君を見つけて、また別れて。
アリアはさして興味がなさそうに、むしろスキッパーなぞそこにいないかのように、軒先で茶と団子を嗜んでいた。その姿は、まるで水面のように静かで、それでいて澄んでいるかのように美しく。
ゼロ自身、アリアがハヤトの母親だと知らなければ、確かに声はかけていたかもしれない。それでも、我が妹のほうが可愛いのだが。
「おっさん、生きてたんだな」
片手を上げ軽く挨拶する。するとスキッパーは小さく舌打ちし、それから人混みに紛れている黒髪を見つけ、さらに顔をしかめていく。
「おめぇらもな」
「オレらのこと、責めないのか?」
スキッパーは呆れたように頭を搔き、しかし特に困ったふうでもなく、
「責めてどうにかなってんなら掴みかかってらぁ。それに、王族サマにケンカ売ろって気にはならねぇしなぁ」
スキッパーはそれだけ言い、再びアリアに目をやると、今度は屈んで目線を合わせ、にやりと下衆な笑みを浮かべる。
「無視はよくねぇな、ねーちゃん。何か言いな」
本当に視界に入っていないようで、アリアは食べ終わると、店員に代金を支払い、ゼロの元へ歩いていく。そしてにこやかに笑ってみせ、優しくその手を取る。
「早く行こうか」
「え?」
状況が呑み込めていないゼロを、早くと言わんばかりに引っ張り、アリアは華麗に人混みの合間を縫っていく。その姿はあっという間に茶屋の前から消えてなくなり、残されたスキッパーは大きく地団駄を踏んだ。
気づけば都の外れまで来ており、そこでアリアはゼロの手を放した。少し息切れしているゼロと違い、アリアは息ひとつ乱していない。体力の違いというより、アリアという存在そのものが人とは違うのだろう。
「えーと、アリア、さん?」
「好きなように呼んでいいよ?」
「じゃ、アリアちゃん」
「ん」
目を細めて笑う姿は、ハヤトと親子とは全く思えないほど可愛らしく、一見すると、ただの人にしか見えない。ゼロは息を整え、額の汗を拭う。
「ルーちゃんとハヤト、置いてきちまったんだけど」
「んー」
ひらりひらりとアリアはゼロの周りを歩き、
「隠れんぼも、鬼ごっこも、2人なら得意よ、きっと」
「今はオレらを見つけてもらわないと困るって」
「じゃ、ゼロくんが鬼になる?」
ふふっと無邪気に笑ってみせ、それからアリアは「大丈夫」とゼロの後ろを指差した。それを追うと、うんざり顔のハヤトと、少し慌てた様子のルエが見える。
「みーつけた」
「いや、むしろオレらが見つけられたほうだし」
「そう?」
この掴みどころのない会話は、元からこうなのか。それとも、神柱になるとこうなるのか。ゼロには判断がつかず、とりあえず2人が近くに来るのを待つことに。
「アリアさん!」
ルエはすぐにアリアに抱きつき、その身体に変わりがないか確かめる。どこも怪我していないことがわかるとようやく離れ、安心したのかぽろぽろと泣き出した。
「アリアさん、本当によかったです。あれから会えないままお別れかと思って……」
泣き止まないルエの頭を優しく撫で、アリアは何かを思い出すかのように目を閉じる。
「あのお茶屋さん、ルエちゃんとの思い出があるから、帰る前に行きたいって思ってたの。私も会えて嬉しい。ルエちゃん、強くなったね」
ルエは泣きながらも首を横に振り、それでも決意だけはしっかりと持ったままアリアを見つめた。それに笑顔を返したアリアは、少し後ろに控えていたハヤトに視線をやる。
「……」
なんとも言えない表情をしているハヤトは、アリアの知る、自分の後をついてきた頃の彼とは大分変わっていて。
「……あの人に似てて、ちょっと笑っちゃう」
「それは、まぁ、父親なわけだから、な……」
「ん、そうだね」
アリアは薄く微笑み、耳からあのイヤリングを外すと、ハヤトに近づき、その手に優しくそれを握らせた。
「これ、あげる」
ふわりと笑うアリアとは反対に、ハヤトは困惑した表情でそれを見つめ、それから首を横に振ると、その手をアリアに突き出した。代わりにアリアが首を傾げ、ハヤトを疑問のこもった瞳で見つめ返す。
「これは、貴方が持っているほうがいい」
「その私が言ってるの。だから、ね?」
そう懇願するように見上げられては、ハヤトとしても無下にすることはできず。黙ってその手を降ろすしかなかった。
「ありがとう、ハヤト。私、祈っているわ。貴方が……自分の道を造っていくこと」
最後に笑ったその顔は、やけに悲しく、それはハヤトの記憶のその笑顔と被って。頷くことも出来ぬまま立ち尽くしていると、アリアは背伸びをし、ハヤトの頭を優しく撫でた。
「じゃあね」
そう言うアリアが背を向ける。いつの間にか曇り始めた空から、静かに雨が降り出すまで、ただ3人は黙ってそれを見送っていた。
※
昨日の雨が嘘のように、次の日は晴れ渡っており、木々から滴る雫が名残りを残しているだけだ。庭園のそれらは朝日を反射して輝いており、その光景が美しく、ルエが足を止めていると。
眠そうな目を擦りつつ、それでも欠伸は噛み殺しているハヤトが歩いてくるのが見えた。それについ笑みが零れ、ハヤトがそれに顔をしかめるのがわかる。
「おはようございます」
「……あぁ」
そっけない返事のハヤトに、ルエが手を腰にやり眉を寄せつつ詰め寄る。
「おはよう、ございます!」
「あ、あぁ、おはよう」
「はい!」
ふわりと笑うルエを呆れたように見つめつつ、ハヤトはその笑顔がこれからも、出来れば自分に向けてくれればいいと願ってしまう。そこまで考え、らしくないと苦笑し頭を振ったところで。
「……少しいいか?」
「え?……っ」
ハヤトがルエの左耳に優しく触れる。その感覚にルエはびくりと身体を震わせ、それからすぐに耳の違和感に気づき、そっと手を伸ばし触れてみる。
「これ……」
「片方はお前につけていてほしい」
「いい、んですか?」
それに答えず、ハヤトは代わりに自分の右耳にもう片方のそれを付けようとしたところで、ルエがそのイヤリングに手を伸ばす。
なんだと言わんばかりにルエを見返すと、ルエはそれを手に取り、背伸びをしてハヤトの右耳に優しく触れる。少し屈んでやり付けやすくしてやると、ルエの口から「ありがとうございます」と言葉が漏れた。
「ハヤトくん。これからも貴方はついてきてくれますか?」
「貴方様が決めたなら。なぁ、剣の騎士」
そう言うと2人の横の引き戸が開けられ、当たり前だと言わんばかりに仁王立ちしているゼロの姿が。それにルエは小さく吹き出し、しかしすぐにゼロに優しい視線を送ると、
「ゼロ、貴方もお願いできますか?」
「もちろん。それがオレらの決めたことだしな、盾の騎士」
明るく笑うゼロとは反対に、少しうんざりしながらもハヤトもそれに応える。2人のやり取りにまた笑みが零れていく。
早く港へ行こうと歩き出すゼロの後に続きながら、ルエは着慣れたフレアスカートの裾を弱く握りしめる。これからは、決めなければいけない時が増えていくことへの不安を隠すように。




