賢くはなりたくない馬鹿の、
通されたのは、先程いた部屋より明るい、窓もある少し大きめの部屋だった。やんややんやと船員たちが酒瓶片手に騒いでいる。
窓から見える景色は、微かに赤みがかかっている。もうすぐ日が沈むのだろうかと、ゼロが物思いにふけっていると。
「船長と話がしたい」
聞き覚えのある凛とした声が響く。
嫌な予感と共に声のほうを見る。
酒盛りをしている船員たちに、手持ちの金貨全てを突き出しているのは、背中にルエを庇ったハヤトだった。関わるなと言ったのはほんとに何処の誰だったかと怒りが湧いてくるが、続くハヤトの言葉に1番驚いたのはゼロだ。
「部屋を用意してほしい。勝負は……あそこにいるツレがする」
ツレ、と指差したのはもちろん自分だ。話が全く呑み込めないどころか、勝手に賭けをされているような雰囲気である。
隅で細々と食事を摂っていた乗客たちも、伺うような目つきでゼロを見ている。
「えーと、ナンデスカ?」
頬をわざとらしく掻き、ツレが自分ではないアピールしてみるが、あまり効果は見られないのはあからさまで。
「勝負って……何?」
引きつった笑みでハヤトを見返すと、知らないのかとでも言いたそうな顔が見えた。知らないに決まっていると言いたい、とても。
船員たちは愉快だと言わんばかりに笑い出し、ゼロを取り囲むと、上から下までよくよく観察しだす。まるで品定めでもされているようで、とても気分が悪い。
その時、ぐらりと船が揺らいだ。
これぐらいゼロやハヤトにはなんてことないが、先程の子供が今ので転んだのか、小さな悲鳴が隅から聞こえてきた。
そちらに視線を向け、その場にいる全員が息を呑む。ゼロが驚いたように目を見開き、しかしすぐに男たちを押し退け駆け寄ると、子供を視線から守るように抱きしめる。
「おー!白髪のガキとはいぃねぇ!しかも女か!東で高く売れるなぁこれは!」
慌てて母親がフードを被せるが、船員たちの視線はゼロの中で怯える子供に釘付けだ。
「近寄るんじゃねーよ、ゲス野郎ども」
そう言ってゼロは、自分のフードを取る。はらりと見える白に、先程のゼロと同じように子供が目を見開く。子供を母親に返すと、立ち上がり、自分より体格がいい船員たちを一瞥し、ハヤトに向かって手を上げた。
「勝負ってなんだよ、早く教えろ」
「全く、お前みたいな馬鹿の相手が1番疲れる」
しかし言葉とは真逆に、ハヤトは口の端を少し持ち上げると、フードに手をかける。流れる水の色に、船員たちがさらにボルテージを上げたところで。
「おうおう、最後の奴らは元気盛んでいいことだなぁ」
声と共に奥の扉が開く。
大剣を担いだ大男は、面白い玩具でも見つけたかのようににやりと笑う。
「オレ様が船長、スキッパーだ。にしても……」
蓄えた顎髭を触りつつ、ハヤトとゼロを見、さらにフードを被ったままのルエも視界に入れ。
「水神サマの加護持ちと、神サマから愛されなかった白い人間、それに守られるお嬢さんは一体なにサマなのかねぇ……?」
「わ、私は……」
その視線に足が竦み、ルエはそれ以上言えなくなる。
間に入るハヤトが先程の金貨を突き出すと、同じ言葉を口にする。
「部屋を用意してほしい。足りるはずだ」
金貨の枚数にスキッパーの頬がさらに緩み、手をぱんっと叩く。控えていた男たちが楽しげにざわつき始め、そして、3人は手際よく甲板へと連れて行かれた。
夜の海は冷えるというが、まだ日が完全に沈みきっていない今でも少し冷える。ハヤトはローブを完全に脱ぐと、寒そうにローブを握りしめているルエにかける。自分を見上げる瞳が、不安から安堵の色に変わる。
「さて……野郎ども、お楽しみの時間だ」
そう言って、スキッパーがゼロの足元に短剣を投げてよこす。床に刺さったそれを引き抜き、よく見ると、所々歯こぼれしており、手入れなぞされていないことがよくわかった。
「こんなもんじゃ、戦えねーじゃねーか」
不満を零すゼロとは反対に、スキッパーは愉快だというように大声で笑う。周囲の船員たちも笑い出し、意味がわからないゼロはさらに顔をしかめた。
「カモだと思ったがネギつきだとはなぁ。いいだろう、金貨に免じて教えてやろう。ここはサメがいる海域でな、船乗りの間でもあまり通ろうとはしない場所だ。そのサメを減らす為の時間が、これだ」
華麗な動作で指を鳴らすと、船員たちが雄叫びを上げ海から縄を引き揚げていく。大の大人が両手で持っても持ちきれない程の太さのその先には、これまた巨大な鮫が捕まっていた。ゼロの3倍はあるそれは、まだ生きているのか、弱々しくも動いている。
「これ……何?」
予想外の獲物に若干引き気味だが、それでも警戒は怠らずにゼロが呟く。ハヤトは怪訝そうに眉を寄せ、
「何って、鮫だろ」
「いやわかるし。お前オレのことバカにし過ぎ」
確かにハヤト程は賢くはないが、だからといって一般知識がないわけではない。ちなみに、乗船券のことを忘れている辺り馬鹿というのも間違いではない。
「んで、この鮫をどうすんだ?早食いならオレできねーぞ」
まず食べきれる量でないことは明らかだ。
しかしスキッパーは呆れたように笑い、船員の中から1人を選ぶと、同じようにして鮫をもう1匹引き揚げた。
「おめぇらにはサメを捌いてもらう。用意しな」
「は?」
持った短剣に視線を落とし、ゼロはまた視線をハヤトにやる。その表情が、ゼロには鬼に見えた。




