出したように、そうそう、とA氏のほうへ向き直るのでした。

「――そういえば昨日あのあと、天地さんから電話があったんですよぉ」

「なにぃ」

 思いがけない名前が出てきたことに、A氏や富士野、アンツルたちは愕然となりました。昨日の紳士協定への署名で一件落着、と思い込んでいただけに、天地の存在が急に浮上してきたのに、動揺を隠しきれません。

「で、天地さんなんか言ってたのかい?」

 富士野が尋ねると、ひかるはそれがですねぇ、と、不思議そうな顔をして、天地からの伝言だという、妙なセリフをそらんじました。

「中村さんや友浦さんたちあてに、三文字ずつ区切ってこう伝えてって言われたんです。『ヤクシ ヤクシ ヤミゴ トデア ッタヨ』って……」

「へえ、三文字ずつ……?」

 A氏はしばらく、腕を組んでぼそぼそとその伝言を反芻していましたが、やがて膝を打つと、なるほどな、と、自信たっぷりな笑みを浮かべてみせました。

「――『役者役者見事であったよ』、か。なあるほど、一枚上手だったらしいな」

「どういうこったい瑛の字、役者役者って……」

 訳が分からず、アンツルと茜が首をかしげると、A氏はつまりねぇ、と前置きして、

「要は、天地はあの紳士協定の過程が猿芝居だというのを分かったうえで、そして、自分の側が不利に立たされているのも吞んで、サインをしたためたってわけさ。私はすべてお見通しだ、諸君らの芝居は見抜いている、って意味での『役者役者……』だったわけさ」

「じゃ、すっかりばれてたってわけかい」

 驚く藤野に、そりゃそうさ、とA氏は不貞腐れたような目をしてみせます。

「当たり前だろう、いくらなんでもとんとん拍子過ぎる。今時下手なシャシンだって、もうちょっと凝った筋を練るだろうさ。だが、下手なりになかなか楽しめたから、あえて乗っかって、だまされて見せた……というようなところなんだろうよ、天地としては」

 それを聞くと、アンツルや茜はくすくすと笑って、

「――だよなぁ、さすがにくせぇとは思ったんだ。監督がアレだと、特になぁ……」

「エー様、見るのは得意だけど、作るほうだといまいちなんですかねぇ」

 と、しきりに友人の仕組んだことを評してみせます。

「なんだとぉ、こいつらそろいもそろって……ハハハ、まあ、そういうことらしい。せいぜい黒澤明あたりを目指して、審美眼を養うさ」

 腐りながらも笑ってみせると、A氏はおほん、と仰々しく咳込んでから、こう言い放つのでした。

「そもそものきっかけは、熱演が過ぎて具合を崩した女優と、それを引き下がらずに追い続けた監督の、執念……というよりは行き過ぎた情熱が生んだトラブルがきっかけだったわけだ。雨ん中で演技してりゃあ、そりゃあ風邪ェ引くに決まってんじゃないの。ひとつこれに懲りて、本業じゃない学生名女優さんも、学生名監督さんにも、あまり無茶をしない映画作りというものをしてもらいたいもんだね。未来の黒澤監督たりえそうな彼らには、ね……」

 涼しい部屋の中にもつたってくる、蝉の鳴き声をうっすらとBGMに聞きつつ、A氏たちは改めて、事の終焉と、一枚上手であった天地の寛大な計らいに、ゆったりとした心持で宴を続けるのでありました。



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