氷海の刃、真紅の溜り。
※
聞いた話によると。
東大地全土から集められた王族は、この領地を治めているリンドー・ピオニーの元で価値を決められ、そして売買されているらしい。店主は、育ちのよさげなルエをあわよくば連れ去り、リンドーの元へ送り金を受け取る手筈だったらしいが、もちろんハヤトとゼロが許すはずもなく。
ルエを連れ去ろうと、裏手に出たところで2人に捕まり、喉元にゼロの剣を突きつけられ、ペラペラと話しだしたのだ。ルエは一般市民に酷いことをしたと内心思うものの、今は仕方がないと堪える。ハヤトは震える店主を見下ろしつつ、さてどうしたものかと考える。
「とりあえず、リンドー様の元に行けば何かわかりますよ、ね?」
首を傾げつつ尋ねるルエに、ハヤトは何も返す言葉がなく黙り込む。確かにリンドーの元へ行けば何かわかるだろう。それこそ神機のこと、母親と思われる女のことも。
しかし、それはルエを危険な目に合わせることでもあるわけで。今更感があるが、やはりそういったことはさせたくはない。
迷うハヤトを見かねたのか、ルエがハヤトの視界に入る位置に移動し、その黒い瞳にハヤトの姿を映した。
「ねぇ、ハヤトくん。行かせてくれませんか?貴方が迷うのもわかります。でも私は、私にしか出来ないことがあるのなら、それをやりたいんです」
真っ直ぐな瞳に迷いはない。それでもハヤトは尚も躊躇う。
「失礼なことを、したくないんです。私が……、私が奪ってしまった人たちの為に」
それは竹林で話した言葉だった。胸に手を当て、揺らがないその決意は、ルエの中で出した答えなのだろう。それならば、きっとルエは引かない。ハヤトは考えをまとめるように息を吐き、そして座り込む店主の前に膝をつくと、
「話は聞いていたな?店主、お前が案内役を務めろ」
「おいハヤト、まじで言ってんのかよ?」
ゼロとしては反対したいところであるが、ルエの決めたことに意を唱えたくもない。震えが止まらない店主を冷たく見下ろし、ゼロは頭を掻くと、仕方なしに剣を仕舞う。それに安堵したのか、店主は乾いた笑いをひとつ零し、
「ひぃっ、ひっ。甘えな、甘えんですよ、にーさん方。皆さん、こちらです!」
店主が叫ぶと、数十人の男が3人を囲むように現れた。屋根の上から見下ろす者、道を通すまいと立つ者、皆何も武器は持っていないが、相当手練だということが伝わってくる。
「まさか街ぐるみだとは……」
ハヤトは諦めたように手を上げる。それを見たゼロは、男たちに威嚇するように再度剣を抜く。
「オレは諦めねー!絶対守る……、守る!」
目の前の男に切りかかるが、男は一瞬でゼロの意識の外へ移動し。ゼロが気づいた時には、その身体は吹っ飛ばざれ、宿の木製の壁へと叩きつけられていた。反動で壊れた壁の破片が、倒れるゼロに容赦なく降り注ぐ。
「ゼロ!」
悲鳴にも近いルエの叫びが響くが、破片に埋もれたゼロには届いておらず、手から離れた剣が虚しく地面へと転がった。走り寄ろうとしたルエの肩を掴み、ハヤトは首を横に振る。
「……っ」
囲む男たちは、皆神技の使い手だろう。尚のこと、ハヤトたちには為す術がない。ルエは悔しげに口を結び、握り締めた拳をそっと開いた。
近づいてきた男たちは、ハヤトからルエを無理矢理剥がすと、ただ黙々と歩き始める。ゼロも担がれると、同じようにして何処かへと連れて行かれていく。恐らくはリンドーの元へ。
さて、では特に珍しくもない自分はどうなるのか。簡単だ。この場で始末されるに決まっている。それは流石に困るので、ハヤトは仕方がないとばかりにため息をつく。
「やけに余裕さね、旅の方。どうなるかわかってるのかい?」
「どうなる?どうなるかだって?」
ハヤトは冷たい笑みを口元に浮かべる。それだけで血の気が引いていくのがわかり、店主はその恐怖を払うように首を横に振った。
「俺をどうするか、ではなく、自分たちがどうやるべきかを考えるべきだったな。相手が悪い」
普段の空色の瞳は、まるで氷海のごとく冷たく、そして暗い。店主は逃げようと這いずろうとして、気づいた。
地面が凍っており、全くの身動きが取れない。それは男たちも同じで、神技を以てしてもその氷から逃れることが出来ず、全員がただ立ち尽くしていた。
「ス、詞はどうした!?一切紡いでいないはずだ!」
「元々、詞は元素に呼びかける詞だ。呼びかけず、無理矢理引っ張り出してやればいい」
ハヤトが足で地面を鳴らす。
同時にその氷は店主たちを取り込み始め、やがて美しい氷柱へと変わっていく。氷の内部にさらに氷の刃が造り出され、それは容赦なく店主たちの身体を貫いていった。氷の中が赤く染まるのをただ黙って見つめ、全てが同じようになったのを確認し、ハヤトは深いため息をつく。
無理矢理術を使うと、しばらくは元素から拒否されるからなのか、いつもより身体は疲れるは神術を使えなくなるは散々な目に合うが、この際仕方ないと割り切る。ハヤトはふらつく足を踏みしめるようにして、ルエたちが連れて行かれた方角、つまりは一弾と立派なお屋敷へと向かっていった。




