あやうし県大会……? その①
「あーあー、こりゃあひどい。君たち、どうしてもっと早くに来なかったんだい。こんなに腫れちゃあ、くしゃみだけでも体に差し障るんだよ……」
そう言うと、バンユー先生は検診用の小さな懐中電灯を持ったまま、患者である少女・上田かおるの背後に控えていたA氏たちに苦々しげな表情を浮かべました。ついこの前まで、季節外れの涼しさが続いていた、四月中旬のある月曜日の夕方のことです。
「弱ったなぁ、これじゃ撮影どころじゃないぞ。――先生、なにか特効薬はないんでしょうか。上田が声を出せないとなると、こっちは県大会を棒に振らなきゃいけないんです」
付き添いでやってきたA氏の学友・友浦総一郎が眉毛をハの字にしてバンユー先生に詰め寄りますが、バンユー先生はカルテを書きながら、
「あるにはあるけど、副作用が強すぎるから未成年には処方できないなぁ」
と、すげなく返すのでした。
「そ、そんなぁ。じゃ、どうすればいいんです……」
友浦の友人、沼川健司が半泣きになりながら尋ねると、バンユー先生は薬剤師へ渡す処方箋のメモを再確認して、
「いちおう、貼り薬とうがい薬を出しておくけれど、あとはもう、大人しくしているしかないね。ざっと二週間は絶対に声を出したらいけないよ。いいですね、上田さん?」
と、のどへ三重に包帯を巻いている上田に伝え、彼女の頷くのを見てから、
「じゃ、今日の診察はここまでです。何かあったらすぐに来てくださいね。お大事にどうぞ……」
一言もしゃべれない苦痛に歪んでいる上田の顔をちょっと気にかけながら、彼女とその付き添いの面々を待合室へ送るのでした。
「――すまないねぇ瑛くん、力になれなくって」
「いやぁ、こればっかしはしょうがないですよ。いかんせん、僕もこんなことになるとは思わなくてですね……。無理にでも止めておくんでした」
すっかり意気消沈して、待合室の長椅子に座り込む上田や友浦、沼川の様を見ながら、A氏は学生服のポケットへ手を突っ込んだまま、そっと、バンユー先生へ耳打ちます。
「こんなことをいうとなんだが、間違っても療養中にしゃべったりしないよう、見張っておいてくれよ。運が悪いと、声質そのものが代わってしまう可能性もあるから……」
「おや、そりゃ一大事だ。了解です、富士野くんにも頼んで、念入りに見張らせましょう」
いつものごとく、ちょっと面倒な出来事へ首をつっこんだA氏は、困ったように眉を上下させながら、そもそものきっかけとなった、ほんの一週間ほど前の出来事を頭の中へ浮かべたのでした。