信じぬいた結末に向かって、
リンドーの瞳には、強い怒りと憎しみ、そして虚しさが広がっていた。その瞳に負けそうになりながらも、ルエは逃げないようにと強く見返し、懐から銃を取り出す。
「それでも、私は貴方がしていることが正しいとは思わないです。どれだけの生き物たちが犠牲になったと思ってるんですか」
「煩い!もう退けないんだよ!我輩は王族だ。民を、国を、世界を考えないといけない!」
撃てと言わんばかりに両手を広げてみせたリンドーに、ルエは哀れむような視線を投げかける。迷いなくトリガーに指をかける。
「私は……」
銃口をリンドーから水槽に向け、ルエはそのトリガーを引いた。赤い閃光のようなものが一瞬走り、それは水槽を貫通したかのように見え。
どぼ、ん。
閃光が走った部分が熱で溶け始め、みるみる内に水槽はその形を崩していく。液体の重さに耐えられず、水槽は派手な音と共にヒビが走り割れだしていく。
「あああああ!貴様!なんって、ことっを!」
リンドーは慌てて水槽を押さえるが、もちろんそれで止まるはずもなく。床に全てが流れ出し、ルエも全身にそれを浴びる。床に転がる人とは見えないそれらは、きっと神柱に違いない。
「貴様!貴様貴様貴様貴様貴様!」
ルエの足首を掴み宙釣りにすると、リンドーはルエの顔目掛けて蹴りを入れようと足を浮かせ。
「!?」
自分の胸を貫く剣に、目が止まった。痛みに耐えつつ首だけを後ろに回し、自分を貫く剣の持ち主を睨む。
「アリアの……子供がぁっ!」
背後から剣を突き刺したハヤトは、そのまま柄を握り締め、ありったけの神力を注いでいく。どれくらいで限界に達するのか予想もつかないが、それでも注ぎ続ける他ない。
リンドーはルエの足から手を離し、剣の先を掴むと押し戻そうと力を込めていく。神技で強化された腕力では、ハヤトの力なぞ簡単に振り払われるのは明らかだ。ルエは咄嗟に剣を掴み、抜かれないように引っ張るように力を込める。握った手から滴が零れ落ち、床に華を咲かせていく。
「このっ、やめろ!離せぇえ!」
体を左右に振って2人を離そうとするが、どれだけ振ろうが、2人が手を離す様子は見られない。むしろ力が次第に強くなっていき、注がれる神力も量を増している。
「いいのか!このまま神力を注げば死ぬぞ!自分が死んで何になる!」
「死なないさ。俺は死ぬわけにはいかないからな」
いつもの薄い笑みを浮かべ、ハヤトは最後の神力を注いでいく。同時にリンドーの悲鳴が大きくなっていき、そして、白目を向いて動かなくなった。肌は土色に変わり、王族の証たる黒髪も、生気を無くしたかのように艶がなくなっていく。倒れていくハヤトを支えようとルエが駆け寄るが、その重さに耐えられず一緒に床へ転がる形に。
「ハヤトくん、ハヤトくん……!」
ハヤトに血が付くのも構わず、ルエは体を揺する。うっすらと開いたままの瞳は、左目だけでなく、両目が暗く染まっていた。
「ルエ……あいつ、は……?」
「動いてないです!終わったんです、だからしっかりしてください!」
その虚ろな瞳にルエを映し、ハヤトは安堵したように真っ暗な天井を見る。上はどれくらい登れば着くのか、そもそもここは出入口はあるのか。全く考えていなかった。
しばし神力を回復させようと目を閉じ、しかし心臓が跳ねるような痛みに胸を押さえる。脈打つようにやけに煩い音は耳障りでしかない。
「どうしたんですか!?一体何が……」
慌てるルエの耳に、何度として聞いた嫌な笑いがこびりつく。恐怖で震えかける手を抑えつけ、ルエはゆっくりと振り返る。
「あひゃ、ひゃ……ひゃひゃ。残念だな、我輩の勝ちの、よう、だ!」
「嘘……」
剣が刺さったまま笑い続けるその姿は、人には見えない。神力の影響か、リンドーの髪が床まで急激に伸び、爪が伸び始め、黒の瞳には獰猛な光が宿る。獣、と形容するのが似合うそれから発せられる声はしゃがれており、とても先程の人と同じものとは思えない。
「よぐもお、やっでぐれだなあ!」
その爪がハヤトに下ろされ、それを被さる形で庇ったルエの背中に5本の痕が残される。
「……っ」
激痛が走る。歯を食いしばり耐え、さらに続く爪からハヤトを庇っては床に赤が散っていく。
「ごのおどごはあ、じんちゅうになるんだああ!きさまがいぐらまもっでも、いっじょにはいれないんだよお!わがはいが!ぞれを!なぐじてやれるのにぃ!」
「っ、例えこの人が神柱なのだとしても、私はこんな犠牲は違うって言えます!」
「ならばじんちゅうは、ぎぜいになればいいのがあ!?」
「違います!」
倒れたままのハヤトの服を握り締め、ルエはその胸に顔を埋め、小さく、しかしはっきりと通る声でリンドーに答えを投げる。
「神柱なんて哀しいもの、私が壊してみせます。貴方とは違う道で。ハヤトくんや、ゼロとなら、きっと出来るって私信じてますから」
「ごの……!」
思いきり振りかぶった爪は、ルエごとハヤトを貫くつもりなのだとわかった。きつく目を閉じ、ルエはその痛みに耐えようとしたが。
その痛みはいつまで経っても来ず。
恐る恐る目を開けると、先程の液体と共に床に飛び散った神柱たちから光が溢れていた。リンドーは光が苦しいのか、頭を押さえて柱にぶつけ続けている。
――神柱の元を訪れた愚か者と同じことを言っている奴がおるな?――
――でもその愚か者の考えに賛同して、神柱になった奴、いるよね?――
――そんな昔の話、覚えておらんな――
「これ、は、神柱たちの声……?」
その光はそれぞれ赤、黄、緑の帯のようになりながらルエの周囲に集まりだす。
――神女、今だけ力を貸そう。人で非ざる者に永遠の終焉を――
ルエは一瞬目を見開き、しかしすぐに頷くと、静かに手を組み瞼を閉じる。闇の中に見える言葉を、自分に出来る精一杯の祈りを込めて。
「神の詞、焉の章。闇夜に彷徨う木偶人形。導く歩は進みゆく灯台。糸を失くして曙光を祖に!」
ルエが詞を紡ぎ終えると、3つの光はひとつになりリンドーの身体を包んでいく。辺りが明るくなっていき、リンドーの悔しげな悲鳴が部屋を揺らしていく。
やがて静けさを取り戻した部屋は、先程までのことが嘘のように静寂に包まれる。ルエはリンドーの様子を見ようと振り返り、そこに座り込んでいるのがアリアなことに安堵し、全身から力が抜けるのを感じた。
「アリアさん……」
名前を呼ぶと、アリアはぴくりと身体を震わせ、少し疲れた顔に笑みを浮かべる。ゆっくりとルエに歩み、崩れるように座り込むと、倒れているハヤトの頬を優しく撫で上げた。
「おっきくなったねぇ。ごめんね、私がリンドーの闇に侵されたから……」
「ぁ……、かあ……さ」
ハヤトの口から零れる言葉に、アリアは少し泣きそうな表情をして。うっすら開いたままの瞳に手を優しく乗せ、
「私がそれ、もらってくね?ハヤトは空色のほうがかっこいいぞ?」
再び手を離した時には元の色に戻っており、代わりにアリアの両目が暗く染まる。色を取り戻したハヤトがはっきりとその姿を映す前に、アリアはよろけつつも立ち上がり距離を取る。
「アリアさん……」
「ルエちゃん、ハヤトを大切に想ってくれてありがとう。そろそろ、ここ崩れちゃうね。早く出て?」
どうやって、と聞く前に、上から聞こえる聞き慣れた声が、ルエの思考を止める。その声の主は見慣れた白髪の彼であり、そしてなぜか従兄の黒髪に抱えられたまま降ってきたのだ。




