黄昏の通りがかり。
※
朝。見慣れた青と黒と白の3人が、重い空気の中にいた。
部屋に運ばれた食事を、ゼロはむすっとした顔で食べている。ここは椅子はないらしく、床に胡座をかいて食べるその姿は、お世辞にも行儀がいいとはとても言いづらい。いつもなら飛んでくるハヤトの小言も、今この時ばかりは飛んでこない。三角形のように並べた御膳は、傍から見ると不思議な光景である。
無言で食事をする空気に耐えかねたのか、ルエがナイフとフォークを置きおずおずと切り出す。ちなみにナイフとフォークは、観光客用にあるものだと店主が渡してくれた。
「あの、ゼロ、ハヤトくん。私が悪いんですし、2人とも仲直りを……」
「ケンカとかしてないしー。てかルーちゃん悪くねーって!」
「煩い。食事くらい静かにしろ」
2人と違って、東の食器、箸を器用に使いこなす姿は流石だが、火に油を注がなくてもいいではないかと、ルエは内心ため息をつく。いや、元々は拒みきれない自分が悪いのだと、昨日の出来事を思い出す。
※
ゼロが投げつけた枕を受け止め、ハヤトは心底嫌そうに顔をしかめた。
「俺はゼロに聞いた覚えはない」
「オレも聞かれた覚えはないけど!でもさ、ルーちゃんの意思無視!?」
さらに枕を引っ掴み、ハヤトに投げつける。それをまた受け止め床に置く。
「嫌なら拒めと言った」
「じゃ、オレが拒むわ!」
「意味がわからない」
ゆったりとした動作で立ち上がり、ハヤトはゼロは鋭く睨む。もちろんゼロも慣れたもので、今更ハヤトに怯むこともせず、むしろ近づき胸倉を掴む。
流石に止めようとルエも慌てて起き上がり、その拍子にウィッグが床に落ちてしまう。先程組み敷かれた衝撃でずれていたのだろうか。
それを拾う間もなく、スパーンと勢いよく部屋の扉が開かれた。店主が、苛立ちを隠せていない表情で立っているのを見て、そういえば夜中だったことを改めて思い出す。
「旅の方……」
「す、すまない店主。すぐに就寝を」
言いかけたハヤトが、店主が何を見ているかを気づきしまったと顔をしかめるが、時既に遅し。店主はゼロと、そしてルエを視界に入れると満面の笑みを浮かべた。
「なぁんだ、王族の方でしたか。お忍びならこっそりおっしゃってくれればよかったのに。白いのは、明日の商品ですか?」
商品呼ばわりされ、明らかにゼロが怒りを表す。しかし最早店主には見えていないようで、来た時とは全く違うにこやかな笑顔を張り付けると「では」と黙って下がっていった。
「ゼロは商品なんかじゃ……」
「いーって、慣れてる。ルーちゃんも入ってきなー」
慣れてる、の言葉に引っ掛かりを感じるが、ひらひらと手を振られては聞くに聞けず。ルエは渋々ながらも、風呂場へと向かっていった。
※
ルエが戻ってきた時には、既にハヤトは壁際にもたれかかっており、ゼロはゼロで床に敷かれたシーツーー布団に横になっていた。「一緒に寝る?」と冗談めいた笑いを見せるゼロに「寝ません」と答え、用意してくれた布団に横になる。
疲れが知らずに溜まっていたのだろうか。気づけばルエは意識を手放し、朝、身支度を整えるハヤトとゼロの物音で目を覚ました。それからはあれよあれよと用意がされていき、こうして憂鬱な食事の始まりというわけだ。
「ごちそうさま、でした……」
味も何もあったものではなかったが、とりあえずは一通り食べ終え、ルエは食器を置き、2人をそっと盗み見た。あれから一切の会話をしていないが、ハヤトが煩いと言ったからだろうか。ゼロが律儀にそれを守るとは思えないのだが。
「あの、2人とも……」
何か言いかけ、しかしゼロが静かにと人差し指を立てるのに気づき、慌てて口を閉ざす。
「……店主」
ハヤトの冷たく言い放ったそれに呼応するかのように、引き戸が遠慮がちに叩かれ、静かに開かれた。昨日の勢いはどこへやらである。
へこへこと頭を下げながら入ってきた店主は、後ろ手で戸を閉め、出入り口からあまり離れていない場所に立つ。胡散臭そうなその笑みに、ゼロはあからさまなため息を零す。
「皆様、お食事はどうでしたでしょうか?もしよろしければ、いいお部屋がありますんでそちらに」
「世話になった。昼過ぎには出ていくつもりだ、部屋は必要ない」
有無を言わさぬ物言いに店主もそれ以上は言えず、ただ怨めしそうに一瞥しただけで、すぐに出ていってしまった。
「はぁ……何考えてんだろうな、あれ」
「売るつもりだろう」
何を、とは聞かなくてもわかる。ここは王族ですら商品になる街だ。なんの為に売買するのか知りたくもないが、大人しく商品になるつもりもない。ゼロはウィッグをゴミ入れに押し込み、窓から見える通りを見下ろす。
昨日はよく見えなかったが、昼の街は、夜の色香など微塵も感じさせない活気を放っている。もちろんその活気は、嫌な商売からくる活気ではあるが。
「で、どーすんだよ。なんの情報もねーし、何すればいーかもわかんねーし」
まばらな人の波をぼんやり見つめ、ゼロは深く息を吐く。
「情報ならお前が行くのがいいだろ」
「……っ、お前はな、いつもいつも!」
わかっている。わかってはいるのだが。
こうも毎度使われるのは気に食わない。
ゼロは再びハヤトに噛みつこうとして、
「もう、やめて下さい!」
間に入ったルエに、呆気を取られて何も言えなくなってしまう。
「私がやります。王族の売買、これを利用しましょう」
「え?ルーちゃん何言って……」
やめさせようとするゼロとは反対に、ハヤトはしばし考え、そして納得したように「わかった」と一言だけ口にする。
「決まり、ですね。ではさっきの店主さんから、詳しい話を聞かせてもらいましょう」
「ル、ルーちゃん!」
出ていったルエの背中に手を伸ばすが、虚しく空振るだけで、ゼロは止められるはずもなく。鋭くハヤトを睨みつけるも、全く意に介していないのがよくわかる。
「なんかあったら……」
「口だけだな、守るんじゃなかったのか?」
「……守る、さ」
2人を守りたい。また3人で笑いたい。だからゼロは慌ててルエを追いかけていく。ハヤトもまた、左目の霞みに顔をしかめつつ2人を追って店主の元へ急いだ。




