それを失くして、無くす。
※
「やぁ、ルド」
それは、自分と年の変わらぬ叔父だけが呼ぶ愛称だ。この叔父は、王たる証である石を持って生まれた、生まれながらにして世界を統べる王。今はまだ10代の若造だが、その内中央に生まれる姫君と婚姻関係を結ぶのだろう。それがいつになるかはわからないが。
「叔父上、今日はどうされたのですか」
「年もそう変わらん。名前で親しく呼んでくれ」
親しく、と言われても、自分は所詮ただの王子でしかなく、将来が約束された叔父とは違う。変わらぬ年だと言われたところで、生まれが変わるわけではないのだ。
「それで、何か御用でも?」
名前の件については触れず、早く用件を言えとばかりに急かす。叔父は気にせず軽く笑っただけで、大袈裟に両手を広げてみせた。
「神柱を知っているか?」
「何を今更……」
それは南のしきたりのひとつ。
村に生まれた加護を受けた人間を、100年の間生贄に捧げる嫌なしきたりだ。しかしそれで元素が満たされていることも事実で、どうすることも出来ないしきたり。
加護を受けた人間は、神官候補となり修行し、そして神官に選ばれると神柱を守る為に一生を過ごす。その間神柱に何かあれば我が身を捧げ、そして新たな神官が……とそれのループになる。
「俺は、そんなしきたり無くなればいいと思っていてな」
「は?長い歴史の中で、神柱制度が無くなったことは1度たりとてない。つまり無くせはしない」
「作ればいいじゃないか。歴史を」
この叔父は全く呑気で、そして阿呆だと今までも何回か思ったことがあるが、まさかここまで阿呆だとは。
「だから、ルド。一緒に作ってくれないか?」
そう差し伸べてきた手を、嘲笑うかのように払いのけてみせた。阿呆の手を掴むなんてごめんだ。
「この阿呆が……。いいか、俺様が阿呆を手伝ってやるんだ。だから貴様から俺様の手を取るがいい」
こちらから手を出してやると、叔父は笑いを堪えた顔で手を握ってきた。その顔が気に食わなかったが、それでもこの叔父なら出来ると思ったのだ。だからこちらもぐっと抑えて、代わりに手を強く、強く握ってやった。
※
王座に居座る、齢90ほどの男は、伏せていた視線を上げルドベキアを見つめた。力を感じられないその視線は、もう男に戦う気力がないことを示している。
「親父殿、久方ぶりだな。そろそろ引退時ではないかと思ってな、引きずり降ろそうと来てやったぞ」
「業は回ってくるもの、と聞くが、まさかこうなるとはな……」
男は気怠げな動作で立ち上がると、曲がった腰をなるべく真っ直ぐするようにし、ルドベキアの元へ歩きだす。警戒するようにスノウとドロップが身構えるが、ルドベキアはそれを制すと、同じようにして男の前に歩きだす。
「なぁ、親父殿。本当に神柱を助けるつもりでやったことなのか?それとも、神柱を神機にするつもりだったのか?」
男はその伏せていた視線を上げ、そして窓から見える海を眺める。その先には何も見えない。
「北の封印が解かれる……」
「封印?北の?」
「それに対抗するには、力が必要だ。我々以上の、巨大な力が」
ルドベキアが大股で男に近づき、その胸倉を荒々しく掴む。
「だったらなんで言わなかった!もっと周りに!俺様に言えばよかった!」
「東だけで、いや私がそれを解決すれば、私は世界の英雄だ。覇権も握れる!中央にも西にも覇権はやらん!」
「この……馬鹿親父……!」
力任せに男の左頬を殴りつけ、ルドベキアは荒い息を整えるように男に背を向ける。ルエが何かに気づいたように小さく悲鳴をあげ、何事かとその視線を辿っていき。
男が咳き込み、その口からあの黒い塊を吐き出したのだ。塊は真っ直ぐにルドベキア目掛けて飛んでいく。
「主……!」
スノウが咄嗟にルドベキアを後ろに庇い、代わりにその塊に身体を貫かれる。そしてその塊が口に吸い込まれるのと一緒に、まるで人ではないかのように口に吸い込まれていった。
「スノウ!」
悲鳴に近い叫びをドロップが上げる。
男は高笑いと共に立ち上がり、ふらふらと身体を揺らしたかと思うと、関節をひとつひとつ外していき、軟体動物のようにゆらゆらと身体をくねらせる。
「あああああああ!スノウ!スノウ!」
ドロップが殴りかかるが、その柔らかい身体には力任せの拳はいなされてしまい届かない。男の背中からさらに腕が2本現れ、人とは似ても似つかない姿へと変貌していく。
怒りで動きが単調になっていたドロップは、いとも簡単に腕に巻き取られ、その身体をギシギシと締め上げられていく。ゼロも剣で腕を切ろうとするが、柔らかいそれは斬ることが出来ない。
「ルーちゃん、オレから離れるなよ!退けよ、断絶!我が手に守護を!」
剣を床に突き刺し、黒い光の壁を造る。それは腕を通そうとせず、腕はゼロとルエを諦めたように離れていく。
代わりにルドベキアを捕まえようと2本の腕が追いかけ、残り1本がハヤトに這い寄る。ひらりひらりとルドベキアは交わすが、いつまでも避けれるわけでもない。かといって、本体に近づこうとすると、捕まえたドロップを人質のように締め上げては悲鳴をあげさせる。
「このままでは皆さんが……」
悔しげに口を引き結び、しかしルエははっとしたようにハヤトを見、そしてゼロにしがみつく。
「ねぇゼロ。神術ならなんとかできますよね?」
「出来るだろうけど、あれじゃハヤトは術を使えねー」
「残りの腕は3本。ルドベキア様とゼロと、私で抑えるんです」
驚いたようにゼロは目を見開き、しかしすぐに首を横に振る。出来るわけがない、危険な目に合わせるわけにはいかないのに。
「ゼロ!お願い……、私、もう目の前であの人がいなくなるのは嫌……」
「ルー、ちゃん……」
それは昔のあの日のことか。それとも3か月前のあの日のことか。
いや、そんなことはどうでもいい。妹の願いなら叶えてやりたいと、ゼロは握り締めた剣を静かに見据え。
「1、2の3で解く。ルーちゃんはハヤトのほうへ、オレはおっさんのほうへ行く」
「ありがとう、ゼロ……!」
ルエはハヤトを狙う腕を強く見据え、いつでも行けるように心構えをする。ゼロは大きく息をひとつ吸い、
「よし。1、2の……3!」
剣を床から抜き、光が無くなったと同時に2人は走り出す。震える足は、彼を助けたい一心で抑えつけて。




