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始まりが始まる時。

 ※



 鮮明になっていく視界。

 自分を呼ぶのは、誰だったか。

 聞き覚えのある声と、揺れる黒が見えた気がして、ルエはぽつりと零す。

「にい……さ、ま?」

 何回か瞬きをして、自分が呼んだのは兄ではなく、白髪の彼だと認識する。白髪の彼は、信じられないと言いたげな表情(かお)をしていて、とても申し訳ない気持ちになった。

 何か言おうと、とりあえず体を起こそうとするが、上手く身体が動かない。戸惑うルエに、ゼロは優しく微笑みかけ、

「ルーちゃん、まだ寝てたほうがいい。なんか危なかったんだぜー」

「そ、う、ですか……」

 ゆっくり顔だけ動かすと、銃を磨いているハヤトが視界に入る。そのまま見ていると、視線を感じたのか、ハヤトがふと顔を上げ視線が合ってしまう。

 つい恥ずかしくなり視線を天井に戻すと、ハヤトが銃を磨く手を止め、立ち上がりルエの側に立つ。何も言えず、かかっていた毛布を引き上げ、顔を半分ほど隠してそのまましばらく待っていると。

「……変なところはないか?」

 少し冷えた手が額に触れ、ルエは思わず小さく声を上げてしまう。変な声ではなかったかと恥ずかしくなり、さらに毛布を引き上げる。

「ハヤトー、その辺にしてさ。レイナちゃんが持ってったアレ、店主に聞いたほうがいーんでない?」

「いや、その必要はない。あれは店主の息子が(イスト)に旅行した際に買ったものだと確認した。まぁ……、そういった用途に使うものだ」

 ハヤトに起こされたルエが、少し不思議そうにゼロを見るが、それに関しては気づいてないフリをする。ゼロはわざとらしく咳払いをすると、

「ま、兎にも角にも、飯にしよーぜ」

 と笑い、ハヤトに「早く」とせがんだ。深いため息をつきながらも、この盾の騎士(シルトリッター)様は作ってくれるのだから。




 ハヤトの父であり、騎士団団長ジェッタから、ハヤトとゼロが呼び出されたのは、翌日の早朝とも言える時間だった。寝ていたところ、窓に小石を3回投げつける音が聞こえ、すぐに身支度を整え始めたのだ。もちろんルエも連れて。

 半ば叩き起こされたようなルエは、それでも何も言わずに準備を済ませ、まだ日が登りきっていない町中を小走りに進んでいく。

 やがてウィンチェスター家の門が見え、見張りに立つ2人の騎士がハヤトを見て軽く会釈する。今日の見張りは、どうやら信用の置ける2人を配置したらしいと気づき、ハヤトも特に応えず足早に中へ入っていく。続いてルエ、そしてゼロが入ったのを確認すると、2人の騎士は再び門を固く閉じた。


 勝手知ったるなんとやら。ハヤトは迷うことなく歩き、執務室の前まで来ると、ノックも手短に無遠慮に扉を開けた。

「団長。ハヤト・エイピア・ウィンチェスター、ゼロ・ライビッツ。両名、揃いました」

「来たぜー」

 ゼロの相変わらずな態度に、ハヤトは一瞬顔をしかめるが、ジェッタが特に気に留めていない為、何も言わずに放っておく。ジェッタは書いていた書類から目を離すと、並んで立つ2人、そしてその後ろに控えめに立っているルエに順番に視線をやる。

「レイナから報告が来ている。今回、ルエ様にも危険が及んだと。こちらが尻尾を掴むのが遅く、悪かったと思っている」

「全くだぜ団長。まぁ、オレもあんま役に立ってなかったけど……」

 ここ最近、ゼロもなんだかんだで調査に当たっていた。騎士の指導は関わらない代わりに、ゼロはそういった仕事を任せられていたからだ。しかし、なかなか(イスト)だと確信ももてず、何も行動できずにいた。

 ジェッタは机の引き出しから小さな袋を取り出すと、それをハヤトに受け取れと促す。訝しげな顔をしながらもハヤトはそれを受け取り、中身を確認してはっとした。

「これは……」

 金貨が5枚、銀貨が10枚、銅貨も入っている。

「それだけあれば船に乗れるはずだ。今日、(イスト)に向けて民間船が出ることになっている」

 やはりそうかと頷き、ハヤトは大事そうに懐にしまった。緊張感も何もないゼロが、ふわぁと欠伸をし、

「船かぁ、小せー時以来だなー。楽しみだー」

「私も船初めてで楽しみです!」

 朝から嬉しげな2人に、ハヤトは内心不安を覚えるが、まぁなんとかなるだろうと楽観的に考える。後で後悔することになるのだが。

 ジェッタもそれは同じようで、少し顔が曇っているように見えるが、ハヤトが言わないのならと放っておくことにしたようだ。

「あぁ、それから……これを被っていきなさい」

 さらに引き出しから出してきたのは、3人分の黒いローブだ。その意図を汲み取り、ハヤトはゼロとルエにもそれを渡す。

「なんでこれを被るんですか?」

 言われた通り被りつつも、ルエが不思議そうにゼロを見上げる。

「目立つからなー、オレたち」

 それだけで理解したのか、ルエは「わかりました」と大人しくボタンを留めていく。3人の黒子は怪しくも見えるが、割とこういう姿をする人はいるので、あまり目立つことはないだろう。

 ハヤトもボタンを留めフードを被ると、ジェッタに軽く会釈だけし、2人の背中を押して出ていく。ゼロが「またなー」と手を上げるのに、ジェッタも片手を上げて返してやると、バタンと閉まった扉の向こうから声が聞こえてきた。

 きっとハヤトが何か言っているのだろう。

 それに少し頬を緩ませながら、ジェッタはまた、手元の書類に目を落とした。

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