そして名を。
※
ゼロたちがいる部屋の扉が急に開かれ、数人の兵が押し入ってくる。子供たちを後ろに庇うように手を横に広げ、先頭にいる体格のいい男を見上げた。太い腕は、子供の首くらいであれば簡単にへし折ってしまいそうだ。
「なんか用かよ」
「……」
男はゼロを一瞥し、隣に並ぶ兵に首で合図を送る。兵は特に反応を返すこともなく、しかしゼロの前に立つと、軽々とその体を担ぎ上げた。
「や、やめろ!男にこんなんされたくねーんだけどー!」
背中を叩いてはみるが、やはり神技なのかビクともしない。続いてスピカも同じように担がれるのを見て、ゼロはさらに力を込めて叩き続けるが、煩いと言わんばかりに地面に叩きつけられる。
「がはっ……」
頭の中が揺れる感覚が襲ってくるが、意識を飛ばさなかったことは自画自賛したい。担がれたままのスピカが不安げに「おにぃちゃん」と呼ぶのが聞こえ、ゼロは自分を心の中で叱咤する。
「大丈夫だ。オレ、元気だから!」
鼻から血が出てはいるが、特に怪我はしていないだろう。ゼロはなるべく明るく返し、せめて痛みが引くまでは大人しくしていようと誓った。
どれくらい歩いただろうか。
建物内だというのに森がある不思議な部屋を抜け、違う部屋に連れて行かれようとした時だ。隅の、草木が枯れている扉から嫌な悲鳴が聞こえたのは。
「まだ口応えする気か!?」
「いやあああああ!」
その声はゼロから元よりない冷静さを欠くには十分すぎた。
「ルーちゃん!?離せ!ルーちゃんに何やってんだ!」
背中を叩き、足をバタつかせてみるものの、やはりうんともすんとも云わず。ゼロは遠い扉に向かって手を伸ばした。
「邪魔な手は……こうしてやろう!」
「……っ」
ゼロですら聞いたことがない悲鳴は、あの扉の向こうで何が行われているのかを想像するのは容易く。声が届かないとわかりつつも、ゼロは声を張り上げるしか出来ない。
「ルー、ちゃん……!ルー、ルー!あああ!ルー!」
ゼロも違う部屋へ入るまで、しきりに叫び続けた。
やがて扉は閉じられ、しばらくの後、ハヤトが森に入ってくることになる。
ゼロとスピカが連れて来られた部屋は、天井からいくつもコードがぶら下げられた気味の悪い場所だった。少し先の寝台には、同じ白髪の人間がコードに繋がれた状態で横たわっている。
その隣の寝台に降ろされる際、ゼロは嫌でもそれを見てしまうことになる。
「神力を……入れられた、のか?」
土色の肌は、あの時ルエに見られたそれと同じものだった。白髪、コード、土色。嫌な予感がし、ゼロはごくりと生唾を飲み込む。
「やめて、痛い!離して!」
声で我に返り自分の隣に目をやると、スピカが同じように横たわり、コードの先端についた針を腕、太もも、そして首に刺されようとしていた。助けを求めるような視線がゼロに投げかけられ。
ああなりたくない、と一瞬思ってしまい視線から逃れる。
先にスピカを捧げれば、もしかしたら自分は助かるのではないだろうか。
自分が死ねば誰が妹を助けるのか。
色々な考えが頭をよぎるが。
「おにぃ、ちゃん……」
消え入りそうなそれは、ゼロのまとまらない考えをひとつにさせる。
「オレを先にしやがれ!スピカに手を出すな!」
気づけばそう口にし、自分を押さえている兵の顔に唾を吐きかけた。全く何をやっているのかと自嘲気味に笑い、それでもこれでいいとゼロは目を閉じる。
守りたいのはあの2人だが、しかし誰かを犠牲にするだけの守るという誓いなら捨ててしまえと思った。ハヤトが知れば、きっとまた呆れた顔をするに違いない。でもいいのだ。
押さえつけている兵とは別の兵が、手際よくゼロに針を刺していく。あまり注射は好きではないのだが。
一際大きい針が首に刺された瞬間、いいようのない痛みが全身を走るが、隣にいるスピカに悟られないよう声は出さず。少し固い笑みを口に浮かべ、あまり動けない首をなんとか動かしスピカを見る。不安と心配が混じる瞳は、ゼロの首のコードに釘付けだ。
「……なぁ、スピカ。オレと少し話をしよう」
「うん……!」
それはスピカを安心させる為、そして、これから起こることをスピカに見聞きさせない為だ。
「昔々、あるところに……」
話を終える頃、スピカから規則的な寝息が聞こえ、ゼロは安心するように胸を撫で下ろす。神力はゆっくり注がれているらしく、視界は次第に霞んできている。時間がないと判断し、ゼロは自分を押さえる兵に視線を合わせる。
「なぁ……、最期に聞いてほしいこと、あんだけど」
兵が微かに反応するのを確認し、ゼロはゆっくりと話し始める。意識を飛ばさないよう、気を張りながら。
「オレ、は……サガレリエット家、第一王子、レイガノール・サガレリエット。ははは、よろしくな」
言い切ったゼロが、勝ったとばかりに口元に笑みを浮かべる。なんのことかわからず、兵たちの間に動揺が広がっていき。
「……っ」
突然兵たちは喉を掻き毟り始める。赤く滲み、爪先まで赤く染まり始めた頃、兵たちは次々に倒れていった。
押さえる力が弱まったことで、ゼロはコードを引き抜いていく。手は微かに土色だが、まだ致死量ではないらしい。それでも身体は重く、起きれそうにもない。
ぼんやり天井を見つめ、ゼロは悔しげに顔を歪めた。
「ごめん、おっさん……。もうおっさん以外、名乗らないって約束だったのに」
自分から名乗れば、それを聞いた者が死んでいく。それは幼き日に、神の詞を紡いだ自分への罰。誰かがそれを教えても、聞いた者が不幸になっていく、ゼロにとっては最悪の呪い。気づいてもらえなければ、レイガノールという人間は、もうどこにもいないのだと。
少し休むかと、ゼロは静かに目を閉じる。酷く身体が重かった。




