全てを終わらせる、その詞は。
最早関節のないそれは、ハヤトがどこへ動こうと自由にその形を変え、そして執拗に追いかけてくる。人とは思えぬほどに伸び切った腕は、ハヤトを巻き取るように周囲を取り囲み、的確に逃げ場を失くしていく。
「……っ」
上へ飛びそれをかわすが、足に絡みつかれ、床へと引き戻された。全身を襲う痛みと、折れた腕がさらに変な方向へ曲がり、ハヤトは顔をしかめた。
詞を視ようとするものの、この状態ではそれも出来ないことはよくわかっている。足から離れた腕が、その手を大きく開きハヤトを潰そうと振りかぶり。
「やめてください!」
ルエがその腕にしがみつくようにぶら下がった。
「ルエ!何してる、早く逃げろ!」
「嫌です!」
煩いと言わんばかりにルエを振りほどき、その腕はルエに狙いを定める。先程の広げた手は拳を作り、それをルエに向かって振り下ろす。それを横に飛んでかわし、ルエはその拳を押さえるようにかぶさる。
「ハヤトくんやゼロみたいに力なんてない……。でも私には、私の出来ることをやりたいんです。だから……!」
忌々しいとばかりに拳はルエを弾き、床に転がるルエを掴み握り潰そうと力を込めていく。骨の軋む嫌な音が響く。それでもルエは気丈に、いつものようにふわりと笑った。だからハヤトは、顔を歪めながらも、その言葉を紡いでいく。
「……っ、火の詞、5の章」
ハヤトの足元から炎が吹き上がる。
「炎炎成りて太古の証、祖は在りし日の陽炎」
右手を宙に向ける。
「満ち逝く久遠にて炎煙へと換われ」
紡ぎ終えると、男の足元と頭の上に赤い円が現れ、そこから炎が吹き出、男の身体をみるみる内に焼いていく。
苦しげに雄叫びを上げるそれは、そのしなやかな腕を振り回し、その反動でルエの身体が腕から離れていく。ハヤトはその隙を逃すまいと、さらに自分の周囲の詞を紡ぐ。
「風の詞、5の章。八重より来る潮風の、順風満ちし朱の苗床。刻むは汝か我か祖か。故、何処に道往かん」
吹き出る炎に呼応するかのように風が舞い、それは炎と混ざり合い渦になっていく。刻まれていく腕や身体の破片はさらに焼かれ灰になり、その炎が消えた後には、真っ黒に焦げた床と、傷だらけで倒れているスノウ、項垂れたドロップ、それから立ち尽くすゼロとルドベキアの姿があった。
慣れない詞を視るのは本当に疲れる。
ハヤトは壁にもたれかかり、深くため息を吐いた。
折れた腕も痛むし、というか右手は火の影響でまたもや火傷をしてしまったし。ちなみに言うなら、風の影響で全身に切り傷を負ってしまった。
当たり前だが、とても痛い。
しかし、同じように怪我を負ったルエが気丈に振る舞っているのだ。自分だけが、痛いですなんて言えるはずもない。
「はぁ……」
「さっきからため息ばっかりですね」
なだれ込むように入ってきたルドベキアの私兵たちを眺めながら、ルエがジト目をハヤトに向ける。ちなみにルエの右腕も、またもや折れてしまった。アリアのかけてくれた付け焼き刃では、まぁそれも致し方なしではある。
「そんなについていたか?」
「私が気になるくらいには。幸せ逃げちゃいますよ?」
「俺から逃げる気があると」
ルエは一瞬きょとんとし、それから耳まで赤くなっていく。
「も、もう!私、ゼロの様子見てきます!」
慌てた様子で立ち上がるも、腕をぶつけたのか、小さく「いたっ」と呟く声が聞こえる。衛生兵が来るまで待てばいいものをと思ったが、ハヤトは半分は自分のせいということに気づいていない。
離れた位置に座っているゼロと、その隣に並んだルエを微笑ましく見つめていると、私兵にあらかた指示を出し終えたルドベキアが隣に座り込んできた。
「オヒメサマを取られた気分はどうだ?」
にやにやとハヤトに笑いかける姿は、これから国王になる者とは全く思えない。
「……あいつに、そんなつもりはないでしょう」
「なんだ、つまんねぇな」
「それより、新国王陛下」
「わーってるよ」
ルドベキアはひらひらと手を振り、同じように2人を優しく見つめる。
「我が東大地は、中央大地と国交、及び親交を再び結ぶことを約束しよう。城も返還してやるよ」
「書状をお願いしますよ、陛下……」
「へいへい。ま、とりあえずはしばらく安静にすることだな。ここには神使はいないもんでね」
さて、と立ち上がったルドベキアの大きな手が、無遠慮にハヤトの頭に置かれ、無造作に撫でられる。それを煩わしいとばかりに顔をしかめるが、だからといって振り払おうとはせず。
それに満足げに笑みを深くし、ルドベキアは下へと降りていった。残ったハヤトの元に衛生兵が駆け寄り、腕やら身体やらを手当てされながら、中央へ帰れるのはいつになるのだろうかと、そればかりを考えていた。
※
10日ほどが経ち。
新国王の元、東大地は正式に中央大地との国交を回復し、ルエの一件以来、往来の無かった航路もまた機能し始め。町も活気を取り戻し、リンドーの治めていた領地もまた、これから変わっていくのだろう。
そんな中、折れたままの左腕を固定した状態で、ハヤトは毎日をルドベキアの屋敷で過ごしていた。最初こそ、神機の修理だの神力の回復だのと考えていたが、考えても何も解決するわけでもないので、3日目で考えるのをやめた。
庭園へ出ると、スノウとゼロが手合わせをしていた。
ゼロは余り傷が深くはなかった為かすぐに回復し、それからというもの、神機に頼らずとも戦えるようにと毎日のように手合わせをしている。
スノウにはスノウの仕事があるだろうに、と気を使ったこともあるのだが、スノウはスノウで、リハビリに丁度いいと言い、それからというものこれである。
ハヤトはそれを遠巻きに眺めつつ、今日の自分は何をしていようかと空を眺めていると。
「ハヤトくん!」
廊下の端から手を振りつつ走ってくるルエを見、ハヤトも軽く手を上げ返してやる。ハヤトの隣に並んだルエは、手合わせをしているゼロを同じように眺め始めた。
ゼロが放った蹴りを足ごと掴み、スノウはそのまま背負い投げするかのように軽々とゼロを地面に叩きつける。舞う砂利が視界を悪くし、ハヤトたちからは2人の姿が見えなくなる。
「大丈夫、でしょうか……」
「主人を残して、死ぬ番犬がどこにいる」
「え?番犬?」
ハヤトは痛む右腕を動かし、ルエの身体を引き寄せた。戸惑うルエを他所に、その小さな唇に触れようとして。
「ルー、ちゃああん!」
砂利の中から呻き声が聞こえ、ゼロは上に乗っているスノウを力任せにどかすと、先程とは比べ物にならない速さで2人の間に入る。
「ほらな」
「なーにが、ほらな、だ!オレの目が!黒いうちは!許さねーぞ!」
威嚇でもしているかのようなそれは、最早番犬ではなく狼ではなかろうか。主人に激甘の。
「あのですね、ルドベキア様の遣いの方がいらっしゃいまして」
ぽんと手を叩き、ルエが振り返り手を大きく振る。遣いだと言われやって来たのは、にこやかなポルックスと、うんざり顔のカストだった。




