悪趣味なもてなしと。
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ゼロの神機を腰からぶら下げ、門番の立つ屋敷の前にて、ハヤトはどうしたものかと立ち往生していた。早く中に入らなければ、先程の有様が見つかり、そうすれば2人を探し出すどころでは無くなってしまう。
隙がないかと伺うが、どうやら用心深いのか、いつまで経っても隙は生まれそうにもない。こうしている間にも、ルエに何かしら起こっているかもしれないと考えると、気が気ではない。だからか、いつもなら気づくはずの気配に気づかず、
「ハヤト様……?」
ふいに後ろからかけられた声に、異様に反応してしまい、声の主から笑われるはめになった。ハヤトはため息と共に、声の主に呆れた視線をやる。
「ミモザ……」
「お久しぶりです、ハヤト様」
憔悴しきった笑みを浮かべるミモザの近くには、いるはずの姿がない。
「スピカは連れて行かれたんだな?」
「……こんなこと、頼めた義理ではないこと、わかっています。どうかスピカを、お願いします……」
言っていることは本当のことだろうし、スピカに関しては助けたいと思っている。だが、それとミモザが船でしようとしたことは別だ。
ハヤトは腕組みし冷たくミモザを見、それから門番に視線を移す。相変わらず隙のない2人に、ハヤトは嫌気を含んだため息をつき。
「お前の娘を助ける義務も、義理もない。船で何をしたのか忘れたわけではないだろう?」
「それは……えぇ、だから」
最後まで言わずに突然ミモザは走り出し、無愛想に立つ門番の前へと踊り出た。いきなり出てきたミモザをただ呆然と見つめ、しかしすぐに門番は構えると、ミモザを上から下まで眺める。
「女、こんなとこになんの用だ。痛い目見る前にどっか行きな」
「お優しいのね、門番さん。私、鬼ごっこをしたいのだけど、お付き合いして下さる?」
「は?」
鬼ごっこという意外な単語に、門番たちは一瞬理解が遅れる。ミモザはその隙を逃さずに詞を紡ぎ始めた。
「地の詞、2の章。我が声に応え、鉄壁の柱を生み出せ」
その壁は門番たちを囲むようにして出現し、一瞬視界を隠すようになる。ハヤトはそれを逃さず走り、するりと門の内側へと入っていく。と、同時に壁は神技によって破壊され、怒りを滲ませた門番の声が響き出す。
これではミモザは来れないだろう。文字通り、今から鬼ごっこをするつもりなのだ。捕まればどうなるかわからない、地獄の鬼ごっこを。
ならば連れ出すしかないではないか。ハヤトは注意を払いつつも、屋敷の裏手へと回り込んでいった。
敷地内には特に兵はおらず、ハヤトはいとも簡単に裏手へと来ることが出来た。が、特に変わったところはなく、いや逆に出入口はどうやら表の1箇所だけらしく、それが怪しさを増す要因になっている。
ルドベキアの屋敷も地下があった。だとすれば、ここも何かしらの部屋があり、そこに2人は連れて行かれたことになる。
裏手から表に戻ろうとし、ふと足を止めたのは庭園だ。ルドベキアのそれより少し小さく、池の中心に島があり、木が1本だけ立っている。島へは橋があるだけで他に道はない。ハヤトは橋を渡ろうとし、水の様子に疑問を持つ。
「これは……藻?いや、髪……?」
水面に揺れているそれらは、遠目に見れば藻だが、こうして掬い上げてみると、大量の髪の毛であることがわかる。水自体もヌメリ気を含んでおり、それがただの水でないことを示している。
「まさか、いや、そんな……」
ハヤトはその考えを否定するかのように頭を振る。髪を水に戻し橋を渡り終え、その木の根本を調べていく。一見すると腐っているように見えるそこに、古びた鉄の扉が見え、ハヤトは静かに開く。
地下へと続く嫌な階段は、巨大な水中トンネルのようになっており、先程の池の中を通っていく仕組みになっていた。
「全く、悪趣味な水中散歩だ」
池はどうやらかなりの深さらしく、藻やら髪やらに混じって、鯉の姿も垣間見ることが出来た。ただそれは鯉と呼ぶには余りにも悲惨で、あの野犬と同様、ただ実験のために利用されただけなのだろう。
ハヤトの顔よりも大きいそれらは、ハヤトを餌と認識しているのか、硝子に身体を打ちつけては無理だと悟り諦めていく。この中をいつも通っているのなら、リンドーはよほど狂っているのかと、ハヤトは頭を押さえたくなった。
そんな水中散歩が終わり、今度は真っ直ぐな通路が続いている。両側は鉄格子が連なり、中に入っているのは腐りかけた人間の死体だ。明らかに動かないはずのそれらは、意思を持たずに鉄格子の中を徘徊し続けている。
「客を飽きさせないどころか、悪趣味な歓迎だな、これは……」
恐らくこれが幽霊騒ぎの正体なのだろう。最初は無機物、そして死体、植物、動物、最終的に行き着くのは。
「神柱を神機にと言っていたが、それが最終的な目的ではない……?人を、神機にさせること?いや、神技を持った神機を造ること、か?」
どちらにしろ、それは許されない行為であり、己自身を滅ぼす刃になるだろうに。
ハヤトは鉄格子の中にはあまり目をやらず、奥の扉の前へと歩いていく。ハヤトには聞こえていた。彼らの嫌な叫びと、どこに行けばいいのかわからない迷いが。反らした瞳には、悔しさが滲み。
さらに奥の扉を開けると、まるでそこ自体が森に迷い込んだかのような植物が生い茂る場所へと出た。先程の部屋とは違い、まだ青々しいそれらは、だが隅にある扉の周囲だけが枯れており、明らかにその奥が怪しい。
扉を開けようとし、中からいくつかの気配と神力を感じ取り手が止まる。その中に、ルエのものとは別の懐かしい神力を感じ、ハヤトは開けるのを躊躇するが、続くルエの悲鳴に構わず扉を開け放った。




