混ざる、そして無へ。
※
登るにつれ、次第に兵士の数は少なくなっていくが、それに反比例するかのように、1人1人の練度が高くなっているのがわかる。実際、最初こそ余裕の表情を浮かべていたルドベキアが、今、目の前に立つ老人に対し膝をついていた。
守るように立ち、老人に蹴りを繰り出すスノウも、その足を軽く掴まれ壁に向かって投げられる。壁は簡単に壊れ、スノウはその体を空へと投げ出し、そして重力に逆らえず落ちていく。
「スノウさん!」
壁に開いた穴に駆け寄ろうとしたルエは、一瞬の内に老人に距離を詰められ立ち止まってしまう。胸倉を掴まれ投げられるが、それをゼロが寸でのところで受け止め、スノウの二の舞になるのを防ぐ。
「ゼロ、大丈夫、ですか……!?」
「も、もちろん……!」
そうは言っているが、受け止めた衝撃も相まってすぐに動けそうもない。
それにしても、この老人は一体なんだというのか。4階まで、ほとんどがルドベキア率いる3人で蹴散らし、ハヤトたちは後ろからついていくだけだった。それがここに来て、この老人が守る階段だけが登れない。
「おっさん……、あのじーさんはなんなんだよ……!」
ドロップが老人の気を引き、打ち合いをしている間に、ハヤトが3人に癒しの術をかけていく。身体が軽くなるのを感じつつ、ゼロはよろけながらルドベキアに問いかける。
「ジジイはジジイに決まっているだろう、阿呆」
「……陛下のお父上ですね、殿下」
「その通りだ。しかし掘り起こしてくるとは……我が親父殿は人ですら無くなってしまったようだな」
ハヤトに支えられ、立ち上がったルドベキアが忌々しく呟く。その額には脂汗が浮かんでいる。それを見たハヤトは、やはり長引かせるのは不利だと踏み、銃を抜くとトリガーを引こうとする、が。
「うおああああ!」
凄まじい雄叫びを上げた老人が、しがみつくドロップを先程の穴に向かって投げ捨てると、ハヤトの元へと近寄る。それは瞬きするより早く、トリガーを引く前に手刀に寄って腕を折られてしまう。
嫌な音と、ハヤトの悲鳴を押し殺したような息が漏れ、力の入らなくなった手から銃が落ちていく。それを老人は踏み潰すと、ハヤトの襟を掴み穴へと引きずっていく。
「やめてください!」
ルエがゼロの制止を振り切って老人にしがみつく。しかし煩わしいとばかりに振り払われ、その手から襟が離されていくのを床から見ていることしかできず。
ハヤトの姿が視界から消えていくのは、やけにゆっくりで、あまり現実味がわかず。ハヤトが落ちたと理解できたのは、視界から完全に消えてしまってからだ。
「いやああ!」
項垂れるルエを老人は蹴り飛ばすと、改めてルドベキアに狙いを定めるように視線を合わせる。しかし、ルドベキアは至って冷静に右手をひらひらさせ、むしろ楽しいとばかりに笑みを深くし、
「ジジイ、いいかげん土ん中還りたいよなあ?」
それが合図かのように、壊れた壁の外に投げられた3人と、カストとポルックスの姿が現れる。それを見たルエの目が大きく見開かれ、老人が驚きからか一瞬動きが鈍くなる。
それを見逃さず、ゼロが剣を大きく振りかぶりそれを老人へと降ろす。右腕を肩から切り落とし、そのまま胴体に向かって剣を左に振ろうとするが、我に返った老人がゼロの頭を掴み持ち上げていく。
ミシミシと嫌な音が頭の中に響くが、簡単に潰せるかと思ったそれは思うようにいかず、老人が訝しみ、それから気づいたように踏み潰した銃に視線をやる。
「気づくのがおせぇよ、ジジイ」
「地の詞、5の章。怒りに狂った地烈の罠、響くは無、底無しの闇。万事を以て秘めたる静寂を解き放て!」
カストが詞を紡ぐ。
一瞬何も変化がないように思えたが、それは老人自身に異変を感じさせるには十分すぎた。
それは身体の先端から石化を始め、老人はみるみる内にただの石像へと変わっていく。手を、体を動かそうとするが、やはり思うように力が入らないのかそれは叶わず、雄叫びを上げるような姿でその動きを止めた。
「……やった、のね」
力が抜けたように肩を降ろすカストには目もくれず、スノウとドロップは身軽に穴から部屋へと飛び移る。少し遅れてハヤトも降りると、折れた腕を見て顔をしかめた。
「痛むのはわかるが、今はそれどころじゃねぇ」
「後でドロップに……」
言いかけドロップに視線をやるが、彼女もまた顔をしかめると首を横に振る。
「そういうのは苦手だ」
ハヤトは仕方ないと苦しげに息を吐く。安心からか涙を零すルエに視線をやると、少し呆れたように苦笑する。
「まだ終わっていない、泣くなら後にしろ」
「わ、わかってます……!」
半ばヤケクソ気味に返し涙を乱暴に拭うと、未だ掴まれたままのゼロに歩み寄る。その手を放してやろうとするが、もちろんルエの力でどうにかなるものでもなく。
ルドベキアが仕方ないと笑い、その掴んだままの手を掴み力を入れると、それは粉々に砕け散っていった。その反動で尻餅をついたゼロが、信じられないとばからにルドベキアを睨む。
「おっさん、仮にもじーさんなんだろ」
「死んでいる者にかける情はないのでな。わかったら早く立て、阿呆」
ゼロは何も言い返せず、散らばっている破片を悔しげに見つめる。しかしすぐに別の異変に気づいたかのように、カストとポルックスに走り寄った。
「なんで2人がいるんだ?てか、なんでじーさんは力が弱くなったんだ?」
「私たち、ルドベキアの屋敷を守ってたのよ。ここ何日間かね……。入国の件、目を瞑るって……」
「力に関しては、ハヤトさんの神機から漏れた空が緩和したんだよ。運がよかったよ、本当に……」
カストが忌々しくルドベキアを睨むが、当の本人はどこ吹く風である。にやりと楽しげに笑い、ひらひらと手を振り階段へ先に向かい始める。
「あのおっさん、いつか寝首かかれるんじゃね……?」
「今からかきに行くのよ、父親のをね」
「は?」
早く行けと言わんばかりにカストに小突かれ、渋々ゼロもルドベキアの後を追い出す。痛む腕を押さえながら、ハヤトもルエを促し歩きだす。
下が騒がしくなってきた。それはそうだろう、騒ぎを聞きつけた兵士たちがさらに集まってきているのだから。カストは面倒くさいとばかりにため息をつき、それから隣のポルックスに笑いかける。
「さ、新しい王様の誕生を祝いましょうよ」
「姉さんと一緒なら、僕は頑張れるよ」
壊された壁から吹き込む風は、少しの騒がしさを纏っていた。




