吹き込む嵐の波に、
「久しぶりに会ったのに、ゼロちゃんってば冷たいのね」
クスクスと笑い、無遠慮に入ってくる少女。背格好に不釣り合いな艶めかしさをたたえ、見たこともない服を着ている。昔、本で見たことを思い出す。そうだ、キモノとか言ったか。
東でよく着られているそれは、しかし本にあった着方とは違っている気がした。まず、胸元はあんなに開いていただろうか。丈も膝上ではなかった気がする。
考えるゼロの前に立ち、少女は挑発するように見上げた。瞳に宿る光が、まるで獲物を狙う豹のようで少したじろいでしまう。それでもゼロは、いつも通りに口の端をあげて笑った。
「おばはん、歳考えたらどーだ?」
「んー?そんなこと言うと、助けてあげないよ?」
ふふっと意地悪そうに笑い、少女は懐から液体の入った小瓶を取り出す。ピンク色のそれは、誰が見ても明らかに飲んではいけないもののように見える。
「なんでアンタが知ってる」
警戒心を保ったまま、ゼロは少女を睨みつける。射抜くような視線に、普通ならば引いてしまいそうだが、逆に少女は楽しげにくるくる回り、
「聞いたのよ。悦ばせてくれる、欲に塗れた神機があるって。欲しくて来ちゃった」
少女は小瓶を揺らしながら「早く早く」とゼロの背中を押していく。何を言っても無駄であり、むしろルエが助かるならと、ゼロはされるがままにまた台所へと戻っていった。
小瓶の怪しげな液体をルエに飲ませると、嘘のように顔色はよくなった。ゼロはルエをソファに寝かせ、我が物顔で椅子に座る少女を盗み見る。
紙袋を机に広げ、中身をばさばさと出して何やら探している。どうやら根の部分は残っていたようで、少女はうっとりするような表情を浮かべた後、それを空になった小瓶へと詰め込んだ。正直、持っていってくれるならなんでもいい。
寝ているルエの足側に座り、今度こそゼロは一息つく。一体あれはなんだというのか。あれが神機というなら尚のこと質が悪い。
「なぁ、おばはん」
「レイナちゃん」
間髪入れずに訂正された。
ゼロは心底嫌そうに顔を歪め、渋々と話を続ける。
「レイナちゃん。東にでも旅行に行ってた?」
「ん、格好いい人いないかなーって。ゼロちゃんでも全然いいのよ?相手してあげよっか」
「勘弁。ばばあは嫌だわ」
舌を出し嫌味を言ってやるが、レイナと呼ばれた少女はあまり気に留めておらず、詰め込んだばかりの根をまじまじと見つめる。ゼロにそれをかざしつつ、レイナは真面目な表情を浮かべ、
「東で造られているこれ。神機と違うのは、有機物に神力を宿して行使している。最近、やたらに神機の暴走が多かったでしょ?これの前段階っぽいのよ……」
「おばは……レイナちゃんが中央に戻ってるってことは、団長にそれを知らせに来たんだろ?早く行けよ」
「んー、そうしたいんだけどねー」
小瓶を懐に丁寧にしまい、レイナはへへへと笑うと机に突っ伏してうとうとしだす。
「おい」
「ハーくん帰ってくるまで待ってるー。おや、す、み……」
すぐに寝息が聞こえだす。ゼロは叫び出したいのを抑え込み、仕方なしに寝室から毛布を2枚ほど取ってくるかと立ち上がった。
※
ハヤトが帰ったのは、お昼を少し過ぎた頃。疲れを感じさせる表情を見て、ハヤトも何かあったのだとゼロは悟る。しかしそれでも言わなければならない。レイナが来てしまったことを。
なるべく平常を装い、声をかける。
「あ、あのさ、ハヤト……」
「疲れた、とりあえず座りたい」
ゼロの気遣いも虚しく、ハヤトは足早にリビングに向かい、扉を一息で開け放った。
「あ!ハーくん、おかえ」
バタン。
最後まで聞かず、ハヤトは問答無用で扉を閉めた。後ろに気まずげに立ち尽くすゼロを見て、言いかけたのはこれだったかと、今になって後悔する。話を聞かずして開けたのは自分なのだし、責められるはずもなく、ハヤトは観念したかのように再び扉を開けた。
「……なぜ貴女がここに」
「ハーくんに会いに?」
レイナは意地の悪い笑みを浮かべたまま、ハヤトの前まで来ると、手を伸ばし頬をむにむにと触る。されるがままのハヤトに満足したのか、レイナは「偉いぞー」とにやりと笑い、胸元から例の小瓶を取り出した。
「それは?」
「欲望の塊ってとこ、かな?東よ」
一瞬、ハヤトの眉がぴくりと動く。
「ね、行ってみない?ただの植物をこうするなんて、ちょっと見逃せないと思うの」
見上げる瞳からは、拒否はさせないという意思が強く感じられた。ハヤトはレイナを押し退け、それこそ不快が滲み出る言い方で言葉を返す。
「最初からそれが言いたくて来たんですよね。だから俺は貴女が苦手だ」
「私は好きだけど?あ、ショウちゃんとケルちゃんにも会ってこーっと」
嬉しげに荷物をまとめ始める姿を見て、嵐のような人だと改めて思う。この性格は、しっかりと弟たちに受け継がれたのだから、本当に遺伝とは怖いものだ。
「あぁ、レイナさん。ケルンに会うなら、修道院に行ってください。前の怪我……いや、目が」
「目、無くなっちゃったんでしょ?見えなくても、私のことわかるかなー」
「大丈夫だと思いますよ」
貴女は特徴があるから、という言葉は呑み込み、ハヤトはカップに水を注いで飲み干した。潤っていく喉と、鮮明になっていく頭で、東への行き方を考えだす。
まとめ終わったレイナが「またねー」とにこやかに出ていくのを見て、ハヤトとゼロはやっと、落ち着いて椅子に座れたのだった。




