最終話 そして僕は考え、答えを持ち出した。
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港には、ルドベキアと彼の剣と盾の騎士、あの姉弟、それからアリアの姿があった。人混みの中でも目立つその集団は、立ち入り禁止となっている柵が施されたその先にいた。
自分たちが東に来る時に乗った船とは比べ物にならないほど大きな、それでいて立派なその船は、見ただけでそれが王族船だということがわかる。
ルドベキアは「よう」と軽く挨拶を済ませると、先に騎士2人と姉弟を船に乗せ、ハヤトたちににやりと笑いかけた。
「これに乗るんですか……?」
「いや、俺様の船は南行きだ。神柱を元に戻さなきゃならん。それぞれの村も、先代神官は全て降り、次代を急遽決めるとかで騒がしいしな。あの2人はもう決まっちまった、可哀想だがな」
そう王族船を振り返り、ルドベキアはわざとらしく肩をすくめてみせる。
「可哀想だってんなら、早くなんとかしてやれよ。王サマなんだろ?」
嫌味ったらしくゼロが舌を出してみせるが、ルドベキアは豪快に笑っただけで何も返そうとはしない。代わりに懐からひとつ封筒を取り出すと、それをルエに差し出した。
「中央のお姫様、いや、サガレリエット家第一王女、ルエディア様。我らは長らく、西との交流を断ってきた。しかし神柱の件、北の封印の件、それらは大地一丸とならなければ解決は出来ぬだろう。我ら東と西との架け橋になってはくれまいか?」
ルエはその封筒と、ルドベキアの顔を交互に見る。封筒には、満月をバックに何かの花が描かれた装飾が施してある。それがピオニー家の紋であることは、さすがのルエでも理解ができた。
「……はい、確かに受け取りました」
その封筒をしっかりと、両手で包むように確かに持つと、ルエはルドベキアに笑みを見せる。それにルドベキアもまた笑みを返すと、王族船とは反対の港に入ってきた船に視線をやり「お」と腕を組み眺める。
「迎えが来たみたいだな」
その船は東の王族船と遜色ないほどに立派で、それが同じ王族船ということがすぐにわかる。しかし東でないならばどこの船なのか、ルエが不思議そうに船を見つめていると。
「あーん、やっとついたー!」
明るい声と共に降りてきた人物を見て、ハヤトとゼロは同時に顔をしかめる。ルドベキアは「懐かしい顔だな」とまじまじと眺め、ルエは嬉しげに顔を綻ばせる。
「あー!ルドちゃん、久しぶりー!」
「よう、幼子殿。相変わらず成長していないようで何よりだ」
「ルドちゃんもあんま変わってないねー!」
その人物、レイナはルドベキアに駆け寄り抱きついてみせる。ぱっと見は大人と子供だが、中身はそうでないことを、ここにいる全員が知っている。ルドベキアは慣れた手つきでレイナを持ち上げると、さらに降りてきた人物に向かってにやりと笑った。
「ルドベキア殿下……いや、陛下。此度は」
「あー、気にすんな。それより、俺様が即位することを予想した上で、海上で待ってたらしいな?御苦労なこって」
ルドベキアの視線の先、船から降りたジェッタは疲れたような顔をしつつも、それでもルエの元へと歩き、そして跪いた。
「ルエディア様、迎えが遅くなり申し訳ありませんでした」
「い、いえ……。あの、この船は……?」
ジェッタは跪いたままで顔だけ上げ、そして自分たちが降りてきた船を見上げる。
「貴方様の、サガレリエット家の王族船です。民間へ卸していたのを、ウィンチェスターのほうで先日やっと買取が決まったのです。勝手ながらこうして使わせて頂いたこと、この場を借りて謝罪を」
「もー、ジェッタ様固いー!」
ルドベキアの腕から飛び降りたレイナは、ルエの手を取りくるくると回りだす。つられてルエも回り、足元がふらつき出したところでやっと止まった。
ふらつくルエを支えてやりつつ、ゼロも船を見上げ、そういえばこんな船だったかと記憶を辿っていく。幼き日に乗ったきりのあの船は、昔と変わらずその存在感を放っている。
「じゃ、皆早く帰りましょー!」
レイナが手を上げ元気よく言うが、ジェッタの視線の先にいる青の彼女の姿に気づき、なんとも言えぬ表情でその手を下ろす。それを知ってか知らずか、ジェッタはアリアから少し離れた位置まで歩き立ち止まると、苦笑しその姿に目を細めた。
「君は変わっていないようで何よりだ」
「貴方はだいぶ変わったかしら?」
くすりと笑ったアリアの目が同じように細められ、次の瞬間、ジェッタは腰に差した剣をアリアに向かって薙ぎ払った。それは息を飲む間もなく、アリアの身体の中心に向かうが、それをアリアは凍らせると、ふわりふわりとジェッタの周りを歩きだす。
「やっぱり変わってなかった、貴方は弱いまま」
「全く……」
パキン、と氷が割れるとジェッタは剣を腰に戻す。その表情は、本気でアリアに刃を向けたわけではないことがわかる。
ジェッタは俯いているレイナの隣に並び「レイナ」と顔を上げさせる。泣きそうな、それでも堪える姿に、アリアは困ったように眉を潜めた。
「ジェッタ、様……。あの、あの」
「紹介が遅れてすまない。妻のレイナだ」
「え?ジェッタ様?」
何を言っているのかわからず、レイナは口を開けたままジェッタを見上げる。とんだアホ面だろうが、今はそれどころではない。何故なら、彼が好きなのは彼女のはずなのに。
「ジェッタ様は、あの、アリア様のことを今でも、好いておられるんじゃ……」
「お前は何を言っているんだ」
それを黙って聞いていたアリアは、我慢出来ないというように吹き出し、ジェッタに向かって小さく手を振り、東の王族船へと駆け込んでいく。その背はあの日と違い、寂しさも後悔も感じられない。
「……レイナ、覚えているか?私が、ハヤトを連れ帰り、それからずっと勉強させていたのを」
レイナだけでなく、ハヤトも顔をしかめる。あの日々は辛く、なるべくなら思い出したくないことだ。
「私はハヤトを神柱にさせたくはなかった……、それはアリアも同じだった。神柱として、神官としてではなく、ウィンチェスターの人間として育てると誓った。そんな時、私はハヤトに、母親は何をしていたんだと言ったことがあったな」
それはよく覚えている。あれからジェッタのことは父親として見なくなったし、人前では特に父親と呼ばないように気を使ってきた。それでもレイやルエの前では隠せず、父親として話してきたのだが。
「ハヤトを床に押し付けているのを見た君は、私からハヤトを奪うようにして抱き締め、こう言ったな。母親は私だ、私の責任だ、と」
「あ、あれ?そう、だった、かな?」
本当に忘れたのか、レイナは視線を宙に彷徨わせ、それから気まずそうにハヤトをちらりと見る。ハヤトも初耳だと言わんばかりの表情でレイナを見ている。
「あの時の君の目はよく覚えているよ。だから私は、君にならこの子を任せても大丈夫だと思えたし、君しかいないと思ったんだ」
「じゃ、じゃあ、ゲームは?私を好きになったら家族になるってやつ……」
ジェッタははて、と顎に手をやり考えると、少しの後、ふ……と笑みを浮かべた。
「もう家族じゃないのか?君は。あぁでもそうだな、もう少し人目は気にしたほうがいい」
それだけ言い、乗るぞと言いたげな背中が向けられ、ジェッタは振り返ることもせず船へと乗り込んでいく。それを慌てて追いかけ、レイナも乗る寸前でハヤトたちに振り返り、早く早くと手を振っている。
「早く乗るといい。俺様たちは暇ではないのだからな」
そう言い、ルドベキアも自分の船に乗ろうとし、何かを思い出したように立ち止まる。
「従妹殿、よければ次からは砕けた呼び方で構わないぞ。大事な従妹殿だからな」
ひらひらと手を振り乗り込んでいく背中を見つめ、ルエは一瞬目を大きく見開き、そして嬉しげにふわりと笑った。
「はい、ルド兄様!」
「は!?ルーちゃん、あいつなんかおっさんで十分だって。ルドのおっさんでいいって!」
「陛下をおっさん呼ばわりするな……。早く乗るぞ」
騒ぎ続ける声が船へと消え、しばしの後、それぞれの王族船は動き出す。片方は神柱を返す為に南へ、そしてもう片方はいつもの日常へ戻る為の中央へ。
遠くなっていく東の影は次第に小さくなり、そして見慣れた中央が見えてくるのは、また別の話。
※
「あーあ、感情を抑えないといけないなんて、中央も東も大変だね。でもとっても興味深いなぁ」
まだ幼い少年は、手元の書類の束をぱたぱたと扇ぎながらにやりと笑みを深くする。容姿に似合わないその笑みは、見る者の背筋をぞっとさせるようで薄気味悪く。
目の前の机に足を乗せると、少年はうっとりした表情と共に書類の束を宙に投げ出した。舞っていく白の中、少年の黒髪はやけに映え。
「早く、早く調べたいなぁ。ねぇ、ルエディア?」
誰もいない部屋に、少年の薄気味悪い笑い声が響いていった。
~僕を忘れた君へと紡ぐ。東編。完~
ここまでお読み下さり、ありがとうございました。
とかげになりたい僕です。
更新の度にお読み頂いた方、連載途中から読み始めた方、そして完結後に読んで下さった方。皆様、本当にありがとうございました。
皆様のおかげで、なんとか東編、完結まで書き終えることが出来ました。この場を借りてのお礼で恐縮ではありますが、本当にありがとうございました。
それとなく最後に出てきたのでわかるとは思いますが、次からは西へ行きたいと思っております。書きたいことはいっぱいありますので、間々に外伝的な何かも書けたらいいなぁと思いつつ、まぁ無理はあかんなと諦めつつ(でも頑張りたい)、やっていこうと思います。
長々とここまでありがとうございました。また違う作品や、続編でも見かけましたら、この人頑張ってんなと笑ってやって下さい。
それでは次回、またお会いしましょう。
ありがとうございました!




