心を決めて、力を持たずに。
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立派な屋敷の前に着いた瞬間、ルエは目隠しをされ、一体どこをどう通ってきたのかもわからないまま、ある部屋にて目隠しを外された。
「ここは……」
自分の後ろに立つ2人の男は、ルエが辺りを見渡してもさほど気にしておらず、いやルエぐらいなら力でねじ伏せるつもりなのだろうか、ただ黙って立っているだけだ。
薄暗い部屋には、不釣り合いなほど明るい巨大な水槽、天井からぶら下げられたいくつものプランターには枯れた植物。恐ろしいほどに、そこには生気がなく、ルエの背筋を凍らせていく。その水槽に目を奪われていると、暗闇から少し興奮気味の声が響く。
「やぁやぁやぁ、君が噂の子かな?我輩がリンドーである、よろしく頼むよ」
声のほうに視線を向ける。20代ほどの黒髪の男、リンドーは白衣を身に纏い、にたにたと気味の悪い笑みを張りつけてルエの前に現れた。
「貴方が、リンドー様ですね。お聞きしたいことが……」
「煩いな、君」
ルエが何かを言う前に、リンドーはルエに一瞬で近づくと、口を手で塞ぎ、そのまま床に押し倒す。遠慮のない力は強く背中を床に打ちつけ、ルエは痛みで顔をしかめた。
「ぅ……」
「いいねぇ、その表情!好きだなぁ、そ、れ!決めたよ決めた!君、我輩の優秀な子種を残す依代になれよ!」
「!?」
ルエは否定の言葉を口にしようにも、塞がれたこの状態ではどうしようもできず。首を振ろうにも、押さえつけられたままでは身動きも取れない。微かに漏れる息づかいで反抗しようとするが、それは小さな呻きにしかならず、リンドーの嗜虐心を煽る要因になるだけだ。
それでもルエはせめてもと、リンドーを鋭く睨みつけ、微かに動く腕でリンドーの体を押し返そうと試みる。
「何か言いたそうだな!我輩は優しい奴だからな、聞いてやらなくもない」
開放された口は、酸素を求める為に何度か息を吸い、そしてルエは狂ったリンドーを改めて睨みつける。
「私は、貴方みたいな生命に対して失礼な人は嫌いです!依代にもなりません!」
「くっ……はは」
可笑しそうに笑い出すリンドーに、ルエは怒りより薄ら寒さを覚え、何も言えなくなってしまう。やがて笑い終えたリンドーは、何かを思いついたかのように冷ややかにルエを見つめ、
「知ってるか?同じ王族でも中央と東では神力が違う。神術の中央、神機の西、そして神技の東というように。わかってるだろう?混ぜればどうなるか」
ルエから血の気が引いていく。さらに楽しげに顔を歪めていくリンドーは、最早人とは言えない何かに見えた。
「気づいてないとでも思ったか、サガレリエットの元王女。依代に相応しく、東の力を分け与えてやろう」
「……っ」
ルエの唇にリンドーが自分のそれを重ねる。ルエは顔を咄嗟に背け抵抗するが、片手で顎を掴まれ、そのまままた唇を重ねられる。空いた手で押し返そうにも、神技を使っている身体は少しも動かず。
「んっ……」
ぬるりとした感触と共に口内を犯すそれは、とてつもない吐き気と悪寒を催す。瞳から涙が零れ、ふと頭をよぎったのは空色の彼の姿だ。
決めたのだ、自分で。何があっても進むと。
ルエは気持ち悪いそれに思いきり噛みつく。そこは神技を使えないのか柔らかく、リンドーは小さな悲鳴と共にルエから離れた。ルエは口元を拭い忌々しくリンドーを睨みつけ、それでも気丈に振る舞おうと立ち上がる。
「力、でなんでも、手に入るなんて……思わないでくださいっ」
「は……ははっ。貴様ぁ、同じ王族でも許さんぞぉ!」
距離を詰めたリンドーは、片手でルエの両手をまとめ上げ軽々と持ち上げる。宙にぶら下げる形になったルエは、リンドーの足を思いきり蹴るが、やはり神技の為かそれほど意味がない。
「力で手に入ると思うなだと?いいか、力と知恵は必要なものだ。力で全てを押さえ、知恵によってそれらをまとめあげる。貴様にはわからんのか!」
空いている片手でルエの着物の合わせに手をかけると、リンドーはそれを力任せに引き裂いていく。破れた箇所から白い肌が露わになり、ルエは羞恥で熱が上がるのを感じた。
「これでも力は無意味だというのか!貴様は何も出来はしないのに!」
「……っ、心を踏みにじる力で、心まで支配できるなんて、思わないで!」
震える声で、一体どこまで言えたのかわからない。気づけばまた反転した視界は、ぶら下げるプランターと、狂気じみた笑みを浮かべるリンドーで埋め尽くされ。
胸元に嫌なぬめりを感じつつ、ルエは目を閉じる。船で見た空色の彼の薄く笑う姿と、昨日見た意地悪な姿、どれもが愛しく。零れた涙は、冷たく床へと流れていった。
※
「……ん、ここ、は」
ぼやける視界で最初に見えたのは、自分と同じ白髪の子供だった。それがルドベキアの屋敷で別れたスピカだと気づくのに、そう時間はかからなかった。
「おにぃちゃん、大丈夫?」
ゼロは重い手を持ち上げ、スピカの頭を撫でて安心させてやる。少し身体は痛むが、どこか折れたわけではないらしい。
「スピカ、ここは……?」
起き上がり周囲を確認して、ゼロははっと息を呑む。
自分と同じ白髪の子供たちが、ざっと数えるだけで10人はいる光景に、ゼロは複雑な気持ちになる。恐らくここは、リンドーの屋敷の、つまりはそういう場所なのだろうと怒りがふつふつと湧き上がる。
腰にある神機もなく、そういえば宿の近くで落としたのだと舌打ちしそうになるが、スピカが見ている前では出来るわけもなく。
「スピカは、なんでここに?ミモザはどうした?」
落ち着こうと、とりあえず情報を聞いてみる。スピカは悲しげに目を伏せ、弱々しく首を振った。
「わかんない。ルドベキア様のお屋敷を出て、馬車乗って、ここに来たの。おじちゃんがお話して、おかぁさんを連れて行って、私待っててって……」
潤んでいく瞳を見ていられず、ゼロはスピカの頭を力強く撫でてやる。髪が乱れるが、スピカは気にしていないようで、むしろ逆に「やめてよー」と笑みを零す。
ミモザのことも気になる。が、今はルエを探すのが優先だ。しかしそれにはここを出る必要がある。
窓もないこの部屋は、唯一ある扉は鉄で作られており、神機を持ったゼロならまだしも、丸腰では壊すことは出来ないだろう。万が一出れたとして、神技を使いこなす東の兵に、今のゼロでは太刀打ち出来ないことは明らかだ。
なんの力すら持っていない自分に苛立ちを感じ、ゼロはただ、床を軽く殴りつけるしか出来なかった。




