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僕を忘れた君へと紡ぐ。東編  作者: とかげになりたい僕
儚き楽園から死園へ。
31/51

奏でる詞と、闇夜の光。

 

「で、少し見えづらいくらいなのか?本当に?」

 疑いの眼差しを向けるゼロと、心配そうに眉を寄せているルエ。ハヤトは再度頷くと、遅れを取り戻そうと1歩進み、派手に足を滑らせ尻餅をついてしまう。

 ド派手に飛ぶ水しぶきが2人を濡らし、ルエは思わず笑みを零した。

「ハヤトくん、私隣歩きます。そうすれば、少しはカバーできますよね?」

「いや俺は」

「大人しく歩かれとけよ。神術(しんじゅつ)は使えそーなんだよな?」

 悔しげに顔を歪めるも、実際見えづらく、足元もよく見えないのは確かである。距離感も掴みづらいことこの上ない。

「術なら問題ない。その……すまない」

 左側に立つルエから視線を背ける。足手まといになりたくはないと思っていたのに、まさか自分がそうなってしまうとは。恥ずかしさやら情けなさやら、色々混ざり合って、ルエの顔をまともに見ることができず。

「ハヤトくん」

 優しく呼ぶ声は、とても甘く耳に響いた。

「謝るんじゃなくて、こういう時はありがとうって言えばいいんですよ?だって、私がそうしたいって決めたんですから」

 ルエに視線を戻すと、少しぼやける先にふわりと笑う姿が見えた。それは包み込むような、いつもの暖かさをまとっており、

「……ありがとう」

 と、はにかみつつも言葉が自然と出た。ルエはこくりと頷くと、ゼロに少し先を歩いてもらい、ゆっくりと川を渡りだした。



 再び崖を登っていき、上へ着く頃には日は沈んでいた。遠くに見える明かりは、恐らく目的の領地だろうか。

「さて、お2人さん。どーする?」

 振り返るゼロは余裕そうで、その言葉は2人というより、主にハヤトに向けられているものだとわかる。ルエはちらりとハヤトに視線をやった。

 あまり顔色がよくない。倒れたから、というよりも、それは彼の神力が原因だということは、あまり勘が鋭くないルエにもわかっている。

「大丈夫だ、行こう」

「……」

 不安な表情を浮かべるルエが、ゼロに判断を委ねているのが伺える。ゼロとて早く向かいたいところではあるが、なにぶん神力についてはさっぱりな為、本当に大丈夫なのかもわからない。

「本当に行けるんだよな?倒れるのはなしだぜ?」

「わかっている。無理だと感じたら伝える」

「……じゃ、行くかー」

 努めて明るく振る舞い、ゼロは2人に背を向ける。最悪、自分が2人を守ればいい。それが出来るはずだと、ゼロは自分の右手を見つめ、小さく握り締めた。


 半分ほど歩いた頃か、何かがついてくる気配に気づきゼロは立ち止まった。それはハヤトも同じで、そっとルエを自分の前に立たせ、殿(しんがり)に自分がなるようにする。

「なんだと思う?」

「野犬か、熊か……。人ではないが、微かに神力を感じる」

「いやーなあれだな」

 言葉とは逆に、楽しげな表情でゼロは剣を抜く。それを構えるかと思いきや、そのまま右に薙ぎ払った。鈍い悲鳴と、何かが切れるような音、地面に落ちる嫌な響きが広がっていく。

「火の(スペル)、2の章。我が声に応え、爆炎と成せ」

 ハヤトが(スペル)を紡ぎ両手を広げる。すると、周囲を取り囲んでいた何かが爆発したような音と共に、その何かが燃えて明るく照らしていく。次第に見えてきた何かを見て、ルエが小さく息を呑む。

神機(しんき)、だよな、これ……」

「あぁ。その辺りの野犬を元にした、な」

 真っ黒い毛並みのそれは、一見すると犬だが、白目を剝いており、舌は異常なほど口から伸びている。尻尾は二股になっており、それぞれに意識があるのか、気持ち悪く小刻みに動いている。

「そんな……酷い……」

 燃え盛る火を見つめ、ルエが祈るように手を組もうとして。

「ルーちゃん、安心しないほうがいい。まだいる」

 今度こそ剣を構え、周囲に気を張り巡らす。暗闇に浮かぶ目と、獣の嫌な臭いが鼻につき、あまりいいものではないと舌打ちをする。

 明るくなったとはいえ、いつまでも燃えているわけではない。数もどれほどいるかもわからない。体力は続くだろうかと不安になり、ハヤトに視線をやる。

「ゼロ、向かってくる奴だけ切り捨てろ」

「んあ?え、あぁ、わかった」

 何を考えているかわからないが、何かしら策があって指示を出したに違いないと信じ、ゼロは2人を後ろ手に庇いつつ剣を握り締めた。

 暗闇から飛び出した野犬を下から切り上げる。飛び散る血がかかるのに顔をしかめつつも、ゼロはさらに向かってくる野犬を串刺しにする。剣を振って野犬を地面に落とすと、服についた血に「うへー」と舌を出した。

 さらにルエに飛びかかろうとした野犬の首を切り落とし、そのままハヤトの近くにいた野犬に向かって(スペル)を紡ぐ。

「吼えろ、業炎(ごうえん)。怒りを我が手に!」

 赤く染まった刀身から炎が上がる。それを薙ぎ払い、野犬が灰になっていくのを見、ゼロはふうと息を吐く。まだいる。いや、違う、これは。

「時計……?」

 そう、切り捨てた野犬をよく見ると、小さな時計が浮かんでは野犬の身体を戻している。それは、ゼロやルエがハヤトに使ったあれとよく似ているものだが、よく見ると、その時計は古びており、巻き戻る時間も短くなっている。

「ハヤト、これじゃキリがねー!」

 あの時計がそもそもどういう理屈なのかわからないが、野犬を切り続ければ時計が壊れるのか、それすらも見当がつかない。弱音と共にゼロがハヤトを振り返る。

「ハヤト……?」

 彼の足元から風が舞い出している。

 それはルドベキアの屋敷で見た光景と重なっていた。

 ゼロはルエの手を掴みなるべくハヤトから離し、それでも離れすぎないようにして剣を振るい続ける。

「風の(スペル)、3の章。重奏、火の(スペル)、3の章、複合。疾風(はやて)と成すは業火の鉄槌。舞い散る韋駄天、飛翔する不死鳥、灰に還りし木枯らし。我が声に応え、舞い散らん」

 足元から竜巻のように発生した風と、それに巻きつくように火が現れ、それは鳥の形へと姿を変える。鳥が息を吸い、炎を吐き出し辺りを火の海へと変貌させた。

 炎に焼かれる野犬は、消えることのない炎の中でもがき続ける。時計が現れ形を戻していくが、また焼かれては灰になり、また戻るを繰り返す。それを続けた後、現れた時計にぴしりとヒビが入り、それは粉々に砕けていった。同時に野犬は戻らなくなり、黒い塊となって地面に転がった。

「重奏って、また無茶すんなぁ」

 剣を振って血を飛ばしたゼロが苦笑いをしつつ、腰に剣を戻す。獣臭いのはこの際我慢だ。

「無茶、だったんですか?」

 ルエの頭に手を置き、ゼロは「いや」と頭を振った。

「違う元素を組み合わせる時、(うた)を2つ視るから疲れるんだよ、確か」

 特に水以外を使ったのだから、それは顕著なはずだ。実際、ハヤトは頭を押さえ深く息をついている。左目で視えているのかはわからないが、様子を見るに不自然はなさそうだ。

「行けそうなら行こうぜー。オレ、流石にこれで野宿は無理」

 乾きつつある服と、ウィッグにまでついた血に嫌な顔をしたゼロが歩き出す。心配げにルエはハヤトを見上げる。

「大丈夫だ、行こう」

「はい……」

 ルエは気づけなかった。

 左目が、さらに暗く染まっていることに。

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