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僕を忘れた君へと紡ぐ。東編  作者: とかげになりたい僕
儚き楽園から死園へ。
32/51

深淵から伸びた両手。

 ※



 その街は、夜の色香を纏っていた。

 そこかしこに腕を絡ませながら歩く男女、売りに出されている少年少女。明らかに嫌な顔をしつつ、ゼロは小さく舌打ちをした。

 しかしそれよりも気になることがある。何故か、子供たちの中に、黒髪の少年少女が混ざっているのだ。服装を見ても王族とは思えぬ程にみすぼらしく、また彼らは感情を置いてきたかのような目をしている。

「なんで王族が……」

「気になるのはわかるが、余り見るものでもない。お前の格好もそれなりに目立つしな」

「う……まぁ、確かに」

 べっとりついた血は、この街には不釣り合いで、遠巻きに何人かが話しているのがわかる。目立つと何かと面倒だと、ハヤトは近くにあった宿に入ることにした。

 引き戸を開けると、男店主は一瞬驚いたようだが、すぐに笑顔を張り付け、客を迎える言葉を並べたて始める。

「今晩は、旅のお方ですかい?それとも……」

 店主はちらりとルエを見、やけに下品な笑みを浮かべる。すぐにハヤトが間に入り、懐から銅貨を3枚店主へ渡した。

(イスト)へ観光に来たのだが、ここへ向かう途中に野盗に襲われてな。傭兵を雇って正解だったようだ」

 渡された銅貨をしまうと、店主は「それはそれは……」と分厚い台帳を取り出した。しばらくそれを眺め、顎をわざとらしく触りつつ、

「一部屋でいいですかい?なにぶん、明日ちょっとした祭りがあるもんで、混んでるんですわ」

「構わない。店主、祭りとはどんなものか聞いていいか?」

 冷たい視線に、店主は一瞬言葉を詰まらせる。しかし観念したように口に手をやり、辺りを確認した後、静かに話し始めた。

「アンタらも見たかもしれませんがね。ここじゃ、王族の売買がされているのさ。(イスト)の王族は多いからね……、必要ないと判断されると、すぐにここに連れてこられちまう。明日はその日なんだよ」

「そうだったか。話させてすまなかった、これは礼だ」

 ハヤトは店主の手に金貨を1枚握らせてやり、後ろで震えているルエに薄く笑いかける。ルエも笑い返そうとするが、明らかに顔は固まっていた。



 案内された部屋に着くと、ゼロは直ぐ様風呂の準備を始める。金貨の効果か、風呂場がある部屋を準備してもらえた。やはり金は絶大だと思い直し、ゼロは嫌な感じのするウィッグを脱ぎ捨てる。

「やっぱりこれが1番だよなー。肩が凝るわー」

「凝る肩があるのか?」

「肩ぐらいあるわ」

 お湯の様子を見ていたゼロが、いつもの調子でハヤトに言い返す。元気はあるようだと安心するも、続くルエの声で現実に意識を戻された。

「ハヤトくん、目が……」

 慌てて2人の元に戻る。

 座り込むハヤトを、覗き込むようにしてルエも座っている。近すぎる距離に発狂しそうになるが、今はそれどころではないと、ゼロもハヤトの側に座り込んだ。

 同じようにして目を見ると、昼間見た時よりも明らかに暗くなっている。王族のそれとは別の、闇を閉じ込めたようなそれは、まるでハヤトを呑み込むかのような薄気味悪さを出している。

「大丈夫だ、見えている……っ」

 そう言うも、痛むのかハヤトは左目を押さえたままだ。

「何が大丈夫なんだ?一体お前の神力に、何が起こってんだよ!」

「ゼロ、落ち着いて!今は夜中なんですよ!」

 そう諌めるルエも声が大きいことに気づいていない。

「はぁ……2人とも静かにしてくれ」

 ため息と共にハヤトは立ち上がり、明かりの届かない窓際に移動すると、壁にもたれかかり目を閉じてしまう。ルエは一瞬躊躇い、しかし立ち上がりハヤトの隣に座ると、ゼロに力なく笑いかけた。

「ハヤトくんは私が見てますので、ゼロはお風呂お先にどうぞ」

 ゼロは頭を掻き、納得しないながらも、また風呂場へと消えていく。

「何かあったらすぐに呼べよなー」

 と忘れずに付け足して。



 ※



 頭に響く声は、やけにまとわりついて離れようとはしない。

 それは意識を呑み込もうと、自分を覆い隠し、そして自分を消そうとしている。

 振り払って振り払って、何も聞こえないように耳を塞いで。


「本当は壊したいのだろう?」

 違う。

「大事に?大切に?それが何になる?」

 お前にはわからない。

「根底にあるそれは、お前の変わらない本質だ」

 違う違う違う違う違う。


 煩いそれは、いつしか自分を支配する恐怖になり、ハヤトは逃れるようにして、うっすらと差し込む光に手を延ばした。



 ※



 それは突然だった。

 ふ……と顔を上げたハヤトが、ルエの頬に優しく触れ。

「……っ!?」

 そのまま床に組み敷かれる。反転した視界いっぱいに広がる、ハヤトのなんとも言えぬ苦しげな表情と、鼻をくすぐる雨を閉じ込めたような香り。鼓動が早いのは、いきなりのことで動揺しているからか、それとも別の何かなのか。

 しかしルエはすぐに気づく。ハヤトの左目が、哀しいほどに真っ暗なことに。

 だからルエは手を延ばし、自分の右手をハヤトの左目にそっと被せた。彼が瞬きする度、手の平に触れる睫毛が少しくすぐったい。ぽつり、ぽつりと、ルエは話しだす。

「昔、兄様とかくれんぼしたんです」

「……」

「いつもはもう1人いたんですが、その日は兄様と2人だけで」

「……」

「張り切った私は、少しお城を離れて、手入れ中だったお庭の穴に落ちてしまったんです」

 ルエは懐かしむように目を閉じ、あの日の記憶を手繰り寄せていく。

「段々暗くなっていって、たぶん兄様もすごく探してくれたんですけど、全然私を見つけてくれなくて」

 それはそうだ。入らないように、囲いもしてあったのだし。そこに入った自業自得の結果である。

「その時に、灯りが見えたんです。それは、兄様と一緒にいた騎士様が照らしてくれたんですけど。私、すごく泣いて、ごめんなさいっていっぱい言ったんです」

「なぜ、今その話を……?」

 被せた右手を離し、代わりにハヤトの頬を両手で包み込む。暗い左目が、少し光を揺らした気がした。

「ハヤトくんが、なんだかあの時の私みたいに、不安で堪らないって顔してたから……」

 ふっとハヤトの頬が少し緩む。

「嫌いな奴に押し倒されて、やけに余裕なことだな」

「え?あ!」

 言われてまた意識すると、確かにこの状態では、まるでルエが誘っているようではないか。鼓動が早いのは、最早動揺しているからではないのは明らかで。

 ここが暗くて良かったとルエは思う。こんな熱を持った顔を、見られたくはない。

「嫌なら、拒めよ?」

 そう言ってルエの首元に落とされた唇は、ルエの身体を熱くさせていくには十分で。耳に吐息がかかる度、口から声が溢れそうになるのを必死で堪える。それを愉しむように、ハヤトはルエの耳に舌を這わせた。

「……ぁ」

 つい溢れた声は、自分のものとは思えぬほど艶めいており、それはさらにルエを辱めていく。その姿にハヤトは薄く笑い、

「拒めって言ったよな?」

 とルエの着物の合わせに手をかけ。

「オレが拒むわーーー!」

 枕をいつの間に持ったのか、ゼロはそれをハヤトに投げつけ叫ぶ。夜中だと言うのに響いた声は、後ほど店主からのお叱りを受けることになる。

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