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理を壊し破滅を救う。

 


 森のような部屋の隅に、ルエがいると思われる部屋の扉を見たゼロは、入る前に聞いたルエの叫びを思い出し顔をしかめた。本当なら今すぐ行きたい。しかしスピカを連れているこの状況では難しく、ゼロは悔しげに床を睨みつけた。

「……おにぃちゃん、あのお部屋、行ってみようよ」

「え?」

「おにぃちゃん、行きたいって伝わってくる。あのおねぇちゃん、いるんだよね?」

「それは……」

 何も言えずにいると、スピカが哀しい声でゼロに語りかけてくる。

「あのね、おとぅさん、言ってたの。大切な人の為なら迷っちゃ駄目だって。おにぃちゃんが大切なのは、誰?」

「オレは……」

 スピカを抱く力を一瞬強くし、それからすぐにゼロはスピカを降ろすと、視線を合わせるように屈んでやる。

「ありがとな、スピカ。オレ、ルーちゃんが1番大切だ。オレの、たった1人の……」

「いいの。おにぃちゃん行こ!」

 その笑顔はゼロの迷いを無くすには十分で、そして同時に、スピカをなるべくなら守りたいと決意させた。

 扉に手をかけ、ゆっくりと開いていく。人の気配は感じられないが、それでも用心するに越したことはない。足を掴むスピカを怖がらせないよう、至って明るく努めるが、ゼロ自身不安で堪らないのが本音だ。

「なんだ、これ……」

 入ってすぐの場所に、2人の兵が氷漬けにされていた。これが出来るのはゼロが知る中でハヤトくらいだが、ハヤトはなるべく術を解くようにしている。2人の様子を見るに、術をかけてから大分経っているようだが、解ける様子は全く見られない。

 さらに散らかされた布切れは、ルエが着ていた着物の柄と同じで、ここで何があったのか容易に想像できた。ゼロは忌々しくそれらを睨み、さらに中央へと足を進める。

 大きく空いた穴と、乾き始めている血溜まり。一体ここで何があったというのか。

「きゃっ」

 背後で聞こえたスピカの悲鳴に振り向こうとして、ゼロもまた、背後から伸びてきた手によって口を塞がれてしまった。



 ※



 暗闇に見える炎は、周囲をぼんやりと照らし、その先にある光景を嫌に映し出していた。

「これ、は……」

 信じられないとでも言いたそうなルエの隣で、ハヤトは周囲を見渡し、ここがそうなのだと確信を得る。目の前にある巨大な水槽、透明ないくつもの箱、それらはハヤトが上で見た光景とよく似ていた。

「この液体……恐らくは人だ。王族の……」

「どういう、こと、ですか」

 黒い液体に目をやり、ハヤトはただ淡々と答える。

「どういう理屈でこの姿にしたのかはわからない。ただこれからは、大量の神力と、悲痛な叫びが聞こえてくる。これ自体が、膨大な神力の吹き溜まりのようなものだろう」

 ルエは水槽に駆け寄り、その硝子ケースにそっと触れる。ただの液体にしか見えないそれらが、元は人だったなんて。

 ふと中に視線をやったルエが、そこに見える何かに気づく。それは半分ほど形を失ってはいるが、明らかに人であり、ルエは慌てて硝子を叩き始める。

「大丈夫ですか!?気づいて!……っ、ハヤトくん!」

 助けを求めるようにハヤトを振り返るが、ハヤトは諦めろと言わんばかりに首を振った。

「神柱だ。恐らく、あの時計……神の(スペル)の代償を払わせる為の生贄、というところだろう」

 そこまで言い、暗闇から響いてきた手を叩く音にルエは体を強張らせる。ハヤトは背にルエを庇うように立つと、腰から銃を抜き左手に構える。

「流石アリアの子供!でも少しハズレだよ、ハズレ。代償を払わせた結果、兄妹たちはこんな姿に。元から神力が少ない者は街へ卸してな。神力自体は神柱から供給させていたんだが……」

「兄妹になんてことを……!貴方は人ではないのですか!」

「人さ!人だから我輩は未知を探求し、そして実現しようとしている!猿や犬猫には出来ないだろう!?」

 暗闇から飛んできた氷の粒を咄嗟によけ、ハヤトはルエの手を取り物陰に走り出す。いくつかある柱の影に隠れ、ハヤトは息を整えつつどうするか考え始めた。

「神力を……奴に送ることが出来れば……」

「考えがあるんですね?」

(イスト)の人間は、神技という形で神力を肉体に宿す戦いをする。しかしそこに肉体の許容量以上の神力を入れてやれば……」

 そこまで話し、ハヤトは気づく。ルエが決意を決めたように自分を見つめていることに。

「私が気を引きます」

「駄目だ。危険すぎる」

 ルエはふわりと笑い、ハヤトの両手を優しく取る。

「信じてます。だって、私が決めたなら道を作ってくれるんですよね?」

 自分が竹林で話した言葉を繰り返され、ハヤトは気まずそうに視線を外し、しかしすぐにルエを正面から見据え、

「頼めるんだな」

「はい」

 ハヤトは腰から自分の銃を抜き、筒に神力を込める。赤く染まったそれを再び銃に戻すと、ルエの手に握らせてやる。

「ハヤトくん以外は使えないんじゃ……」

「これは特別で、俺が西(ウェス)にいた時に造ったものだ。今のお前なら使える」

 力強く頷くルエの頬を愛しそうに撫で、額に触れるだけの口づけを落とす。少し頬を染めたルエが、きゅっと羽織の端を握り締め、そして柱の影から飛び出していく。

「鬼ごっこか?隠れんぼか?いくらでも付き合ってやるぞ!」

 凄まじい音と共に、離れた場所にある柱が壊される。ルエが向かった方向とは逆だが、安全というわけではない。ハヤトも剣を強く握り締め、深く息を吸い込むと、静かに柱から出ていった。




 素足のままのルエは、壊された柱や硝子の破片が足に刺さる度に、激痛が容赦なく全身を巡っていく。床を見れば、自分が通ってきた道は真っ赤に染まっている。これならすぐにリンドーは自分を見つけるはず、なのになぜ姿を隠したままなのか。

 最初に見た黒い液体に満たされた水槽に背中を預け、周囲に目を凝らしながら座り込む。足は痛みで既に限界を超えていた。もしや、とルエは立ち上がろうとするも、がくがくと震える足では上手く立てず。

「そろそろ限界か?我が依代よ!」

「……っ」

 やはりそれが狙いだったのだ。

 暗闇から現れたリンドーは、嫌な笑みを張り付けたままルエに歩み寄り、目線を合わせるように片膝をついた。

「体ならいくらでも治せる。傷なら心配する必要はないぞ?」

「貴方のしていることは、結局なんの解決にもなっていないとなぜ気づかないのですか!?」

 懐に隠した銃にそっと手を伸ばし、指先でその固い感触を確かめる。目の前の狂った男は、意味がわからないとでも言いたげに眼鏡を上げる仕草をしてみせ、

「可哀相だと思わないか?」

 と両手を広げ宙を仰ぎ見る。

「神柱だけが犠牲になる世界の(ことわり)。奴らがどんな目に合っているかは知っているか?」

 弱々しくも、ルエははっきりと首を縦に振る。

「100年間、元素に囚われて祈りを捧げる、んですよね……?生きたまま……」

「では100年後、奴らはどうなる?」

「そ、それは……お役目を終えたのだから、元素から解放されて、生を全うして」

「違う!」

 余りの迫力に、ルエは肩を一瞬震わせ、怯んだ瞳をリンドーに向ける。リンドーは忌々しいとばかりに、ルエの背後にある水槽を指差す。

「奴らは!生きたまま焼かれ灰になり、生きたまま水に溶けていき!最期には形すら残らず死ぬ。その死ぬ時期が100年と言われているだけだ!そこにいる神柱は、我輩があの地獄から助けたに過ぎん!」

 ルエもまた恐る恐る水槽を見上げる。液体の中に浮かぶ人は、確かに人の形を留めておらず、しかし彼らは生きているのか、胸が動いているのが見える。

 その中の1人、赤髪の男の目が開かれた。その目はルエを捉えると、何かを伝えようと口を動かし始める。

「何……?何を言いたいの……?」

 張り付くようにして男を見るも、ルエには彼の意思を読み取ることは出来ず。硝子に叩きつけられたリンドーの拳で振り返ると、リンドーは青筋を浮かべつつルエを見下ろしていた。

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