賑やかな政。
※
低血圧のハヤトにとって、起きるという行為は他の何よりも辛い拷問だ。まず頭が回らないし、というより布団から出たくもなければ、そもそも出来るならずっと寝ていたい。
腕に収まっているルエの寝顔をぼんやり見つめ、そういえば今は何時だと思案し、とりあえず身体を起こしたところで。
「ルーちゃああん!おっはよー!」
ぴしゃーんとけたたましい音と共に開かれた引き戸の向こうに、眩しいくらいの日光と、やけに寝起きのいいゼロが仁王立ちしていた。
ゼロは上半身裸のハヤトと、それから穏やかに寝息を立てるルエの姿を視界に入れ。
「あああああああ!」
この世の終わりかと思うくらいの叫びを、屋敷中に響かせたのだった。
ルドベキアたちと朝食を摂る際にも、ゼロの周囲だけが色を無くしたかのように見えるのは、ルエの気のせいではないはずなのだが。
「あ、あの……ゼロ?」
「阿呆のことは放っておけ。それより従妹殿、東の食事は口に合っているか?」
「は、はい、とても美味しいです」
2本の棒――箸で器用に食事をするルドベキアと違い、ルエはやはりナイフとフォークでぎこちなく料理を口に運んでいく。何も口に入れようとしないゼロを見かね、ハヤトがため息と共に、手元の芋の煮付をひとつ掴み、それをゼロの口に入れてやる。
「う、わぁぁああ!何すんだ!?」
「何か口にしろ」
「芋が嫌いだからって、オレに食わせよーとすんな!」
「ちっ」
明らかにわかる舌打ちをし、ハヤトは渋々煮付を食べ始める。ゼロも入れられた芋を渋々飲み込み、自分の料理に手をつけ始めた。
「ごちそうさまでした、ルドベキア様」
「従妹殿は好き嫌いがなくていいな、褒めてやろう」
まるで娘に接するかのように、ルドベキアはルエの頭を優しく撫でてやる。気持ちいいのか微笑むルエも、まるでそれは親子のようで。
「まるで……父様みたい、です」
つい口に出てしまい、ルエがはっとして、それからすぐに頭を下げる。
「ごめんなさい、父様みたいだなんて……」
「いや、構わない。実際、俺様はグロリオサと同じような年だしな」
ルエとゼロが驚いたようにルドベキアを見る。その中で、ハヤトだけが特に驚きもせず、出されたお茶を飲みつつ、
「東と西は見た目通りの年齢ではない。サナとレイナさんがそうだろう」
「あー……」
サナの幼い容姿を思い出し、そういえば彼女はハヤトよりも年上だったことを思い出す。中央で生まれ育った自分たちには馴染みがないことだ。
「俺様は一応、初老と呼ばれる年なんでな」
豪快に笑うルドベキアからは、全くそんな気配は感じられない。唖然とする2人を小突き、ルドベキアは「早く済ませろよ、阿呆」と部屋を出ていってしまった。
その背中を見送り、ハヤトは持ってきた銃を取り出すと、筒を取り出しそれを紫に染め上げる。物珍しげにそれを見たゼロが、料理を慌てて平らげ、隣に置いた剣を「ん」とハヤトに差し出す。
「……一言くらい何か言え」
「言った」
「はぁ……」
わざとらしいため息を吐きつつも、ハヤトはそれを受け取り、柄の部分を軽く握ると神力を込めていく。ある程度溜まったのか、ハヤトはそれを突っ返すと、ルドベキアを追うように立ち上がる。
「整備をしていないからな、3回分の神力しか込めていない」
「わかった」
ゼロも立ち上がり剣を腰に差す。
外でルドベキアが待っているはずだと兵士に教えられ、各々何か思うところがあるような面持ちで向かった。
※
ルドベキアの屋敷よりも大きいそれが、縦に積み重なっているようなこれが、東の城だと言われ、ゼロは口を開けたまま見上げた。屋敷が5つ重なっているこれは、五重塔というらしい。
馬車には昨日の4人、御者にはスノウとドロップがつき、塔の近くまでやってきた。口を開けたまま見上げるゼロをつつき、ルドベキアが面白そうににやりと笑う。
「お上りさん丸出しだなぁ」
「うるせ……」
照れるゼロの頭を少し乱暴に撫で、それからすぐにルドベキアは顔を引き締める。そこには先程までの笑みはない。
「親父殿はあまり寛容ではないのでな」
「は?おっさん、それって……」
ゼロが言い終わる前に、目の前の門が開くと共に数人の兵士が飛び出してきた。手には武器など見られないが、彼らがそれを必要としないことは、今のゼロにも十分わかっていた。
「さぁ、祭の始まりだ」
ルドベキアがにやりと笑い、両手で拳を作りそれを合わせる。合わせた箇所から火花が散り、それはすぐに両手を包むように炎を上げる。
「スノウ、ドロップ!続け!」
兵士の繰り出す拳を踊るようにくぐり抜け、その腹目掛けてルドベキアの拳がめり込む。炎に包まれる兵士を脇に投げ捨て、さらに飛びかかってくる兵士を下から殴りつける。
「邪魔……」
スノウは掴みかかってきた兵士を掴み返し、違う兵士に投げつけると、ゴミを見るような冷たい視線をルドベキアに送る。
「主、野蛮……」
「俺様に言うとは、スノウもでかくなったもんだ」
「引く……」
手元の兵士をルドベキアに投げ、スノウは手と服を軽くはたく。さして乱れてもいないが、本人はどこか気に入らないのか、自分の着物の袖をまじまじと見つめている。
3人によって門から出てきた兵士たちは地面に転がり、ドロップが退屈そうに伸びをしつつハヤトたちを振り返る。
「こっから先、守ってやれる自信ないから」
「言われなくても、ルーちゃんはオレが守るし!」
「見てたくせに?」
確かにそう言われると何も言い返せず、ゼロは握り締めたままの剣にそっと視線を落とす。
野犬とは違う。斬らなければいけないことくらい、わかっているのだ。それでもいざその時が来ると、こうして躊躇ってしまう自分がいるのも確かで。
ハヤトには、覚悟がないなら黙って見てろと大口を叩いたが、それは実際、自分に対する言葉であることも事実で。
「……ねぇ、ゼロ」
握り締めた手を包むように、ルエが優しく手を重ねてくる。
「ゼロが……貴方が今から人を殺めたとしても、それは貴方の責任でもなければ、貴方の意思でもありません。全部、私の責任で、私の意思です。だから行きましょう?」
妹に、そんなことを口にさせた自分が嫌になる。
不甲斐ない自分のせいで、負わなくてもいい荷物まで負わせてしまう。
だからゼロは強く頭を横に振り、明るくルエに笑い返した。
「ちげーよ、オレの意思だ」
ルエの手を優しくほどいてやり、ゼロは隣に立つハヤトに視線を向ける。
「てことだから頼むぜ、親友」
無言で銃を構えるハヤトを見て、ゼロはルドベキアたちの後に続いて門をくぐっていった。




