南へ、また。
スノウは仕事に戻ると言い、ハヤトは割り当てられている自室へ4人を通す。自室と言っても、隅に小さな机があるだけの簡素な部屋だが。ちなみに、ゼロの部屋は人を招き入れられる状態ではなかったので、最初から選択肢に入っていない。
思い思いの場所に各々座り、最後にハヤトが出入り口付近に座りカストに視線をやる。
「さて、陛下の遣いとやらが何の用だ?」
「遣いっていうほど、大したことじゃないんだけど。航路が使えるようになったでしょ?明日、お迎えが来るらしいから準備しとけって」
相変わらず毛先を持て遊びつつ、カストが退屈そうに答える。航路が使えるなら彼女らも帰れるはずだが、そうしないのか、できないのか。そもそもとして、神柱の件も気になるところだ。
「僕らも明日、陛下の出す王族船で帰るんです。神柱の件は前陛下の失態ですが、だからといって、陛下は無関係を貫くつもりはないみたいでして……」
「じゃ、カストさんとポルくんとも、お別れなんですね……」
「ルエさん……」
悲しげに笑うルエを見て、ポルックスが何かを言いかけてカストに視線をやる。カストは面倒くさいとばかりにため息をつき「話せば?」とだけ口にする。
ポルックスは頷き、懐から一粒の種を取り出した。それをルエの手に握らせる。
「これは……?」
「司祭様です……。いえ、花に変えられてしまった司祭様が、枯れる寸前に作り出した種です。司祭様は北の封印が解かれることを危惧し、前陛下に進言していたそうです。ですが」
そこで言葉を詰まらせたポルックスを見、ルエは手の中の種を優しく包み込み微笑む。それに安心したのか、ポルックスもまた微笑むと、順に3人の顔を見る。
「皆さんのお陰で、神柱を壊さずに済みました。そして神柱を暗い闇から助け出してくれたこと、次期風神、ヴァン・ポルックスが、ここに風の村の代表としてお礼申し上げます」
「同じく、次期地神、テール・カスト」
そう言い、2人は深く頭を下げる。慌てたルエが頭を上げてほしいと頼むと、ポルックスは顔を上げ、可笑しいとばかりに吹き出した。
「ルエさんは、本当にもう……。こんなんじゃ、王族らしくなれないよ?」
隣で呆れたようにルエを見るカストも、しかし優しい目をしている。さて、と立ち上がるカストに続き、ポルックスも立ち上がると、
「ルエさん」
「はい……?」
「きっと貴方は、僕たち神官の力を必要とする時が来る。またその時に会おうね」
引き戸を開けたハヤトとすれ違いざま、ポルックスがぽつりと呟いたその言葉は、ハヤト以外には聞こえておらず。
――水神、貴方もまた、南に帰る時が訪れるでしょう――
2人を見送った後、ゼロが「なぁ」とハヤトに視線を向ける。それを黙って受け止めると、ゼロは頭をくしゃりと掻きつつ息を吐いた。
「北の封印って、なんだ……?」
「……昔、それこそ絵本の話になるが、神が世界に1本の木を植えた。その木は生命の源と言われ、葉から滴る水を飲むと強い力を授かると言われている」
「その場所が北か?」
静かに頷き、ハヤトはルエに視線を向ける。
「そしてその力を欲したヒトを、大地ごと封印したのが初代の神女だと聞いている」
「なんで一緒に封印したんだよ」
「さてな。伝承によれば、そのヒトは誰よりも強く、北から離れようとしなかった為に一緒に封印したとあるが……」
真実は誰にもわからない。それこそおとぎ話だ。
ゼロはひとつ伸びをし、それから2人に笑いかける。
「明日出発ならさ、今日の内に都見てこようぜ!ルーちゃん、気になるお店とかあっただろ?」
「俺は明日の為に荷物をまと」
「ハヤトも行くってさ!ルーちゃん、準備出来たら玄関集合なー!」
言葉を遮られ、半ば強制的に行くことになり、ハヤトとしてはもちろん面白くはない。それはルエも気づいているようで「あの……」と遠慮がちに声をかけてきた。ハヤトは頭を押さえ、それでもため息はなるべく抑えつつ、
「……玄関集合で」
と渋々、気乗りしない様子でルエに告げる。
「ありがとうございます、すぐに向かいますね」
自室へ消えていく背中を見送りつつ、まぁまとめるほどの荷物など、ないに等しいのだがと自嘲した。
都は、あの日と変わらない活気を、いやそれ以上の賑わいを見せていた。走り回る子供たち、井戸端会議している女性、仕事の休憩をしている男性。その全員の表情は明るく、それだけでルドベキアの統治がいいことがわかる。
連なる出店のひとつ、簪を扱う店の前でルエが立ち止まり、その中から黄色の花の簪を手に取った。造花ではあるが、目を引くほど鮮やかな黄色だ。
「それを手に取るとはさすがルエディア様。それは大反魂草だよ」
「おおはん……?」
不思議そうに眉を潜めたルエ。ハヤトはその簪を見つめ、あぁと納得したように隣の同じものを手に取る。
「ルドベキア、陛下と同じ名前の花だ。正義、公平、あなたを見つめるといった意味を持っている」
「わぁ……、ルドベキア様らしい」
ふわりと笑い、ルエは店主に簪を差し出す。会計を済ませ、次はどこへ行こうかと3人が賑やかな通りを歩いていると。
何やら、茶屋が連なる通りが騒がしいことに気づく。あまり首を突っ込むなと説教をするハヤトを無視し、ゼロが何事かと声のするほうへ向かうと。
「だからねーちゃん、遊ぼうって言ってんだろうがよ!」
聞き覚えのある野太い声と、遠目でもわかる大剣が見えた。それはどうやら、茶屋の軒先に座っている人物に向かって罵声を飛ばしているようだ。
人混みをかき分け、1番先頭に出たゼロは、そこにいる見覚えのある顔を見て、心底嫌そうに顔をしかめた。
「おい……、スキッパーのおっさん」
「あん?」
ゼロの呼び声に男が振り返る。それはあの異民船の船長スキッパーであり、そしてスキッパーが遊ぼうと声をかけているのは、なぜか未だここにいるアリアだった。




