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僕を忘れた君へと紡ぐ。東編  作者: とかげになりたい僕
儚き楽園から死園へ。
33/51

黄昏の通りがかり。

 ※



 朝。見慣れた青と黒と白の3人が、重い空気の中にいた。

 部屋に運ばれた食事を、ゼロはむすっとした顔で食べている。ここは椅子はないらしく、床に胡座をかいて食べるその姿は、お世辞にも行儀がいいとはとても言いづらい。いつもなら飛んでくるハヤトの小言も、今この時ばかりは飛んでこない。三角形のように並べた御膳は、傍から見ると不思議な光景である。

 無言で食事をする空気に耐えかねたのか、ルエがナイフとフォークを置きおずおずと切り出す。ちなみにナイフとフォークは、観光客用にあるものだと店主が渡してくれた。

「あの、ゼロ、ハヤトくん。私が悪いんですし、2人とも仲直りを……」

「ケンカとかしてないしー。てかルーちゃん悪くねーって!」

「煩い。食事くらい静かにしろ」

 2人と違って、(イスト)の食器、箸を器用に使いこなす姿は流石だが、火に油を注がなくてもいいではないかと、ルエは内心ため息をつく。いや、元々は拒みきれない自分が悪いのだと、昨日の出来事を思い出す。



 ※



 ゼロが投げつけた枕を受け止め、ハヤトは心底嫌そうに顔をしかめた。

「俺はゼロに聞いた覚えはない」

「オレも聞かれた覚えはないけど!でもさ、ルーちゃんの意思無視!?」

 さらに枕を引っ掴み、ハヤトに投げつける。それをまた受け止め床に置く。

「嫌なら拒めと言った」

「じゃ、オレが拒むわ!」

「意味がわからない」

 ゆったりとした動作で立ち上がり、ハヤトはゼロは鋭く睨む。もちろんゼロも慣れたもので、今更ハヤトに怯むこともせず、むしろ近づき胸倉を掴む。

 流石に止めようとルエも慌てて起き上がり、その拍子にウィッグが床に落ちてしまう。先程組み敷かれた衝撃でずれていたのだろうか。

 それを拾う間もなく、スパーンと勢いよく部屋の扉が開かれた。店主が、苛立ちを隠せていない表情で立っているのを見て、そういえば夜中だったことを改めて思い出す。

「旅の方……」

「す、すまない店主。すぐに就寝を」

 言いかけたハヤトが、店主が何を見ているかを気づきしまったと顔をしかめるが、時既に遅し。店主はゼロと、そしてルエを視界に入れると満面の笑みを浮かべた。

「なぁんだ、王族の方でしたか。お忍びならこっそりおっしゃってくれればよかったのに。白いのは、明日の商品ですか?」

 商品呼ばわりされ、明らかにゼロが怒りを表す。しかし最早店主には見えていないようで、来た時とは全く違うにこやかな笑顔を張り付けると「では」と黙って下がっていった。

「ゼロは商品なんかじゃ……」

「いーって、慣れてる。ルーちゃんも入ってきなー」

 慣れてる、の言葉に引っ掛かりを感じるが、ひらひらと手を振られては聞くに聞けず。ルエは渋々ながらも、風呂場へと向かっていった。



 ※



 ルエが戻ってきた時には、既にハヤトは壁際にもたれかかっており、ゼロはゼロで床に敷かれたシーツーー布団に横になっていた。「一緒に寝る?」と冗談めいた笑いを見せるゼロに「寝ません」と答え、用意してくれた布団に横になる。

 疲れが知らずに溜まっていたのだろうか。気づけばルエは意識を手放し、朝、身支度を整えるハヤトとゼロの物音で目を覚ました。それからはあれよあれよと用意がされていき、こうして憂鬱な食事の始まりというわけだ。

「ごちそうさま、でした……」

 味も何もあったものではなかったが、とりあえずは一通り食べ終え、ルエは食器を置き、2人をそっと盗み見た。あれから一切の会話をしていないが、ハヤトが煩いと言ったからだろうか。ゼロが律儀にそれを守るとは思えないのだが。

「あの、2人とも……」

 何か言いかけ、しかしゼロが静かにと人差し指を立てるのに気づき、慌てて口を閉ざす。

「……店主」

 ハヤトの冷たく言い放ったそれに呼応するかのように、引き戸が遠慮がちに叩かれ、静かに開かれた。昨日の勢いはどこへやらである。

 へこへこと頭を下げながら入ってきた店主は、後ろ手で戸を閉め、出入り口からあまり離れていない場所に立つ。胡散臭そうなその笑みに、ゼロはあからさまなため息を零す。

「皆様、お食事はどうでしたでしょうか?もしよろしければ、いいお部屋がありますんでそちらに」

「世話になった。昼過ぎには出ていくつもりだ、部屋は必要ない」

 有無を言わさぬ物言いに店主もそれ以上は言えず、ただ怨めしそうに一瞥しただけで、すぐに出ていってしまった。

「はぁ……何考えてんだろうな、あれ」

「売るつもりだろう」

 何を、とは聞かなくてもわかる。ここは王族ですら商品になる街だ。なんの為に売買するのか知りたくもないが、大人しく商品になるつもりもない。ゼロはウィッグをゴミ入れに押し込み、窓から見える通りを見下ろす。

 昨日はよく見えなかったが、昼の街は、夜の色香など微塵も感じさせない活気を放っている。もちろんその活気は、嫌な商売からくる活気ではあるが。

「で、どーすんだよ。なんの情報もねーし、何すればいーかもわかんねーし」

 まばらな人の波をぼんやり見つめ、ゼロは深く息を吐く。

「情報ならお前が行くのがいいだろ」

「……っ、お前はな、いつもいつも!」

 わかっている。わかってはいるのだが。

 こうも毎度使われるのは気に食わない。

 ゼロは再びハヤトに噛みつこうとして、

「もう、やめて下さい!」

 間に入ったルエに、呆気を取られて何も言えなくなってしまう。

「私がやります。王族の売買、これを利用しましょう」

「え?ルーちゃん何言って……」

 やめさせようとするゼロとは反対に、ハヤトはしばし考え、そして納得したように「わかった」と一言だけ口にする。

「決まり、ですね。ではさっきの店主さんから、詳しい話を聞かせてもらいましょう」

「ル、ルーちゃん!」

 出ていったルエの背中に手を伸ばすが、虚しく空振るだけで、ゼロは止められるはずもなく。鋭くハヤトを睨みつけるも、全く意に介していないのがよくわかる。

「なんかあったら……」

「口だけだな、守るんじゃなかったのか?」

「……守る、さ」

 2人を守りたい。また3人で笑いたい。だからゼロは慌ててルエを追いかけていく。ハヤトもまた、左目の霞みに顔をしかめつつ2人を追って店主の元へ急いだ。

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